« December 2005 | Main | February 2006 »

悲観的な僕に贈る言葉

どうも、ここのところ、悲観的になっていけません。
ま、こういう時もあります。

僕の働く学校で、ある先生が、生徒たちに言ったそうです。

「好きなことして金は稼げない。仕事が楽しいわけがない」

最近、若者の半分が非正規社員だとか。
それで、その先生は、世の中そんなに甘くないと言ったのです。
その通りです。
楽して、金は稼げないし、仕事なんて楽しいものでもない。

教え子達よ、わかったか。

しかし、その先生は生徒達に反論されてしまったそうです。

「でも、ジローさんは、楽しそうにやっている」、と。

ふー。

しかし、これも僕の仕事。
人生は楽しいものだと教えることが。
たしかに、僕は教師にむいていない教師ですが、
生徒にむいていない生徒もいるわけですから、
枯れ木も山のにぎわい、
そう、僕も教師していたっていいんです。

と、楽天的なのも僕の役目。

どうも、この頃、考えすぎてしまうのでしょう。
思考より行動の僕は、考えすぎると、たいてい悲観的になるようです。

さて、そんな悲観的な自分にかけてあげる言葉があります。
大学の英米文学科で、僕が格闘していた作家フォークナーの言葉。

Between sorrow and nothing, I will take sorrow.

 悲しみか、虚無か、
 私は悲しみをとろう。

そう、何にもないより、悲しんでいたほうが、いいんです。

愛されないことより、愛する人がいないほうが、不幸なんです。
悩むことより、何も考えられないほうが、つらいんです。

しんどいときは、たいてい、前に進んでいるものです。

さ、もう月末、締め切りが迫っています。
本業にとりかかるとします。

あ、そうそう、教師も本業ですから。
教え子達よ、わかったか。

娘よ、今日は月末だぜ。
チャレンジ終わってないと、明日からテレビなしだぞ。

月末は、パパも締め切りがあるんだから。
今月はもう、あと数時間しかないんだから。

娘よ、がんばれよ。
パパもがんばるぜ。
あ、がんばらないように、がんばるぜ。

Love and Peace ・・)v

今日も応援<(_ _)> → ランキングに一票!

| | Comments (8) | TrackBack (0)

原風景

この頃、いろいろとうまくいかないんです。
世界は、あいかわらず暴力の連鎖が断ち切られず、
日本は、あいかわらずイジメ社会化進行中、
そして、僕も、いろいろと……。

ま、人生には、いろんなときがあります。

うまくいかないときは、たいてい心のバランスを失っているものです。
気負っていたり、悲観的すぎたりするものです。

そういうときは、原風景の中に身を置くのが、いいんです。

この頃、日曜はたいてい実家にいます。
僕は四畳半の座敷で、兄と二人で過ごします。
朝から晩まで。
そこにあるのは、テレビ、ちゃぶ台、僕の座椅子、そして、兄のおまる。

兄は、心身障害者なんです。
言葉は、数語しか話せず、
トイレも一人で行けなくなってしまいました。
僕のことは、ジーと呼びます。

僕は座椅子に座り、膝にパソコンをのせて、執筆&読書。
テレビを見たり、兄をおまるに座らせたり。
兄に、お茶をいれたり、おやつをあげたりも。

娘は、隣の部屋で、ゴロゴロしながら、テレビを見たり、宿題をしたり。
祖母は、ずっと「うちの用」をしています。
両親は、夜まで店に出ています。

いつものことなのですが、一日中、兄といても、
別に退屈することなく、
あっという間に夕方になってしまいます。

僕が子どもの頃も、いつも兄といました。
両親は店に出ていて、
祖母はずっと「うちの用」をしていて、
兄と、話をするでもなく、遊ぶでもなく、ずっと一緒にいるのです。

これが、僕の原風景。

兄は、娘のことが好きなんです。
最近では、娘のほうがいばっていますが、
娘が近くに来ると、ニコニコしています。
娘も、多少ですが、最近、兄の世話ができるようになりました。

夕方は、娘と兄と三人で、車に乗り、近くの池のほとりに行きます。
そこで、池の水鳥を見ながら、お茶。
うちでは、これを遠足と呼び、兄が楽しみにしている日課の一つなんです。
僕も娘も、遠足が大好きなのです。

夕食は、祖母の大好きな肉料理を僕が作り、四人で食べます。

これも、きっと、娘の原風景になるのでしょう。

兄ちゃん、ジーは元気になったよ。
娘よ、また兄ちゃんと遠足いこうぜ。

Love and Peace ・・)v


今日も応援<(_ _)> → ランキングに一票!

| | Comments (8) | TrackBack (2)

スモール・イズ・ビューティフルな人生

このごろ、自分に言い聞かせてるんです。

小さきものは美しきかな。
Small is Beautiful.

これは、60年代に活躍した経済学者の本のタイトル。
膨脹し続けることを至上とする財界に、
早くから警鐘を鳴らしたことはスゴイと思うんです。
非暴力な世界が理想とも書いてあるLove & Peaceな本。

膨脹し続けるには、必ず限界があります。
その限界を越えるには、戦争を起こすか、法を破るしかないんです。

人生の折りかえし地点に達しようとする今、
日々、成長していく娘を見ながら、
僕は、成長より成熟、そんな時期に入ったようです。
もう背が伸びないからといって、
体重を増やしても、しょうがないんです。

僕は子どものころから、すぐ調子に乗りすぎるんです。
いつも、そこそこまでいったころに、
小さな自分を大きいと妄想して、
偉そうになり、天狗になり、敵をつくり、
好きなひとにも嫌われ、終わるんです。

ビッグになろうとすることは、決して悪いことではありませんが、
そのために、大事なことを忘れてしまうことは、よくあること。

小さな自分を大きく見せること、
これは、四字熟語で言ったら、「粉飾決算」。

弁当には、プチトマトのほうがいいんです。
家も小さなほうが、掃除が楽。
会社がさらに大きくしようとしてつぶれたのは、数知れず。

スヌーピー先生のお言葉。

「配られたカードで勝負するしかないのさ」

あるがままの自分を受け入れ、愛し、
等身大の自分のカードで勝負するんです。
勝つことよりも、たたかいっぷりが大事。
それが、人生。

さて、娘よ、寝る子は育つというけどさ、
スヌーピーのぬいぐるみ抱いて、いつまで寝てるんだ。
もう昼過ぎたって。

Love & Peace^^v


応援よろしく<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (4) | TrackBack (0)

がんばらない子育て術

気づいたら、子育てしているという意識がなくなっていました。
実は、もう子育てが終わったような気もするんです。

娘は、10才。
ずいぶんと手がかからなくなりました。
もう勝手に育っていくような気がします。

だから、僕が娘を育てているというより、
今は、いっしょに生きているという感じ。

もちろん、親として、ひととして、
叱るときは叱り、ほめるときはほめますが、
僕は、がんばらないほうがいいようです。
僕ががんばると、自分で勝手にルールを決めて、
それを自分にも、相手にも押しつけてしまうんです。
気づけば、どんどん自己中心的になり、
その結果、自分も相手も、息苦しくなるのです。
最後には、破綻……。

いい加減が、よい加減、
無理せず、等身大で、自然体で、
少しずつ、毎日、一歩ずつ、
決してあきらめず、
がんばらないようにがんばる。

これが、新年のテーマ。

子育てで、がんばらないとは、
自己犠牲をしないということでもあると思うんです。
子どものために自分を犠牲にしている親は、
結局、自分のために子どもに自己犠牲させるんです。
「パパがこんなにがんばってるのに、なんでがんばってくれないの」
とか言って。

親も自分の人生を精一杯生き、
娘も自分の人生を精一杯生きる。
そして、同じ時代に生きていることを喜ぶ。

鬱病のひとに、がんばれ、と言ってはいけないそうです。
すでにがんばっているひとには、がんばれと言ううより、
Take it easy(気楽に)と言うほうがいいと思います。

教師として、保護者面談をしているとわかるんですが、
学力が高い子の親は、たいてい、がんばっていません。
反対に、親ががんばっていると、子どもががんばっていないことが多いのです。

娘よ、パパはがんばらないことにしたから。
だから、パパのぶんまでがんばれよ。
え、ずるいって?
なら、パパはがんばらないようにがんばるよ。
子どもには、20年早いぜ。

さ、月末だ。
「チャレンジ」がんばれよ。
また、テレビ禁止にするぞ。

Love and Peace ・・)v

応援よろしくお願いします → ランキングに一票

| | Comments (4) | TrackBack (1)

すてきな老後

まだ先のことだとは思うんですが、
老後のことも考えているんです。

「モモちゃんにカレシできたらどうするの?」

これは、FAQ(よくある質問)。

答えは簡単。
「そしたら、実はパパにも……」
と、ソウルメイトを紹介する予定です。

その時になっても、イケてなくてはなりません。
素敵な40代目指して、オトコを磨かなくては。
ジャージなんかで、スーパー行ってられません。

それにしても、孫はいいものです。
僕の父と娘が一緒にいるところを見ると、本当に楽しそうです。
父のバカさが、娘は気に入っているようです。
バカさなら僕も負けませんから、僕もきっといいおじいちゃんになれるはずです。

両親が営む店は、いずれ僕のものにする予定です。
僕は、教育現場で、とことん「上」とたたかうんです。
最後の最後まで、クビになるまで。
クビになったら、晴れて、リアル・ジロー's カフェ開店という運びになります。

そして、晩年の予定。

再婚して、縁側で煎餅を食べながら、お茶を飲み、
目を細めて、孫の成長を見守る……、
なんてことはしません。

コミュニティをつくるんです。
みんなが芸を持ちよって。
そこは、芸術至上主義者たちの発信地でもあり、
Love and Peace なたたかいの本拠地でもあります。

楽器が上手だったり、
野菜を育てるのが上手だったり、
お菓子をつくるのが上手だったり、
家畜を世話するのが上手だったり、
大工仕事が上手だったり、
介護が上手だったり、
いろんな芸で、適度のお金を稼ぎつつ、
もちろん、たたかい続け、
ほぼ自給自足を目指すんです。

自分の足で立って、
寄りかからず、
寄りそって、
「東京へゆくな、ふるさとをつくれ」

では、最後に一曲。 

 「アナーキー・シティ」 by 亜無亜危異(アナーキー)

 金であやつるヤツもいなけりゃ
 あやつれれるヤツもいない

 人に頼るようなヤツは 一人もいないさ
 コントロールはあくまで 自分でするだけさ
ANARCHY CITY 素直に生きるだけ

 たて前だけの あいつらとは おさらばするぜ
 オレ達が作る 俺たちの町
ANARCHY CITY, ANARCHY CITY...........,
 
アナーキー・じじいを目指す店主でした。

娘よ、たまには孫の顔見せに来いよ。


Love and Peace ・・)v


 
今日もひとつ<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (7) | TrackBack (1)

愛の質、愛の量

「質より量」という言葉は、よく耳にします。
「量が質に転化する」という言葉も聞いたことがあります。

僕が高校生で英語の勉強を始めたとき、
「量が質に転化する」経験をしたことがります。
僕は、進学校に通ってなかったので、英語は自分で勉強しました。
勉強法は単純。
ひたすら、単語を覚えたのです。
英語は英単語が集まったものだと思ったので。
単語カードを持ち歩き、たくさん単語を覚えました。

そのころヤンチャで煙草を吸っていたのですが、
記憶力が低下すると聞いたので、禁煙しました。
あの禁断症状の苦しさは、忘れられません。
それ以来、一本も吸っていません。

しかし、単語をひたすら暗記しても、
英文をさっぱり読めませんでした。
それで、熟語も覚えることにしました。
わからない文は、そのまま暗記しました。

すると、ある時、多くの点が線につながる瞬間が訪れたのです。
急に、世界が変わったような気がしました。
量(ここでは暗記)が質(ここでは理解)に転化したのです。

そんなことを生徒たちに、説教口調で話した今日ですが、
僕の言いたいことは、英語の勉強のことではないんです。

「愛」についてです。

愛も量が大切、量あってこそ、質のある愛になるのです。
愛にとって、量とは?

気持ちではないようです。
時間なんです。
いくら、相手が一番大事だという気持ちをもっていても、
相手に対して、一番たくさん時間を費やさなくてはダメなんです。

一緒にいる。
もし、できなかったら、相手を思う。
たくさん思うのではなく、長く思うのです。
愛の質とは、愛の時間に他ならないのです。

相手に、いくらたくさんお金を使っても、ダメ。
「金さえあればひとの心も買える」わけではありませんから。

さて、今日も誰よりも早く職場を後にして、帰宅した店主でした。
ホーム・スイート・ホーム。

Love and Peace ・・)v

今日も応援お願いします<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (2) | TrackBack (0)

例のホテル

去年の夏、うちの街の駅の近くのホテルに泊まったのです。

僕が所属する教職員組合が発行する新聞編集会議で。
会議は二日間にわたって行われました。

実は、以前、僕は教職員組合の活動家だったんです。
執行部に入り、サービス残業・休日出勤は当たり前で、飛びまわっていました。
しかし、シングルファーザーデビュー後は、執行部を降りることになりました。
そして、「うちでできる仕事」ということで、新聞に書く仕事にかえてもらったのです。

コトバを世界に発信するこのパソコンがあれば、
うちにいたって、シュフだって、子育て中だって、けっこうたたかえるものです。

ホテルの部屋を用意してくれたのですが、近くだから、泊まらずに帰ると言いました。
しかし、せっかくだからと勧められ、泊まることにしました。
夕食は、みんなと隣の居酒屋で食べました。

もちろん、娘同伴。
会議中、娘は、宿題をしたり、ポータブルDVDプレイヤーで映画を見たり。
僕との契約で、会議や飲み会につきあったら、マンガ一冊買うことになっているので、
寝ころんで、そのマンガを読んだり。

娘は、つきあいがよく、困らせないので、助かります。
娘よ、感謝してるぜ。
本当は、マンガ二冊買ってやりたい気分だよ。

そのホテルは、決して高級ではなく、普通のビジネスホテルでしたが
僕たちのツインの部屋は、最上階にあり、夜景が見え、思ったより快適でした。
ホテルは、いいんです。
なんてったって、家事のオフをとれますから。
シュフは、仕事が休みでも、家事は休みになりませんから。

さて、そのホテルですが、今、休業中なんです。

実は例の「耐震偽造」の建物だったことがわかったんです。
ただでさえ、景気が冷え込むうちの街の駅周辺。
あの夜、夕食を食べた隣の居酒屋もきっと影響を受けていることでしょう。
収入が断たれたあのホテル、これからどうなるのでしょう?

ホリエモン逮捕で株価が下がったと、検察に抗議電話をかけるひとがいたようですが、
ローンを組んで耐震偽造のマンションを買ってしまったひとたちのほうが、もっと悲惨。
ホリエモン騒動で、そんな問題がかき消されないことを祈ります。
安倍晋三ら国会議員までからんで、弱者を困らせてるのですから。

しかし、今日もホリエモン・ウォッチャーのジローでした。
娘よ、今日は早く寝ろよ。
パパは、ニュース見なくちゃいけないんだから。
わかってるって、トリビアは見せるから。

Love and Peace ・・)v

応援よろしく <(_ _)> → ランキングに一票! 

| | Comments (0) | TrackBack (1)

金で買えないものはある

今日は、一日、あくびがとまりませんでした。
昨夜、リモコン片手に、テレビのニュースをはしご、
ずっとホリエモンを見ていたからです。

ずっと、謎だったんです。
ホリエモンは、何をして、お金を稼いでいるのか?

ようやく、わかりました。
何かをつくったり、誰かに何かをしたりしたわけではなく、
お金を稼ぐために、お金を使って、お金を稼いでいたのです。
お金、お金、お金……

ホリエモンは、気になっていました。
「金で買えないものはない」と言っていたので。
それに、「人の心は金で買える」とも豪語していたので。

ここ数ヶ月、「星の王子さま」を研究しているのですが、
そのテーマの一つ、
「大人は、数字にしないと、ものそのもののよさがわからない」
つまり、想像力がないということ。
これって、恥ずかしいことだと思うんです。
もののよさを、値段をつけないとわからない「なんでも鑑定団」的価値観。

近頃、教育現場に流行るもの、それは「数値化」
人間を数値化するということは、
ある意味、その人間を殺すこと、
数値化した瞬間に、数値化できない部分を切り捨ててしまうからです。
人間の価値は、数値化できないところにこそあるんですから。
校長が数値目標を掲げ、それに向かって教師を煽ったら、教育の自殺行為。

僕が使っている弁当箱はすごいんです。
僕の住む県の山奥で、一人だけ残る職人のおじいさんの手作り。
檜を薄く削った板を丸め、山桜の皮で結び、漆を塗ったもの。
一日、数個しか作れなくて、おじいさんのところまで行かないと買えません。
知る人ぞ知る、ごはんが冷めても美味しい幻の弁当箱なんです。

僕は、そんな仕事が、いい仕事だと思うんです。
ホリエモンの仕事とは、対極にある仕事。

Bread, but roses too.(私たちはパンを求める。バラも)

僕が好きな言葉。
アメリカのある労働争議での、組合が掲げたスローガン。

バラのために働くと、パンがついてくるような人生。
それが、僕の理想です。

数字に対抗できるもの、それは言葉。
同志ブロガーたちよ、出番だぜ。

娘よ、パパは今日早く寝るぜ。
え、弁当箱返せって?
毎日、給食だろ。
だから、パパに貸しといてくれよ、頼むからさ。

娘よ、金で買えないもの、大事にしろよ。
たとえば、パパとかさ。
グッナイ。

Love and Peace ・・)v


今日もひとつ <(_ _)> なかなか上がらなくて…… → ランキングに一票

| | Comments (5) | TrackBack (2)

インフルエンザな週末

インフルエンザは、熱が下がって、二日間、うちにいなくてはいけません。
娘の熱は、土曜日に下がったので、今週末は自宅謹慎でした。

土曜日の夕方に、ようやく娘の食欲が戻ってきました。

「パパ、今日、鍋しよ」
「いいね。何鍋?」
「ジロー鍋に決まってるでしょ」

で、ジロー鍋の作り方。

<材料>
白菜、長ネギ、しらたき、エノキ、豆腐、豚肉。

<作り方>
材料をすべて鍋に投入、
水を入れて、火にかけ、アクをとるだけ。

<食べ方>
ポン酢をつけて、いただきます。
お餅を入れると、なおうまいです。

ダシも入れてないのに、
素材がそれぞれ個性を発揮して、
鍋の中で、美味しいハーモニーを奏でます。

絶品。

土曜日は、こわれていたうちのテレビとビデオが、ついになおったんです。
僕たちは大喜びで、
僕たちがベッドに入ったころには、午前3時になっていました。

日曜は、昼ごろまで寝ていました。
そして、ブランチには、ジロー鍋リターンズ。
鍋の中に残った具入りスープに、
醤油、玉子、ごはんを入れて、おじやに。
ポン酢を少々たらして食べます。

これまた、絶品。

その後、僕はテレビの前とキッチンを行ったり来たり。
おでんの材料があったので、ダシをとって、コトコト煮込みました。
時折、資料に目を通しながら、長編小説の執筆。

娘は、テレビのリモコン片手に、ソファで毛布にくるまっていました。
マンガを読んだり、ビデオを見たり、シエスタしたり。
持ってきてほしいものがあれば、僕に指示して持ってこさせます。

娘よ、パパが寝込んだら、同じことさせるぜ。

何をしたというわけではないのに、あっという間に夕方になりました。
夕食は、昼間、熱しては冷ますを3セットして煮込んだおでんをおかずに、
ニンジンごはんを食べました。

娘よ、ごはんに苦手なニンジンが入ってるからって、ビビるなよ。

娘の咳が止まらないので、
寝る前に、ハニージンジャーレモンを作って飲ませました。
そうとう、まずかったようです。
しょうが、入れすぎました。
僕が飲んでも、吐き出しそうになりました。

今朝、娘は、元気に学校に行きました。

それにしても、僕がインフルエンザに感染しなくて、ホッとしました。
娘の残したものを、絶対に食べなかったのがよかったようです。

さ、娘よ、今日からもうグータラするなよ。
早くバイオリン練習しろ。
おい、ソファで眠るなって。

Love and Peace ・・)v

快気祝いに一票<(_ _)> → 人気blogランキングヘ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ズバリ言うわよ!

僕は血液型B型なんです。
だから、脳天気で、自由気ままで、縛られるのが嫌い、
と、ずっと思っていました。
いや、思いこんでいました。

でも、本当にそうでしょうか?
もしかしたら、B型はそういう性格だと聞いて、
そうなんだと思いこみ、僕がそうなっていったのではないでしょうか。

以前、クラスで実験をしたことがあります。
いくつか項目があって、当てはまるものをチェックするというもの。
その項目は、それぞれの血液型特有の性質でした。
必ずしも、B型の項目に、B型の子がチェックしているとは限りませんでした。

もしかしたら、どの血液型にところにも、
誰にでも当てはまることが書いてあって、
多くのひとが信じて、そのように振る舞うようになって、
それが定説になったのかもしれません。

先日、職場の先輩が、明らかに間違ったことを言いました。
自信たっぷりに、断言したのです。
最初、僕は「違う」と言ったのですが、
その先輩があまりにも堂々と言うので、ついに僕も信じてしまいました。
結局、数日後、やっぱりその先輩が間違っていたのですが……。

「負け組・勝ち組」、「下流社会」、「格差社会」……、
そんなことを、多くのひとが口にするにつれ、
本当にそんな社会になってしまうような気もします。
「嘘もつきとおせば真実になる」かのように。

ズバリ言うわよ、と細木数子。
昨日テレビで、めちゃめちゃなこと言ってました。
「子どもは殴って育てろ」などと。
そして、その番組のゲストの俳優を絶賛していました。
「私、あんたのファンになるわよ」、と。
彼は風呂から出ると、妻がタオルを持って、待っているそうです。
さらに、妻に毎朝パンツを履かせてもらっているのです。
奥さんは、奥にいるから、奥さんだ、とも豪語。

それにしても、あの細木和子の迫力ある断言。
思わず、「土星人プラス」の本を買ってしまいそうです。
しかし、そうとう、はずしているようです。

小泉純一郎も、そう。
あの断言。
「死んだっていいと思ってるんだ」
つい、投票してしまいそうです。

とにかく、不安で迷えるひとが多いこのご時世。
ファシストの力強い断言には、要注意です。
簡単に、流されてしまいますから。

脳天気で、自由気ままで、縛られるのが嫌いな僕ですが、
ここは、ズバリ言わなくてはなりません。

ファシストに流されると、地獄に堕ちるよ!

Love and Peace ・・)v

今日も応援よろしくお願いします<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (10) | TrackBack (1)

ロンドン・タイム

僕の腕時計は、アナログで、針が4本あるんです。
長針、短針、秒針、そして、もう一本はデュアルタイム。
つまり、海外の時間を示す針。
イギリスの時間にあわせてあります。

このジロー's カフェを開店して、一年も経たない頃、
「いつも読んでるよ」という件名のメールが届きました。
十年以上も前に別れた彼女から。

若い頃の恋は激しいものですが、
愛しあえばあうほど、そのぶん、傷つけあったりもするものです。

愛とは、「与えるもの」
それに気づくには、多くの別れを経験しなくてはなりませんでした。
求めあえば、充たされず、
与えあえば、充たされるのです。

彼女とは、激しく恋して、
激しく求めあい、そして、別れました。
その後は、一切連絡はとらず、お互いの消息はわからずじまい。

彼女のメールには、
リサーチをしていたら、偶然、ジロー's カフェを見つけたこと、
それが僕であることを直感したこと、
シングルファーザーになったのは僕らしいこと、
僕が本当に作家になっていてうれしく思うこと、
などが書かれていました。

それと、会ってない十年で、いろいろあったこと。
どこから話していいかわからないほど、と。

彼女とすぐにも会いたくなりました。
しかし、彼女のメールアドレスの最後は、.uk
彼女は、ロンドンに住んでいたのです。

少しずつ空白の10年を埋めるかのように、
メールが、日本とイギリスを往復しました。
お互い一つずつ離婚を経験した僕たちは、
驚くほど、とてもやさしい気持ちになっていました。
空白の年月は、記憶を濾過して、いい思い出だけを残したのです。

彼女のことは、よく娘に話していました。
だから、娘も親近感を持っていたようです。
彼女は、娘にクリスマスプレゼントを送ってくれました。

その彼女は、今、妊娠しているんです。
最初は、驚きましたが、
しだいに、うれしくなってきました。
彼女がママになるとは、なんてすばらしいこと。

娘は、生まれてくるハーフの赤ちゃんに会いたくてたまらないようです。
再会は、まだまだ、先のことになりそうですが、
僕も赤ちゃんに会ってみたくてたまりません。

僕の腕時計は、今も、ロンドンの時間を刻んでいます。

Love and Peace from Japan to The U.K. ・・)v

今日も応援<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (4) | TrackBack (0)

幸福とは……

インフルエンザと診断された娘を寝かせ、
今日は、幸福について、考えていました。

僕が幸福についてこれまで指針としていた詩。

「山のあなた」 カアル・ブッセ 上田敏訳 海潮音

山のあなたの空遠く
「幸(さいわい)」住むとひとのいふ。
ああ、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸(さいわい)」住むとひとのいふ。

格調高き七五調の訳ですが、いちおう、ジロー訳も。

「山のむこうに」

山のむこうに幸せがあるって聞いたんだ。
おれ、友だちと行ってみたけど……
泣きながら、帰ってきたんだ。
山のもっとむこうに幸せがあるんだってさ。

僕は、「幸せとは、幸せを追い求めること」と解釈していました。
現実を見つめつつ、現実を越えるロマンをあきらめないのが、人生だ、と。

ところが、他にも解釈があるのです。
それを聞いたとき、僕はとてもショックでした。
僕の気持ちは、グラグラと揺れました。

幸せは、はるか遠くにあって、とてもたどり着けない。
だから、今いるところで、そこそこの幸せで我慢しろ、と。

「勝ち組」なんて、入れるわけがない。
夢なんて、かなうわけがない。
自分らしく、個性を活かして、自由に生きたいなんて、「下流」。
年収が300万円以下でも、そこそこの幸せを見つけ、満足すべき。

どちらの解釈も正しい、と思います。
プロの小さな幸せ発見家の僕としては、後者の解釈にもうなずけます。
後者は、そのリアリティゆえ、正解なのでしょう。

しかし、しかしです。
僕には言えません。
教え子たちに、夢を追うな、とは。

350年解けなかった「フェルマーの予想」は、
多くの天才たちの「正しい方向への間違い」があって、
ついに、証明されることができたのです。
勇気ある正しい方向への間違いこそ、世界を変えてきたのです。

夢は、たとえ生きているうちにかなわなくとも、追うべきなんです。
次の世代が、必ず引き継いでくれます。
人間は死んでも、夢は不滅ですから。

後者の解釈には、想像力がなさすぎです。
イマジン!
頭の中の世界が、常に現実の世界を引っ張ってきたのです。

身のまわりで、小さな幸せを見つけつつ、
でっかい夢をあきらめない。
それが、幸福。

今日の結論です。

え、でっかい夢って?
Love and Peace な世界をつくることに決まってます。

おっと、夢を語りすぎて、娘のことを忘れていました。
娘よ、タマタマおじやに、今日はお餅入れてやるぜ。
ちなみに、タマタマとは、玉ねぎと玉子のこと。

さ、娘よ、おいしいといって、パパに小さな幸せをおくれ。
早くよくなって、将棋やろうぜ。

Love and Peace ・・)v


今日も応援お願いします<(_ _)> → ランキングに一票


| | Comments (6) | TrackBack (0)

娘が風邪な午後

今日の昼休み、職員室に電話がかかってきました。
娘の小学校の保健室の先生から。
熱があって保健室のベッドで寝ている、と。

そういえば、朝、喉が痛いとか言っていました。
その熱は37度7分と聞き、ほっとしました。

その程度なら、保健室のベッドで、娘を寝かせておこうと思ったら、
先生が、今すぐに迎えに来てほしい、と言いました。

「え?」
「誰かに頼めますか?」
「頼めません」
「…………」

僕は電話を切ると、弁当の続きを食べました。
同僚が心配して声をかけてくれました。
「早く帰ってあげなよ」
多謝。

僕は午後の授業の教室に行き、
弁当を食べている生徒たちに、事情を説明しました。

「先生、モモちゃんのところ、すぐに行ってあげて」

と、何人もの生徒が、笑顔で言います。
授業が自習になることがうれしいのです。
僕は、黒板に問題集のページを書き、解いておくように指示。

小学校に、娘を迎えに行くと、
予想通り、娘は寒気がするといいましたが、大したことはありませんでした。
コンビニで、アイスを買って、帰宅。

僕は娘とアイスをなめながら、長めの昼休みをとりました。
サスペンスの再放送がテレビで始まり、娘が見始めたので、
僕はいったん学校に戻ることに。

僕が教室に入っていくと、
自習になると思っていた生徒たちが驚きました。

「先生、モモちゃん、心配じゃないの?」
「先生、早く帰ったほうがいいよ」
「先生、モモちゃん、一人でかわいそうだよ」

英語が嫌いな生徒たちの大合唱。

「病院は3時からだし、モモはサスペンス見ている」
と、英文法を教えました。
今日は、なんだか授業になりませんでした。
ったく……。

英文法と幸せは関係ないだろっ。
「幸せとは何か」の議論も大事だけどさ。

チャイムが鳴ると、帰りの会と掃除と部活を休んで、うちに帰りました。
制定されたばかりの看護休暇をとって。

帰宅すると、娘はスヤスヤ。
つけっぱなしのテレビでは、まだサスペンスをやっていました。
娘のかわりに、サスペンスを見ていたら、僕も眠くなってきました。
夕食前に、シエスタとします。

娘よ、今日は、おかゆつくってやるぜ。
この前のおかえしにさ。
今日は、夕食後の将棋休みにしようぜ。

教え子たちよ、今日の宿題は、「幸せとは何か」を考えることだぜ。

グッナイ。

Love and Peace ・・)v

応援<(_ _)> → ランキングに一票 苦戦中で……


| | Comments (2) | TrackBack (0)

無意味人間論争

発端は、クリスマス前のこと。
英会話の授業で、生徒たちはクリスマスカードを書きました。
僕はクリスマスカードの習慣や書き方について教えました。
クリスマスソングを聴きながら、いろんな色のペンでカード作り。

その時、ある男子生徒が僕に言いました。
「先生、こんなこと意味あるの?」
「あるよ。外国文化を学ぶ」
「それに、何の意味があるの?」
「…………」

間、気まずい間。

で、僕が訊きました。
「じゃ、何が意味ある?」
「そんなこと言われてもさあ」
「じゃ、そういう君に意味あるの?」
「先生、それってむかつく……」

また、間。
継続審議となりました。

それからというもの、その生徒と会うたびに話しました。
何が意味があるのか?
だれにも意味があるのか?

で、今日の授業でのこと。
人間に何の意味があるのかと、クラスで議論になりました。

「僕は、自分に意味がないと思って、悩んだことがあるよ」
と、言いました。
「で、先生は、どう解決したの?」
「自分には意味はないということがわかった。しかし……」

無意味人間Aがいます。
そして、無意味人間Bがいます。
AがBを愛します。
すると、愛されるBに意味が生まれ、愛するAにも意味が生まれます。
たとえ、一人ひとりに意味はなくとも、
人と人の間に愛があれば、大きな意味があると。

人間、と黒板に書きました。
「人間は、人の間って書くでしょ」
何人かの生徒がうなずきます。
僕は、キメにかかりました。

「無意味な人間どうし集まれば、
 マイナスとマイナスをかけてプラスになるように、
 みんなに大きな意味が生まれるんだって」

ひさしぶりに、キメた瞬間でした。
さすが作家、などと呟く生徒もいました。
教師になってよかった、と思いました。

そのとき、ある生徒が言いました。
「無意味はゼロでしょ。ゼロとゼロかけてもゼロだよ」
他の生徒も言いました。
「ゼロはいくつ集まってもゼロだよ」

間、気まずい間。

今日の授業は、これで終わりとなりました。

しかし、教え子たちよ、人間は誰にも意味あるんだよ。
その理由?
うるさい!僕があるって言ったらあるんだって。
たまには教師の言うこと黙って聞けって。

Love and Peace ・・)v


 
いつも応援感謝です。今日も<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (10) | TrackBack (0)

がんばらない家事術

時々、スーパーなどで、近所のお母さんたちと話すんです。
今日の夕食の献立のことなどを。
で、よく言われるんです。

「がんばってるね」

これ、嫌なんです。
僕はがんばらないようにがんばる主義ですから。
それに、がんばっているのは、たいてい相手のほうですから。

僕は、家事には、研究が必要だと思います。
「常にもっといい方法がある」のですから。
オレンジページ、レタスクラブ、クロワッサン、暮らしの手帖など、よく買います。
ずいぶん、いいことが書いてあります。

家事には、ずいぶん投資をしてきました。
たとえば、全自動乾燥機付洗濯機。
これで、ずいぶん洗濯も楽になりました。
家電を買うことは、時間を買うことでもあるのです。

育児の基本は、自立と家事分担だと思います。
相手ができないことは手伝いますが、自分のことは自分でするのがルール。
育児は、自立させることなんです。
だから、家事も教えなくてはなりません。
その結果、家事分担ができるようになり、親も幸せになります。

家事分担は、お互いの限られた人生の時間を尊重すること。
分担すれば、何でも早く済みます。
お互いフェアな関係が築け、お互いの自由な時間も増え、一石二鳥。

うちは、洗濯物は乾いたら、お互いのかごに入れて終わり。
その後は、お互いの自己責任。
娘の服は、たいてい畳まなくても困らないので、娘はかごから服を出して着ています。

娘よ、たまには畳めって。
引き出し、買ってやったんだから。

朝は、娘を一回起こしたら、もう起こしません。
起きなかったら、僕は知りません。
これも、自己責任。
娘は、遅刻がこわいので、自分で起きてきます。
朝は、弁当づくりなどで、時間がないのです。

食器洗い器はあると人生が変わるそうですが、
うちは、まだ導入を検討していません。
食器洗いは、いつも二人ですることになっています。
これは、家事分担のいいトレーニングになっているようです。

この頃、娘と、写真入りのインテリアの本をよく読みます。
どんな家にしたいか、夢見ながら、考えるのです。
これも楽しいひととき。
しかし、本から、まわりに目を移すと、がっくりしますが。
僕と娘は、掃除、整理整頓、収納が苦手なんです。

ま、娘よ、毎日おいしいもの食べてるんだから、これはよしとしようぜ。

この頃、夕食後、娘と将棋をします。
子育ては、やはり、子どもと人生を楽しむこと。

娘よ、パパは毎日楽しいぜ。
楽しい家事も、もっと教えてあげるからさ。

Love and Peace ・・)v


今日も応援<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ピュアな気持ち

愛とは、無目的ゆえに、尊い。

なぜ人間は仕事をするのでしょう?
それには、二つの動機があるそうです。
内発的動機と、外発的動機。
前者は、仕事そのものが好きで、仕事をがんばります。
後者は、たとえば、金を稼ぐために、仕事をがんばります。
内発的動機では、仕事そのものが、目的。
外発的動機では、仕事は、目的のための手段。

かつて、多くの日本人は、内発的動機で仕事をしていました。
ひとことで言えば、職人気質のような。
いい仕事をすることで、喜びを感じでいたはずです。

いつしか、ものの価値を、何でもお金に換算することが多くなりました。
いい仕事をすることより、たくさん稼ぐことがよしとされる時代。
「大人はものの価値を数字にしなくてはわからなくなってしまった」ようです。

「金で買えないものはない」などといっていた金持ちがいましたけど……。

有名な話。
あるユダヤ人のうちに、子どもが石を投げたそうです。
そこで、ユダヤ人は、子どもたちが石を投げるたびに、10セントあげたそうです。
子どもたちは、10セントもらえることがうれしくて、石を投げ続けました。
ある日、ユダヤ人は、子どもたちに今日から1セントしかあげないと言いました。
すると、子どもたちは、石を投げることを止めてしまったそうです。

つまり、内発的動機で石を投げていた子どもたちが、
お金をもらい、外発的動機で石を投げるようになり、
お金が少なくなり、外発的動機も少なくなり、ついには止めてしまったのです。

かつて、子どもたちは、勉強がおもしろくて、勉強していました。
いつしか、いい大学に入るため、いい会社に入るために、勉強するようになりました。
つまり、たくさんお金を稼ぐために、子どもたちはがんばるようになったのです。
しかし、今、大学を出ても、お金をたくさんかせげません。
それゆえ、子どもたちは勉強しなくなり、学力低下が進んだのだそうです。
学力低下は、バブル崩壊時から、始まったそうですから。

副業で教師をしているという疑惑をかけられている僕でさえ、
この仕事はけっこう好きで、楽しくて、
校長に言われなくても、給料が増えなくても、それなりにがんばるつもりでいます。

ヤツらは、教育に、成果主義を導入したいそうです。
教え子たちよ、僕が金のためにがんばりだしたら、どうする?

そう、愛とは、無目的ゆえに、尊い。
愛するということは、愛することが目的。
何か目的があって、愛することなんてないのです。
だから、愛という感情は、ピュアで美しいのです。

もちろん、ひとは内発的動機だけでは、動きません。
仕事も、お金が稼げなくては、仕事ではないでしょう。

しかし、ピュアな気持ち、それは忘れてはいけません。

娘よ、早く、宿題やりなさい。
宿題のために、宿題をやりなさい。
宿題そのものが、大事なんだから。
わかるか?

Love and Peace ・・)v


いつも応援<(_ _)> → ランキングに一票

| | Comments (3) | TrackBack (0)

完璧な週末

今朝は実家で目覚め、
おばあちゃんに雑煮をつくってもらい、遅めの朝ごはん。
ナマスも黒豆もありました。

娘はなかなか起きてこなくて、
昼近く、僕が雑煮をつくって食べさせました。

僕はずっと兄と二人で居間にいました。
執筆したり、兄の世話をしたり、テレビを見たり、
静かに時間が過ぎていきました。

娘は雑煮を食べると、
頭が痛くないのに、頭が痛いと言って、
布団に戻り、それからは、マンガ&テレビ三昧。

ったく……

布団に入ったままの娘と「開運なんでも鑑定団」を見ました。
女性を殴り、謹慎していたタレントが出ていて不機嫌になりました。
それに、なんでもものの価値を、金に換えていくのにも違和感を持ちました。

「大人はなんでも数字にしなきゃわからない」

星の王子さまに書いてあるとおりです。

ふとマルクスの言葉も思い出しました。

「愛は愛としか交換できない」

おやつは、兄とおばあちゃんににフレンチトーストをつくりました。
「こんなにおいしいの初めてだやあ」
と、おばあちゃん。
何回もつくってあげたことあるのに……

僕と娘には、おばあちゃんがお汁粉をつくってくれました。

5時ごろ、娘と、車で兄を連れだしました。
近くの池のほとりで、ティータイム。
帰りに、県内産牛肉を買ってきました。

今夜、おばあちゃんは、どうしても牛丼を食べたいのだそうです。

特に何もなかった週末ですが、
僕にとっては、完璧な週末。

さ、おばあちゃん、今から牛丼つくってあげるよ。

娘よ、いつまでグータラしてるんだ!
え、今日はグータラの日だって。
ああ、そうか、ならいいけど。
牛丼食べたら、パパもグータラするぜ。

Love & Peace^^v

今日も応援クリックよろしく<(_ _)>  →人気blogランキングへ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

パジャマな土曜日

風邪もひいていなく、予定もない土曜日。
心おきなく眠って、目覚めました。

朝ご飯、いやブランチは、雑煮。
まだ、実家でもらったお餅があるのです。
雑煮は、僕と娘の大好物。
まだ正月気分が抜けていない親子です。

今日は雨、一日うちにいました。
ダイニング&リビングでダラダラと過ごしました。

僕はちょこっとだけ掃除をしたり、
娘と、たまった旅の写真のアルバム整理をしました。

僕は、執筆の仕事がありました。
今週末で原稿を書き直さなくてはなりません。

オイルヒーターが、やさしくダイニング&リビングを暖めます。
いつもなら、南の窓から差す陽光がそのかわりをするのですが。

僕はダイニングテーブルでパソコンの画面とにらめっこ。
目が疲れると、立ち上がり、キッチンで料理。

外に買い物に行くのは面倒なので、
今日は冷蔵庫の在庫一掃クッキング。
大根をことこと煮たり、
スイートポテトをつくったり、
にんじんスープを煮込んだり、
おばあちゃんのために焼き芋も。
ラーメンもつくりました。
おかげで、だいぶ、冷蔵庫の中もすっきりしました。

うちにあったお菓子も、娘と食べ尽くしました。

原稿もだいぶ……、
いや、あまり、進みませんでした。

娘は娘で、
自分の空間の中で、
自分の時間を充分に満喫したようです。
マンガを読み、テレビを見て、なにやらもぐもぐ食べて。

娘よ、少しは掃除かチャレンジやれって。
ったく……。

この頃、おたがい邪魔にならない親子になれたようです。

土曜日はパジャマで過ごすのが、うちの流儀なんです。

娘よ、そろそろ、着替えようぜ。

土曜日は、寿司の日でもあります。
実家に行き、父の「ちらし寿司」を食べるんです。
子どもの頃から、ずっと食べてきても飽きない味。

娘よ、まだ食うぜ。

Love and Peace ・・)v

今日も応援クリック<(_ _)> → 人気blogランキングに一票

| | Comments (3) | TrackBack (0)

ハッピー・グランマ

今、教えている教科書のレッスンのお題は、フォトジャーナリスト。

実は、僕が憧れていた職業。
世界中を旅して、写真を撮り、いろんなひとに会う。
英語の勉強をしたのも、そのためでした。

結局、貧乏学生だった僕は、
カメラが買えず、
旅行は、国内ばかりで、
気づいたら、小説を書いていましたが。

レッスンは、大塚敦子さんの話です。
かつては、戦場で、写真を撮っていた彼女。
事件ばかり見て、人間を見ていなかったことに気づきます。
そして、余命わずかなエイズ患者ジェニーさんの取材をするのです。
彼女とは友達となり、ともに暮らし、写真を撮ることを許されました。
しかし、苦しむジェニーさんを前に、彼女はシャッターを切れません。
そんな時、ジェニーさんは、写真を撮るように、励まします。
大塚さんは、それでもカメラを向けられず、多くのシャッターチャンスを逃しました。

今日は、こんなところを生徒たちと読みました。

先日、注文していた大塚さんの本が届き、一気に読み終えました。

「私は今がいちばん幸せだよ」

末期癌に冒されたエルマおばあさんの最後の日々を、
大塚さんが、孫として受け入れられ、取材した様子の本。

おばあさんは、延命治療を拒否して、
落ち葉が土に帰るように、自然に死ぬことを決めます。

正月に、僕のおばあちゃんも同じことを、僕に頼みました。
自然に死なせてほしい、ただお題目をあげてほしい、と。

「おばあちゃん、死ぬのこわくないの?」
「こわかないよ。みんなに会うのが楽しみだよ。
 また、新しい体で生まれてくるのも楽しみだよ」

エルマおばあさんは、窓からの景色がすてきな自分のうちで、
最後の仕事、自分史を書きつづります。

死の直前、家族に囲まれ、おばあさんは言います。

「私は今一番しあわせだよ」

葬式はしないんです。
メモリアルパーティをするんです。
死ぬ前に、誰を招待するか、何の料理を出すか、家族と決めます。
自分の死亡記事も、生きているうちに、添削します。

夏の終わりに逝きたいと言ったエルマおばあさんは、
夏が終わると、静かに旅立っていきました。

今日、職員室で、涙を隠しながら読みました。
エルマおばあさんの顔が、おばあちゃんに少し似てるんです。

さ、明日は、サツマイモを焼いて、実家に持っていきます。
僕は、いい鍋を持っているんです。底に石が敷いてあります。
週末は実家でのんびりするつもりです。
焼き芋は、おばあちゃんの大好物なんです。

いまだにお洒落で、月に一回は呑みに行くおばあちゃん、待っててよ。

娘よ、つきあえよ。

Love and Peace ・・)v

今日もクリック<(_ _)> →人気blogランキングへ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

美しきたたかい

生徒がよく僕をからかうんです。
これ教えて、と数学の問題を見せて。
僕は、もちろんわかりませんから、すぐ逃げます。

僕は数学が大の苦手でした。
決定的だったのは、高校一年生の授業の時に、
2乗するとマイナス1になるという「虚数」を習ったこと。
ありもしない数の勉強なんかできるか、と。

そんな僕ですが、この冬休み、遅ればせながら、
「博士の愛した数式」を読みました。
僕の好きなシングルママが主人公ということで。
数学の美しさもわかってきたので、
「世にも美しい数学入門」も読みました。
僕は啓示を受けたかのように、心が震えました。

数学者は、激しく恋をするとか。
5次方程式は解けないことを証明して有名なガロアが、
女性を巡っての決闘で命を落としたのは有名な話。
わずか20才で。

350年間も解けなかった「フェルマーの最終定理」というものがあるそうです。
かつて、大学で数学を勉強すると、たいてい先生に言われたそうです。
フェルマーだけには手を出すな、と。

一生かけても解けないかもしれない問題に挑んだ数学者たちがいたんです。
何人もの天才が、志半ばで、この世を去ったのでしょう。

そんな中に、谷山豊という日本人がいました。
フェルマーについてある予想を発表したのですが、無視されてしまいました。
そして、数年後、自殺してしまいます。

あと一ヶ月で結婚するというときでした。
谷山の婚約者は、すぐ後を追って自殺します。
二人は決して別れないと誓っていたそうです。

谷山の友人、志村がその遺志を継ぎ、研究を続けます。
それでできたのが、「谷山=志村予想」
これが解ければ、フェルマーも解けるというすごいもの。

そして、1993年、アンドリュー・ワイルズが、
発表後間違いに気づくこともありながら、
再挑戦して、ついにフェルマーを解いたのです。

一生かけても解けないかもしれない問題に挑むこと、
これほど美しいたたかいがあるでしょうか。
何人もの天才たちの遺志をリレーして、ついに到達したのです。

そんな話を、今日、数学の先生としていたら、いいことを教わりました。

僕がつまずいた虚数は、数学では「神が宿る」とも言われる大切な数字。
その記号は i ですが、
それは、なんとimaginaryの i だったのです。

数学では、想像力(imagination)が大切なのだそうです。
そもそも、目に見えないものを、いかに見るかという学問。
たとえば、直線だって、幅はないから、本当は見えないんです。
しかし、数学では、その見えないものを見るんです。

そう、イマジン。
数学の天才とジョン・レノンが同じ結論に達していたのです。

見えないものウォッチャーでもある僕も、
一生かけても解けないかもしれない問題に挑むことにします。

「世界は必ず平和になる」ということの証明に生涯を捧げることにします。

で、娘よ、算数、やっぱり、がんばれよ。
算数ほど美しい勉強ないんだから。
あ、そうそう、「博士が愛した数式」の映画見に行こうぜ。

Love and Peace ・・)v

今日もクリック<(_ _)> 勝負かけてますので。→ 人気blogランキングへ

| | Comments (3) | TrackBack (1)

キッチンライター's ライフ

僕は、かつては、短編小説をポツリポツリと発表していました。
ネタを思いつけば書いて、年に何作か雑誌に送るのです。
しかし、もうネタがつき、短編は書けなくなってしまいました。
何度か、ボツにもなりました。

新聞連載は、四ヶ月ほど書いたことがあります。
これは毎日のことなので、原稿をまとめて送ります。
しかし、すぐストックが尽きてしまうので、
毎日、暇さえあれば、書きまくらなくてはなりません。
とにかく、いつも眠かったのを覚えています。

新聞連載の時、一番心配したことは、家事でした。
娘がまだ小学校一年生で、
僕もまだシングルファーザー1年生だったころのことです。
昼間の仕事も当然ありました。

原稿料は毎日入るので、家政婦さんをお願いしようとも思いました。
しかし、結局、家事は誰にも頼みませんでした。
ごはんは、朝、僕の弁当、夕食と三回作り、
全自動乾燥機付洗濯機はありませんでしたが、洗濯もこなしていました。

家事をすることは、僕にとっては、とても大切なことなんです。
家事をしないと、執筆に、調子が出ないのです。
なぜなら、僕の小説には、家事のことがたくさん出てくるから。
家事をしてネタをつくり、ネタをつくるために家事をするのです。

今は、月刊誌の連載小説を書いています。
これは、いいペースです。
月に一回、原稿を送ればいいのですから。
原稿用紙24枚程度。

毎月末が、締め切り。
月初めは、特に何もせず、いろんな本を読みます。
まだ、書きません。
月の半ばでも、まだ書きません。
ブログを一生懸命書いていたりします。
月末が近づくと、じっと待つのです。
ひらめきを。
もしひらめかなかったら、どうするか?
そういうことは、考えないようにして、待ちます。

時に、編集長がしびれをきらして、電話をくれます。
それで、いろいろ話していくうちに、ひらめくことがよくあります。

編集長、いつも、ありがとう。

僕はキッチンで書くことが多いのですが、
書き始めると、なぜか料理を始めてしまいます。
料理しつつ書き、書きつつ料理し、味見しつつ考え、考えつつ味見します。

今は、全自動乾燥機付洗濯機があるので、洗濯も楽になりました。
ずっと自立と家事分担が育児のテーマだったので、娘も手伝ってくれます。

娘よ、まだまだだけどな。
いいか、パパは家政父(フ)じゃないんだぜ。

今月は、まだ20日間もあります。
楽勝です。

つくづく、思うことは、ひとは一人では生きていけないということ。
そう、小説も、一人では書けないということ。

編集長に、モデルのみなさんに、太平洋に眠るおじいちゃん、頼りにしてますよ。
おっと、娘よ、あんたが一番頼りだぜ。

Love and Peace ・・)v


今日もランキングに一票クリックお願いいたします<(_ _)>
     ↓
 人気blogランキングへ

    


| | Comments (0) | TrackBack (0)

たそがれジロー

今、藤沢周平の時代小説を読んでいます。

さて、藤沢周平を知ったのは、映画「たそがれ清兵衛」を見てから。
映画の中で、清兵衛は、妻に先立たれたシングルファーザー。
幼い娘が二人に、認知症の母親も抱えています。
たそがれ時になると、同僚のつきあいを一切断り、すぐ帰るので、
たそがれ清兵衛と、揶揄されているのです。

先日、ダニエル・カールさんがテレビに出ていました。
山形弁研究家が肩書きのカールサンのちょっとした講演。

今している一番大きな仕事について話す、と。
それは、何か?
子育て。

カールさんも、たそがれ族、友達につきあいが悪いと文句を言われるそうです。
そんなときは、こう言うそうです。
「子どもが18才になるまで、あと6年待ってくれ」、と。

子育ての、3条件。
時間をたっぷりかけること。
優先順位を決めること。
子どもと、うちのルールを話しあって決めること。

これは、シングルファーザーの3条件でもあります。
仕事を減らし、時間をつくり、
一瞬の迷いもなく、仕事より家族を優先して、
うちのルールは、話しあって、時にたたかって、決めること。

家族のための時間をたっぷりつくることは、とても難しいこと。
特に、働くお父さんにとっては。
家族との時間は、そうとう努力しなくては、得られません。
また、何かを犠牲にしなくては、得られないのかもしれません。
同僚に嫌われることを覚悟したり、
または出世まであきらめたり。

たそがれ清兵衛の原作も読みました。
原作の中では、精兵衛は、病弱な妻と二人暮らし。
清兵衛は、妻の介護に加え、家事もこなします。

仕事のために、家族を犠牲にするひとよりも、
家族のために、仕事を犠牲にするひとのほうが、カッコいいと思います。
ただし、仕事の実力があってのことですが。
そう、清兵衛は、実は、剣の達人。

僕も、たそがれるようになって、はや4年近く。
あと8年たそがれることにします。

たそがれジロー。

え、パパは何の達人だって?
ペンの達人に決まってるだろ。

たぶん……。

Love and Peace ・・)v


今日も一票クリックお願いします<(_ _)> ちょっと上がってきました。

      ↓

人気blogランキングへ


| | Comments (3) | TrackBack (0)

感染性胃腸炎な休日

今日未明、先日娘を襲った「感染性胃腸炎」が僕を襲いました。
旅先で。
僕は、午前3時ころ、便器を抱きしめて、嘔吐。
布団に戻ると、体がガタガタ震えて止まりませんでした。
それから、温泉に入り体を温め、ようやく眠りにつきました。

目覚めると、少しは気分がよくなっていましたが、
宿で、朝食は、イチゴ1個しか食べられませんでした。

今日の予定は、宿の近くの絵本専門の図書館に行くこと。
僕は娘に手を引かれ、ふらふらになりながら、なんとか歩いていきました。
僕たちは、絵本を読みまくりました。

体がどんどんダルくなってきたので、
残念ながら、すぐに帰ることに。
電車の中で、僕はずっと眠っていました。

娘よ、すまねえ。
また行こうぜ。

昼、乗り換えの駅の近くで、僕はソフトクリームを食べました。
娘は、カレーライス。

娘の夕食の弁当を買って、帰宅。
僕はソファでずっと眠っていました。

今、娘におかゆをつくってもらい、食べたところです。

娘よ、うまかったぜ。
パパは、また寝るよ。
おやすみ。

Love and Peace ・・)v


今日も一票クリックよろしくお願いします<(_ _)> ああ、つらい……。
      
        ↓

人気blogランキングへ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

旅時間

今朝、娘が感染性胃腸炎から復活しました。
そこで、やっぱり温泉の旅に出発。
電車を乗り継ぎ山奥へ。

最後に小さな電車に乗りました。
かつてダムを作るためだけに作られた電車
終電が13時22分、時速20キロ。
しかし、百メートル谷底を見下ろしながら、日本一急勾配の坂を上る鉄道なんです。

今夜の宿は、僕たちはとても気に入りました。
まるで「三丁目の夕日」のセットのようなレトロな温泉宿
古いけれど、丁寧に手入れされた旅館。
部屋は、庭に面して、庭のむこうに山が見え、ちょっとした借景。

そして、こたつ、僕の愛するこたつ。
この旅の目的は、ダラダラすること。
僕たちはこたつに入り、テレビを見たり、本を読んだり、ゴロゴロと至福の時。

夕食は、鹿の刺身やヤマメのハーブ焼きなど。
ここの女将さんは、ソムリエ。
娘が飲めというので、グラスワインをいただきました。
酒は飲まない僕ですが、生まれて初めてワインをおいしいと思いました。

娘がファンダジーを読むあいだ、僕は時代小説を読んでいます。
たそがれ清兵衛を書いた藤沢周平の用心棒シリーズ。
これがまたいいんです。
今、宿の浴衣に羽織りを着て、いい気分なんです。

さ、娘よ、また湯にへえりに行くぜ。

明日も、気合い入れて、ダラダラするぞ。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ナースな休日

今日未明、ベッドで、娘が突然、嘔吐しました。
僕の眠気は吹き飛び、タオルと洗面器を風呂場からとってきました。
そして、シーツをはぎとり、パジャマをかえさせ、洗濯機に放り込みました。
枕元に洗面器を置き、もう一度眠りました。
しかし、その後、何度も娘の吐き気が襲ってきたのです。

「パパ、ごめんね」
「気にするな」
「パパ、ありがと」
「パパが病気なったら看病頼むぜ」

今日は、温泉の旅に、出発することになっていました。

吐き気がおさまらないので、洗面器を持って、車で病院に。
診断は、「感染性胃腸炎」
薬をもらって、帰ってきました。
娘は、車の中でも、嘔吐しました。
そうとうひどいようです。

残念ながら、温泉の旅は、急きょキャンセル。

「楽しみにしてたのに……」
「なおったら、行けばいいって」

部屋を暖かくして、娘をソファで寝かせました。
五目豆を煮ながら、読みかけの本を一冊読みました。

いまどきの「常識」 香山リカ著 (岩波新書) ← オススメ

彼女には、この国がとてもよく見えています。
きっと精神科医でもある著者の心からのアプローチがいいんでしょう。

こわい話。
ドラえもんのキャラで、一番人気があるのは?

ジャイアン。

ジャイアンのすることは、ときに理不尽。
それでも、まわりはジャイアンの腕力が怖いので従うしかない。

ひとの心の底には、ジャイアン願望があるのかもしれません。
しかし、ほとんどはジャイアンにはなれず、
ジャイアンに従って生きていく。
たとえば、ジャイアン・ブッシュに、コイズミが従うように。

香山リカさんいわく、
日本では、多くのひとが、本当はジャイアンなんかいないのに、
「見えないジャイアン」に自発的に服従していて、
それは滑稽な話だ、と。

負け組だとか、下流だとか、格差社会だとか、最近よく耳にします。
なんだかイジメ社会になっているような気がします。
イジメられたくなく、イジメっ子の側につく、そんなひとが増えているようです。

ちなみに、僕は、静香ちゃん派。
ジャイアンの暴力圏外にいて、バイオリンを弾く静香ちゃん。
そう、つまり、非暴力主義者で、芸術至上主義者。

しかし、香山さんの鋭い指摘。
従来どおりのスタイルやコトバでは平和運動は広まらない、と。
それは現実を見ていないことでもある、とも。
そう、新しいスタイル、新しいコトバで、たたかわなくてはならないんです。

さ、そろそろ、娘にタマタマおじやを作る時間です。
タマネギとタマゴが入ったおじや。

そう、ブログこそ、新しいスタイル、新しいコトバ。
これでも僕は、日本を変える気で、ブログ書いてるんです。
本気(マジ)で。
そこんとこ夜露死苦。

娘よ、起きろよ、ごはんだぜ。
早くなおして、温泉行くぞ。

Love and Peace ・・)v

今日も、応援のクリックよろしくお願いします。<(_ _)>

       ↓

人気blogランキングに一票      

| | Comments (0) | TrackBack (1)

娘の意地の弁当

娘にも意地があるようです。
かつて、僕に言いました。
「冷凍食品、おそうざい、コンビニ弁当は買わないで」
「なんで?」
「かわいそうなひとと思われるから」

その気持ちは、よくわかります。
同情は、たしかに何の役にも立たず、迷惑ですから。

衣食住で、一番大切なのは、食。
ダントツで、食。
三日くらい同じ服を着たって、一週間くらい掃除をしなくたって、
ひとは生きていけます。
しかし、一日でも食べないことは大変。

だから、娘の弁当は手を抜かず作ってきました。
といっても、給食があるので、弁当は年に数回だけ。

僕は毎日弁当を作って持っていきます。
今日からまた弁当づくりが始まったのです。
昨日は、大豆を買い、煮豆弁当を作るつもりでした。
僕は、ランチタイム・ベジタリアンなんです。

昨夜八時頃のこと、娘が、突然、言いました。
「パパ、明日、弁当」
「え!そんな大事なこと、何で今言う」
冷蔵庫には食材もありません。
「豆弁でいい?」
「絶対にダメ」

実は、いつも気合いを入れて、娘の弁当を作っていたら、
いつしか、僕の作る弁当が、教室の名物になっていたのです。
毎回、クラスの子が何人か、娘の弁当を見に来るそうなんです。
今日は何を持ってくるか、楽しみにしている友達もいるんです。
娘は、弁当をほめられるが、誇りのようです。

「みんながびっくりするようなのね」
「わかってるって」

僕は、娘に留守番させ、車で遅くまでやっているスーパーに行きました。
その時間、僕のねらっていたものは、ほとんど売り切れ。
三件、スーパーを回り、なんとか食材をゲットしました。

で、今日の弁当のメニュー。

バターロール・ホットドック
(パンにレタスとソーセージをはさみ、ケチャップをかけるだけ)

ハッシュドポテト
(ポテトのみじん切りに、水と小麦粉と塩こしょうを加え、バターで炒める)

ほうれん草のソテー
(適当に切って、塩こしょうして、バター炒め)

プチトマト
(弁当の定番)

にんじんスープ
(にんじんとタマネギを炒めて、コンソメで煮込み、
 ミキサーにかけて、生クリームと塩こしょうで味を整える)

みかん2個
(この季節、たいてい、うちにある)

今日も、好評だったようです。
にんじん嫌いなクラスメイトに、スープをほとんど飲まれたそうです。

娘よ、弁当の前の日は、もっと早く言えって。
毎回、弁当は、プレッシャーなんだから。

スーパーで冷凍食品やお総菜をバンバン買う主婦が、うらやましくなる店主でした。

Love and Peace ・・)v

今日も、一票、クリックよろしくお願いします<(_ _)> ちょっと上がってきました。

    ↓

人気blogランキングへ

| | Comments (2) | TrackBack (0)

仕事始め

娘の学校が、今日から、始まりました。

早っ。

小学校の先生方はもっとゆっくりしてくださっても、けっこうなのに……。

今朝、ピンポーンと、ドアから聞こえ、僕たちは飛び起きました。
学校のある日は、近所の子が、呼びに来てくれるのです。

遅っ。

僕はパジャマ姿のまま、その子に言いました。
「今起きたとこだから、先に行っててね」
新年早々、遅刻。
ふー。

娘よ、すまねえ。
せっかく、昨夜、ホームベーカリーのアラームセットして、
今朝は、焼きたてパンができてたのに……。

娘は、初日から、運転手付登校。

僕も仕事始め。
職場には行かず、明日行われるテストを、うちで作りました。
キッチンで、シチューをつくったりしながら、パソコンに向かいました。

途中、スーパーにも行き、食材を買い込みました。
お節は食い尽くしたので、また本格的にキッチンライフが始まります。
ピッカピカのキッチンで。

明日は、僕の学校の始業式。
ひさしぶりにネクタイをしめます。
さ、新しい年が始まります。

教え子たちよ、待ってろよ。
今年は負けないぜ。

しかし、明日一日働いたら、温泉旅行。
今日の昼間、ネットで探して、予約したんです。
目的は、何もしないこと。
電車に揺られ、むこうについたら、温泉入って、座敷でゴロゴロするんです。

もう楽しみで、とても仕事どころではない仕事始めでした。

娘よ、パパはダラダラしてても、仕事してるんだから。
頭の中は、フル回転なんだぜ。
兼業作家は、大変なんだって。

さ、あったいかいクリームシチューでも食おうぜ。
じっくり時間かけたから、今日のはうまいぜ。

Love and Peace ・・)v

 ↓ 一票クリック <(_ _)> 苦戦中でして……

人気blogランキングへ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ドライブなお正月

昨日は、ドライブに行ってきました。

娘は母親のところに行っていたので、
僕が誘って、一緒に行ったのは、
85才の祖母と、障害者の兄。
行き先は、親戚のおばあちゃんがいる老人施設。

兄は、お出かけが、大好き。
どこに行くにしても、大喜び。

一時間ほど、海岸線を走り、
富士山も見えてきました。

老人施設に行ったのは、僕は初めて。
車椅子がいくつもあったので、借りて、兄を乗せました。
入所者たちは、紅白歌合戦のビデオを見ながら、
折り紙や、塗り絵をしていました。

談話室で、久しぶりに会った親戚のおばあちゃんは、
びっくりするほど、痩せて、老け込んでいました。
車いすに乗っていて、体の右半分は動かないようでした。

そのおばあちゃんに会いたかったのは、
ひさしく会ってなかったからと、もう一つ理由がありました。

この頃、祖母が夜寝られないことがあるというのです。
祖母は、夜、布団の中で、子どもの頃に住んでいたところを思い出すそうです。
どの通りに、どの店があり、誰がどこに住んでいたかなど。
しかし、洗濯をしたりした小川が、どこを通っていたか思い出せないというのです。
それで、祖母は眠れなくなるのです。

僕は、そこに住んでいたそのおばあちゃんに聞けば、わかると思いました。
はたして、祖母の疑問はすっかり解けました。
そのおばあちゃんが、こと細かく覚えていて、説明してくれたのです。

「これで、眠れるやあ」
と、祖母が帰りの車の中で言いました。

おなかが空いたという二人を、
僕のうちに連れて行きました。
「これは、おいしいやあ」、と祖母。
「兄ちゃん、おいしい?」、と聞くと、兄は指を鳴らしました。
僕がつくったのは、得意の広島風お好み焼きでした。

祖母には、うちにあるものが何でもめずらしいようで、
いろんなものを手にとっては、僕に何かと聞きました。
祖母は、特にソファーが気に入ったようで、そこを動きませんでした。

「このうちの台所はピカピカだねえ」と感心する祖母。
大掃除したかいがありました。

兄は、お茶を飲んだりして、ずっとおとなしく座っていました。
「兄ちゃん、いい子だねえ。ドライブ楽しかったね」
と、祖母が兄に言うと、兄がまた指を鳴らしました。

それから、実家に戻りました。
冷蔵庫にあった缶ビールを持って。

寝る前、祖母と二人で、缶ビール一本を分けて、晩酌。
僕が酒を飲むのは、久しぶりでした。
「ジロー、富士山もきれいで、今日は楽しかったやあ」
と、祖母は何度も言いました。

ばあちゃん、僕も楽しかったぜ。
兄ちゃん、またドライブ行くぜ。

Love and Peace ・・)v


人気blogランキングに一票<(_ _)>

| | Comments (0) | TrackBack (0)

毎日書く生活

娘と暮らし始めて、四年。
僕と娘が、一日も欠かさず続けてきたことがあります。
それは、日記をつけること、つまり毎日を書くこと。

僕は娘にこれだけは厳しいんです。
このごろズルくなった娘は、二、三日まとめて書いたりしていますが。
ったく……

僕も、もちろん、日記を毎日つけてきました。
娘も僕に厳しいんです。
特に、アンフェアなことには。

僕はここ二年、日記をブログに書いてます。
「パパだけパソコンで書いてズルい」と娘に文句を言われながら。

娘は母親のところに行くときも、日記を持っていきます。
彼女も娘の毎日を読んでいることでしょう。
だから、僕は日記に書かれても恥ずかしくないように生きています。たぶん。

娘が日記とともに帰ってくると、
僕はすぐに日記を読みます。
娘の日記は、彼女と僕だけが読むことが許されているのです。

毎日書いていくということは、
よく見ることや、よく聞くことや、よく読むことでもあり、
よく考えることでもあり、
何より、よく感動することなんです。

僕はいつもボイスメモを持ち歩いています。
寝るときも、枕元に置いてあります。
言葉ははかなく、すぐに逃げていくので。
だから、いい言葉を思いついたり、見つけたりしたら、すぐ録音。
ま、ボイスメモには、娘の変な歌や買物リストが入ったりもしてますが。

僕は、これでも、忙しいんです。
ゴロゴロしたり、ぼけっとしたり、お茶を飲んだりしていて、
なにもしていないような時でも。
書くためには、書かない時こそ大切なんです。

娘よ、わかったか。
パパはのんびりしてるように見えても、いつも働いてるんだぜ。

Love & Peace^^v


人気blogランキングに一票<(_ _)>

| | Comments (2) | TrackBack (0)

本拠地

年末から実家で過ごしています。
両親の商売のため、いつもは家族が揃わないのですが、
元旦だけは、朝昼晩と、一緒にごはんを食べます。

墓参りにも行ってきました。
おじいちゃん、早く光臨してよ、もう連載始まってんだからさ。

正月は、お餅とお節があるので、料理も楽チン。
大掃除もしてあるので、掃除もサボれます。
まさにシュフの休日。

娘は、さきほど母親のうちに送り届けてきました。
子どもは独占してはいけません。
みんなで育てなくては。
娘よ、みんなにお年玉はもらったら、パパに預けろよ。
ったく…、毎年全部使っちゃうんだから。

かつて、大江健三郎は「家族とは?」ときかれて答えました。

「本拠地」

ここを、本拠地に、今年もたたかっていこうと思います。
僕にとってたたかうとは、誰かを打ち負かすのではなく、
あえて逆境に身を置き、
革命と芸術と恋に生きること。
英語で言うと、
もちろん、Love and Peace

お節料理にも、そろそろ飽きてきました。
バリバリ料理したくなってきました。
やはり、オフをとることは大切。

娘よ、帰ってきたら、おいしいものつくってやるぜ。
え、何をって。

湯豆腐。

Love & Peace^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

雲のむこうの太陽

昨夜は、K1で、須藤元気選手が勝利して、
世界国旗を掲げ、
WE ARE ALL ONEのメッセージが日本中に届くことを期待したのですが、
残念ながら、惜敗。
元気選手よ、次、また期待してるよ。

紅白では、吉永小百合さんが詩を朗読。
「生ましめんかな」に涙が出ました。
その後聞いた「さとうきび畑」がいっそう心に染みました。

紅白が終わり、年が明けると、
僕と娘は軽キャンピング・カーに乗り込み、海へ。
恒例の初日を見るために。
車中前泊して、今年はアラームで目覚め、ほっとました。
去年は、車中で寝坊して、初日の瞬間をのがしたからです。
しかし、せっかく起きたのですが、曇り空。

それでも、寝袋の中で蓑虫のように眠る娘を苦労して起こし、
二人で海岸に下りていきました。

あたりがすっかり明るくなっても、
青空のひとかけらも見えません。

「パパ、太陽見えないじゃん」
「だからイマジンだって」
「はいはい」
「見えないものを見るのが大事なんだって」
「イマジンなんでしょ」
「雲のむこうでは太陽が輝いてるんだ」
間。
「パパ、寒い。車に戻るよ」
「はいはい」

僕たちは海辺で、お湯を沸かして、お茶を飲み、
軽キャンピング・カーに戻り、二度寝。

娘よ、NEVER GIVE UP!、来年こそ初日拝むぜ。
しかし、パパには見えたぜ。
今は見えないピースフルな世界のような初日が……

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« December 2005 | Main | February 2006 »