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祈るということ

大学で、コンピュータの授業をとっていたんです。
1年間、週1時間だけ。
友達に、これからは必要な知識だから、と言われて。

まだ、ウインドウズもない時代、
画面は黒くて、
数字やら英語やら、打ち込んでいたのを覚えています。

で、1年間、僕はわからなかったんです。
何を勉強していて、
どこにむかっているか、が。
もちろん、テストは0点。
1問もわかりませんでした。

僕は、その先生があまり好きではありませんでした。
融通が利かなくて、ちょっとえらそうで。

しかし、その先生のひとことを、今も覚えています。

それは、先生のお母さんが死の床にあったときのこと。
先生は、現代医学ではもう救えない、と医者に言われたんです。
そのとき、神様に祈ったんだそうです。
最先端科学の情報工学を大学で教える先生が、
ただ、ひたすら、祈ったんだそうです。

このコトバを聞いただけでも、
その授業は受けた価値がありました。

僕は、時に、思い出すんです。
函館の修道院のことを。
旅行したときに、そのような場所があることを初めて知り、
とってもショックを受けたんです。
シスター達は、生涯を修道院で祈って過ごすことを決意したんです。
農作業とクッキー作り、祈りと読書、そんな沈黙の生活を選んだのです。
外に出ることは、選挙と通院だけで、面会は無し。
死んでも、修道院を出ることはありません。
敷地内の墓地に埋葬されるからです。
今日も、シスター達は、僕たちのために祈りを捧げています。

祈る、ということ。

どんなに科学が進歩しても、
とっても、大事なことだと思うんです。

娘よ、祈るぞ。
何にだって?
愛と平和に、だ。

とりあえず、ヨガの太陽礼拝ってあるから、それやるぞ。

Love and Peace ・・)v


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