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自らの足で立つ

毎日、自由気まま、のんきに娘と暮らしている僕ですが、
いちおう、子育てには、テーマを持ってとりくんでいるんです。
これでも。

それは、自立です。

もちろん、僕の自立も含まれていますが。

子どもに何でもしてあげるのではなく、
子どもが何でもできるようにしてあげるのが、子育て。
娘もだいぶいろんなことができるようになってきました。
夢の家事分担まで、あと一息。

娘よ、がんばれよ。
パパは、召使いじゃないんだぜ。

自立には、二つの側面があります。
家事的自立と、経済的自立。
僕は、シングルになり、家事を覚え、
ようやく両方自立して、少しは大人になった気がします。

自立したものどうしでないと、助けあえないとも思うんです。
自立してないものどうしだと、共倒れしてしまうでしょう。

自立してない人は、誰かに服従したり、誰かを支配したりします。
これでは、自由で平等な関係は築けません。
「愛は自由と平等に基礎づけられる(フロム)」のですから、愛しあうこともできません。
だから、「寄りかからず寄りそうのが愛」なんです。

先日、北欧研究会の活動の一環で、ノルウェイの名作を読みました。

イプセンの「人形の家」
主人公のノラは、弁護士の妻。
子どもにも恵まれ、夫に「小鳥」のように愛されます。
かつて、ノラは、夫が病気の時、内緒で借金をして、夫を救いました。
しかし、秘密はばれ、保身を考える夫に罵られてしまいます。

夫  「お前はまず第一に妻であり、母であるんだ」
ノラ 「私は何よりも先にあなたと同じ人間であると信じています」

そのとき、ノラは初めて自立を決意して、家を出ていくのです。
元妻も、うちを出ていくときに、同じことを言いました。
今では、彼女もフルタイムで働き、すっかり経済的に自立して、
僕より長く働くので、僕に「仕事人間」とからかわれています。
「よく言うよね。今さら」と言い返されますが。

イプセンが、これを書いたのは、1879年。
百年以上も前に、北欧ではこの作品が生まれていたのです。
さすが、世界一女性の社会進出が進んでいるところ。

「足袋つぐやノラにもなれず教師妻」
と詠んだのは、1890年明治生まれの杉田久女。

娘よ、新しい時代だ。
自らの足で、立て!
今世紀は、女性の時代だぜ。
パパは、いつでも女性の味方、ついてくよ。

だから、オンナ好きとは違うんだって。

Love and Peace ・・)v

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休むために休む一日

昨日は、どこにも出かけず、娘とグータラ・デーを満喫しました。
食べまくり、テレビ見まくり、ゴロゴロしまくり。
一日を、完全に無意味に過ごしきり、とても、充実した気分。

そして、今朝、
超回復したにも関わらず、
寝坊しました。
あわてて、娘に朝食を食べさせ、学校に送りだしました。

ふー。

そして、仕事(昼間の)を休みました。
前から決めてあったんです。
今日は休む、と。
教師にも、なかなか消化できないのですが、有給休暇があるんです。

なぜ、超回復したにもかかわらず、休んだのか?
理由はありません。
休むために、休んだのです。
愛に理由がいらないように、休みにも理由はいらないのです。

娘にはあわてて朝食をとらせたのですが、
僕は優雅に朝食を味わいました。
スローな朝食ほど、贅沢なものはありません。
僕は早起きが大嫌いなので、これはめったにできないこと。

午前中は、明日までに送らなくてはならない原稿の見直し。
なかなか、頭の中が整理できなくて、苦労しました。
少し書いては家事、少し書き直してはガーデニング。
これを2セット繰り返し、なんとか、今夜、発送できそうです。

昼食は、簡単に、チャーハン。
食後、眠くなったので、シエスタ。

先ほど、目が覚め、早めにブログることにしました。
なぜなら、今日は忙しくなるからです。

娘を小学校に迎えにいき、
車で街に出て、映画館に行くのです。
僕は、平日の夜の映画が好きなんです。

え、小学生をそんなに夜遅く連れまわしてって?
翌日が学校でも、うちは大丈夫です。
うちの家訓は、芸術至上主義ですから。

さ、娘よ、迎えにいくぜ。
今、何を着ていくか、迷ってるから待ってろ。
居残り勉強なんて、させられてないよな?

夕食は、いつものイタリアンレストランだぜ。

Love and Peace ・・)v

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アナーキーで行こう

僕はいばられることが、嫌いなんです。
いばってくるひとがいたら、距離を置くか、冷たくします。
または、キレます。
いばるひとの多くは、小心者ですから、キレるとけっこう効きます。

いばられるのが嫌いな僕は、
いばることはしないようにしています。
娘にも、生徒にも。
なめられますけど……。

アナーキズムとは、無政府主義と訳されていますが、
本来の意味は、「無強権主義」なんだそうです。
つまり、いばったり、いばられたりしない主義。

アナーキズムの基本は、三つ。

まず、自由。
束縛されない。
誰かに服従したり、誰かを支配したりしない、平等な人間関係。

そして、自立。
自分のことは自分でする。
もちろん一人では生きていけないので、誰かと生きていくのですが、
そのときは、「寄りかからず、寄りそう」のです。

最後は、自律。
自分のことは自分で決めて、自分で自分をコントロールするんです。
誰かが決めた人生を、誰かにコントロールされて生きるのは、死んでるも同じ。

一つの国を、アナーキーにするというのは、難しいでしょう。
中には、支配・服従の関係が好きな人も多いようですから。
自由になると不安になるひとも多いようですから。

しかし、うちの中や、恋人との間でなら、
アナーキズムは成立すると思うんです。
そして、コミュニティでも。

日本が生んだアナーキスト大杉栄は、恋人の条件を三つあげました。
お互い、経済的に自立すること。
お互い、別居すること。
お互い、自由であること。(性的にすらも)

経済的に自立することは、フェアな人間関係の必須条件。
別居とは、どちらも家事ができることと、読みかえられるでしょう。
そして、三つ目の自由。
これは、嫉妬があるからできないと、思います。
大杉栄も、恋人に殺されかけてますから。
嫉妬はすれど束縛せず、これくらいがいいのでしょう。

娘よ、パパがアナーキーな恋に走っても文句言うなよ。

Love and Peace ・・)v


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オルタナティブで行こう

To be or not to be, that is the question.

シェイクスピアの「ハムレット」の中の超有名なセリフ。
最新訳(河合祥一郎」)では、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
論理学で言えば、「Aか、非Aか、それが問題だ」

世界を二つに分ける一番簡単な方法。
「世界には、これかこれでないかのどちらかしかない」
まさに、非の打ち所のない、論理的に正しいこと。

"To be or not to be, that is the quesution." That is the question.
と、僕は思うんです。
そのシェイクスピアの言葉こそ問題だ、と。

たとえば、恋の場合。

<僕には君がすべてだ>→<フラれる>→<すべてを失い、死にたくなる>

フラれてばかりの僕は、これを何度も経験してきました。
しかし、これからも、to be or not to be でいったら、命がいくつあっても足りません。

ひとは、つい、All or Nothing 、と思いこみがち。
あれか、これか、どっちかしかないと、にっちもさっちもいかなくなります。

たとえば、ジョージ・バカ・ブッシュが、こう言ったときです。
「我々の側につくか、テロリストの側につくか、どちらかだ」
我等がコイズミ・アホ・ジュンイチローは、迷わず、前者を選びました。
ったく……。

いくら、to be not to beが論理的に正しくても、
人生が、いつも論理的とは、限りません。
人生が先にあって、後から論理ができたのですから。

だから、オルタナティブで行こう、と思うんです。
オルタナティブとは、「もう一つの選択」

たとえば、先ほどの恋の場合でいくと、
<君がすべてだ>→<フラれる>→<死にたくなるが、次の恋を見つける>
これで、がんばって生きていけます。
「次の恋」、まさにオルタナティブ。

権力者は、僕たちに迫ってきます。
「勝ち組か負け組か、それが問題だ」
ノー、その想像力の足りなさが、問題なんです。
勝ち組でも負け組でもないオルタナティブ組があるんです。

今までにない第三のもの発見して、発信していくことが、
プロの小さな幸せ発見家の僕の仕事。

娘よ、もう月末だ。
チャレンジやるか、やらないか、それが問題だ。
パパが言えることは、ただ一つ。

やれ。

パパも月末、原稿の締め切り間近。
書くか書かないか、それが問題だ。
書くぜ。

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グータラで行こう

やはり、日本人は働きすぎだと思うんです。

一生懸命働きすぎているというより、
とにかく、長く働きすぎです。

サービス残業、休日出勤……、
長期休暇など、退職するまでとれません。

オンとオフの切り替えが下手だと思うんです。
常にオン。
だらだらとオン。
うちに帰っても、オン。
忙しくなくても、忙しい。

スポーツの世界では、「超回復」というのが常識。
まず、トレーニングで体を痛めつけます。
そして、きっちりとオフをとるのです。
すると、オフの間に、超回復。
つまり、体が、またこんなに痛めつけられては大変と、
前より強くなるまで回復していくんです。
オフをとらないと、強くはなれないのです。
科学的に実証されています。

日本人は、真面目で熱心、文句は言わず、従順に働きます。
たき木を背負い、本を読みながら歩く二宮金次郎のように。
その結果、過労死したり、リストラされて、自殺したり。

サービス残業は、雇用を減らし、家庭の時間も減らします。
百害あって一利なし、私腹を肥やす資本家だけが喜びます。
万国の労働者は、団結して、ノーを言わなくてはいけません。

先日、ある学力優秀な生徒に言われてしまいました。
「また、参観会?」
「悪いね」
「生徒と子ども、どっちが大事?」
僕は笑顔で答えました。
「申し訳ないけど、仕事より家庭が大事だよ」
「…………」
「君も働くようになったら、そうしなよ」

今度の日曜日は、グータラ・デイにすることにしました。
娘のリクエストで。
グータラ・デイは、正装で過ごします。
その正装とは、パジャマ。
どこにも出かけず、一切の予定も立てません。
テレビはつけっぱなし、電話は出ないで、ソファの上でゴロゴロ。
冷蔵庫には、食料を充分用意しておきます。
まる一日を、まったく無駄に過ごすのです。

娘よ、楽しみだぜ。
よし、何にもしないぞ!
本気(マジ)で、グータラして、超回復するぜ。

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のんびり主義宣言

最近よく聞く言葉、ロハス。
Life of Health and Sustainability.
「健康」で「サステイナブル(持続可能)」な生活。

心も体も、健康で、サステイナブル。
とても大事なことだと思います。

使い捨てのモノ、土に帰らないゴミ、
いつかはなくなるエネルギーなどは、
サステイナブルではありません。
ということは、地球にやさしくないということ。

人間にとっても、サステイナブルなことは大事なこと。
僕のモットーは、二つ。

「がんばらないようにがんばる」
「いい加減がよい加減」

がんばったら、続きません。
完璧主義も、続きません。
続けること、それはあきらめないこと。
あきらめないことから、たたかいは始まるんです。
だから、「いい加減がよい加減」で「がんばらないようにがんばる」んです。

僕は、のんびりとしているように見えるようです。

職場で、コンピュータに向かい仕事をしていたりすると、
同僚にからかわれます。
「仕事してるみたいに見えるよ」、と。
たまに、早く仕事を片づけたりすると、同僚たちに冷たい眼で見られます。
「そんなひとだと思わなかった」、などと。

僕はのんびりしなくてはいけないひとのようです。
もし、急いで、忙しく、バリバリがんばったら、職場に迷惑をかけてしまうでしょう。

同僚たちは、「まだアイツがいる」と安心したいのです。
ま、それはそれで、僕の存在価値なので、
これからも、のんびりしなくてはなりません。

しかし、しかしです。
のんびりしていたら、のんびりできません。

高度な集中力と瞬発力で、
雑用は素早くこなし、
常に最善最速の方法を模索して、
よけいな仕事は切り捨て、
やることの優先順位を即座に判断し、
仕事は抱え込まず、仲間と分担して、
自分の力以上に、他人の力を最大限に引き出し、
常に社交的でありつつ、つきあいは断り、
仕事が残っていようとも、同僚に嫌われようとも、
笑顔で「お先に失礼します」と言って、さっさと帰る。

これは、数年かけて身につけた高度な技術なのです。

のんびりでなくては、サステイナブルではありません。
のんびりするときがあるからこそ、やるときはやることができるのです。

娘よ、今日も、北欧ごっこでのんびりするぜ。
この頃、夜は部屋を暗くして、ローソクをつけるのです。

「日本国憲法 第12条」には、サステイナブルについて書かれています。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は,
国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない.

「不断の努力」、そう、サステイナブルながんばりで、平和を守るのです。

だから、娘よ、これからも、のんびりと、グータラするぜ。
これでも、パパはたたかってんだぜ。

万国の同志たちよ、のんびりせよ!

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北欧研究会レポート③

日本では、「学力」低下が叫ばれています。
では、世界で、もっとも子どもの学力の高い国は?

そう、北欧のフィンランド。

その教育は、
「ぬるま湯に入ってのうのうとしてる」と中山文科相がいうほどの、
まさに本当のゆとり教育。

まず、親たちにゆとりがあります。
男も女も早くうちに帰り、子どもと一緒に夕飯を食べます。
長い夜をともに過ごすことができるのです。

教師にもゆとりがあります。
国や教育委員会が、教師を縛ったりしません。
教科書検定制度もないんです。
教室には、生徒は25人以下。
グループ学習が盛んで、できる子ができない子を教えたりもします。
父母や地域のひとが、ボランティアで学習支援にも参加します。

序列をつけるテストはなく、
宿題や塾もありません。

教育の基本は、機会均等。
教育はすべて無償。
親の経済格差が子どもの学力格差になるなんてことはありません。

一方、自称「ゆとり教育」を進める日本では、
「100人に1人エリートが育てば充分。
 『すべてに等しく』なんて金の無駄」
というのが政府のホンネ。

これは、ごく一部の「勝ち組」に手厚く、
圧倒的多数の「負け組」に冷たい「小さな政府」の特徴。

だから、「教育基本法」を変えたいんです。
「愛国心」が盛り込まれていないのも不満なようです。
愛は、強制されたら、消えるのに……。

フィンランドでは、9年の義務教育を1年延長できるんです。
すると、1年多く学んだ生徒は、どうなるか?
まわりから、「みんなより長くよくがんばった」と、ほめられるんだそうです。
勉強は、そもそも競争の道具ではないのでしょう。

北欧の小さな国では、
個人の能力が大切な資源。
教育はその資源を活かすための投資。

もし、僕がフィンランド人だったら、
絶対に、教師にはなれないでしょう。
大学卒業後、5年の養成期間があり、憧れの職業なんです。
フィンランドの先生たちは、
バブル期に教師になった僕なんかとは大違い。

フィンランドが育てようとするのは、
自立して、自分の物事を考え、判断できるひと。
だからこそ、民主主義が育ち、
9割近い投票率で、みんなで社会を作っていくのです。

フィンランドの教育が、昔から、こんなによかったわけではありません。
では、フィンランドが、教育モデルとした国は?

実は、日本。

60年代、教育の方向性を模索していたフィンランドは、
日本の「教育基本法」にいたく感動して、
そのとおりに、教育をしてきたのです。

だから、日本の教育を少しでもよくしたかったら、
「教育基本法」を「改正」するんじゃなく、
「教育基本法」の通りにすればいいんです。

娘よ、たまにはパパと一緒に勉強しようぜ。
「いや」とか言うな!

Love and Peace ・・)v

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北欧研究会レポート②

世界を二つに分けるとしたら?
僕は、迷わず、すぱっと分けます。

うちの外とうちの中。

北欧の暮らしを見ていると、
そのうちの中を、工夫して、とても豊かにしていることに感動します。
ろうそくの灯り、デザインのいい家具、そして家族。
冬、長くて寒い夜、それゆえ、うちの中に気をつかうのでしょう。

自然環境が厳しく、小さな国、たとえば、かつてのデンマークは、
国の外に目を向けるのではなく、国の中に目を向けました。
他国を占領して国を大きくするのではなく、
国内にたくさん木を植えることで、国を豊かにしました。

かつて仕事人間だった僕は、
うちの外でのことばかりに気をつかっていました。
それなりに、うちの外で、成果はあげたのですが、
いつも僕は、孤独で、充たされることはありませんでした。
うちの中を充実させることを忘れていたのです。

うちの中は、世界の半分、そして世界の中心。
とても重要なところなんです。

「外」も大切ですが、「中」も大切。
成長には限界がありますが、成熟には限界はないのです。

北欧は、福祉大国ゆえ税金が高いので、人々は質素に暮らします。
モノもとても大切にして、DIYやリサイクルが盛ん。
とてもエコのようです。
デンマークには、風車がたくさん回っているそうです。
風力発電です。
原子力で電気をつくったことはないといいます。

デンマークには、エコなコミュニティがたくさんあります。
ソーラーなどでエネルギーを作り、
オーガニック野菜なども作り、
それぞれが、コミュニティのためにできることをして、
食事当番があったりして、みんなでご飯を食べることもあるそうです。
いらなくなったモノは集積所に置けば、他の誰かが使ってくれ、
洗濯機や自動車を共有して、経済的な暮らし。

娘よ、デンマークがパパを呼んでるぜ。

デンマークはキルケゴールという哲学者も生みました。
生涯、一人の女性を思いつつ、孤独に生きた彼の言葉。

「人生は後ろ向きに理解されるが、前向きに進んでいく」

娘よ、北欧旅行、前向きに考えるぜ。
わかってるって、デンマークのLEGOランドも行くからさ。

Love and Peace ・・)v

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北欧研究会レポート①

ノーベル賞のノーベルを生んだ国、スウェーデンは、
僕と娘が尊敬している「長靴下のピッピ」の出身地でもあるんです。

女性の8割がフルタイムで働き、
残業はほとんどなく、
5時になれば、男も女もうちに帰り、
家事は分担して、家族で夕ご飯を食べる国。

男女同権が最も進んだ国の一つで、
国会議員のほぼ半分は女性で、
家事・育児をしない男性は結婚相手の対象外だとか。

5時に職場を後にできるなんて楽でいいな、
と思う日本人は多いでしょう。
しかし、とんでもない。
仕事と家庭を両立させることは、
仕事だけに打ち込むより、ずっと難しいことです。
家事・育児をなめてもらっては困ります。

教育費は、無料。
社会人も、無利子の奨学金で、簡単にもう一度学ぶことができます。
ストックホルム大学の平均年齢は28才だそうです。

福祉大国のスウェーデンでは、「生存権」がきっちり守られ、
街中がバリアフリーで、障がい者も社会の一員、
病院はほとんど無料、
老後も年金と施設が充実しているので、
安心して、誇りを持って、自立しつつ、年をとることができます。
そのおかげで、ホームレスは存在しません。

男女が平等なだけでなく、子どもも老人も平等。
一人ひとりを尊重することは、民主主義の基本。
なんと、投票率は、90%だと言います。

日本とほぼ同じ国土に、
880万人が自然と共生しています。
白夜の夏は、サマーハウスでのんびり。
週末は、コロニーガーデン(賃貸の庭)でリラックス。
冬は、日照時間が短いため、うちの中の生活が充実します。
そんな中から、北欧デザインが生まれたのでしょう。

もちろん、税金はとても高いのですが、
スウェーデン人たちは、あまり文句は言わないそうです。
福祉大国であることを選んだのです。

これこそ、まさに「大きな政府」、
「官から民へ」の「小さな政府」とは大違い。

スウェーデンは、Love and Peace な国。
190年も戦争をしていないんです。

娘よ、もっと研究するぜ。
それより、行っちゃう?

以上、北欧研究会のレポートでした。

娘よ、スウェーデン人にはなれないって。
心配するな、パパのコミュニティ村がスウェーデンみたいになるから。


Love and Peace ・・)v


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北欧スタイルな週末

昨日、娘が目覚めたのは、昼。
連日11時過ぎまで起きている娘は、
休日は寝貯めが必要なのでしょう。

だいぶ寒さがやわらいできました。
そこで僕は昼前に、コロニーガーデン(ベランダとも言う)に出ました。
チューリップが、芽を少し出し、春を待ち構えています。
ずっとサボっていたガーデニング、
室内で育てていた花を外に出し、大きな鉢に移したり、
枯れた植物を葬ったり、掃き掃除をしたり。
やはり、土をいじることはいいものです。
実は、僕、農業高校造園科卒なんです。
もっとちゃんと勉強しとくべきだった……

昼ご飯の後は、「デブや」を見て、出かけることにしました。

図書館へ。

北欧研究会(現在会員2名)の活動の一環。
娘はノルウェーにそのうち出かけるらしいので、
僕は北欧の福祉やライフスタイルに興味があるので、
お互いノートと筆記用具を持って出かけたのです。

僕は小説のリサーチもしました。
そのうち、関係ない本ばかり机に積み上げていました。
一方、娘は熱心に、ノルウェー情報をノートに写していました。

娘よ、やるな。北欧研究会の会長にしてやるぜ。

娘は、特にデンマークのLEGOランドに興味があるようでした。

僕が惹かれたのは、北欧の人たちが白夜の夏を過ごすセカンドハウス。
自然の中の質素なサマーハウス。

夕方、僕たちは週末を過ごすため、セカンドハウスへ。
田舎にあり、庭とキッチン付きの質素な小さな家。

娘よ、実家じゃない、セカンドハウスって呼べ。
恥ずかしくなんかないって。

セカンドハウス(実家とも言う)での静かな時間、
リラックスして、どこにも出かけず、何もしない。
寒い日曜日、家族が近くにいるあたかく小さな家。
夜食に寿司が出てくるすてきなところ。

父ちゃん、いつもありがとよ。

今日また昼まで寝た娘は、午後からサードハウス(ママの家とも言う)へ。

娘よ、ママによろしくな。
パパはスウェーデンの研究しとくから。
190年戦争してない国なんだぜ。
じゃあな、また明日、会長っ。

Love & Peace^^v

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頭の中の正三角形

正三角形を頭の中で描いてみろと言われれば、
いくら数学が苦手な僕でも簡単にできます。
2分の1成人式を終えたばかりの娘でもできるはずです。

三辺の長さが同じで、三つの角はすべて60度。

しかし、定規など使わず、手で正三角形を描けと言われたら……、
おそらく、死ぬまでがんばってもできないでしょう。

でも、これが人間なんです。
頭の中にある正三角形に自分を近づけようとするのが人生。

そんなことできるわけがないとあきらめてしまうひともいるでしょう。
そもそも、頭の中に正三角形を想像しないひともいるでしょう。

このことは、幸福についても言えそうです。
幸福とは、実は、幸福を追い求めることですから。
あきらめたり、想像しなかったりしたら、幸福にはなれません。

憲法九条も、そう。
永久不戦は、究極の理想。
そんなことできるわけがないと、あきらめているひともいるようです。

もちろん、僕はあきらめません。
大したことはできませんが、死ぬまであきらめないつもりです。
たとえ、僕が死んでも、僕の書いたものがあきらめないはず。

憲法九条は、僕にとって、最も崇高な「頭の中の正三角形」。

憲法九条は、たしかに、「理想」ではありますが、
60年も日本に戦争を許さなかった「現実」でもあるんです。
現実と理想の間で、その輝きを失わず、日本、いや世界を照らしているんです。

僕は小説も書きます。
小説とは、つまり、フィクション。
されど、フィクションも、現実と理想の間の物語。
現実の一歩先の世界をつくるんです。

娘よ、パパは負けないぜ。
正三角形をイマジンするぜ。

Never Give Up!

あきらめないこと、それだけでたたかっているんです。
たとえ、家事で忙しくて、デモに参加できなくても。

娘よ、心配するな。
パパは、一人じゃない。

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2分の1成人式

今日の午後は家族休暇をとりました。
娘の小学校の参観会。
今日は大きなイベントが企画されていました。

2分の1成人式。
10才になったお祝いです。

子どもたちは、一人ひとり、先生から、
2分の1成人証書と、
僕たち親が事前に書いた手紙を受け取ります。

その手紙には困りました。
お題があって、「小さかった頃の思い出」だったからです。
シングルになる前は、仕事人間だった僕、
考えることといえば、いつも自分のこと。
残念ながら、娘との思い出があまりなかったのです。

「これからは仕事さぼりまくるから、
 いっぱい思い出つくろうぜ」
と、書きました。

子どもたちは、一人ずつ、親に感謝の言葉をいいました。
親の仕事の大変さなど、子どもたちはちゃんと理解しているようでした。

娘の番がまわってきました。

「お父さんは、料理をつくってくれ、
 掃除や洗濯もしてくれます。
 一年生の頃から、うちの仕事をするお父さんはすごいと思います。
 私も、うちの仕事を覚えて、少しでも役に立ちたいです」

娘よ、シュフの尊さをわかってくれ、うれしいぜ。
一瞬、変な沈黙がありましたが、僕はちょっと誇らしくなりました。

今日は、気温も高く、春の陽気でした。
僕はうちに車をおいて、歩いて学校に行きました。
娘の通学路を歩いてみたかったのです。

懇談会が終わると、娘と歩いて帰りました。
娘はいつも車で帰るので、歩いて帰るのが好きなのです。
たくさん、道草を食って、ゆっくりと帰りました。

娘よ、「夢の家事分担」、現実になるみたいだから、うれしいぜ。

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モッタイナイ

娘に、モノは大切にするように教えたんです。

「モノは長く使うといいよ。
 壊れても、なおして。
 そのうち、思い出がいっぱい染みこんで、
 世界にたった一つのモノになるんだよ。
 それは、お金じゃ買えない価値があるんだぜ」

実家の近くに、洋傘修理の店があるんです。
うちの傘も何回かなおしてもらいました。
今履いている靴も、踵の内側がすり切れたのですが、
靴修理店で、なおしてもらい、何年も履いています。

モノは修理すると、いっそう愛着がわきます。

電気屋で、電化製品の修理を頼むと、
「新しいのを買ったほうがいいですよ」
と、勧められますが、たいてい修理して、使い続けます。

なんと、うちのテレビは、1977年製。
かつては、新しいテレビを買いたいので、壊れてほしかったのですが、
今では、もう愛着がわき、長生きを祈っています。

今あるものを、大切にする生活がいいんです。
今ないものを、欲しがっても幸せにはなれないんです。
 
日本語のモッタイナイという言葉が、国際語になりそうです。
環境に対するとりくみで、初のノーベル平和賞受賞者マータイさんが、
来日した際、その言葉に、感動して、国際語にしようと言ったんです。

娘も、よく言うんです。
モッタイナイ、と。

娘は、モノを大事にします。
少女マンガ雑誌のおまけ、ぬいぐるみ、
きれいな写真の切り抜き、使いかけのノート、
ペットボトルのおまけ、もう遊ばないおもちゃ、
そして、マンガ、マンガ、マンガ、マンガ……

娘よ、捨てなきゃ、部屋は片づかないって、言ってるだろ。
勉強部屋、いつまで開かずの間にしとくんだよ。
あんなに勉強するって約束して買った勉強机、
今じゃ、物置になってるじぇねーか。
捨てろって言ってるだろ。

え、モッタイナイ?
うるさい。
うちじゃ、もうモッタイナイって言うな。

パパの本も捨てろって?
パパは作家なんだからいいんだよ。
モッタイナイだろ。

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ひとの話をちゃんと聞く

長年、客商売をしてきた母が言うには、
立派なひとと立派じゃないないひとの違いは、ただ一つ。

ひとの話を聞けるかどうか。

立派なひとは、どんなひとも見下さず、話をちゃんと聞くそうです。

僕が教師なりたてで、熱血教師と呼ばれていた頃、
カウンセリングの市民講座を受講したことがあります。
そこで、ロジャースというひとのカウンセリング法を習ったのですが、
教わったことは、ただ一つでした。

相手の話をちゃんと聞く。

つまり、高飛車にアドバイスなどせず、
相手の気持ちを、あるがまま受容して、同じ立場で共感して、
話をちゃんと聞けば、相手は、自らの力で立ち直っていく、と。

おしゃべりな僕のことですから、
いつも、このことを心がけています。
それでも、充分、しゃべりすぎているとは思いますが。

1+1=?

僕は、3で、そして1になると思っています。
たとえば、僕と君が愛しあい、子どもが生まれます。
1+1が、ここで3になります。
そして、愛で絆が深まり、一つの家族になります。
これで、1+1が、最後に1になるのです。

シングルの僕が言うのもなんですが……。

水素と酸素をあわせても、
エネルギーが生まれ、3になり、
最後に水になって、1になります。

ひとの話を聞くことも、これに似ています。
自分と違う考えのひとの話をよく聞くと、
新しい考えに気づくものです。
そうなると、その人間関係も深くなっていきます。

もちろん、言葉で、たたかわなくてはならないときもありますが、
ひとは「みんな違ってみんないい」のですから、
たいてい、話はよく聞くべきなのでしょう。

だいたい、誰でも、話をちゃんと聞くと、いいことを言っているものです。

娘よ、待て、これ書いちゃうまで。
パパが話聞いてくれないって?
だから、書いたら聞くから、待てよ。

娘の小学校ネタ、
小さな世界ですが、毎日エキサイティングで、聞き逃せません。

さ、もう終わるから、また小学校の話聞かせてくれ。
昨日のあの事件の続きは、どうなった?

Love and Peace ・・)v

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バレンタインな昨日今日

昨夜は、11時まで娘とキッチンにいました。
僕は、娘のチョコづくりの助手として。

娘のチョコレートづくりは、とても簡単。

① ロッテのパイの実をビニール袋に入れて、叩き、粉々にする。
② ロッテのガーナチョコレートを湯煎で溶かす。
③ ①と②をボールの中でよく混ぜる。
④ ③を平たく伸ばし、型で抜く。
⑤ マーブルチョコやアポロなどで、トッピング。
⑥ 冷蔵庫で冷やし、固まればできあがり。

できあがって、味見をしてみると、これがなかなかおいしいのです。
今朝、娘はそのチョコを4つの袋に分けました。
そして、一つを僕にくれました。

夕方、学童に迎えにいくと、
車の中で、僕が学校でもらってきたチョコを、山分け。
うちに着く前に、半分以上食べてしまいました。

それにしても、チョコレートは、幸せな味がします。
まさに、sweet of sweets. (スイーツの中のスイーツ)

娘は、お姉さんたちの手作りチョコに感動していました。

ま、娘よ、そのうちつくれるようになるよ。
パパが味見してやるからさ、またつくろうぜ。

さて、娘がチョコをあげたのは、クラスメイトの女の子。
友チョコだったようです。
娘の言葉に嘘がなければ……。

かつて、戦争中のローマ帝国では、
結婚を禁止していました。
愛する妻を思えば、兵士の志気が下がるからです。
しかし、聖バレンタインは、秘密でカップルたちを結婚させました。
ところが、それがばれてしまい、
2月14日、聖バレンタインは処刑されてしまったのです。

戦争反対!恋愛賛成!
なんて、Love and Peace な日。

さ、娘よ、平和を祈りながら、寝る前にまたチョコ食べようぜ。

Love and Peace ・・)v


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スモール・ライフ

この頃、金をあまり使わないで暮らす術を研究しています。
将来のコミュニティ村での生活に備えて。
物欲は、心の贅肉。
いかに、不要なものを買わず、シンプルに暮らすか。

金で買えないものは、やはり、たくさんあります。
たいてい、とても大切なものばかり。
金で買ったものが増えれば増えるほど、
金で買えないものを失っていくような気がするのです。

それでも、金を使うことは、とても大切なこと。
使うべきところには、ガツンと使うべきです。
僕の場合、芸術やおいしいものには、金を惜しむつもりはありません。
「社会責任投資」として、金を使うことも大事。
環境にやさしい企業や店のものを買うとか、
フェアトレードで発展途上国からオーガニックなものを買うとか、
Love and Peace な組織に寄付をするとか。

金がなくては幸せになれないときは、心が貧しくなっています。
本当に心が豊かなら、
遠くに行かなくても、ただ近所を散歩するだけで、
どこにもでかけなくても、うちでのんびりするだけで、
小さな幸せをいくつも見つけられるはず。

小さな暮らし、これがいいんです。

僕は小さなうちが好きなんです。
家族が近くにいて、
手が届く範囲の暮らしがいいんです。
掃除も楽だし。

狭い家に住み、広い世界に生きる。
このダイニングキッチンで、ブログれば、世界とつながるんです。
僕はこれからもせっせと小さな幸せを発見しては、世界に発信していくつもりです。

娘よ、心の贅肉をとったら、体の贅肉もとるぜ。
しかし、明日はバレンタインデー……
今作ってるそのチョコ、パパのもちゃんとあるよなっ。

Love and Peace ・・)v

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イマジン・ピース

パスタとピザの国、スローフード発祥の地でもあり、
オペラも盛んなイタリア。
そんな憧れの国で、冬季オリンピックが始まりました。

「パッション、ここにあり」
トリノ・オリンピック開会式を見ました。
ブラボー!

かつて、サラエボでは、オリンピックが開催されました。
しかし、オリンピック後に、内戦が起こり、戦火で廃墟となってしまいました。
その次のオリンピックの開会式で、大きなスクリーンに映しだされたその光景……
戦争の愚かさと平和の尊さを、世界に訴えた瞬間でした。

そう、オリンピックは五大陸が一つになる「平和の祭典」

聖火の点灯が近づき、僕は緊張してきました。
すると、雪のように白い服の女性がスポットライトを浴びました。

オノ・ヨーコ。

イマジン、ピース!
私たち一人ひとりには世界を変えるパワーがあります。
そのパワーはミステリアスに動くのです。
まるでドミノのように。
そんなに大したことをしなくてもいいのです。
まず、平和を考えることから始めましょう。
今こそ行動の時、その行動が平和なんです。
平和を世界に広めましょう。

Imagine all the people living life in peace....
(想像して、みんなが平和に暮らしていることを……)

最後にヨーコがジョン・レノンのメッセージを読み上げました。
そして、イマジンが、トリノから世界に向けて歌われたのです。

娘よ、パパは泣いてなんかないぜ。
あくびしたら、涙が出たんだって。

Love & Peace^^v

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春を見つけた土曜日

最近、教師を副業でやっていると、
教え子たちから疑惑をかけられている僕ですが、
教師として、自慢できることが一つあります。

それは、工業高校にいたころのこと、
僕は生徒会の顧問だったんです。
生徒会室で僕が教えたのは、民主主義。

あえて、頼りない僕の姿を見せ、
生徒たちの自主的な活動をうながし、
あえて、僕は指示を出さないで、
生徒たちが、民主的に話しあって動くのを見守りました。

その生徒会執行部は、スーパー生徒会と呼ばれ、
僕の自慢であり、誇りでもありました。

「生徒会執行部の子たちすごいね」
と、よく職員室でほめられました。
「僕は何もしてませんから」
「だから、いいんだよ」
いちおう謙遜したつもりだったんですが……

で、僕の自慢は、僕が顧問のあいだ、
その工業高校史上初の女子生徒会長が誕生したこと。
そして、次もまた女子生徒会長、
さらに、その次も女子生徒会長と、
三代続けて女子生徒会長が誕生したことなんです。

今日は、昼間、その三人娘がうちに来て、ホームパーティー。
僕は張り切って、イチゴのババロアとチーズケーキを作りました。
メインディッシュは、ジロー鍋(餅入り水炊き)。

デザートの前に、腹ごなしに、
空っ風の中、みんなでウォーキングに出かけたんです。
寒かったんですが、もうタンポポが咲いていました。
しゃがんで近くで見たら、テントウ虫もいました。

もう、春。

今日は、三人娘にも会え、おいしいものも食べ、春も見つけ、
小さな幸せテンコ盛りな一日でした。

娘よ、三人娘に続け。
そして、日本を変えてくれ。
だいじょうぶ、パパが育ててるんだから。

え、パパは何もしてないって?

だから、いいんじゃん。

Love & Peace^^v

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サマーハウス&コロニーガーデン

ちょっと、この頃、北欧を研究してるんです。
将来のコミュニティ・ライフのヒントになるような気がして。

とりあえず、スウェーデンの紀行文を読みました。

サマーハウスというのがあるそうです。
夏、たくさんの日光を浴びるため、居住地を離れていく家。
自然の中、電化製品や人間関係は持ち込まず、アンプラグドな生活。
夜は、キャンドルライトで過ごすのです。

そこで何をするのかというと、
電化製品や人間関係など街のものは持ち込まず、
金もつかわず、ひたすらぼーっとして過ごすそうです。

サマーハウスは、別荘というほどのものではなく、
自家用車感覚で持つ、丸太小屋のようなものらしいのです。

サマーハウス、なんてすてきな響き。

都会のスウェーデン人は、なんと庭をレンタルすると言います。
自治体が土地を買い上げ、区画にわけて、安価で貸すのです。
オフの時は、街を離れ、ガーデニング。
コロニーガーデンと呼ばれるその庭は、大人気で、
申し込んでも、数年待たないと借りられないとか。
庭には、キッチン付きの小屋がついていて、お茶くらいは飲めるそうです。

コロニーガーデン、なんてすてきな響き。

スウェーデン人は、オン・オフの切り替えが上手なようです。

最近、夢のコミュニティに向けて、調査を始めました。
ネットで調べると、車を買うくらいのお金で、畑とうち付きの土地が買えるのです。
夢はぐっと現実に近づいてきました。
まずは、サマーハウスとコロニーガーデンを実現させることにします。

娘よ、パパの村は、もうすぐできるから。

え、お金がないって?

心配するな。
それなら、うちの軽キャンピングカーをサマーハウスにして、
うちのベランダをコロニーガーデンにすればいいんだって。

Love and Peace ・・)v

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スローな体内時計

そういえば、シングルファーザー・デビューしたての頃、
娘は小学校に入ったばかりで、
僕が、数え切れないくらいほど言っていた言葉があります。

「はやく」

朝起きてから、学校に送り出すまで、
「はやく」を連発して、せかします。
うちに帰ってきて、寝かすまで、
また「はやく」を連発して、せかし、
娘がのろまなので、イライラして、怒鳴ったものです。

「はやくしろ!」

いつしか、語尾が「はやく」になっていました。

「勉強してよ、はやく」
「ごはん食べてよ、はやく」
「これ片づけてよ、はやく」
「もう歯を磨いてよ、はやく」
と、こんな感じで、鞭を入れる騎手のようでした。

あるとき、「のろま」と娘に怒鳴りました。
すると、娘に言われました。
「パパに似たんだよ」
「は?」
「おじいちゃんが、言ってたもん」
「…………」
おじいちゃん(僕の父)は、いつも娘の味方なのです。
たとえ、僕のほうが正しいときでも。

娘よ、見てろ。孫はめちゃめちゃ甘やかすぜ。

さて、僕はベランダで植物を育てはじめました。
植物は、どんなにせかしても、はやく成長しません。
肥料を大量にあげたこともありますが、ほとんど枯れてしまいました。
そのとき、僕の体内時計が変わりました。
「動物時間」から「植物時間」に。

せかしても、すぐには育たないもの。
できることは、環境を整え、待つだけ。
毎日、少しずつ、一歩一歩、
スローだけれど、ベランダの植物も、娘も、確実に成長しました。

実は、僕、仕事がとても速いんです。
家事も、速攻で、片づけます。
この頃、手を抜けるところを見抜く技術が身についたようです。
仕事も家事もさっさと片づけ、スローにリラックスするのが、うちのスタイル。

時計は、人間の主人ではありません。
時計に縛られると、イライラするものです。
自分の時間、自分の体内時計を持つことが、僕には不可欠。
最近、娘も、娘の時間、娘の体内時計を持つようになりました。
これで、さらに家内時計がスローになりました。

「はやく」と言わないスローな暮らしはいいものです。
今、ゆっくりと、明日のおでんを煮込んでいるところです。

それにしても、娘よ、スローもいいけどさ、寝るの遅くないか?
毎日、11時過ぎまで起きてるけどさ。

ま、人生は限られている、うちはうち、よそはよそ。


Love and Peace ・・)v

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うちでおいしいごはん主義宣言

僕も三十代後半、
一度ついたら、なかなかとれない贅肉が気になる今日この頃ですが、
ついに、気づいてしまったのです。

痩せているひとが必ずしも全員幸せとはかぎらない、と。
痩せているひとが必ずしも全員モテモテとはかぎらない、と。

だから、やっぱり、食うことにしました。
ただし、おいしいものだけを。
芸術至上主義者の僕は、おいしくない食べ物には妥協できないのです。

僕の好きなテレビ番組の一つ、「元祖!でぶや」
でぶちゃんのタレントが二人出てきて、おいしいものを食いまくるのです。
とても、幸せな気分になります。

今日の朝ご飯は、昨夜のキムチ鍋の残りで、雑炊を食べました。
鍋物は、二回おいしいところが、すごいところ。
最近は、まだ冷凍した餅が残っているので、雑煮を食べます。
ダシ醤油に白菜を入れただけのシンプルなもの。

朝食後、娘を送り出し、弁当づくり。
僕はランチタイム・ベジタリアンなんです。
今日のメニューは、ひじきと大豆の煮物とほうれん草のおひたし、
プチトマトを添えて、のりごはん。

かつては、そのようなメニューは大嫌いでした。
しかし、今は、おいしく感じるようになりました。

そのような粗食をおいしく食べるコツがわかりました。
まず、腹ぺこになってから、弁当箱を空けること。
そして、米をおいしく炊くことです。
米がピッカピカに炊ければ、おかずがいまいちでも、けっこういけます。

米は、土鍋で炊きます。
僕の弁当には半合、娘との夕食には一合。
いつも、炊きたてを食べるのです。

今日の夕食は、ロールキャベツ。
スープは、デミグラソースで、ジャガイモも入れました。
これが、おいしいこと、おいしいこと。
将来ジロー's カフェのメニューに入れなくてはいけません。

最近、外で、まずいものを食べることはあっても、
うちで、まずいものを食べることはなくなりました。

それでも、時に、娘にとってまずいものを、あえて、食べさせます。
これは、娘の味覚のバラエティを広げるため。

娘よ、今に、おいしくなるぜ。

とにかく、この頃、仕事が終わると、うちに帰るのが楽しみです。
腹ぺこで、早く、僕のつくるごはんを食べたくなります。

これは、僕の料理が上手になったからではないと思います。
たぶん、シングルファーザー四年目にして、
ようやく、「我が家の味」が、確立できたからでしょう。

娘よ、長い道のりだったぜ。
しかし、やはり食いすぎだから、
春になったら、またサイクリングに行こうぜ。
それまで、食いまくるぜ。

Love and Peace ・・)v

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ジョン・レノンになる

先日、うちのクラスの生徒に頭を下げました。
「そのマンガ貸してくれ」
「教師が生徒のマンガ借りて、いいの?」
「いいのです。貸してください」

で、先ほど読み終わりました。
「ブラックジャックによろしく」13巻。
1~12巻も、その生徒に借りて、読みました。

これに文学が勝てるのかと不安になるほどの傑作。
熱血研修医が、騒動を起こしながら、医療を学んでいく物語。

今回は、精神科の話でした。

頭が薄く、太った新聞記者が出てきます。
決してかっこよくはないのですが、彼は言うのです。

「ジョンレノンになりたい」、と。
自分の言葉で社会を変えるつもりなのです。
精神障害者の差別と偏見をなくすため、
ペンを持って、立ち上がるのです。

 誰も読まないものは「表現」ではない。
 しかし、多くのひとに読まれても、
 そこに伝えたいことがなければ「表現」ではない。

あるとき、同僚に言われます。
そんなことしても何も変わらない、と。
その時、彼は答えました。

「何も変わらないかもな。
 私は何も変わらない」

記事を書き終え、何も変わってないと落胆する彼に、
一緒にたたかった精神科医は言いました。

「変化を感じたければ変わらなければいいのです。
 この先どこへ行っても、
 自分が変わらなければ、それでいい……」

二人は握手をします。

そして、主人公の研修医も、最後に分かるのです。

「最も難しいのは闘い続けることだ」、と。

娘よ、パパもたたかい続けるぜ。
たたかうとは、誰かをうち負かすのでなく、困難に立ち向かうこと。
パパも、ジョン・レノンになるぜ。

教え子よ、明日返すからさ。
14巻出たら、また夜露死苦。

Love and Peace ・・)v

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自由から逃走せず愛すること

去年、苦労して「自由からの逃走」を読みました。

ひとは孤独や不安を感じると、
大きな強いものに服従して、安心したがり、
自由から逃走するのです。

サルトルの言葉を思い出します。

「人間は自由に宿命づけられている」

僕は学生時代、死にたくなるほど、悩みました。
「僕には意味がないのではないか」、と。
僕を救ったのは、そのサルトルの言葉でした。

「実存は本質に先行する」

モノは、本質があって存在します。
書くという「本質」があって、ペンが作られ、存在(実存)するように。
ところが、人間は、本質より先に生まれ、存在します。
つまり、生まれてから、自分の本質を、自分で見つけるのです。

だから、「僕には意味がない」というのが正解だったのです。
「本質」はこれから見つければいいのだ、と元気になりました。
サルトル先生、その節はお世話になりました。

さて、「自由からの逃走」が発表されたのは、1941年。
ユダヤ人のフロムが、ナチスを念頭において書いたのです。
まさにファシズム前夜のこと。

この前の衆議院選、多くの若者がコイズミを支持したそうです。
その半分は、不安定雇用だという若者が。
これこそまさに「自由からの逃走」
これがさらに進めば、ファシストが笑顔でやってきます。

不安なのは分かります。
しかし、自由から逃げてはいけないのです。
人間は、自由に宿命づけられているのですから。

さて、フロム先生は、愛の専門家でもあります。
孤独で不安なひとは、支配または服従で、絆をつくろうとします。
これは、実は、暴力やファシズムの温床。

先生いわく、これは愛ではありません。
「愛とは、自由と平等に基礎づけられる」のですから。

そういえば、ジョン・レノンも、Love is free. と歌ってました。

しかし、娘よ、先月号のチャレンジ終わらせて、
パパにテレビを見る自由をおくれ。

ったく……。

Love and Peace ・・)v

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「ミュンヘン」を見たシングルナイト

昨日は、教師として、組合の教育研究集会に行ってきました。
講演を聴き、他の学校の先生たちと語り、勉強してきたんです。

聞いたか、教え子たちよ。

その後、飲み会があったので、ノンアルコールで参加。
米を作り、そばも打てる先生と、いろいろ話ができて、楽しかったです。
僕が夢見るコミュニティのことを話すと、
「イノシシ撃って食べられるなら、そんなに難しいことではない」、とのこと。

娘よ、シシ鍋、食べに行くぞ。

しかし、その後、いろいろと事件がありました。
ケイタイでブログっていたら、充電が切れました。
車内にアダプターがあるので、車に戻ろうとしたら……、
有料駐車場がどこか忘れてしまったのです。
夜の街を、ずっと歩き続けました。
もしかしたら、車を盗まれたのでは、と怖くなってきました。

一時間近く、絶望的になりながら歩き、ようやく見つけました。
ふー。
「地図の読めない男」はつくづく困ります。

で、映画館に。
シングルナイトは映画に限ります。
なんとか、最終の上映に間に合いました。

「ミュンヘン」

ミュンヘンオリンピックで、イスラエル人選手団11人が殺されました。
パレスチナ過激派によって。
そこで、報復のため、ユダヤ人暗殺チームが結成されます。

チームは、一人ひとりと、暗殺を続けていきます。
主人公アヴナーは、そのチームのリーダー。
暗殺経験はなく、妊娠中の妻を残してきたアヴナー、
料理が得意で、メンバーたちにおいしいごはんをつくります。

途中、アヴナーはパパになります。
それでもミッションは続行。
やがて、チームも狙われ始め、仲間を次々に失っていきます。

ある夜、パレスチナゲリラの青年と話すことがありました。
「我々は、百年かかろうと、決してあきらめない」
その青年も殺すことになります。

「殺しても、さらに過激な後継者が生まれるだけだ。
 このミッションに終わりはあるのか?」

アブドは自問自答し、遠く離れた家族を思います。

「この先には平和はない」
と、アヴナーは家族のもとに帰っていきます。

暴力の行きつく先は、さらなる暴力

これが、ユダヤ人であるスピルバーグのメッセージなのでしょう。

映画館を出ると、
外は寒く、僕は一人。

むしょうに愛するひとに会いたくなりました。

おばあちゃん、今、サツマイモ焼けたから、もってくよ。

Love and Peace ・・)v


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ブロガーの誇り

そんなこと、一文の得にもならない……

よく耳にする言葉。
ものの価値を数値化して、値段をつける。
一文の得にもならないことは、意味のないことだ、と。

バブルのころ、僕は車を運転していて、ドブに車輪が落ちたことがあります。
冷たい雨が降っていたことを覚えています。
そのとき、見知らぬひとが二人、車を降りてきて、
雨に濡れながら助けてくれました。
僕は二人の指示を聞きながら、
車の中でハンドルを握っていました。
それで、ようやく、車をドブから出すことができたのです。
僕はお礼を言おうと、車を出ました。
すると、二人は風のように去っていったのです。

二人は、一文の得にもならないことをしたのです。
ずぶ濡れになり、謝礼の言葉さえ聞かずに。

ネアンデルタール人も、弱者にはやさしかったようです。
障害者の成人の化石が遺されています。
それは、厳しい自然の中、みんなで助けた証拠なのです。
東横インの社長とは、大違い。

僕の尊敬するエドワード・サイード先生は「知識人とは何か」で言いました。

アウトサイダーになることを恐れず、
弱者の側に身を置き、
アマチュアリズムを貫け。

アマチュアリズムとは、一文の得にならないことをすること。
たとえば、金をもらって書くと、
どうしても、金をくれるひとに縛られて書くことになります。
たとえそう意識していなくても、金をくれるひとに貢献することになるのです。

だからこそ、ただで書くことは尊いのです。
そう、ブロガーたちは、尊いのです。

僕は物書きですから、書いたら金をもらいます。
ブログを書き始めたころは、一文の得にもならないからと、
実は、軽い気持ちで書いてました。

しかし、今、僕は本気(マジ)でブログやってます。
願わくば、アマの精神でプロの文章を書きたいものです。
一文の得にもならないけれど、本気(マジ)で書く。
これこそ、ブロガーの誇り。
そこんとこ、夜露死苦。

さて、今宵もシングルナイト、夜の街からケイタイでブログる店主でした。

さ、映画行こうっと。

娘よ、パパは一人でもかわいそうじゃないから。

Love & Peace^^v


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東京へゆくな ふるさとをつくれ

なんだか、本気(マジ)になってきました。

老後に、アナーキーなコミュニティをつくることに。
山奥の過疎地に、古民家を買うか、小さなうちを建て、
近所に仲間たちが集まって、暮らすんです。

みんな自分の足で立って、
寄りかからず、寄りそって、
求めあうのではなく、与えあう。

コミュニティの住民は、一人一芸を持つんです。
農業、大工、電気工事、手芸、音楽、看護、介護、話を聴く、などなど。
その芸で、あまり金を使わなくてもいいように、助けあうのです。

そこは、芸術至上主義者たちがパッションを発信し、
Love and Peaceなたたかいの本拠地でもあります。

職場に、仲良しの先生がいるんです。
団塊の世代で、かつては学生運動の闘士だったひと。
その先生は、昔、仲間とコミュニティをつくろうとしたそうです。

そこで、今日、コミュニティに誘ってみました。
「先生、長生きして、一緒にやろうよ」、と。

僕はある詩集から、一編の詩をその先生に見せました。


 「東京へゆくな」(谷川雁)より抜粋

 なきはらすきこりの娘は
 岩のピアノにむかい
 新しい国のうたを立ちのぼらせよ

 つまづき こみあげる鉄道のはて
 ほしより静かな草刈場で
 虚無のからすを追いはらえ

 あさはこわれやすいがらすだから
 東京へゆくな ふるさとをつくれ


谷川雁とは、僕の文学の師匠なんです。
もう亡くなってしまいましたが、
「大衆に対しては断固たる知識人、知識人に対しては断固たる大衆」
と称された、革命詩人。

さすが、師匠、しびれましたよ。
 
仲良しの団塊の世代のその先生も、この詩にしびれ、
すっかり昔の情熱を取り戻しました。
もちろん、アナーキーなコミュニティに参加してくれることになりました。
そして、誰を引き込むか、作戦も立てました。
暖かくなったら、土地を探しに行くことも決めました。

いちおう、娘も誘ってみました。
「いいねえ。モモもそこに住む。
 でも、仕事あるから、土日に行くね」
先ほど、コミュニティの地図を描いていました。
娘も、すっかり、乗り気。
「年に何回か、お祭りもしようよ。
 仕事行くとき、みんなの買い物もしてきてあげるよ」

娘よ、孫の面倒はまかせろよ。
パパの芸は、ベビーシッターだぜ。

Love and Peace ・・)v

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スタンド・アップ!

今日、娘は母親のところに行っています。
僕がつくったコーンフレーク・チョコチップ・クッキーを持って。
で、原稿の締め切りにも追われていない今夜は、
ひさしぶりのシングル・ナイトなわけです。

僕はまず美容院に行きました。
髪をカットしてもらい、ツンツンにキメてもらいました
そして、電車に乗って、夜の街に繰り出したのです。

僕が愛してやまないものの一つ。
それは、シングルマザー。
とくに、たたかうシングルマザー。
そんなシングルマザーに会いに出かけることにしました。

彼女がいたのは、映画館のスクリーンの中。
「スタンドアップ」の主人公。
もちろん、彼女はたたかうシングルマザー。

DV夫から逃れてきた彼女は、
新しい職に就きます。
それがなんと、男の中の男の仕事、炭坑での仕事。

彼女は、さまざまな差別やセクハラにあいます。
しかし、上層部はその問題には無関心。
ますますエスカレートする男達、口をつぐむ女達。
そんな中、何度も涙を流しながらも、
「私は自分で稼いで、自分の家を持って、子ども養いたい」と、
彼女は、自分の足で立つべく、仕事を続けます。

たった一人のたたかい。
彼女は、スタンドアップしたのです。

映画を見ながら、僕は何度も拳を握って、彼女を応援しました。

そして、最後の最後に、
一人ひとりと、スタンドアップして、
彼女とたたかうことを決意するのです。
会社が、いや世界が変わった瞬間でした。

弱者が、力の強いものに攻撃されていたら……、
答えは、一つ。

スタンド・アップ!

この物語は、実話に基づいているそうです。
そして、主演のシャーリーズ・セロンには、完全に撃ち抜かれてしまいました。
だてに、アカデミー主演女優賞とっていません。
実は、彼女、実生活で、
母親が暴力的な父親を正当防衛で射殺するという体験を持っているそうです。

映画のエンディングで、ひと泣きして、
最近、悲観的だった僕はすっきりしました。
答えは単純。
スタンドアップすればいいのですから。

娘よ、この前、一年生が上級生にいじめられてたとき、スタンドアップしたよな。
残念ながら、逆に蹴られたりして、泣かされたけど、さ。

パパも立ち上がるぜ。

しかし、それにしても彼女はステキだった……。
やっぱ、たたかうシングルマザーは、いい。
残像ともに、眠りにつくことにします。

Love and Peace ・・)v


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ノー・テレビ・ナイト

昨夜、ようやく原稿をEメールで送りました。
月末まで、1時間ほど残して。

で、今日は、一息ついているところです。
しかし、娘のチャレンジ1月号が終わってないのです。
ということは、今日からテレビ禁止なのです。

静かな夕食をとりました。
バイオリンのCDを聞きながら。
おかずは、豚ステーキ。
塩こしょうした厚めの豚肉を焼き、タレとからめます。
タレは、醤油、みりん、ごま油、しょうがを混ぜたもの。

明日は、娘は母親とお呼ばれに行く予定なんです。
そこで、手みやげを作ることにしました。
コーンフレーク・チョコチップ・クッキー。
けっこう、手間がかかるのですが、
娘は、勉強が忙しいと、なかなか手伝ってくれません。
何か頼んでも、めんどくさそうにします。

ったく……。

そこに、娘の母親から電話。
明日のことを話したんです。
僕が、手みやげを用意した、と言いました。
彼女は、おなかこわしそう、と文句を言いました。
僕がお菓子を作るなんて、想像もできないのでしょう。
「ならチョコチップのかわりに正露丸入れるよ」と言い返しました。

娘が電話に出ました。
「ママ、クッキーね、モモもいっぱい手伝ったんだよ」
娘は、僕のほうも向いて、人差し指を唇に当てました。

ったく……。

打ち合わせを終え、娘が電話を切りました。

「まあまあ、次は手伝うからさ」
と、僕の肩を叩きました。
「料理、男ばっかにやらせるなよ」
「パパ、わかってるって」
と、娘はまた僕の肩を叩きました。

テレビがないと、時間が増えたような気がします。
娘は、宿題の音読をしました。
いつもは読んでないのに、読んだと本読みカードに丸をつけているのですが。
「声に出して読む日本語」から「和尚さんと小僧」
娘が小さい声で読むので、
僕がお手本を見せました。
ヨー、ヨーと、ラップ調で。
娘には、大うけでした。

娘よ、見たか、パパの実力。

クッキーが焼き上がり、
ボサノバを聴きながら、試食。
絶品。
あげるのが、もったいなくなるほど。

娘よ、見たかパパの実力。

さ、今夜は、バイオリン、いつもより長めに練習しようぜ。

ママに会ったら、ちゃんとクッキーほとんどパパがつくったって言えよ。

Love and Peace ・・)v

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