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何分の1センセイか?

僕が通っていた農業高校には、
おもしろいセンセイがけっこういました。
学校以外に、自分の世界を持っているセンセイが。

外国まで蝶を捕りに行くセンセイ。
脚本を書き、職員劇団をつくったたセンセイ。
茶道に情熱をかけていたセンセイ。
株価をいつも気にするセンセイ。
トンボの権威だったセンセイ。
古代米の栽培に成功したセンセイ。
海外旅行の話をしてくれるセンセイ。

もし、人生のすべてを教育に捧げる教師がいたら、
それは、1分の1センセイ。
もし、人生の半分だけを教育に捧げるなら、
それは、2分の1センセイ。

1分の1センセイのほうが、いいセンセイと思われがち。
2分の1センセイのほうが、やる気ないセンセイと思われがち。

しかし、1分の1センセイなら、
授業には、教科書の中のことしか出てこないでしょう。
2分の1センセイなら、
教科書半分、それ以外のことを半分、教えてくれるでしょう。
3分の1センセイなら、教科書の2倍、いろんなことを教えられるはず。
4分の1、5分の1なら……、きっと教室は宇宙に近づきます。

教科書なんて、うちでよく読めば、わかるんです。
だから、教科書のむこうの世界を見せてくれるセンセイが好きでした。

僕にとっては、1分の1センセイは、敵のような存在。
僕は、当然、1分の1高校生ではありませんでした。
恋にバンドに空手に英語に……、5分の1高校生ぐらい。
だから、そんな1分の1センセイが暑苦しかったのでしょう。

娘よ、パパは何分の1センセイだと思う?

心配するな、人生のすべてを教育に捧げてるから。
安心しろ。
さ、明日も、学校でがんばってくるぜ。

ははは。

だったら、困るだろ。

Love and Peace ・・)v

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Comments

同感です。

今朝のニュースで、先生たちが、考えられない子どもたち(百マス計算は得意な子どもたち)に、どのように「考えることの大切さ」を教えるか悩んでいるという報じていました。

他方、教える実力がないというレッテルを貼られた私立高校の教師が、誰もいない教室で、たった一人だけの50分授業を強制されて、耐えかねて、昨日、埼玉地方裁判所に訴えたというニュースもありました。

おかしさの臨界は、とっくに越えているというのに、プロテストする力を発揮できない教師たち。

やはり、サイドストーリーが必要なんだと思います。
つまり、アソシエーションですね。

ML、よろしくお願いします(笑)。

Posted by: 朝魚 | June 19, 2009 at 08:48 AM

テレビを観ていたら、アフリカで教員をしている
海外青年協力隊の日本人青年を紹介していました。

「教科書がないので、生徒たちは黒板を
 写すだけのテストのための勉強をしている」
と嘆いていました。

理科を教える彼は、木登りの上手な生徒に
お願いして、やしの実を取ってもらいました。

やしの実のジュースは、どれくらいの量が
あるのかメスシリンダーで測り、比べます。
生徒たちの真剣な顔が、輝いていました。

「勉強はテストのためにするのではない。
 生活を豊かにするものなんです」
と彼はインタビューに答えていました。

三分の一、五分の一の先生。
豊かで平和な社会に生きるための
先生でありたいですね。

Posted by: あおい | June 19, 2009 at 11:17 PM

朝魚さん

職員室は、年々、文化がなくなっていますよ。
忙しくて、マジメで、一直線な先生ばかりで。
ほんとに、サイドストーリーがないんです。
だから、学校の包容力がなくなるんでしょうね。

新しいMLですよね。
もう一度、招待メールいただけますか?
次は、返信にトライしてみます(^^;)

あおいさん

理想の授業は、
生徒の身近なことと、
教科書の中のことと、
黒板のむこうのこと、
この三つのコラボでしょうね。
定年までに、そんな授業、一回でもしてみたいです。


Love and Peace ・・)v

Posted by: ジロー | June 21, 2009 at 11:29 PM

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