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泣くな娘よ

今日、学童に迎えに行くと、
娘がしょんぼりしていました。
車に乗り、二人きりになると、
「今日かなしいことがあった」と泣き始めました。

学童でのこと。
一年生の男の子が、五年生の男の子にいじめられていたので、
四年生の娘が、いじめをやめるように注意しました。
そしたら、五年生の男の子が、逆ギレして、
娘を叩いたり、蹴ったり、髪を引っ張ったりしたそうです。

このくそガキ、許せねえっ。

子供のけんかに大人が出るのかって?

出ます。

こんなこと許したら、Peace loverの僕の名がすたります。

先生に電話して、きっちり指導していただきます。

「モモ、負けるなよ」
「うん」
「これからもいじめを見たら、たたかえ」
「うん」
「泣くな、おいしいもんでも食おう。何がいい?」
「トリのからあげ」

この頃、揚げ肉は避けていたのです。
いちおう、ダイエット中で。

昨日は、スーパーに行ったら、財布の中には百円玉しかなくて、
百円の豆腐を一丁だけ買って、湯豆腐を食べました。

だから、今日は、揚げ物でもよしとします。

娘よ、さ、食うぜ。

Love and Peace ・・)v

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そうだ、温泉行こう

最近、ある病気にかかってしまいました。

温泉行きたい病。

ちょっと暇になると、温泉に行くことを考えてしまうのです。
娘も軽症ですが、これにかかってしまったようです。

   ※  ※  ※

温泉には、電車で行きます。
自動車ではダメです。

日帰りでも、連泊でもなく、一泊二日。
電車の中で、幕の内の駅弁を食べます。
お菓子はたくさん持っていきます。

お茶は、ペットボトルなどではいけません。
できれば、プラスチックの容器に入ったお茶、
ティーバッグが入っていて、ふたが湯呑みになっているもの。

やがて、海か渓流が見えてくる電車がよいでしょう。
駅から宿へは、バスで行きます。

旅館は、庭がある木造の宿。
部屋に入ると、仲居さんがお茶を持ってきてくれます。
ここで、チップ。
ティッシュか何かに包んで。

温泉饅頭を食べ、お茶を飲んだら、まずさっと露天風呂に入ります。
夕食前に、浴衣に上っ張りを羽織り、旅館の近くを散歩。
旅館の下駄を借りて、カランカランと。

部屋に戻れば、夕食が運ばれてきます。
ちゃぶ台いっぱいに料理が並びます。
お酒も少しいただきます。
ここらで、仲居さんと仲良くなります。

食後は、またお風呂。
今度は、長めに入ります。

部屋に戻ると、布団が敷かれています。
すぐには寝ころばず、
窓際の椅子に座り、冷たいものでも飲みながら、外を眺めます。

それから、ゴロゴロしながら、
明日の観光の計画を立てたり、
日記や絵はがきを書いたり、
できたら、俳句などをつくったりします。

朝は、やや早めに起きます。
仲居さんが、布団を畳んでいる間に、最後の露天風呂。

そして、みそ汁や干物がおいしい朝食。
食後のお茶はゆっくり飲み、
仲居さんに、近場の名所を聞き、また来ると約束して、宿を出ます。

観光は、一カ所か二カ所だけ。
昼食は、温泉街で、軽く、ざるそば。
ほとんど自分のために土産を買って、帰りの電車に乗ります。
名物の煎餅などを食べ、電車に揺られ、うたた寝。

夕方、うちに戻ってから、
旅先で買った干物や漬け物をおかずに、さっぱりごはん。
旅のことを思い出しながら、次はどこがいいか考えます。

やがて、また次の旅まで、がんばるぞっという気分になります。

  ※   ※   ※

娘よ、どうよ?

Love and Peace ・・)v

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いつも夕日がきれいなように

先日、紅葉狩りに行った帰り、見た映画は、

「ALWAYS 三丁目の夕日」

昭和33年の東京の下町が舞台の人情物語。

ジロー'sアカデミー、今年の邦画部門大賞は、
「メゾン・ド・ヒミコ」とこの映画が、ダブル受賞です。
(ちなみに洋画部門は、若きゲバラを描いた「モーターサイクル・ダイアリー」)

ストーリーもよし、あの下町もよし、
愛すべき一人一人のキャラがどれもよし。

とても懐かしい気持ちになりました。
僕が幼少を過ごした町も、あんな感じでしたから。
商店街があり、日々の買い物はすべて、歩いていきました。
ケイタイもインターネットもビデオもなかった時代。
どこにどんなひとが住んでいるか、だいたい知っていた小さな町。
ひととひとの間が、とても近かったような気がします。

「アンプラグドな愉悦」

ときに、僕にはこれが必要なのです。
アンプラグド、つまり「コンセントにつながれていない」状態。

ケイタイの電波につながれ、
世界中に広がるネットにつながれ、
カード会社の請求につながれている僕。
そんな資本主義経済のつながりを、いったん、ブチッと切るのです。
たとえば、旅に出たり、映画や本の中の世界に行ったりして。

夕日三丁目や、僕の生まれ育った町も、まさにアンプラグドなところでした。

娘に実家の町のことを話しながら、その頃の町の地図を描きました。

寿司屋、電器屋、茶碗屋、果物屋、煙草屋、酒屋、駄菓子屋、銭湯、文具屋、金物屋
種苗屋、宝石屋、時計屋、そば屋、魚屋、肉屋、八百屋、米屋、傘屋、布団屋、毛糸屋……

もう、そのほとんどが、もうなくなってしまいました。
多くのひとびとは、車を買わされ、郊外の大型店に、つながれています。

映画の最後、親子がきれいな夕日を眺めます。
「ずっと夕日がきれいだといいね」と母。
「明日も、明後日も、50年後もきれいに決まってるよ」、とやんちゃ息子。

ALWAYS.......

もう戦争は終わった。
これから日本はどんどんよくなる。
あの東京タワーは完成すれば、世界一だ。

そのころの日本人は、そんな希望を持っていたのです。
昭和33年から、50年後、つまりあと3年後まで、
いつも夕日がきれいなように、
いつも平和で希望が持てる日本でいられるのでしょうか。

なんだか、夕日町三丁目のひとたちを裏切っているような気がして、悲しくなります。

娘よ、もう一回見に行こうぜ。
娘の評価も、めずらしく高かった傑作でした。

Love and Peace ・・)v


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高価な買い物

これからは、無駄遣いをしないようにします。
娘よ、わかったか。
昨日、無買日を過ごし、ものを買うことについて考えました。

僕が節約するのは、何のためか?
それは、ガツンとお金を使うため。
決して、お金を貯めるためではありません。

僕の尊敬する千葉敦子さんは、
貯金はしない主義で、
収入が支出を越えたとき、惜しげもなく寄付しました。

あるアイヌの長老は、
なぜ、たくさんの魚をトラックに積んで運ぶのか、
最期まで、理解できなかったそうです。
アイヌは、今日食べる分だけ、神に感謝して、採っていたからです。

必要以上に、貯め込むことはいけません。
アンフェアになります。
必ず、なくて困るひとが出てくるから。
世界は分けあわなくてはなりません。

くだらないモノを買うことは、
くだらないモノを作るくだらない企業を支援すること。
だから、くだらないモノを買わないことは、立派なたたかい。
そして、いいものにガツンとお金に使うことも、立派なたたかい。

先日、高価なものを見つけました。

大小二つの弁当箱。
小さなほうにはしきりがあり、重ねて収納もできます。
娘と一つずつ使ってもよし、おかずとごはんを別に詰めてもよし。
七千円也。これでも、五百円まけた値段。

これは、幻の弁当箱、井川メンパ。
卸売りはしていないので、静岡の山奥に行かなくては買えません。
先日、紅葉狩りに行ったとき、たまたま見つけたのです。

井川メンパは、檜を薄く切り、曲げて、桜の皮で縫い、漆を塗って仕上げます。
今はわずかに残る職人さんが、一日、6~7個だけ作るというもの。
ごはんの水分を吸収するので、冷めてもごはんがおいしく食べられます。
夏は涼しく、冬は温かく、昔も今も、木こりさんの必需品だそうです。
とても長持ちするそうで、傷がついても、職人さんが漆を塗ってなおしてくれます。
一生もの。

なんて、スローで、サステイナブル(持続可能)!、

迷わず、買い。

娘よ、次のバックパッカーの旅に持っていこうぜ。

Love and Peace ・・)v

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無買日(Buy Nothing Day)

今日は、無買日(Buy Nothing Day)だそうです。
昨日、知ったんですが。

シングルになり、娘と二人暮らしを始めてからというもの、
僕はお金を使いまくってきました。
映画、コンサート、おいしいもの、CD、DVD、旅行、鍋、本、小物……
芸術至上主義、社会責任投資などと言って。

物欲は精神の贅肉、そんな言葉を聞いたことがあります。
そこで、今日は、試しに何も買わないことにしました。

「今日は何も買わないぞ」
「え、何で?」
「そういう日なの」
「え、じゃおやつは?」
「サツマイモ」
「なんで、なんで?」
「世界中、そうなってんの」

天気のいい土曜日、今日もサイクリングにでかけました。
また、いろいろな発見がありました。
思わぬところに樹齢何百年もの大楠があったり、
川に大きな真鯉が何匹も泳いでいたり、
神社を見つけて、境内でドングリを拾ったり、
鮮やかな黄色に染まった銀杏の葉に見とれたり、
車が通れない細い坂道をどんどん進むと、夕日がきれいに見えました。
僕たちは、日が沈むまで、眺めていました。

夕食は、うちにあるものでつくりました。
卵とタマネギのみそ汁、
梅のおにぎり、
カレー風味のジャガイモの煮っ転がし、
レタスとトマトのサラダ。
とても、おいしくいただきました。

ついに、一日、何も買わず過ごすことができたのです。

冷蔵庫には、あと二日分は食料があります。
うちには読んでない本がたくさんあります。
遠くに行かなくても、いいところがたくさんあります。
お金を使わなくても、楽しいことはたくさんあります。

今日は、心の贅肉が少し落ちたような気がします。
さ、明日も自転車に乗って、体の贅肉も落とします。
娘よ、つきあっておくれ。

Love and Peace ・・)v

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フランス語講座

フランスに憧れてるんです。
情熱的なシャンソン、
カフェで語る哲学、
恋人たちのセーヌ左岸。

で、今日はフランス語講座を受けてきました。
一時間だけですが。
英語教師の研修で、オプションにあったので、選んだのです。

わくわくしているうちに、授業が始まりました。
白人の先生が、あの鼻にかかるフランス語の発音で話します。
授業はすべてフランス語。
プリントが分けられましたが、そこに書かれたフランス語の1語もわかりません。

挨拶くらい覚えて変えるつもりだったのですが、
何が何だかわからないうちに、授業は進みます。
まわりのひとたちは、フランス語わかるらしく、
先生の質問に答えては、何かをもらっていました。
「ショコラ」と先生が言っていたので、僕の好物チョコなのでしょう。

ショコラが欲しい、でも何もわからないから、答えられない……。

ショコラはあきらめ、僕はじっとしていました。
どうか先生が僕に質問しませんように、そればかり願っていました。
透明人間になりたいと思いながら、
早く授業が終わることだけを考えていました。

まわりのひとは、みな僕より優秀で、悲しくなってきました。
あんなにフランス語講座楽しみにしたのに…………。

言葉が商売道具の僕が、自分の言葉を封印された、この無力感。

何一つ学ぶことなく、授業は終わりました。
しかし、この講座はとてもためになりました。
こういう思いを、僕たち教師は生徒たちにさせているのです。

教え子たちよ、教師ジローは、来週から新たな気持ちで教壇に立つぜ。
だから、教師が本業だって。
信じてくれよ。

Love and Peace ・・)v

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メロンパンを買った夜

今日の夕方、近所の大型書店に、娘とマンガを買いに行きました。
娘は「花より男子」を、僕は「三丁目の夕陽・映画特別編」を。
そしたら、本屋の前に、小さなメロンパン屋がありました。

これは、移動式店舗で、以前、実家の近くにあり、
よく並んではメロンパンを買いまくった店。
僕と娘だけでなく、実家の面々も、大好物。
いつの間にかなくなり悲しんでいたら、ここにあったのです。

早速、食前パンと、明日の朝食パンを買うことに。
店に近づくと、店の横にいた僕より少し年上の男性が言いました。

「ちょっと、これだけ吸わせてね」
店員さんが、一服中でした。
「あ、どうぞ、どうぞ」
「この頃、バイトがいなくてね、一人なんですよ」
「まえ、あちらに店ありましたよね?」
「ああ、あったでしょうね。他の者ですけど」
「もしかしたら、またこの店もどっか行っちゃうんですか?」
「はい。たぶん二、三ヶ月はいますけどね」
「えぇ!」と僕と娘は声をそろえました。
ようやく、このメロンパン屋と再会できたのに……。

「ここに来る前は、青森にいたんです」
「え、そんな遠くに?」
「次はどこ行くかまだわからないんですよ」

このメロンパン屋のパンは、本当においしくて、
どこに行ってもブームを巻き起こしますが、
売り上げが落ちてくると、他の場所に移り、また新たなブームを起こすのです。
これが新しい商法なのでしょう。

「この商売も、生き残るのに必死なんですよ」

メロンパンは、ひとつ120円。
毎日何百個も売らなければ、商売にならないでしょう。

「今、この街に住んでるんですか?」
「ウィークリーマンションです。便利ですよ」
「あの藤原紀香が宣伝してるのですね」
「そうそう。電化製品も家具もそろってますからね」

僕たちは、とりあえず、4個買いました。
明朝食べるなら、オーブンで1分温めるといいと教えてくれました。

「さっきは一服させてもらって、すみませんでした」
「いえいえ、がんばって稼いでください。また来ますから」
「まいど、ありがとうございました」

車に乗り、つくづく、いろんな人生があるのだ、と思いました。
「あのおじさん、家族は?」と娘が言いました。
「独り者か、家族と離れて一人暮らしだね」
「そっか……」
と、黙った娘も、いろんな人生があることがわかったのでしょう。

「クリスマスも、たぶん、一人でメロンパン売ってるんだよ」、と僕。
「うちのクリスマスパーティに呼んであげたいね」
たしかに。

今夜は、娘のリクエストで、カレーライス。
特製スパイス、ヨーグルト、マーマレードなども入れ、
圧力鍋でつくりました。

娘と二人で食べるのはもったいないほど、
あの店員さんにも食べてもらいたくなるほど、
おいしくいただきました。

娘よ、明日の朝ご飯は、カレーとメロンパンだぜ。

Love and Peace ・・)v

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紅葉を見に行こうよう

「紅葉を見に行こうよう」と、娘が言い出したので、
ダジャレは、言葉の暴力であることを教え、
紅葉を見に行くことにしました。

「そうだ京都行こう」
とも、思ったのですが、県内の名所へ行くことに。

紅葉は、今が最盛期、大混雑するとのこと。
しかし、僕たちは大丈夫。
軽キャンピングカーがありますから。

昨夜、うちでごはんを食べて、風呂に入り、出発。
渋滞などまったくなく、真夜中にむこうに着きました。
星がとてもまぶしい夜空の下、
トイレ付き町営駐車場で、眠りました。

睡眠をたっぷりとった朝、
車の外に出ると、山が鮮やかに色づいていました。
キャンプ用コンロでお湯を沸かし、
レトルトのミネストローネと、パンとコーヒーの朝食。

そして、ハイキングにでかけました。
静かな温泉町を散策し、渓谷の中に入りました。
紅葉がひらひらと舞い落ちる中歩き続け、
ダム湖にかかるスリリングな吊り橋も渡りました。

娘は、赤く染まった葉を拾っては僕に渡します。
僕はせっせと文庫本の間に挟んでいきます。

紅葉狩りのあと、露天風呂に入りました。
そして、昼食。
娘よ、なぜいつも、ざるそばかカレーライスしか食べないんだ?
娘はざるそば、僕はとろろ山菜そば。

僕たちが充分紅葉を満喫した、昼近く、
いつのまにか観光客がどっと押し寄せていました。

僕たちは、人の流れに逆らって、その地をあとに。
対向車線の渋滞中の車を見ながらの快適なドライブ、
途中、景色のいいところに車を停め、シエスタ。

目が覚めると、僕たちは映画を見に行くことにしました。

Love and Peace ・・)v

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シュフ

今、読んでいる本、「主夫と生活」
アメリカの売れっ子コラムニストが、
妻のビジネスが軌道に乗り始めたのをきっかけに、
仕事を辞め主夫になるというドキュメント。
軽快な訳文で、おもしろく読み進んでいます。

僕の敬愛するジョン・レノンは、ショーンが生まれたとき、
音楽活動を休止して、主夫生活に入りました。
その期間がなかったら、晩年の名曲は生まれなかったでしょう。
家事と育児をすることで、きっと世界がもっとよく見えたはずですから。

女性の同僚がよく言います。
「主婦は大変なんだから」
フルタイムの仕事に加えて、家事・育児。
もし、家族が協力的でなかったら、それは大変でしょう。

「僕もシュフなんですけどぉ」
と、僕は小さな声で答えます。
たぶん、「主父」と書くのでしょう。

僕は、けっこう、家事が好き。
シングルになる前は全然やらなかったから、新鮮なんです。
できなかったことができるようになったことは、うれしいものです。
それに、誰にも強制されていないから、やる気になるのでしょう。

主父として、僕が娘によく言うこと。
「パパは、召使いじゃない」

実は、娘の母親に、僕が言われていたことですが……、
「私は召使いじゃない」、と。

娘ができないことは、やってあげますが、
娘ができることは、絶対にやってあげません。

たとえば、食器を流しに出すこと。
もし、娘が出さなかったら、放って置きます。
翌朝まで。
朝出さなかったら、夕方まで。
そのうち、娘が観念して片づけます。

朝、娘を起こすのも、一回。
起きなければ、置いていきます。

育児とは、子どもに何でもしてあげることではなく、
子どもが、何でもできるようにしてあげること。
育児の目的は、自立ですから。

自立したものどうしでなければ、助けあえない。
よりかかるのではなく、よりそうのが愛。

最近は、僕の手荒れがひどいので、
娘が食器洗いを手伝ってくれるようになりました。

娘よ、感謝してるぜ。
家族の協力がなくては、シュフは大変。
パパには、家事なんて楽勝だぜ。

Love and Peace ・・)v


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人生の主要教科

今日も長く白熱した会議がありました。
カリキュラムについて話しあい。
カリキュラムとは、何年生で、何の教科を、何時間教えるかのこと。

中心的な意見は、いかに大学受験で合格させるか。
そのために、受験の主要教科の時間数を増やせ、と。

結局、結論は出ませんでしたが、
受験教科を増やすために、
受験教科でない授業を減らす案も出ました。
家庭科の授業など。

ま、普通高校では、これもよくある話です。

僕に言わせていただけば、
人生の主要三科目は、
まず、家庭科、次に保健体育、そして国語。
ひとは誰でも、ジェンダーフリーに、家事を覚え、
人間の体と心について学び、
きちんと自分の言葉を使えるようにならなければいけません。

僕が中学生のとき、
男子は「技術科」で日曜大工、
女子は「家庭科」で、料理や裁縫、
と別々に教わりました。
高校生のときは、男子は「家庭科」を学びませんでした。

僕は自然に、料理や裁縫は、身の回りの女にやらせればよい、と覚えました。

さらに、地元の進学校には、男子が9割入り、
女子は1割だけしか入れませんでした。
「女子は生理があるから学力が伸びない」のが理由と聞いていました。

僕は自然に、女は男より劣っていると、覚えました。

まったく、責任者出てこい!

もし僕が、文部科学大臣だったら、
東大の入試に、絶対に、「家庭科」を入れます。
もし僕が、厚生労働大臣だったら、
サービス残業を禁止して、男を家事・育児に参加させます。

しかし、娘よ……、
うちは、家事の男の負担が多すぎるぜ。
目指せ、夢の家事分担。

Love and Peace ・・)v

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日曜日、実家にて

今、実家から帰ってきました。
車の中で眠った娘をベッドに運んだところです。
娘も大きくなりました。
重さでわかります。

今日はスローな休日でした。
朝、ゆっくり目覚め、祖母のつくったみそ汁で朝食。
それから、兄と居間でのんびりすごしました。
重度障害者の兄の世話は、基本的に、時間と空間の共有。
トイレとお茶を常に気にしながら、
僕は、テレビを見たり、パソコンで小説を書いたり。

昼頃起き出した娘は、昼間、お習字。
僕の祖母、つまり娘の曾祖母が先生なんです。
祖母はいまだに数人のお弟子さんを抱えるお習字の先生。

その間、僕は兄と遠足に出かけました。
近くの大池のほとりに車を停めて、缶コーヒーを飲むのです。
今日は、たくさん水鳥がいました。

うちに戻ると、祖母と娘は、まだお習字をしていたので、
僕はハンバーグをつくりました。
祖母が、朝から「ジローのハンバーグが食べたいやあ」と言っていたので。

夜は、娘と両親の店へ行きました。
この頃、芸術至上主義者の母が、
日曜の夜は、コーラスの練習に出かけるようになったのです。
店をほっぱらかして、僕に店番をさせて。
残念ながら、今日はお店が暇でした。

そして、九時に娘と実家に戻り、テレビ。
「恋の時間」
キャリアウーマンの姉と専業主婦の妹のそれぞれの恋の物語。
毎週、楽しみにしているんです。
娘よ、小学生にはまだ早くないか?

風呂に入り、娘に日記を書かせて、歯を磨かせて、
「また来るよ」と二人で家族に声をかけて、帰ってきました。

Nothing special is something special.
特別なことはなにもないのが、何か特別なこと。

家族がみな健康なことに、感謝する一日でした。

Love and Peace ・・)v


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土曜の日だまり

一つ希望を言わせていただくとしたら、
プロの小さな幸せ発見家として、

土曜日は、いい天気になってほしいのです。

娘がまだ眠る午前十時、
南向きのダイニング・リビングに、陽が入り始めました。
今、僕はパンとスープという限りなくブランチに近い朝食をとりながら、
冬の日だまりの中にいるという幸せを享受しています。

ウィークデイは、夕方帰ってくるので、
いつもは、寒くて暗いこのうち。
それが、土曜日には、こんなにも明るくあたたかくなるのです。

前の晩、シンプルだけど時間はかけてつくったスープを温め、
それをキッチンテーブルの上に置くと、
陽を受けた湯気が鮮やかに立ちのぼります。
スローにつくったスープを、スローに味わう。
時間に追われない朝食、至高の幸福。

南側の娘の椅子に、さきほど室内の植物をのせて、
日だまりの中に置きました。
この至福のときを、独占してはいけません。

土曜の午後は、この頃、毎週のように、
娘とサイクリングにでかけるんです。
バックパックを背負い、それぞれのマウンテンバイクに乗り込み、
決して遠くに行くわけでなく近くを、たくさん寄り道しながら、
図書館に行ったり、公園で休んだり、駄菓子屋でおでんを食べたり。

今日、晴れて本当によかった。

さあ、週末の始まりです。

娘よ、いい加減、起きろよ。

Love and Peace ・・)v


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ホームパーティ

僕は宴会は苦手なんです。
何かと理由をつけては、断っています。

それでも、たまには、宴会に出ることもあります。

そんなときは、遅刻していきます。
宴会はたいてい金曜日で、バイオリンのレッスンがあるので。
酒は飲みません。
娘も連れて行き、二次会には参加しません。

それでも、誘ってくれる場合に限って、宴会に出るのです。

嫌われる?
そんなことで嫌うひとなら、つきあうことありません。

僕はパーティのほうが好きなんです。
うちに、客を招き、料理を振る舞うホームパーティ。

ときに、断られるときもあります。
「え、悪いですよ」、と。
シングルファーザーに料理を作らせては申し訳ないとでも言いたげに。
…………。

僕にとっては、宴会よりホームパーティのほうが都合がいいんです。
娘を連れて、大人の店に行かなくてすむし、
車で行くわけでないので、少しは飲めるし、
料理は誰かのためにする行為、客がいたほうがやりがいがあるし、
ひとが来るとなれば、うちも片づくし、
お金も、宴会に行くより、かからないし、
僕はホームパーティは、自己表現の一つでもあると思っています。

この頃、娘がよく言うんです。

「パパ、この頃、宴会ないの?」

僕は娘と契約を結んでいて、
娘が宴会につきあうと、マンガを一冊買ってあげることになっているんです。

「パパ、宴会行きなよ」

うるさい。

Love and Peace ・・)v


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イヌ注意

イヌと呼ばれるひとが増えているようです。

イヌの特徴は、上にペコペコ、下にビシビシ。
自分より強いものには媚びへつらうくせに、
弱いものには、とにかく強気。
人間関係を縦にしかつくれない、服従か支配か。

「優秀」といわれるひとの中に、
このイヌの多いこと、多いこと。

学校のお勉強ばかりできた「高学力」バカ。
いつもセンセイのいうことをよく聞き、
どんな問題にも、いつも答えが一つだけあると信じ、
わからなかったら、センセイが教えてくれると思っている。
優秀なイヌは、優秀ゆえに、センセイの喜ぶことにも、敏感。
センセイの言うことが、いつも正解、
とにかくセンセイには従順、自分の意見は特になし。
先回りして、センセイの喜ぶ言葉を言ったり、行動をとったりするのが得意。

こんな高学力バカのイヌが増えたら、日本は大変なことになるでしょう。
しかし、コイズミ・チルドレンは、そんなイヌばかり。

僕は、いばられることもゴメンですが、いばることもゴメン。
人間関係は、横に、築きたいのです。
お互いを尊重し、自由で、自立して、何かを共有しているような。
僕は、ネコがいいんです。

自分がないから、それゆえに何かに服従して安心してるイヌ、
自由もなければ、まったく自立もしていません。
うさばらしのように、隣の国のひとなどを蔑視したり、
自分のようにイヌにならないひとを、責めてみたり。

ある国に、イヌが増えると、たいてい戦争になるようです。
イヌの大将であるその国の首相が、
超大国のイヌになり、どこかの小国をイヌにしようともくろみ、
さらに、イヌ国民が、戦争反対するようなひとを、「非国民」と呼び始めるから。

ファシストは、いきなりはやってきはしません。
イヌが増殖して、熱烈に歓迎されて、やってくるのです。

身近に、もしイヌが現れたら、
とにかく、やさしくしてあげましょう。
あなたは、あなたであって大丈夫、と。
そのひとが、自分を大切に思えるように。

天気のいい冬の日は、日なたのネコになりたい店主でした。

Love and Peace ・・)v

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フロム・ファイヴ

今日、職場で、デスクワークを集中していたときのこと。
同僚がやってきて声をかけました。

「お、めずらしく仕事してるね」

なんと反応していいのかわからず、
「たまには、気分転換にね」
と、笑顔で返しました。

デスクワークを三十分ほど続けると、また他の同僚が言いました。

「すごいね。今日は集中力続いてるねえ」

とりあえず、「もうすぐ飽きるから安心して」と答えておきました。

そういえば、「よし今日はバリバリ働くぞ」と、呟いたとき、
同僚に聞かれ、爆笑されたこともあります。

僕はいちおう仕事は給料分しているつもりなのですが、
まわりには、そうとうリラックスしているように見えるようです。

かつての僕は、仕事をいくつもかけもちして、
サービス残業・休日出勤もいとわず、
バリバリ働いて、快感を感じていたものです。
「どうだ、すごいだろ」、といつも思っていました。
もちろん、家庭は一切かえりみず。

今となっては、他人のようです。

娘の参観日は皆勤でも、有給休暇はとりまくり、
夜のつきあいは、断るか、子連れ、
家庭に仕事は持ち込まないが、仕事に家庭は持ち込み、
がんばらないようにがんばる僕は、
いい加減がよい加減が、モットー。

さて、今日は、会議があり、白熱して、5時を過ぎても続いていました。
しかし、5時を過ぎ、僕の頭の中は、いっぱいになりました。
ジロー's カフェで何を書くか、晩ごはんは何を作るか……

今日の会議は、学童の迎えの時間になり、途中退席。

アメリカ人の友達が言ったことがあります。
Japanese work long, not hard.
(日本人は長く働く。一生懸命というより)

たしかに。

そして、いいフレーズを教えてくれました。

Work smart, not hard.

なるほど。
その訳は、「がんばらないようにがんばる」?

とにかく、会議は、大切な議題から始めること。
資料を見ればわかる場合は、しゃべらないこと。
ったく……。
5時に仕事を終わらせないと、おいしい夕食は食べられません。

アフター・ファイヴというより、フロム・ファイヴ、
5時になると、目が真剣(マジ)になる店主でした。

Love and Peace ・・)v

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二重生活

大学生の頃、僕は小説家を目指していて、
ある老詩人に師事していました。
その昔、左翼学生の間でカリスマ的存在だったひと。

難解王とも言われた詩人の言葉は、
とにかく、難しくて、難しくて、困ったものです。

いろいろ、僕がしつこく質問すると、言われました。

「このくらいのヒントで書いてもらわなきゃなあ」

それから、ずっと心にひっかかっていて、
半年後くらいに、はっと気づくのです。

僕は作品を仕上げては、
長野の山奥に住む老詩人に送ったものです。

月に一度は、老詩人は山を下りてくるので、
そのとき、作品について指導を受けました。

「ジローのは、喉が渇いて水を飲むって感じなんだなあ」
「え、喉が渇いて水?」
「ズレがわかっとらん」
「ズレ、ですか……」
「ズレがわかれば文学はちっとも難しくない」
「ズレっていうと、たとえば……」
そして、言われてしまいます。
「このくらいのヒントで書いてもらわなきゃなあ」、と。

「これで小説家になりたいなんて、いい度胸してるよ」、とも。

残念ながら、その老詩人は、何年も前に亡くなってしまいました。
僕の本を見せることができなかったことが、心残りです。

老詩人が亡くなったとき、
新聞やテレビで、一斉に報道され、僕はとても驚きました。
こんなに偉大なひとだったとは……。

「大衆に対しては断固たる知識人、知識人に対しては断固たる大衆」

そう評されていました。

老詩人が僕に言ったことの一つ。
「ジロー、作家になるということはな、二重生活を送ることなんだ」
仕事を持ちながら、書くことが大事だ、と。

今、師の教え通り、二重生活を送っています。
昼は教師、夜は物書き。
どちらもいきづまることなく、とても充実しています。

娘もまだまだ手がかかるので、
シングルファーザーライフも入れ、今は三重生活。

そういえば、僕は中学時代、水泳の個人メドレーの選手でした。
一人で、四種目を泳ぐ競技。

一つのことだけに打ち込むなんて、僕は飽きてしまいます。

あと一つ、四重生活くらいまで、いけそうです。

娘よ、あと一つ、何にする?

Love and Peace ・・)v

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芸術至上主義的映画鑑賞

昨日、バイオリンの発表会が終わり、
ようやく一息、
そこで今日は映画に行くことにしました。

僕は平日の夜に映画に行くことが好きなのです。
え、子どもが明日学校なのに?

はい。まったく関係ありません。

早めに職場を出て、学童にお迎え。
車を一時間半飛ばして、県庁所在地へ。

茶畑に囲まれて暮らす僕たちには、
たまには、夜の街の空気が必要なようです。
いつものイタリアンレストランで夕食。

そして、いつものセリフ。
「パパのイタリアンのほうがおいしくね?」
「わかんない」
ったく、素直じゃないぜ。

今日の映画は「メゾン・ド・ヒミコ」
ゲイの老人ホームの物語。
ある日、沙織(柴崎コウ)のところに、ハンサムな青年(オダギリジョー)が現れる。
彼は、絶縁したゲイである父親の恋人。
沙織は、末期癌に冒された父親が暮らすゲイだけの老人ホームに通うようになる。

なんて、すばらしい着想。

行きの車の中で、僕は娘に話しました。
男が男を好きになることがあること。
体が男でも、心が女の場合があること。

「カバちゃんみたいに?」
「そう」

親戚にゲイのひとがいたこともことも話しました。

「ほんと?」
「そう。世界が百人だったら十人はそうだってさ」

映画は、ラブシーンがいくつかあり、少し困りましたが、
そのつど、娘は顔をそむけ、
僕が合図をすると、またスクリーンを見ました。

映画は、僕の予感通り、傑作。

ひとは、誰でも絶対に譲れない大好きなものがあって、
そのことで、ときに他のひととずれてしまったりするけれど、
そのひとらしく生きることが幸せなんだと、思いました。

帰りの車では、娘と映画について語りました。
娘は、僕が思ったより、ストーリーを理解しているようでした。

うちに着いたのが、十一時過ぎ。
娘が学校からのお便りを見せました。

「最近、寝るのが遅くなっている子が多いようです。
 遅くとも、十時には寝かせるようにしてください」

…………。

「もう、歯磨いて、寝な」
「パパ、宿題やってない」

………………。

娘よ、うちはうち、よそはよそ。
犠牲をともなわない芸術はないぜ。

明日、挿入歌、バイオリンで弾いてみようぜ。
ドヴォルザークの「母が歌い給いし歌」

やっぱり、これからも芸術至上主義で行くぜ。

Love and Peace ・・)v

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花で溢れる日

僕がバイオリンを好きなところは、
持ち運びができるところ。
「定住型」じゃなく「移動型」の僕と娘にはぴったり。

それから、みんなと弾けるところ。
上手な人から、僕たちのように下手な人まで、
お年寄りとも、子どもとも、同じ曲を弾くときの「連帯感」
とても気持ちよくて、楽しいのです。

さて、今日はバイオリンの発表会がありました。
毎年のことですが、この日ほど、
僕が一人で娘を育てているのではないと感じる日はありません。

毎年、娘の衣装は、娘の母親が用意します。
今年は、彼女のワンピースをリフォームしたもの。
靴も彼女がもらってきてくれたので、今年は衣装代ゼロ。
ラッキー、来年もよろしく。

発表会には、花が届きます。
僕の母からは、シクラメンの鉢植え。
娘の母親からは、ブーケ。
彼女の義理の妹さんからも、ブーケ。

一年で、もっともうちが花で溢れる日。

今年は、僕の恩師からも花が届きました。
娘に、チョコレートと、クリスマスのリースも。
恩師といっても、保育園の先生。
超問題児は、30年経っても覚えていてくれ、かわいがってくれるようです。
先生もバイオリンを弾くのです。

こんな下手くそな僕たちの演奏を、
応援してくれるみなさん、ありがとう。

それにしても、娘が、花もプレゼントもたくさんもらい、
僕はうらやましくなりました。

娘よ、パパにはないのか?
パパののほうが練習はたくさんしているのに……。

しかし、うちに帰ると、保育園の先生がくれた花の中にカードが。
僕宛てで、カードには、ワープロで印字がされていました。

先生、コンピューター覚えたんですね。
ホームページの日記も毎日読んでくださっているとは、感激です。

うれしい言葉が書いてありました。
「芸術至上主義者親子に乾杯!」

娘よ、今日は早く寝ろよ。
パパは、一人で祝杯あげるから。

Love and Peace ・・)v

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死について

この頃、「死」について、よく考えるんです。
今書いている小説の、テーマの一つでもあるので。

すごい本に出会いました。
図書館で何気なく借りて読んだのですが、
あまりによかったので、すぐ買い、
ドッグイアーしまっくって再読、線引きまくって再々読。

「死への準備」日記 千葉敦子著

著者は、末期の癌とたたかうジャーナリスト。
ニューヨークに一人で住み、
入院はせず、通院で治療しながら、
できるだけ自立した生活を送ります。
もちろん、多くの友人に支えられての制限付きの自立ですが。
花を買い、料理をつくり、芝居を見て、ホームパーティも開く生活。

「自立」について、本気で考えさせられました。

「健康なときでさえ、自分の食事ひとつととのえられない男たち」や、
「健康なときでさえ、経済的に自立してなく、誰かに食べさせもらってる女たち」には、
この最後の自立のたたかいは理解できないだろうと彼女はいいます。

抗ガン治療の副作用に耐えながら、彼女は書き続けます。
死の三日前まで。
世界情勢を気にしつつ、
自分の死を観察し、正確にレポートしていきます。

誰かに強く依存してきたひとは、
死ぬときに、その相手を連れて行かれないので、
ひどく孤独に教われるそうです。

僕は、死の苦しみより、そのほうが怖いと思います。
自立しないと、そんな恐ろしいことが待っているとは……。

「死は、生の対極にあるのではなく、その一部として存在している」
「ノルウェイの森」の中の言葉も思い出しました。

明日どうなるかわからなくとも、計画を次々に立てる彼女。
食事の約束をして、芝居の券を買い、次々に本を買い込む。

人生は前にしか進まない、たとえ死ぬ直前でも。

「永遠の命はいらない。ひとは死ぬから一生懸命生きるんだ」
銀河鉄道999の哲郎の言葉も思い出しました。

ひとは、「移動型」と「定住型」とあるそうで、
生粋の「移動型」の彼女は、死の二ヶ月あまり前に、
「あまりにも気分が悪いので、引っ越しをすることにした」
と、なんと引っ越しまでします。
「ここにもう3年もいる」とか言って。
彼女は、生の世界から、死の世界に、あっというまに引っ越したようです。

僕がこのごろ「死」の話ばかりするので、
娘が言います。
「パパはまだ死なないんだから、大丈夫だよ」
それでも、死に向きあおうと思っているのです。
娘よ、パパが死にそうになったら、たまには見舞いに来いよ。

彼女の遺言により、彼女の著作の印税は、
アジアの若きジャーナリストのための奨学基金となるようです。

今、注文したばかりの彼女の本、3冊、待っているところです。

さ、ジロー's カフェ、死ぬまで書き続けます。
どうぞ、末永くつきあいのほどを。

Love and Peace ・・)v
 

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FAQ

僕の授業でのFAQ(よくある質問)。

「先生、愛ってなに?恋と愛はどう違うの?」

恋は求めあうこと
愛は与えあうこと

恋に理由はあるが、
愛には理由はない

恋は条件付
愛は無条件

恋は冷めるもの
愛に変われば、続くもの

恋は、長所を好きになること
愛は、短所を受け入れること

恋は、おたがいによりかかること
愛は、自分の足で立って、寄りそうこと

愛の対象は、常に、命あるもの
一つしかない、限りある命を持つもの

命に終わりがあるように、愛にも終わりがある
心変わりしなくても、死別がある

愛とは、別れを覚悟して、挑むもの
愛とは、決して後悔しないもの

別れは必ず来るのだから
今愛している人を、愛しきること

恋は、目の前の相手を見ること
愛は、心の中に相手を置くこと

「何で、そんなに言葉が浮かぶの」、と教え子。
「作家だから」
「教師が副業していいの」
「こっちが副業だから」
「…………」
「おっと、そろそろ、授業に戻るぜ」、と僕。

教え子たちよ、ネタがつきたぜ。
これで、かんべんしてくれ。

え、僕の恋?
バリバリの現役だぜ。
常に、苦戦してるけどさ。

僕はいったい何の教師だ?

ま、教え子たちよ、愛してるぜ。

Love and Peace ・・)v

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がんばれ朝顔Ⅱ

今朝、二つ目の朝顔が咲きました。
うちでもっとも日当たりのいい南側の窓際に椅子の上の鉢の中で。
そこは、娘の指定席ですが、ここのところは朝顔に譲っています。

双葉が出て、本葉が二枚出て、蕾が二つ出たのです。
その二つとも無事に咲きました。
11月10日、うちでは、もっとも遅く朝顔の咲いた日と記憶されるはずです。

さて、花が咲いたら終わり、というわけではありません。

学校で、生物の先生に、この朝顔のことでいろいろ教わりました。
朝顔は、日の長さを感知して、咲くんだそうです。
つまり、日が短くなると、咲こうとするのです。
この頃は、もちろん、日が短いので、
うちの朝顔は、あわてて、蔓も出さずに咲くことにしたようです。

なんて、利口な朝顔。

その先生いわく、生物の究極の生きる目的は、子孫を残すこと。
たとえば、羽化後わずか数時間の命しかないカゲロウには、
胃袋はなくても、羽があるのです。
羽ばたき、恋人を見つけ、子孫を残すために。

さ、朝顔よ、よく咲いた。
あとは立派な種を作っておくれ。
とうぶん、南側の特等席はゆずるからさ。
春には一番最初に、一番日当たりのいいところに植えてあげるぜ。

僕はすでに来年の夏に咲く朝顔をイマジンしています。
春より、夏を待つ店主でした。

Love and Peace ・・)v

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「がんばれ」という言葉

英語に、「がんばれ」に相当する言葉はないようです。

アメリカ人の友達に訊いたら、
すでにがんばっているひとには、
「がんばれ」と言う必要はない、と。
たしかに。

で、何というか?

Take it easy.(気楽にね)
または、
Good Luck.(幸運を)

なるほど。

先日、職場に「メンタルヘルス・ブック」という本が配られました。
全員に。
教職員はストレスが多く、メンタルヘルスに気をつけなくてはならない、と。
真面目で、やる気がある人ほど、危ない、とも。

落ち込んでいるひとに、絶対言ってはいけない言葉。

「がんばれ」

がんばっているからこそ、壁にぶつかり、悩んでいるのです。
さらにがんばれなどといったら、さらに追い込んでしまいます。

メンタルヘルスのためには、
7~8割の力で、9回を完投する投球術がいいそうです。

僕がメンタルヘルスブックを読んでいたら、同僚に笑われました。
「そういう本、一番必要ないひとでしょ」
そんなこと言うなら、と僕は、その本の中のストレスチェックをやることにしました。
そしたら、チェックは一つも引っかかりませんでした。
「ね、やっぱり」、とさらに笑われました。

僕は、がんばることにしました。

娘よ、うちらは、がんばらなくっちゃだぜ。
とりあえず、バイオリン、発表会にむけてがんばるぜ。

♪ガンバロー(それそーれ)、突き上げる空に
 くろがねの男の拳がある
 こみ上げる女の拳がある
 たたかいは、ここから
 たたかいは、いまから(それそーれ)

  炭鉱労働者の歌より

5時までは take it easy,
5時からは、マジでがんばる店主でした。

Love and Peace ・・)v

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長い昼休み

今日は、この曲から。
RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」

♪ ううう、授業をさぼって
  陽の当たる場所にいたのさ
  寝ころんでたのさ、屋上で
  煙草の煙、とても青くて

中学生の頃、僕はツッパッテいて、
「亜無亜危異」も「モッズ」も好きでしたが、
実は、RCサクセションが一番好きでした。

こんな秋の天気のいい日、
この曲が好きだった僕は、
先生に悪態をついて、学校を抜け出しました。
小学校の頃、よく釣りをした川原で、煙草を吸いました。
そして、煙草の煙はどうすれば青く見えるか、考えていました。

♪ うぅ、こんな気持ち、
  うぅ、うまく言えたことがない、
  ない、あいあい~

さて、今朝、腹痛を訴えた娘。
ひとまずベッドで休ませ、
「すぐ戻る」と言って、僕は出勤。
授業を一つ、他の先生に代わってもらい、
「介護休暇」をとって、うちに帰ってきました。

ベッドでは、娘が気持ちよさそうに眠っていました。
「どう具合は?」
と、娘に声をかけました。
まだ眠そうで、なんと答えていいのか悩んでいるようでした。
「学校行けって言わないから、どう具合は?」
「なおったよ」、と笑顔の娘。
「じゃ、学校にいかなきゃ」
「行けって、言わないって言ったでしょ」

しまった……。

日だまりの中のダイニング。
ここが、昼間はこんなに心地がいいとは知りませんでした。
とりあえず、二人で、昼食。
僕は弁当、娘には広島風お好み焼きをつくりました。

僕は長い昼休みをとることにして、
娘は、一日臨時休暇を取ることになりました。

今、RCサクセションを聴きながら、これを書いています。

♪ うぅ、こんな気持ち、
  うぅ、うまく言えたことがない、
  ない、あいあい~

娘よ、いつまで、パジャマ着てるんだ。
朝ほんとにおなかが痛かったのは、わかったから、
パパが学校に戻ったら、チャレンジやってろよ。
テレビは禁止だぜ。マンガもDVDもだぜ。

Love and Peace ・・)v

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静かな夜

この頃、テレビを見ていないんです。

娘が先月号のチャレンジを終わらせていないからです。
これは、数ヶ月前に決めた我が家のルール。

テレビがないと、けっこう時間ができるものです。

夕食後、いろいろできます。
明日の弁当の仕込みをしたり、
明朝のスープをつくったり、
デザートに、柿を剥いたり、サツマイモをふかしたり。
本を読んだり、音楽を聴いたり、
いつもより、話をしたり。

僕の仕事もはかどります。
たぶん。
きっと。
どうか、はかどりますように。

仕事とは、もちろん、本業の執筆のことです。
え、学校?あちらは趣味なんです。

秋の夜長、
少し寒くて、静かな長い夜。

先ほど、娘が小物を集めて、缶に入れ、
タイムカプセルをつくりました。
一年後の自分への手紙も入れて。
僕も、一年後の自分への手紙を書かされました。

さ、娘よ、芸術の秋だ。
そろそろ、バイオリン弾こうぜ。

秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し……

   「落ち葉」 ヴェルレエヌ より


おい、娘よ、静かな夜もいいけどさ、
やっぱり、チャレンジ終わらせてくれよ。
パパはテレビ見たいんだから……。

Love and Peace ・・)v

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みんなでバイオリン

この頃、僕たちは、まじめにバイオリンを弾いているんです。
さすがに、来週の日曜日が発表会ですから。
発表会は、ソロと合奏があります。
娘は両方やるのですが、僕は合奏だけ。

昨日今日と、合奏の練習も始まりました。
僕たちは毎年合奏を楽しみにしています。
それは、バイオリン同志たちに会えるからです。

バイオリンのいいところは、
みんなで弾けるところ。

娘と同い年で、同じ頃、習い始めた女の子と、僕たちは仲良し。
「この合奏曲、むずかしいでしょ?」、と僕がきくと、
「むずかしい。全然できない」、とその子が答え、僕はホッとしました。
「ね、仲間、仲間」、と娘が言います。
下手なものどうしの連帯感もなかなかいいののです。

そこに、また娘たちと同い年の女の子がやってきました。
その子は、英才教育を受けていて、
僕たちが苦戦している曲を、楽譜を見ないで弾くことができます。
「大丈夫、私が教えてあげるから」
と、今日は特別に、僕だけに個人レッスンしてくれました。
「だめだめ、私がピアノ弾くから、それにあわせて」
その子、ピアノもできるんです。

子どもだけでなく、大人もいます。
僕たちより数ヶ月早く始めたキャリアウーマン。
「パパの好きな人来てるよ」、と娘。

娘よ、きれいなひとなら、パパが誰でも好きだと思ってるだろ。
ったく……。

今日は残念ながら、娘の好きなM君はいませんでした。
「ま、元気出せよ」、と僕が娘を慰めました。

大人も子どもも混ざって、
上手なひとも、下手な僕たちも混ざって、
幅の広いハーモニー。

「いろんなひとがいるから、合奏の音に深みが出るんだよ」
と、いつか先生が言ったことがあります。

さ、娘よ、芸術至上主義者親子として、がんばろうぜ。

あんなに練習したのに、今日も全然弾けなかった店主でした。

Love and Peace ・・)v

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がんばれ、朝顔

今朝、ゆっくり目覚めた娘に話しました。

「朝顔につるべとられてもらい水、って知ってる?」

子どもの頃おばあちゃんに教わった俳句です。

「昔、井戸をくみ上げるロープに朝顔の蔓がからんでいたので、
 隣のうちに水をもらいに行ったってこと。わかる?」
「わかるよ。バカじゃないから」
「はい」

先日、朝顔が植えてあったプランターに土を足して、
チューリップの球根を植えたんです。
そのとき、こぼれた種から芽を出した朝顔があったんです。
どうせ枯れてしまうから捨ててしまおうと思ったのですが、
なんだかかわいそうになって、植木鉢に植えかえました。
そして、寒いだろうからと、うちの中に入れておいたのです。

で、よく見たら、蕾が出てきたのです。
朝顔はとても利口で、
寒いので、蔓を伸ばさず、すぐ咲くことにしたようです。

その朝顔を、ダイニングで一番日当たりのいい場所に置くことにしました。
それが、娘のいつも座る椅子のところ。
椅子を窓側に向け、そこに朝顔の鉢を置いたのです。

娘は、蕾を見て、驚いていました。
もちろん、朝顔に椅子を譲ることには文句を言わず、
もっとも日当たりの悪いところに座り、朝食をとりました。

「これ、咲いたらすごいと思わない?」、と僕。
「すごい、すごい」
「がんばれ、朝顔」
「がんばれ、朝顔」

朝顔よ、僕に勇気をおくれ。
咲いて、種ができたら、
春、一番最初に、植えてあげるからさ。

Love and Peace ・・)v

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食卓から見る戦争

おととい、娘とテレビで「火垂るの墓」を見ました。
実写版の。

「火垂るの墓」は野坂昭如の原作も読んだことがあります。
ジブリのアニメも見たことがあります。
どちらもそれぞれに感動的でした。

さて、今回は、実写版。

戦災孤児の兄妹の面倒を見ていた叔母にスポットが当てられていました。
その叔母は、その兄妹をうちから追い出し、二人を死に追いやる悪役です。
特にアニメでは、とても憎たらしく描かれていました。

その叔母を松島菜々子が演じるというので、僕は驚きました。
松島菜々子といえば、僕のうちでは神聖なる女性。
絶対に悪く言うことは許されない女優。
なぜなら、娘の母親に似ているからです。
娘は、松島菜々子を母親同然に愛しているのです。

物語は原作に忠実に進みました。
叔母は、子どもたちに食べさせるのに必死です。
配給制度のせいで、充分な食料が手に入りません。

そのため、結果的に、兄と妹を追い出し、
まず妹が栄養失調で死に、
最後に、兄も餓死していくのです。

自分の子どもを餓死させないための非情な行為。
終戦後、長女に「お母さんが二人を殺した」と罵られても、動ぜず言います。

「戦争とはこういうもの。
 私たちの戦争はこれから。
 生き抜くのよ。死んだら、負け」

あの美しい松島菜々子演じるおばを、
これほどまでに変えてしまったのが戦争なのです。

先日、「戦下のレシピ」という本を読みました。
戦時中の女性誌を多く引用し、
当時、女たちがどれだけ苦労をして料理をしていたかがわかりました。

食卓を通して、戦争を考えた後だっただけに、
この実写版「火垂るの墓」は心にずしんときました。

僕の祖母は、食べ物をとても大事にします。
何でも残ったものにはラップをかけて保存します。
冷たくなったごはんでも、文句を言わず食べます。
そして、食べることが、本当に大好き、美味しそうに、楽しそうに食べます。

残り物は、バンバン、生ゴミ処理機に入れ、
ごはんは炊きたてしか食べない僕ですが、
祖母がそうなった理由が、ようやく、わかりかけてきました。

あばあちゃん、明日は、焼き芋持ってくよ。

サツマイモは、米のない頃、よく食べたそうです。
今、無水鍋で焼いているところです。

ところで、娘よ、今日もごはん残しただろう。
明日から、すいとん食べてもらうぜ。

Love and Peace ・・)v


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雨の休日

先日、娘がテストでひどい点をとってきました。
もちろん、算数で。

「教師の娘が、そんなんでいいわけ?」
と、娘の母親に言われてしまいました。

で、今日は、母親のところに行っています。
一日お勉強するとのこと。

娘よ、がんばってこいよ。

さて、一人になった僕は取材に行ってきました。
今、輸送船に乗って戦死した祖父のことを書いているのですが、
わからないことだらけなので、
元日本兵の方のお宅に訪問させていただいたのです。

その方も、陸軍兵士として輸送船に乗り込み、
六回も船を沈められたものの、生還したといいます。
最後の沈没の時、利き手の右手が不自由になり、
戦後、左手の訓練にと、絵を描き始めました。

「死んだ戦友が乗りうつったみたいだよ」
と、船の絵を描き続け、
今も海洋船舶画家として活躍されています。

三時間半も、貴重な話を聞かせていただいたあと、
「おじいさんが、あんたをここに連れてきたんだよ」
と、貴重な資料を段ボール一箱分貸してくれました。

その後、雑誌の編集長と新幹線の駅の構内で打ち合わせ。
たまたま取材の帰りで通りかかったので、途中下車したのです。
「恋文」の今後の展開について話しあいました。
また、カツを入れられてしまいました。

先ほど、うちで広島風お好み焼きを作って食べ、
これから、資料の山の前に行こうと思います。

あ、その前にバイオリンの練習もしなくては。
娘よ、負けないぜ。

今日は一日雨が降っていました。

Love and Peace ・・)v

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心の銃

まずは、一曲。

 俺たち拳銃なんか持ってないけど
 たたかうことをあきらめちゃいやしないぜ
 あいつが、いつか、銃を持ってきたら

 心の銃を使って、たたかっていくのさ
 心の銃を使って、たたかっていくのさ

この頃、この歌に元気をもらっています。
パンクの名曲「心の銃」です。
歌っているのは亜無亜危異(アナーキー)
中学時代、ツッパっていた頃、聴いていた曲。

僕にとっての心の銃は、、コトバ。
このブログだって、日本を変える気で、書いてるんです。
本気(マジ)で。
ブログのコトバだけでなく、
小説のコトバ、学校で語るコトバにも、魂を込めているつもりです。

バカブッシュとアホコイズミが仕切るこの世界で、
僕たち国民にとっての心の銃は、
やはり、憲法九条。
この心の銃だけは、奪われるわけにはいきません。

娘よ、また聴くぜ。
は、まただって?
また、だよ。

 心の武器がある限りあいつらに負けない
 たたかうことをあきらめちゃいやしないぜ
 たたかってきたからこそ、今があるのさ

 心の銃を使って、たたかっていくのさ
 心の銃を使って、たたかっていくのさ

Love and Peace ・・)v

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喧嘩の翌日

昨夜、派手に喧嘩しました。
娘と。

バイオリンの練習をしているときに。
お互い芸術至上主義者で、ライバルの僕たちは、
バイオリンのことになるとマジで喧嘩になります。
とてもレベルの低いところで、ですが。

「うるさい、黙ってろ」、と娘。
「そういう言い方ないだろ」、と僕も怒鳴ります。

沈黙。

「モモはパパの子どもじゃないんだから」
「はあ?」
「だって、ママから生まれてきたんだから」
「あっそ」

性教育しておくべきでした。

昨夜は、ひさしぶりにベッドで、
「長靴下のピッピ」を一緒に読む予定だったのですが、
もちろん、キャンセル。
ったく……、誰が読み聞かせなんかしてやるかって。

そして、今朝。

もちろん、僕たちは昨夜のことなどすっかり忘れていました。

娘の昨日の日記には、
「今日、パパと喧嘩した。バカ、しね」と書かれていました。

夕方、娘に言いました。
「おい、日記に死ねとか書いただろう?」
「書いてないよ、何言ってるの?」
と、笑顔でとぼける娘。

夕食後、僕たちはベランダに出ました。
さみしくなったベランダのガーデニング。
娘は小学校で、草花の手入れをしているそうです。
「パパは何もやんなくていいよ。環境委員なんだから」

ハンギングバスケットに、パンジーの苗を植えました
そして、三世代目のフリージアを鉢に植え、
一番大きなプランターに、チューリップの球根を植えました。

娘よ、センチメンタルな秋も、
寒い寒い冬も、ぶっ飛ばすぜ。

さ、あとは春を待つばかりです。


Love and Peace ・・)v


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