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パッション!

今日は新幹線に乗って、
名古屋にいってきました。
万博ではなく、とある画廊に。

僕の小説の挿絵を描いてくれる西岡民雄さんの個展。

僕の新作「恋文」の連載がいよいよ始まりました。
「女性のひろば」9月号から。
早速、西岡さんは、ポエティックな挿絵を三枚描いてくれました。
今回で二回目のコンビとなります。
前回は、小説より挿絵が評価されたりしたこともありました。
挿絵の主人公が僕よりかっこいいと文句を言われたことも。ったく……。

放浪の画家で、誰ともすぐにうちとける西岡さんは、
僕より二十才年上ですが、
見た目も、精神年齢もとても若く、
今日も画廊は女性ファンで賑やかでした。

絵は9割描くまではやく、
最後の1割のほうが時間がかかるのだそうです。
時には、何年も。
今日も、数年ものの作品がいくつかありました。

西岡さんは、小説の場面に合わせて、絵を描きません。
小説の場面を越えた絵を描くのです。
だから、いつも作品と作品が、どちらが主ということもなく、共鳴します。
僕は、西岡さんの絵が毎回楽しみなんです。
絵に負けない文を書かねばと、背筋も正されます。

娘は、西岡さんと仲良し。
画廊の隅には、娘をモデルにした絵もありました。
それを見つけた娘は大喜び。
すまん、娘よ、高くて買ってやれなくてさ。

だけど、娘よ、これがパッションだ。わかったか。
絵の中には、おさまりきらないパッション、
そこに宇宙が見えただろ。

さ、僕もパッションがみなぎってきました。

常連客の皆さん、
もし年中無休のこのカフェが、
臨時休業となっても、お許しくださいませ。

Love,Peace & Passion^^v

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ファミリーフレンドリー

ファミリーフレンドリーという言葉があるそうです。
「家族と仲良く」とでも訳すのでしょうか。
会社などが、家族のいる従業員にやさしいことを意味する用語。

会社は、ファミリーフレンドリーだと、とてもお得。
なぜなら、優秀な女性が入社してくれ、
寿退社せず残り、
業績を上げてくれるのですから。

僕の職場は、さほどファミリーフレンドリーではありません。
特にオトコには。
サービス残業も休日出勤も、ありあり。
しかし、図々しい僕のことですから、
断固、自らファミリーフレンドリーを貫き、
日々、新しい価値観の創造に努めています。

さて、今日は労働組合の会議、一泊二日で。
僕の仕事は機関紙にコラムを書くこと。

さすがは労働条件にはうるさい組合、とてもファミリーフレンドリー、
今夜は、格安でツインの部屋をとってくれました。
で、今、娘とホテルライフを満喫しています。
何も置いてない部屋、白く冷たいシーツ、間接照明、
そして、家事からの開放感!

委員長殿、
ファミリーフレンドリーな組織のためなら、
ノーギャラで書かせていただきますよ。

Love & Peace^^v

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夏の芸術至上主義

今日の午後は、娘と小学校の図工室に行きました。
夏休み中、学校開放で、使えるのです。

娘は動物園でとってきた写真の中から、
レッサーパンダを選び、それを描くことに決めました。

愛嬌のある表情で、二本足で立っている姿。
娘は、画用紙の中央に、鉛筆で下書きをしました。

下書きが終わり、「パパ、どう?」と訊かれました。

即、ボツ。

「写真をそのまま絵にしてもだめ。わかる?
 それに、絵の真ん中に、すべてを描くのもダメ。
 自然は絵の中に入ってしまうほど、ちっぽけじゃない。
 絵から、こちらに出てきそうなの迫力がなきゃ。
 はみ出すくらいの絵がいいんだよ」

僕は黒板を使い、いい絵と悪い絵の説明をしました。

「わかった?」
「わかった」

娘は、他の写真を選びました。
アザラシ。
娘が下書きをしている間、僕は読書。

「パパ、見て?」

画用紙にぎりぎりにおさまったアザラシの横顔の絵。

僕は写真をとりあげました。

「写真は写真、絵は絵、わかる?
 写真はそのまま、絵は心に映ったものを描くんだよ。
 小説もそう。あったこと、そのまま書いたら、ただの日記」

僕は消しゴムでアザラシを消しました。

「この絵には、物語がない」
「物語?」
「このアザラシは何を考えている?」
「……」
「ちゃんと、考えて」
「ふるさとの北極の氷を思い出してる」
「じゃ、遠くを見ているわけでしょ」
「そう」
「だったら、横じゃなくて、斜め上を見つめなくちゃいけない」

娘は尊敬のまなざしで僕を見つめます。
「パパ、どうして、そんなにいろいろ知ってるの?」
「まあね」

娘は色塗りを始めました。
「だめだめ、色を探しながら、塗らなくちゃ。
 これでいいと思ったらだめ。もっといい色を探しながら塗る」

娘はのってきたようです。

「パッションってわかる?」
「なに、それ?」と、娘。
「胸の中に入っていられない気持ち。バーンってはじけるような」
「パッションね」
「そう、つばを飛ばすくらい言ってみな、パッション」
僕たちは、何度かパッションと言って、つばを飛ばしました。

娘がまた色を塗っている間、
僕は読書しながら、眠ってしまいました。

で、今日は、未完のまま帰ってきました。

娘は、幼稚園の頃から、絵でよく賞状をもらってくるんです。
通信簿で、いつも一番いいのは図工。

え、僕はどうかって?

絵なんて、描いたことありません。
子どものころも、一度も、絵でほめられたこともありません。

娘よ、ごめん、今日言ったこと、全部、口から出まかせ。
忘れてくれ。
パパは、期待してるぜ。

Love and Peace ^^v


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土用丑の日

今日から、娘の夏休みが始まりました。
娘は、朝から、学童へ。
学童あっての我が家、本当に助かります。
仲間がたくさんきていて、プール解放もあるので、喜んで行きました。

僕は午前中、水泳部監督業、
ストップウォッチを片手に、雨傘をさして、熱中症対策もばっちり。
昼頃、一人で、少し泳ぎました。

土用丑の日ということで、
昼食はコンビニで、うな重弁当を買って食べました。
一口食べて、捨てたくなるほど、まずい味!
許せませんでした。

娘を学童に迎えに行き、約束の動物園へ。
娘は夏休みのお絵かきの取材で。

今日は、日中、気温が36度に上がったせいか、
動物園は、ひともまばら。
動物たちは、日陰でごろごろしていました。
緑の多い動物園は、木陰が多く、思ったより涼しいところでした。

動物園のあとは、喫茶店で、お茶をしました。
ラッキーなことに、動物園は、うなぎの名産地にありました。
動物園のまわりには、何軒もうなぎ屋が。

そこで、リベンジ。
たまたま通りかかった店に入りました。
今度は、満足のいく味でした。
うなぎが丸々と太く、油がのって、タレの照りも鮮やか。
うなぎは、歯ごたえがあり、それでいて柔らかい。
堅めのごはんにタレがからみ、うなぎとのハーモニーが、絶品。
娘も、こんなにおいしいうなぎを食べたのは初めてで、感動していました。

よしよし、娘よ、これが本物の味だ。
来年も食いに来ようぜ。

今日は、思い残すことのない一日となりました。

娘よ、
夏休みは始まったばかり、
思い残すことのない一日を積み重ね、
思い残すことのない夏休みにするぜ。

Love and Peace ^^v

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バイオリン近況

まだ、親子で、バイオリンのレッスンに、
週一日、通っています。
いちおう、うちでも、毎日(ほぼ)、練習はしています。
ちょっとですけど。

この頃、ついに恐れていたことが起こってしまいました。
それは、僕が娘についていけなくなったことです。
やはり、子どもの成長は速いようです。
僕のほうが、真面目に練習しているのにもかかわらず。

この前のレッスンが終わったとき、娘に言われてしまいました。

「パパ、実は、弾きにくいんだよね」

僕はいつも娘の後ろに立って、いっしょに弾いているのですが、
このごろは、間違えてばかり。
音程がずれるのもしょっちゅう。
僕のバイオリンの音が邪魔で、弾きにくいというのです。

この夏休み、がんばろうと思います。
娘よ、パパはまだあきらめないぜ。

今夜は、娘とバロックのコンサートに行ってきました。
イタリアから弦楽合奏団が来たので。
曲は、娘もよく知っているものばかりで、楽しめました。

カノンやメヌエットなど、僕たちが練習した曲も聴けました。
とても、同じ楽器とは思えませんでしたが。

圧巻は、最後のヴィヴァルディの「四季」
春から冬まで、ソリストを立て、すべて弾いてくれました。

初めて娘をクラッシックのコンサートに連れていった時は、
アンコールの度に、「まだあるの?」と不機嫌になったものです。
しかし、今日は娘も満足したようです。

バイオリンを習い始めてよかったことは、
コンサートをよりいっそう楽しめるようになったこと。
そして、より謙虚になったこと。
こんなに下手では、謙虚にならざるをえませんから。

初老のバイオリンの先生が言っていました。
「バイオリンは、三代目くらいから、地に足がつくね」
なるほど。
娘よ、孫には期待できるぜ。

今日のコンサートでは、音楽家たちは一切しゃべりませんでした。
演奏のみ。
こちらは、聴いて、拍手するのみ。
音楽家たちは、いとも簡単に、言葉も、国境も乗り越えてしまいました。

ブラボー!

ひさしぶりの芸術至上主義の夜、
娘よ、次は、オペラ行くぜ。

Love and Peace ^^v

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娘の保護者面談

アイヒマン(注)の現象が実証しているのは、
冷徹で、客観的な思考はつねに間違いを犯す可能性があり、
心という抵抗力を失わせるので、
無制限な暴力を引き出すということである。
心を軽視する文明、科学主義、実証主義や合理主義という形での
客観性を偶像視し、
どんな決定でも感情の介入を廃しておこなうべきだとする観念に従って、
すべての教育が行われている文明は、
どうしても無制限の暴力の危険に身をさらすことになる。

  (注)ユダヤ人を収容所に送った元ナチの中佐。善人だったらしい。

  「スモール イズ ビューティフル再論」(E・F・シューマッハー) より。

今日は、保護者面談。
教師としてではなく、父親として。

娘の算数は、さらにひどくなっていました。

…………。

算数嫌いは、僕ゆずり。

いくら、我が家のモットーが、芸術至上主義とはいえ、
小学校の算数くらいは……。
娘よ、ちゃんと、宿題やりなさい!あと、チャレンジも。

ったく……。

先生いわく、娘はまわりを明るく楽しくしてくれるそうです。

ま、頭の中が数字ばかりで、まわりを暗く悲しくするよりは、いっか。

娘よ、いつも、うちを明るく楽しくしてくれて、ありがとよ。

Love and Peace ^^v

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シンプルな食卓

今日の夕食のおかずは、ロールキャベツ。
たまには、いつものトマトスープではないものを。
ふと、ひらめいて。

鶏肉の挽肉に、タマネギとニンジンのみじん切りを入れ、
塩コショウして、手でぐにゅぐにゅ混ぜる。
それを、茹でたキャベツで包む。
キャベツは、根元に切れ目を入れると、ペロンとはがれる。
コンソメスープで煮込む。
じっくり、落としぶたをして。
仕上げにクリームシチューの素を投入。
そんなにとろみがつかない程度に。

今日使った鍋は、
シングルファーザーになりキッチンデビューした頃、
気張って買ったル・クルーゼの青い20センチのココット・ロンド。
一番のお気に入り。

ロールキャベツは、とても優秀なおかず。
野菜も肉もたくさん。
美味しいので、ほかにおかずもいらない。

ごはんは、土鍋で炊く。

冷たい麦茶を飲みつつ、
フーフーして、熱いごはんと熱いロールキャベツを食べる。

ごはん茶碗、シチュー皿、コップが二つずつ。
シンプルな食卓。
そして、娘とのシンプルな会話。
話題は、娘にとっては全世界の小さな範囲のできごと。

今夜も、ごちそうさまでした

Love and Peace ^^v

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* * *

この頃、ホワイトバンドをつけて、学校に行くんです。
「何それ?」と興味を示す生徒がたくさんいます。

世界がいかに不公平か、
そして、無関心で何もしないことが、
いかにダサいかを話します。

「カッコイイ、欲しい欲しい」
「それ、ちょうだい」
「どこで売ってるの?」

しかし、この田舎では、手に入らないようです。
娘と、ホワイトバンドをつけて、街に出掛けても、
一人も見かけないのです。
どうか、早く入荷しますように。

「それ、何の意味あるの?」
と、ある生徒が指さしました。

* * *

ホワイトバンドに、刻まれているのです。

「三秒に一人、子どもが死んでるってことかなあ」
と、僕が言うと、ほかの生徒が言いました。

「先生、知らないの?」

HPを見たという彼女が教えてくれました。

* * * には、好きな言葉を三つ入れれば、いいのだそうです。
例えば、「へ、い、わ」とか。

なるほど。

「先生なら何入れるの?」
そりゃ、決まってます。

Love and Peace

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夏、終わる……

今日は、野球観戦に行ってきました。
僕の勤める高校の野球部の試合。
5年ぶりに1回戦を突破して、今日は3回戦。
相手は、甲子園にも出場したことのある強豪。

試合は、我らがチームがホームランで先制点。
中盤まで、リードしますが、
さすがは強豪、後半に逆転され、突き放されてしまいました。

僕が英語を教える生徒たちが、
教室では見せたことのない輝きで活躍したのですが、
残念ながら、リードされたままゲームセット。

僕は、数年前、野球部の第3顧問だったことがあります。
最後に、ネクタイをして、野球帽をかぶり、ベンチに入ったのが、この球場。

野球はまったく経験はなかったので、
僕の仕事は、主に会計。
そして、一番重要だった仕事は、選手の聞き役。
選手は、監督やコーチにはこわくて話しかけられないので、
僕にいろいろ話をするのです。

僕が試合に行くと、エースはいつも僕の後ろをついてきました。
プレッシャーと不安でたまらないのでしょう。
スタンドには、大応援団に大観衆、
自分の投げるボールに全視線が集まるのですから。

そんなときは、僕はエースを木陰に連れて行き、
イメージトレーニングをしました。
エースは木を背もたれにして座り、僕が実況中継。
苦手の立ち上がりを三者凡退にうちとるイメージ。
それから、投球練習場へ行きます。
僕は腕を組んで、エースを見守ります。

「先生、どう?」
「いいねえ」
僕はいいのか悪いのかわからないのですが、いつもそう言いました。

そのエースは、イメージトレーニングを始めてから、
いつも打ち込まれていた立ち上がりを、抑えられるようになりました。
最後の試合も、きっちり初回を抑えたのですが、
今日の試合のように後半打ち込まれ、夏が終わってしまいました。

高校球児よ、甲子園で優勝するチーム以外は、
全ての球児が、この夏を負けて終わる。
大事なのは、これから。
まだ、人生という大きな勝負が残ってるぜ。

今日驚いたのは、前の試合の応援団長が女子だったこと。
学ランを着て、球場全体に響き渡る声で応援していました。
うちの学校の応援団にも、女子がいたんです。
チアガールの衣装ではなく、男子の制服を着て。
いぐね?

スタンドの高校生たちもお疲れさま。

Love and Peace ^^v

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タテ男VSヨコ女

僕は常々、世界は、タテとヨコのせめぎあいだと思っていました。

タテとは、人間関係を上下に構築すること。
ヨコとは、人間関係を水平に構築すること。

タテ人間は、上にペコペコ、下にビシビシ。
ヨコ人間は、誰ともフェアに接します。

タテVSヨコは、ファシズムVS民主主義。

タテは、束縛、支配、服従。
ヨコは、自由、平等、友愛。

えてして、学校は、タテ派が強い傾向があります。
職員会議は民主的ではないし、人事も上が一方的に決める。
指導力があるとされる教師は、たいてい、こわくて管理的なひと。
そんな中、僕は日々生徒になめられながら、
生徒会執行部やクラスの生徒に、民主主義を教えようと、奮闘中です。
うまくいかないことが多いのですが。

先日、コンビニに行ったら、
「日経WOMAN」という雑誌に目を引く見出しがありました。

「タテ男×ヨコ女」

即、買い。

男は、競争社会に生きていて、勝ち負けや上下関係に敏感。
女は、他者と協調したがり、他者の感情に敏感。

支配・所有したがる男と、フェアな関係で共感したがる女。
そのすれ違いが、おもしろく書かれていました。
その溝は、とても深いのが現状のようです。

納得。

男はタテで、女はヨコ、
たしかにそうかもしれませんが、
すべての男がタテになる必要はありません。
すべての女がヨコになる必要がないように。

今、世界は、男中心社会。
だから、どうしても、「力強さ」が協調されすぎ。
そのあげくの果てが、暴力、そして、戦争。

そんな世界を変えるには、オトコ社会のヨコ化。
くだらない「男らしさ・女らしさ」からの解放。

ビバ・ジェンダーフリー!

いつも、たたかってないで、仲良くして、
強さよりも、やさしさを大切にして、
「オトコは黙って……」なんて言わないで、
もっともっとコミュニケーションして……

Love and Peace ^^v

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保護者面談

僕の学校の夏休みが始まりました。。
クラス担任の僕は、今日から、保護者面談。

今日は、12人のお母さんたちと話しました。

学校ではいい子が、うちではわがままという声が多くありました。
子どもは、どこかで、わがままいえる場所が必要なのでしょう。

「外でいい子でうちで悪い子と、うちでいい子で外で悪い子、
 どっちがいいですか?」
と、僕は笑顔で意地悪く質問しました。

娘よ、うちで結構わがまま言ってるけど、学校じゃいい子なんだろうな。

今日は、女の幸せについて、いろいろ話しました。
僕も娘を持つ父親、女の幸せについては、真剣になります。

「女には、男に頼らない経済力が不可欠」、という結論に達しました。
「男も、女に頼らない家事・育児力が不可欠」、という結論も。

男も女も、自立して、よりかかるのではなく、よりそう愛。
いぐね?

最近のお母さんたちは、もう夫はあきらめて、
息子に、家事を仕込んでいるようです。

僕がシングルファーザーであることを知っているお母さんたちとは、
家事や育児についても、話が弾みました。
今日は、先輩たちからたくさんお話が聞けて、
とても楽しく、お勉強になりました。

今日の夕食は、卵入り塩焼きそば。
僕がつくり、娘が洗い物。
よしよし、この夏こそ、夢の家事分担実現するぞ。

娘よ、家事に、男も女も、親も子どももないんだぜ。

Love and Peace ^^v

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通信簿

今日、僕の勤める学校の終業式がありました。
僕は、担任として、クラスの生徒たちに通信簿を配りました。
廊下で、一人ずつ、一声かけて、手渡しで。

僕は、常々、「勉強よりも大切なものがある」と言ってきました。
「学力がいくら高くても、想像力と創造力がなければダメ」、とも。

そのせいか、僕のクラスの通信簿は、低空飛行。
僕のせいでしょう。
勉強よりも大切なものはあるが、勉強しなくてもいいわけではない、と言うべきでした。
希望の進路先に行くには、「学力」が求められることが多いわけですから。

つくづく、僕は教師にむいていないと思います。

反省。

プールサイドで、水泳部監督の僕に、娘がよく言います。
「もっと、きびしくしないと、速くならないよ」、と。

元ヤンの僕には、
教え子たちが天使に見えてしまい、
つい甘くなってしまうのです。

ふー。

それでも、教壇に立ち続けようと思います。
僕は学校にむいていませんが、
同じように、学校にむいていない生徒も少なくないようですから。

エドワード・サイード先生の「知識人とは何か」の中の言葉を思い出しました。

知識人たる者、
弱者の側に立て、(つまり、低学力の子の側に立て)
アウトサイダーでいろ、(つまり、「体制」を、外から客観的に眺めろ)
アマチュアリズムを貫け。(つまり、専門にとらわれず、金に支配されるな)

赤点をとった教え子たちよ、
教師ジローもがんばるぜ。
ちょっと、他の先生とはちがうけどさ。

娘よ、あと一週間、学校がんばれよ。
パパは、明日から夏休みだぜ。

Love and Peace ^^v

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世界を説明する数式

アインシュタインは、生涯、全宇宙を説明する数式を追い求めたそうです。

実は、大学生のころ、
僕は宇宙を説明する数式をを発見したんです。

1十1=2ではなく、
1十1=3で、そして1になる、と。

君と僕が愛しあい、
結婚して、子どもが生まれた。
ここで、1十1は3になった。
そして、愛によってさらに結ばれ、一つの家族になった。
これで、1十1が1になった。

そんな詩を書いたことがあります。
僕は離婚はしましたが、まだその数式を信じています。
僕と娘の母親の間には、以前にはなかった信頼が生まれましたから。

君のアイディアと僕のアイディアを合わせて、
新しいアイディアが生まれ、
君と僕の信頼が深まったり、

理想と現実がぶつかり、進歩が生まれ、
さらによい社会になったり、
自分の思想が、
他者の思想を否定するのではなく、受け入れることで、
さらに深まり高まったり、
と、そんな例はいくらもあります。

もし、意見の違う二人が、
平行線上で、1十1=2のままでいたら……
やがて、力の強いほうが弱いほうを、押さえ込んでしまう。
しかし、2は2のまま、永久に。
こんな例もいくらもあります。

結局、絶対に正しいことは、絶対にないのですから、
1十1=1→3でいくしかないと思うのです。

しかし、そんなことを言いつつ、
ジェンダーフリーバッシングするヤツや、
憲法9条変えたいヤツには、
徹底抗戦してしまう店主でした。

やっぱり、ヤツら、許せねぇっ。

Love & Peace^^v

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シンプル・ライフ

長編小説より、短編小説を書く方が、
僕にとっては難しいようです。
短編は、よくボツになりますから

かつて、俳句をやろうと思ったことがあります。
しかし、すぐ挫折。
難しいのです。
無限にある言葉から、たった17文字の言葉を選び抜くのですから。

このブログも、ついつい、だらだらと長くなってしまいます。
読んでくれる方の貴重な時間を奪いながら。

短くする、つまり、シンプルにするということは、
余分なものを捨て、大切なものだけを残すということ。

人生においては、これがなかなか難しいのです。
余分なものが、次から次へと、人生に混入してきますから。
芸術至上主義の純度の高い人生を、いつになったら送れるのでしょう。
せめて、仕事8時間、睡眠8時間、自分のために8時間の日々を送りたい。

恋においても、
当たり前のことですが、
「あなただけ」というシンプルさが大切。
「あのひとも、このひとも好き」では、ちょっと、いやだいぶ困ります。

必要以上に何かを持ったり、
必要以上に何かを消費したり、
これって、とてもダサいこと。
必要以上に食べると、太るように。
つまり、僕のことですが。

そういうライフスタイルこそ、アンフェアの根元。
この世界では、分けあえばあまるのです。

実は……、

もうすぐ、娘の友達が来るんです。
で、朝から、掃除。
とにかく、無駄なものの多い我が家。

娘よ、何とかならんか!
勉強部屋に何でも放り込むのは、掃除じゃないって。

古いマンガは、捨てなさい。
がらくたのようなおもちゃは、捨てなさい。

パパのはどうするかって?
パパのは大事なものばっかなんだよ。

Love and Peace ^^v

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ひまわり

うちのベランダでは、今年も、ひまわりが咲きました。
去年は、たんぽぽと見間違えるようなひまわりが二輪咲きました。
それでも、僕は感動しました。たぶん、娘も。
どんなに環境が悪くとも、たとえ小さくとも、自分の花を咲かせるひまわりに。

で、今年のひまわりはというと、
たんぽぽよりやや大きなひまわりが、また、二輪。
なぜ、うちのひまわりは、こんなに小さいのでしょう。
今年は、感動よりも、反省の気持ちが強くなりました。
娘の小学校では、2メートルほどの高さのひまわりが咲いているというのに。

そこで、今日は、映画を観ました。

「ひまわり」

娘が昼寝している間に、こっそりと。
なぜなら、泣いているところを見られたくなかったから。

ロシアの大地一面に咲くひまわり。
そこは、かつての戦場。
多くの命がうまっているところ。

太陽の明るいイタリアで、愛しあう新婚の二人、
しかし、戦争が二人を引き裂いてしまう。
男は、戦地ロシアに赴く。
女は、待つ。

戦争が終わっても、男は帰ってこない。
女は、待ち続ける。

男は、ロシアの雪に埋もれ、死ぬところだった。
しかし、若い女性に救われる。
男の記憶は失われていた。
やがて、男はそのロシア女性と家庭を築く。

あきらめきれない女は、
ロシアに夫を探しに行くが、
そこで、その事実を知ってしまう。

数年後、
記憶が戻った男は、イタリアに向かう。
女に会うために。

しかし、女は、すでに結婚していた。
電話をすると、夫が夜勤だという。
男は女を訪れる。
何もかも捨てて、二人で、どこかに行こうという男。
二人は、昔の愛を取りもどし、しっかりと抱き合う。
しかし、その時、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

駅での別れのシーン。
そして、見渡す限りひまわりが咲くロシアの大地。
あの名曲のせつないメロディー。

そのひまわりの大地の下には、
多くの犠牲者の命だけではなく、
戦争によって引き裂かれたロマンスも眠っているのでしょう。

僕は映画を観ながら、ハンカチではなく、タオルで涙を拭きました。
さ、うちの小さなひまわりに、水をあげてくるとします。

若くてきれいだったおばあちゃんを愛し、
生まれたばかりの娘に会えず、
29才のまま太平洋に眠るおじいちゃん。

僕に力を貸してください。
ペンで、戦争を止めて見せます。

Love and Peace ^^v

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自由について

今年の夏も、「悲しみよ こんにちは」を読了。
何度読んでも、傑作。

南仏でのバカンス。
モテモテシングルファーザーと17才の娘。
お互い、自分の恋に忙しい。
その親子は、実にいい関係。
お互いを尊重して、お互いを理解している。

二人の生活の基調となっているのは、「自由」
それは、何ものにもかえがたいもの。
ある日、父親の前に、一人の女性が現れる。
二人の「自由」が奪われそうになり、
娘はそのことを恐れ、
ついには、悲劇を引き起こしてしまう……。

僕も、娘と暮らすようになって、
何よりも尊いと思っているものは、「自由」。

海外旅行に行く自由、
夜遅くまでテレビを見る自由、
ソファで眠ってしまう自由、
お金を芸術にかける自由、

僕は、オトコであることからも自由になりました。
つまり、ジェンダーフリー。
「オトコは……ねばならない」は、なかなかのストレス。

僕は束縛されることが、極度に嫌いなようです。
だから、誰も束縛したくはありません。
自由の尊さを、知っているつもりですから。

E・フロムは、「愛は自由と平等に基づく」と言いました。
自由を奪う、「支配・服従」は、不平等な関係から生まれます。

僕と娘は、とても自由ですが、
いつしか、平等な関係になってきました。
この平等は、娘が僕とたたかって、勝ちとったもの。
自由で平等だから、いっしょにいても、疲れないのでしょう。

やはり、「自由・平等・友愛」

僕は、大人の女性とも、そんな関係が持てるようになりました。
このことについては、娘に感謝しなくてはなりません。
束縛して、いばっていたら、フラれるだけですから。

しかし、「自由・平等」が嫌いなオトコのなんと多いことか。

自由・平等は、やはり、たたかって勝ちとるものなのでしょう。

今も。

Love and Peace ^^v

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不良になる夜

娘のいない金曜日、
明日は娘が帰ってくるので、
今日は一日、不良になることにしました。

まず、朝はぎりぎりまで寝ました。
弁当づくりは、もちろん、さぼり。
昼食は、ジャンクフード。

夕方、美容院に行き、いつもの美容師さんにカットしてもらいました。
「整髪料は、どうしますか?」
「ばっちり、つけてください」
で、僕の髪は、ツンツン。

それから、ショッピング。
あれは、何屋と呼ぶのでしょう。
食器や、キッチングッズや、文房具にパジャマ、
それに、アロマポットとか売っている店。
とにかく、新しくできたその店に行き、
細々としたものを買い、少し幸せな気分になりました。

そこで、しばらく会ってなかった二十代の女の子に会い、
いっしょにイタリアン・レストランで夕食。
ごちそうしてあげました。

そして、いったん、帰宅。
僕の髪は、まだ、ツンツン。

時計を見ると、まだ、九時半。
ははは、夜は始まったばかりだぜ。

娘よ、今頃、電気を消した部屋で、
友達と好きな男子の話とかして、もりあがってんだろ。
また、明日、土産話、楽しみにしているぜ。
パパが書いた手紙については、何も話さなくていいから。

まだまだ、不良シングルパパの夜は更けない……

Love and Peace ^^v

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どっちにつくの?

うちに、一冊の絵本があります。
「わたしのせいじゃない」

一人の子どもが泣いています。
どうやら、いじめられたようです。
まわりにはクラスの子どもたち。
一人ひとりが、順番に話します。
「わたしのせいじゃない」、と。
さまざまな理由を言って。

いじめられた子は、ずっと泣いています。

「わたしのせいじゃない?」

最後は、モノクロの写真が6枚。

今から射殺されようとする目隠しされた兵士。
交通事故で、無惨に壊された、三輪車。
工場の煙突から上がる黒煙。
海上の大きなキノコ雲。
頭が大きくて、ガリガリの体で、泣いている黒人の子ども。
両手を真横に長い棒へ縛り付けられ、うつぶせに倒れている兵士。

大切な一冊です。

今日、ある生徒に、「世界はどうなってるの?」と訊かれました。

今、世界は残念ながら、いじめっ子に支配されている。
いじめられたくなくて、いじめっ子側につく多くの人たち。
いじめを知っていても、何も言わないさらに多くの人たち。
いじめっ子は、常に「沈黙の大衆」に支えられている。
傍観者の沈黙は、いじめっ子を支持してしまうから。

世界は、ジャイアン・ブッシュが支配していて、
スネ夫・小泉がその子分になっている。
僕たちは、のび太。ただし、ドラえもんのいないのび太。

「よくわかったけど、どうしたらいいの?」

バイオリンを弾く静香ちゃんになる。
または、秀才の出木杉くんになる。
静香ちゃんは、文化の象徴。
出木杉くんは、知性の象徴。
もちろん、どちらも、非暴力の象徴でもある。

または、万国ののび太が団結する。
団結こそ、ドラえもん。

「つまり……?」

一番簡単なのは、選挙。
文化が戦争を止める、とはフロイトの言葉。
言葉を鍛えることも大事。ペンは剣より強いから。

どっちにつくの?

勝ち組か、負け組か?
勝ち組とは、いじめっ子と、いじめっ子の子分と、傍観者のこと。
とりあえず、「勝ち組・負け組」の選択を迫るヤツらの対極に立つこと。

こちらの武器は、言葉。

「先生、世界を変えるのは、むずかしいね」

しかし、教え子たちよ、教師ジローはあきらめないぜ。
さっき、一人で鰻食ってきたから、
今夜も、鰻パワーで、たたかううぜ。

だから、小説書くんだって。

Love and Peace ^^v


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大冒険前夜

今夜は、娘が9時にベッドに入りました。
記念日といってもいいほど、めずらしいことです

明日は、いよいよ、小学校の宿泊訓練。
二泊三日の、娘にとっては、大冒険。

娘は、二、三年前から、この宿泊訓練の話をしていました。
「パパ、4年生になったら、大きなリュック買ってよ」
と、何度、言ったことか。

今日の宿題は、「早く寝る」でした。

先日は、いろいろ買わされました。
大きなリュック、
運動靴、
Tシャツ2枚、
短パン、
パジャマ、
カッパ。

僕は何も手伝わなかったのですが、
いちおう、荷造りは終えたようです。

劇、フォークダンス、ボート漕ぎ、ウォークラリー、キャンプファイヤー……、
娘は代表の挨拶をすることになっているようです。
じゃんけんでなったとはいえ、学級委員として。
うちでは、最近、毎日、その話題で盛り上がっていました。

明日の弁当は、ビーフステーキ丼。
さきほど、ポテトサラダもつくっておきました。
娘よ、文句あるか。

今日、僕にも宿題があります。
娘への手紙。
明日、むこうで、弁当を食べながら、読むのだそうです。

夕食のときの会話。
「パパ、明日から、さみしいでしょ」
「ぜんぜん」
「さみしいくせに」
「パパは、モテモテだから、心配ないって」
「もてるわけないし……」

そろそろ、手紙を書くことにします。

娘よ、何書けばいいんだ?

さ、明日は、小説でも書くとします。
いよいよ、長編小説の連載が始まるので。

だから、さみしくないって、言ってるだろ。

Love and Peace ^^v

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出張料理人

憧れている職業があるんです。

それは、出張料理人。

店は持っていないけれど、
そのかわりどこでも、その腕を振るい、
与えられた環境の中、限られた食材で、
最高のパフォーマンスを見せる。

実はこのごろ、僕は出張料理人なんです。
週一日だけ、
実家で、ですけど。

以前は、僕が実家に行くと、
おばあちゃんが張り切って料理をしてくれました。
たいてい、カレーライスでしたが。
しかし、僕がシングルファーザーになってからは、
おばあちゃんが僕の料理を楽しみにするようになりました。

僕はまず冷蔵庫の中を見ます。
余っている食材を活かし、
最小限の買い物ですますのです。
テーマは、野菜をふんだんに使う。
これは、便秘ぎみの兄ちゃんのため。

先週末はもらいもののキャベツが一玉。
ロールキャベツにしました。
玉ねぎもニンジンもトマト缶もあったので、
買ったのは、ひき肉だけ。

ハンバーグのタネをつくり、
茹でたキャベツで巻き、
おばあちゃんの嫁入り道具の鍋に入れました。
この鍋、60年以上使い込み取っ手もなくなってしまいましたが、今も現役。
スープは、コンソメ、トマト缶、ケチャップ、隠し味に砂糖。

一時間ほど煮込み、
その間、風呂を洗い、
おばあちゃんに入ってもらいました。

「あんたにこんなことさせちゃ、罰が当たるやあ」
おばあちゃんは、男に家事を手伝ってもらったことがないのです。

さて、できあがったロールキャベツ。
娘に味見させると、「おいしいんじゃない」

絶品でした。
おかずは、それだけ。
祖母も兄も僕もおかわりしました。
店が終わると帰宅する両親にもとっておきました。

「レストランみたいだやあ」と、祖母。
出張料理人にとって、その言葉は最大の報酬。
僕は無口なひとには料理するつもりはありません。
たとえまずくても、「まずい」の一言が欲しいのです。

もし娘が無言で食器もかたづけず食卓を立ったら……
即スト突入です。

さて、おかわりをしなかった娘、
ロールキャベツの味をきくと、
「ビミョーって感じ」

味見では、おいしいって言ったくせに……

ま、お子ちゃまには、このおいしさ、わかんないかもしれないけどさ。

あっ、

ご飯前に、お菓子食べてただろ。

ったく……

おばあちゃん、来週も楽しみしてておくれ。

Love & Peace^^v

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夕涼み

子どもの頃、
近所には、クーラーのある家なんてありませんでした。
だから、よく夕涼みをしたものです。

家の前にベンチのような椅子が置かれていて、
そこにうちわを持って座り、いろいろとおしゃべりをするのです。
時に花火をしたり、時にアイスやスイカを食べながら。

そのころ、車もあまり、通らなかったのでしょう。
それに、今ほど忙しくもなかったのでしょう。
時間もゆっくり流れていたようです。

さて、今日の夕方、娘を迎えに行き、僕の学校に戻りました。
少しだけ、仕事が残っていたのです。
娘は、仲良しの女子高生たちと、遊んでいました。

そして、車に乗って、帰ろうとした時のことです。
車の鍵がシートの上にあって、ロックされているのです。
その少し前、娘が、車の中に、何かを取りにいったとき、
娘に鍵を渡したことを思い出しました。

僕は不機嫌になって、娘を責めました。
「パパ、ごめんなさい、ごめんなさい」
と、娘が、あまり誠実そうにではなく、謝ります。
娘と遊んでいた女子高生たちが、僕たちを見て、笑っていました。

「どうやって、帰るんだよ。ったく……」
「パパ、ごめんなさい」
「謝ったって、開かないんだから」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
娘は大げさに謝り、まわりを笑わせます。

「先生、そんなに怒っちゃだめだよ。子ども相手に」
と、女子高生たちが、援護射撃。

ったく……。

そこで、僕はJAFに電話しました。
一時間近くで、来てくれるとのこと。

しかたなく、娘と夕涼みすることにしました。
ベンチに座り、にらめっこをしたり、お互いの学校の話をしたり。

今日も暑い一日でした。
もちろん、教室には、クーラーなどありません。
三十度ははるかに超していたことでしょう。
生徒たちを、勉強に集中させるのは、至難の業でした。

しかし、夕方は、やさしい風が吹いて、涼しくなりました。
娘は、にらめっこの才能があるらしく、
次々と変な顔をして、僕を笑わせました。

娘に、僕が子どもの頃の夕涼みの話をしました。
「パパ、なんかいいねえ」
「ま、今も、いい感じだけどね」
「涼しくて、いいねえ」

JAFを待つ間、娘に宿題をやらせようと思ったのですが、
宿題の道具は、たまごっちとともに、車の中にありました。

「パパ、もう怒らないの?」
「怒ったって、開かないから」

JAFが来るまでの約一時間、
僕と娘は、たっぷり夕涼み。

たまには、こんな無駄なようで無駄ではない時間も必要なようです。

Love and Peace ^^v

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ブロガーとして生きる

ブロガーの数が増えているそうです。
とてもうれしく思います。

僕がブロガーになって、はや一年あまり。
シンガポールに行ったとき、三日休んだこともありましたが、
なんとか、このジロー'sカフェを毎日営業してきました。

たくさんのひとと出会え、
毎日がとても楽しくなりました。
パソコンの前では一人ですが、
ディスプレイのむこうにはいつも誰かがいるのです。
どれだけ励まされ、元気をもらったことか。

作家の友人が言いました。
作家とは、ある時点からなるものではない。
作家とは、作家として生きる人間のことだ、と。

僕も、もちろん、友人にならって、
作家として、生きています。
生きるために書き、書くために生きる。

ブロガーとしても、そう。
ブログのための人生、人生のためのブログ。
たかがブログ、されどブログ。

ブログのありがたいところは、
ボツのないところ。
これまで、本何冊分もの小説がボツになってきましたから。
書いたら、即、アップ。
編集者、出版社を介さず、即、読者へ。

同志と呼ぶべきブロガー仲間とも出会えました。
ひとは、孤立しながらも、連帯しているのです。

連帯を求めて、孤立を恐れず。

万国のブロガーたちよ、連帯せよ。
武器ではなく、言葉が、世界を変えるのだ。

言葉を信頼することこそ、最大のテロ対策。

MAKE VIOLENCE HISTORY

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三秒にひとり

いつも、プールサイドから、
プールの水面を眺めていて、思うことがあります。

この水面が、どんなに波立とうとも、
かならず、平らになる、と。
世界も平らに向かっていく、とも。

かつて、この国には、女性に選挙権がありませんでした。
しかし、今はちがいます。
かつて、アメリカでは、黒人奴隷が売買されていました。
しかし、今はちがいます。

このように、世界はどんどん平らになっていくのです。

しかし、まだまだ、平らにはなっていません。
水と違い、世界は、努力しないと平らにはならないのです。

「世界がもし100人の村だったら、
 世界の富の59%を6人が持っていて、
 そのすべてが、アメリカ人です」

この言葉に、僕は驚きました。
そんなアメリカが、さらに儲けようとしている。
暴力まで使って。
日本に、憲法9条を捨てさせようとして。

さらに驚く言葉。


「三秒にひとり」

「ほっとけない 世界の貧しさキャンペーン」のHPを見ました。
あのLIVE8 TOKYOを企画したNGO。

世界では、3秒に1人、子どもが、貧困のためになくなっているのです。

今、これを書いているとき、
ベッドで、至福の笑顔で眠る9才の娘。

僕が、もっとも未来を託す人物。

そんな子どもが死んでいる……、
今も。
僕は、どんなに努力しても、想像できないのです。

めったに怒らない僕ですが、
ときに、カッとなるときがあります。
それは、アンフェアなことをされたとき。
自分でも、驚くほど、怒りがこみ上げてくるのです。

見下されるとき、
差別されるとき、
同じ人間として扱われないとき、
今も不公平で、さらに不公平になろうとしているとき、
つまり、人間が人間でなくなるとき。

貧富の格差、これが今世界で起こっている暴力の根元。
さらに搾取しようとする欲望と
その格差を許せない怒りがぶつかっているのでしょう。

不公平に、目をつぶるか、目を向けるか?
これが、今、一人ひとりに問われているのでしょう。

今朝、うちの窓ガラスに、紙を一枚貼りました。

Make Violence History 

暴力を過去のものに!

そして、先ほどのHPで、ホワイトバンドを購入しました。
娘よ、いっしょに、つけるぜ。
だから、はずかしくないって。

とにかく、
little by little, day by day, step by step.
少しずつ、毎日、一歩ずつ。

あきらめないために。

Love and Peace ^^v

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ロンドンよ

娘と次に行く国は、イギリスと決めていました。
ロンドンで、ロンドンバスに乗り、
フィッシュ&チップスを食べ、午後の紅茶……。

古いものを大切にしたり、
雨の日にも散歩するイギリス人のライフスタイルに、
僕は憧れています。

そのロンドンのハイドパークで、
先日、LIVE8というコンサートが開かれたそうです。
イギリスで行われているサミットにあわせて企画されたコンサート。
千年かかっても返せない負債を抱えるアフリカ、
その貧困を救うために、26人のご豪華アーティストが参加。
午後2時から深夜まで、パフォーマンスが繰り広げられました。

大とりは、ポール・マッカートニー。
歌は、The Long and Winding Road.

LIVE8は、世界各地でも開催され、
日本でも、ドリームスカムトゥルーたちが参加。
あまり、報道されてないようですが……。
この国は、ミュージシャンと政治を切り離したいのでしょう。

音楽は、世界を変えます。
歴史では、どの革命でも、いつも歌が生まれました。

この世界は、フェアではない。
黙っていたら、ますますアンフェアになっていく。

Make Poverty History.
(貧困を過去のものにしよう」

と、立ち上がったミュージシャンたち。
そのコンサートにかけつけた20万人。
世界中に放映され、2億人以上が耳を傾けました。

世界は、変えられる、必ず、
と強く思った翌日のこと……

ロンドンのテロのニュース。

そのコンサートにかけつけたひとたちの中にも、
犠牲者がいなかったはずがありません。

The long and widing road

(長く、曲がりくねった道)

それでも、一歩踏み出そうと思います。
Never Give Up.

娘よ、ロンドン行くぜ、絶対。

ロンドン在住のジロー's カフェ常連客が無事でほっとした店主でした。

Make Violence History!.

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人間とは

「人という字は、支えあってできている」
と、聞いたことがあります。

大嫌いな言葉。

人という字をよく見ると、
大きい方が小さい方を抑えつけているようにも、、
大きい方が倒れそうなのを小さい方が支えているようにも見えます。
対等ではないし、
お互いもたれあって、
だいたい、自由ではありません。

共依存状態。しかも、不公平な。
もう、いやいや、まっぴらです。

「人間」という字、こちらは好きなんです。
人間とは、「人」と「間」がセットになったもの。

人は、母子分離以来、
孤独を宿命づけられ、
人と人の間には、必ず間が存在します。

人の価値は、人の中にではなく、
人と人の間にあるのでしょう。
そして、誰とも一体化できない人間は、
せめて、その間を、愛で埋めようとするのでしょう。

「間」は、時間と空間のこと。
人は、自分の時間と自分の空間の中に存在します。
自分の時間と自分の空間は、とても大切。
時間や空間を奪われることは、本当に腹立たしいものです。
自分の時間と空間は、自由の大前提。
サルトルは、人間が自由に宿命づけられているとも言いました。

孤独であり、自由である人間。
しかし、人間は、人の間にしか生きていけない。
人間は、「じんかん」と読むと、人の住む世界という意味になるそうです。

大学入試の現代文の問題を、僕は今も覚えています。
「文学とは何か?」を答える問題。10文字以内で。

答は、「人間とは何であるか」の9文字。

さ、今夜も、パソコンに向かい、文学するとします。

Love and Peace ^^v

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平和の根拠

先日、娘が言いました。
「パパ、このごろ、ケンカしてないねえ」

そうえば……。
二人で、最後のケンカを思い出そうとしました。
ようやく、そうとう前のケンカを思い出しましたが、
ケンカの理由は、僕も娘も、完全に忘れていました。

とにかく、うちは平和なんです。

我が家の平和は、フェアであることが基本。
娘と僕は、親子というより、同じ人間と人間。
そう思うようになりました。

娘は、僕のモノではないし、僕の思いどおりにもなりません。
人間関係は、
相手を所有して、思い通りにしようとしたとき、
崩れるような気がします。

娘は、僕がフェアでないと、火の玉になったように怒ります。
世界も、フェアじゃないところから、暴力が生まれています。

分けあえばあまるのに、奪いあって足りない、
そんな世界は間違っています。
アメリカでは、40パーセントの食料が捨てられているのだそうです。
そんなアメリカが、さらに儲けようと、暴力を世界に広めている……。

「そういう世界に住んでいるんだからしかたない」
飲み会の時、僕にからんで、そう言うひとがいました。

それは、ちがいます。
世界は、変えればよいのですから。

フェアであること。
シェアをすること。
身近なところから、始めれば、世界は変わっていくはず。

Love and Peace ^^v


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明日できることは……

昨日は、仕事をさっさと片づけず、
有給休暇をとって、お昼で帰宅。

僕の学校はテスト、生徒が午前中で帰る日。
この日は、娘も学童を休んで、早く帰るのです。

僕は、まず、昼寝。
この頃、疲れと眠気がなかなか抜けません。
目も疲れからか、痛むのです。
その間、娘は宿題。

目が覚めると、車で、ショッピングに行きました。
大きな駐車場に囲まれた大きなスーパーに。

まず、おもちゃ売り場へ。
でかたまごっちを見つけ、僕たちのたまごっちを通信させて、遊びました。

それから、娘が、電動マッサージチェアを見つけたので、
二人で並んで、ずっと座っていました。
店員の目は無視して、極楽。

リラックスしすぎて、夕飯をつくるのが、面倒になりました。
娘は、ケンタッキーフライドチキンが食べたい、と言いました。
ファーストフードは不満でしたがマックではないので、僕は妥協。

「けっこう、おいしいじゃん」
「でしょ、でしょ」
「ちゃんと、サラダ食えよ」
「わかってるって」
「ならいいけど」

骨付き肉にかじりつきながら、娘が言いました。
「パパ、今日、月経の話あったよ?」
「あ、そう。男子は何してた」
「体育館で、ドッジボール」
「いよいよかあ」
「パパはいいな。男はいいね、楽で」
「まあね」
「ママが、いろいろ買ってきてくれるって」
「じゃ、ママにまかせよう」

それから、恋の話になりました。

「パパは、誰が好きなの?」
「そりゃ、家族」
「ちゃんと教えてよ」
「そっちだって、教えないじゃん」
「じゃ、教えたら、パパも教えてくれる?」
「やっぱり、プライバシーということにしよう」
「家族でも」
「そう」

娘ももうすぐ10才、また新たな段階に入ったようです。

それから、ショッピングの続き。
娘は、シール帳と消しゴム。
僕は、アイピローとすりこ木。
お互い、とても、満足のいく買い物でした。

車に乗ると、九時近くになってしまいました。
「パパ、欲しいものがある」
「何?もう買い物したじゃん」
「ちがう。買うものじゃない」
「じゃ、何欲しいの?」
「時間がほしい」
「たしかに。寝るの遅くなるしね」
「そう、すぐ一日終わっちゃうんだよね」

うちにつくと、僕たちは気持ち悪くなってきました。
「パパ、もうファーストフード食べない」
僕のプチ・ベジタリアンクッキングが効いてきて、
僕たちの体は、ファーストフードを受けつけなくなったようです。
たぶん、もし娘がビッグ・マックをたべたら、吐き出すでしょう。

楽しい一日でした。
しかし……、
うちでやるはずだったテストの採点をやってない!

「明日できることは今日やるな」

今日は、昨日買ったアイピローを使い、昼寝。
また同じ言葉をつぶやく店主でした。

Love and Peace ^^v

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ひとの育てかた

最近、学校という職場では、遅くまで残るひとが増えたそうです。
僕は、さっさと帰るので、知らなかったのですが。

僕は、早くうちに帰るのが大好き。
というより、そうしなくては、生活が成り立ちません。

だから、仕事は、さっさと片づけなくてはなりません。
サービス残業しない分、密度の濃い仕事をしなくてはなりません。

僕の仕事(昼間の)は、ひとを育てること。
だから、生徒がうまく育ってくれれば、いい仕事をしたことになり、
さらに、仕事が減り、早く帰ることもできます。

もし、育たなかったら、大変。
大きな赤ん坊を面倒見るように、
こちらの仕事ばかりが増え、
ストレスも増え、早く帰れなくなります。

さて、僕は、自分で言うのも、なんなのですが、
「ひとを育てる」ことが、けっこう得意なのです。

「育てる」ということは、「管理する」こととはちがいます。
何でも言うことをきかせ、支配しても、「育ってない」ことはよくありますから。

たとえば、ある集団を育てるとき。

まず、指導者は、情けなくなくてはいけません。
メンバーに、指導者に頼ってもダメだ、と思わせるのです。
すると、メンバーは、自分で考えて、行動し始めます。
もし、指導者が、すべての指示を出していたら、
メンバーは、指示を待つだけになり、指導者を決して超えません。
指導者の真価は、自分を越えるひとを、どれだけ育てられるかですから。

仕事は、メンバーに、任せます。
たとえ、指導者がやったほうが、はやくても。
その時大事なのは、「君が頼りだ」と情けなく頼むこと。
そして、あとは口を出さない。任せたんですから。
もし、メンバーが失敗したら……、
そうなったら、心中です。
そう腹をくくらなくては、ひとは動きません。

指導者は、メンバーが仕事を終えたら、
感謝して、褒めまくります。
これが、次のやる気につながるのです。
メンバーは、必ず、先輩・後輩のペアで仕事をします。
仕事を、次世代につなげるため。
これが、新たなステップアップにつながります。

これで、たいてい育っていきます
それでは、指導者の仕事がないではないか、というと、
もちろん、仕事はあります。

仕事は任せるけれど、失敗の責任は指導者がとること。
失敗しても大丈夫、と安心感を与えるのです。
そして、一緒にいること。
メンバーの働きっぷりを、目を細めて、眺めるのです。

とにかく、指導者は、民主主義に徹します。
ものごとは、言葉を尽くして、話しあい、
みんなで決めてから、実行に移します。

たしかに情けないかもしれませんが、
指導者は、いくら自分がすごくてもダメ。
ひとを育てなくては。

この指導法のおかげか、僕の教え子たちは、本当に、立派。
尊敬してしまいます。

え?
それは、もちろん、「僕がなにもしてないから」だって?

…………。

たしかに。

でも、「何もしない」のは、他の人には、結構むずかしいようです。

しかし、うちでは、娘にまだまだ、料理を任せられない店主でした。

Love and Peace ^^v

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愛とは……

日曜日の夕方は、子どもの頃から、
しんみりした気分になります。
とくに、サザエさんのエンディングが流れるとき。
明日からまた学校と思うと、涙が出そうになることもありました。

この頃、日曜日の夕方は、FMラジオを聞きます。
ユーミンの番組。
その終わり頃、リスナーからのメールを、ユーミンが読みます。
たいてい、もう終わってしまった恋の話。
そして、最後に、その相手へのリクエスト曲が流れます。

甘く、せつない、ラブソングを聞きながら、
この時間、たいてい僕は池の辺に車を停めて、
ちらほらと水鳥が浮かぶ水面を眺めています。
やがて、池のむこうの住宅地に灯りがぽつりぽつりと点り始めます。

このしんみり感、僕はけっこう好きなんです。

思えば、恋多き僕の人生。
しかし、これは何の自慢にもなりません。
それだけ、フラれてきたということですから。

あのころは……
お互い好きなのに、傷つけあい、
求めあうばかりで、与えあうことを忘れ、
お互いを見ることに忙しく、同じ方向を見る暇もなかった。
今、出あったなら、きっとうまくいくのに……

すると、声が聞こえてきました。

「パパ、おなか空いた」と、娘。
「ほい、早くおいしいおかずつくってよ」と、祖母。
兄だけが、無言で待っていました。

四人でスーパーに行った帰りだったのです。
今夜は、娘のリクエストで、鶏の唐揚げ。
祖母も、僕の肉料理が大好物。
兄だけは、何をつくっても、無言で食べてくれます。

家路を急ぎながら、あの言葉を思い出していました。

Love means not ever having to say sorry.

恋の名言中の名言。「ある愛の詩」の中のセリフ。
身分を越えた恋、親に反対されながらも、結婚する二人。
貧しくも、幸せな日々、しかし、恋人は不治の病に。
その主人公が、恋人を永遠に失い、
その仲に反対していた父に慰められたときに言った言葉。

「愛とは……、決して、後悔しないこと」

もちろん、僕も、すべての恋に後悔はしていません。
あの結婚も、とても意味のあることでした。
娘に出会え、別れてからは、新しい自分にも出会えましたから。

さて、今夜も僕の愛を込めた料理は、おいしいと評判でした。

Love and Peace ^^v


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変身

カフカの「変身」では、
主人公は朝起きると、大きな甲虫に変身していることに気づきます。
この古典の文庫本は、今も売れ続けているそうです。

さて、僕も時に変身の想像をするときがあります。

もし朝目覚めたら……
体が小さくなっている。
知識の大部分が失われ、漢字も読めず、ニュースは何を言っているかわからない。
世の中の仕組みも、なぜ赤ちゃんができるかもわからない。
持っているお金は数百円しかないし、
車の運転もできなくなっているので、どこにも行けない。
まわりには、体が大きいひとがいて、とてもいばっている。
のんびりしてると、せかされる。
何でもでき、何でも知ってる大きなひとは、
僕が何もできない、何も知らないと、よく叱る。
とにかく、全力で、何事にも取り組むが、
大きなひとはちっとも満足してくれない。
好きなことをしていれば、やめさせられ、
自分で物事を決められず、
何でも大きいひとが決める。
とにかく、自由がない。

そんな変身の想像をしながら、娘を眺めることがあります。

子どもは、そんな状況の中、手を抜くことなく、
常に全力で、決して最短距離を進まず、駆け抜けているのでしょう。

まったく、子どもは大したものです。

どんなひどい状況でも、楽しいことを見つけ、笑顔を絶やさない子ども。
イラクやアフガンの写真で、そんな笑顔をたくさん見ました。

今日、先月号のチャレンジが終わってない娘は、
僕に、たまごっち取り上げとおどされ、勉強をしています。

娘よ、がんばれよ。
実は尊敬してるからさ。

Love & Peace^^v

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仕事と家庭と男と女

僕の職場は、学校で、身分は公務員なんです。
だから、給料は、男女差別はありません。

しかし、オトコの教師は、
たいてい、サービス残業、休日出勤をこなし、
一方、オンナの教師は、
たいてい、サービス残業も、休日出勤も免除、
そんな暗黙の了解があります。

つまり、オトコは仕事に打ち込み、オンナは家庭に早く戻るのです。

オンナの管理職が少ないのには、そんな背景があるのでしょう。
そのようなことには、僕は別に疑問を持たず、教師生活を送っていました。
僕は家庭のことは妻にすべて任せて、
サービス残業、休日出勤、お持ち帰り仕事をバリバリしていましたから。

しかし、現在、シングルファーザーである僕は、そうもいきません。
毎日、学童の迎えがあり、夕食の支度があるため、サービス残業は無理。
土日は、娘と過ごすので、休日出勤も無理。
先ほどのオトコかオンナかで言えば、完全にオンナ。
しかし、男である僕には、オトコの仕事がまわってきます。

いかに、オトコの仕事をかわすか、これが毎日たたかいです。
以前は、嫌われるのが恐くて、頼まれた仕事は、すべて引き受けていました。
しかし、今は、ノーを言えるようになりました。
「いつも悪いね。あと9年もしたら、僕もバリバリ働くから」、と。

最近では、生徒にも公言して、家族休暇で、参観日に出かけたり、
早く帰れる日は、有給をとって、ばんばん帰ります。
職場では、よく娘の話をして、
五時になると、夕食は何がいいか、まわりにききます。

こういったことを、うしろめたくやってはいけません。
明るく、楽しそうに、堂々と「お先に~」と言って帰るのです。

この積み重ねが、職場を、いや日本を変えるはず。

さて、オトコの仕事についてですが、
はっきり言って、働き過ぎです。
どう見ても、労働時間が長すぎです。

オトコのサービス残業は、雇用を減らし、
オトコを家族から引き離します。
と同時に、オンナの家事・育児の負担やストレスを増やします。
そして、どちらも、結局、さみしい思いをします。

やはり、理想は、ジェンダーフリー。
何度も言います。ジェンダーフリー。

男は仕事ばかりしてないで、
女はオトコのように働こうとしないで。

さて、最近、うれしいことがありました。
女子生徒たちに言われたのです。

「結婚するなら、ジロー先生みたいなひとがいい」
「そうそう、家庭的だもんねえ」

娘よ、聞いたか?

しかし、独身主義者の店主でした。

Love and Peace ^^v

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恋と革命のシネマ

今日は、バリバリ、仕事をしました。
めずらしく、しかも、猛スピードで。
そして、午後4時になると、有給休暇。

今夜は、映画を見ることになっていたからです。
学童に娘を迎えに行き、そのまま車を飛ばしました。

娘は明日学校があるのにって?
関係ありません。
うちは芸術至上主義ですから。

昨日夜遅くまで、娘は僕につきあっていたせいか、
車の中で、よく眠っていました。

一時間半くらいで、いつもの小さなアーティスティックなシネマに到着。
車を停め、娘を起こしました。

すると、娘は、寝起きで不機嫌。
ぐずる娘を連れて、シネマに入ると、
目当ての映画は、すでに終了していました。
そこで、しかたなく、大人向けの映画見ることにしたのです。

娘は、さらに不機嫌になりました。
「映画なんか見たくない。うちに帰りたい」、と。

せっかく、仕事もこなし、休みもとって、はるばる来たのに……。

「たまには、子どもの映画見たい」

たしかに……、いつも僕が見たい映画につきあわせてきましたから。

僕は映画をあきらめて、
ごはんを食べて、少し買い物をして帰ることにしました。
いつまでもぐずる娘と無言で街を歩きました。

おもちゃ屋の前を通ると、娘は立ち止まりました。
たまごっちのキーホルダーを見つけたのです。
いつも大人の都合に振り回される娘がかわいそうになり、
つい買ってあげてしまいました。

夕食は、牛丼屋で、豚丼。
いつしか、娘は御機嫌になっていました。

「パパ、元気ないねえ」
「映画見れなくなったからさ」
娘は笑顔で言いました。
「しょうがないなあ。映画つきあってあげるよ」

娘の気が変わらないうちに、僕たちはシネマに。

「ベルリン、僕らの革命」

ラブシーンのときは、娘は顔を伏せ、
終わると、僕が合図しました。

その映画、テーマは、恋と革命。
恋にも理想にも、ひたむきな青年たち。
甘くせつない青春、傑作でした。

スリリングなストーリー展開で、
つまらなかったら寝ると言っていた娘も釘付け。

娘は、感動していたようでした。
字幕も読めたし、見てよかった、と。
また娘と映画に行けそうで、ほっとしました。

娘よ、宿題やってないだろ。
人生には、宿題より、大事なものがいくらもある。
パパの仕事より、大事なものがいくらもあるように。
もし怒られたら、パパのせいにしておくれ。

あ、そうそう、娘よ、
パパと世界を変えようぜ。
パパはマジだぜ。

Love and Revolution ^^v

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