« May 2005 | Main | July 2005 »

保護者懇談会

今夜、保護者懇談会がありました。

僕の学校の生徒たちの保護者と、いろいろ情報交換する場。

娘にも、いつものようにつきあってもらいました。
契約通り、本屋へ。
会議や飲み会につきあったら、マンガを一冊という娘との契約で。

娘は、また、たまごっちの攻略本を買っていました。
娘よ、これで3冊目だぜ。
書いてあること、ほとんど同じじゃん。

公民館で、その地区の生徒の保護者たちが集まりました。
僕は、一年生のお母さんたちと、お話しすることになりました。

僕が懇談している間、娘は僕のとなりで、
宿題、チャレンジ、たまごっち。
僕のたまごっちの世話もしてくれました。

「学校は楽しく行っている」
「勉強はしない」
「部活動には熱心だ」
「将来の希望が見つからない」

そんな声が繰り返し聞かれました。

僕が話したことは、
先日、クラスの生徒との面談で、
数人から、「夢の見つけ方を教えてください」、と言われ、
困ってしまったこと。

思えば、
高校一年の時、僕がなりたかったのは、麻雀のプロ。
高校二年の時、僕がなりたかったのは、ミュージシャン。
高校三年の時、僕がなりたかったのは、写真家。
そして、今、まったく、ちがう仕事をしています。

「希望格差社会」などと言われるこのご時世、
はたして、僕は生徒たちに、希望を持たせられるのか?

「教育とは希望を胸に刻むこと」
そんな言葉を思い出しました。
勉強を教えるより、はるかに難しく、はるかに大切なこと。

懇談の終わり頃、管理職がお母さんたちに言いました。
「将来を決定するとき、大事なのはお母さんですから、がんばって下さい」

はあ?

そこで、僕は笑顔で冗談っぽく、言いました。
「とんでもありません。お父さんが大事です」
そして、隣の娘と肩に手を置きました。

お母さんたちは、大爆笑。

すると、管理職は、自分の失言に気づき、
実は、高校生の子どもが話をしてくれないことを、白状しました。
彼も、いろいろと、苦労があるのでしょう。

その後、夕食は、娘とイタリアンのファミリーストランへ。
娘よ、パパの料理のほうが、いぐね?

今日も娘には感謝する一日でした。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

蜂の一刺し

今日の夕方、ちょっとした事件がありました。
僕はうちのアパートの草取りをしていました。
娘に手伝えと言うと、勉強があるから無理、と。

ったく……。

で、ひとりでうちの前の草を取っていました。
時折、娘がベランダから、
麦茶を持ってきたり、声援を送ったりしました。

その時、右手の中指に、チクンと痛みを感たのです。
指を見ると、軍手の上に、蜂が止まっていました。
すると、今度は激痛が襲ってきました。
今まで経験したことのない、指がとれそうなほどの痛み。

うちに走り込み、トイレに。
おしっこをかけるといいと聞いたことがあったので。
残念ながら、おしっこは一滴も出ません。
娘が駆けつけてきたので、
娘にもおしっこをするように言うと、娘も出ません。

そこで、「家庭の医学」で、娘に調べてもらうことに。
ページもめくれないほど、指が痛かったからです。
しかし、難しい漢字ばかりで、なかなか見つかりません。

そして、ようやく、虫さされの項目がありました。
「重曹を水に溶かし患部に塗る」とあったので、
娘にナースになってもらい、その通り、なんとか処置してもらいました。
たまたまあった重曹が、こんなときに役に立つとは……。

患部に保冷剤をあて、娘にハンカチで縛ってもらうと、
ようやく、痛みも治まってきました。

すると、突然、娘がいばり出しました。

「パパはソファに座ってて。ごはんつくるから」

今日の夕食は、一日暑かったので、
我が家の夏の定番、豚しゃぶサラダとソーメン。

娘は時々僕に質問しながら、料理を始めました。
娘がもたもたして、つい僕が手を出すと、
「パパは座ってて言ったでしょ」と叱られました。

結局、すべて、娘が一人で夕食をつくってくれました。
もちろん、おいしくできました。

「パパ、かわいそう」
「もう大丈夫だって」
「蜂、憎たらしいね」
「ま、むこうも命がけだからさ」
「なんで?」
「蜂は刺したら死ぬんだよ」
「え、ほんと?」
「そう、自爆テロみたいのもの」
「イラクの?」
「そう」
「蜂のほうが痛いんだ」
「痛いなんてもんじゃないって。死んだんだから」

娘は、食器も洗ってくれました。
僕はバイオリンの練習も免除となりました。

まだ痛みますが、ちょっと極楽。

ようやく、キーボードは打てるようになったので、これを書いています。
とにかく、それだけは、ホッとしています。
さ、今夜も書くぞ。

ところで、娘よ、成長したな。
なかなかだぜ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ノークーラー生活

暑くなってきました。
今日も三十度を超えた真夏日。

僕の勤務する学校では、
職員室のクーラーがまだ入っていません。
7月15日が解禁とか。
まだ遠い……。

当然、教室には、クーラーはありません。
生徒たちは、あの固い椅子に一日座り、
それだけでも、大変なのに、
この暑さにも耐えなくてはならないのです。

まったく、高校生は、大したものです。

さて、我が家は、
クーラーは禁止なのです。

その理由は、
娘がクーラーに慣れすぎてしまうと、
学校の暑さに耐えられなくなり、
勉強できなくなると思ったからです。

うちは茶畑と田んぼに囲まれているので、けっこう風が通ります。
毎年、僕たちは、窓を開け放して、
もらいものの小さな扇風機一つで、夏を乗りきっています。

いつもはネクタイを絞めている僕ですが、
ノータイ軽装のクール・ビズは、数年前から実行していました。
そして、必需品は、扇子。

考えてみれば、ノークーラー生活は、とってもエコ。
クーラーは、電気をたくさん食うだけでなく、
室内の温度を1度下げると、外気を2度上げるそうですから。

娘は、小さな頃から、ノークーラー生活を送っているせいか、
夏はこんなものと思っているらしく、
ほとんど暑さについて文句は言いません。

僕も、ようやく、慣れてきました。

しかし、例外で、うちのクーラーを使うときもあります。
それは、お客さんが来たとき。
だから、僕と娘は、夏の来客は大歓迎。

さて、もう一つ、例外があります。
それは……、
娘が僕より先に眠ったとき。

ひんやりした部屋で、缶ビール片手に、映画鑑賞したり……、
至福の時。
おっと、これだけは、娘に知られてはまずい……。

娘よ、今日の暑さなんて、屁でもないぜ。
今年もノークーラーで行くぜ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (4) | TrackBack (1)

朝飯前の池

今朝、実家で、目覚めた瞬間、思いついたことがありました。

そうだ、池、つくろう。

実家には、小さな庭があるのです。
その隅に、どうしても、小さな池が欲しくなったのです

思いついたら、即、実行。

そこで、いつまでも寝ている娘を起こして、言いました。

「今日は、池つくるぜ」
「池?」
「庭の隅に池をつくって、そこにメダカとか金魚を飼う」
「いいねえ」

おばあちゃんのつくった朝ご飯も食べず、
僕たちはホームセンターへ。

いびつな形のプラスチック製の小さな池を買いました。
穴を掘って埋めればいいのです。
それと、浮き草も少し買いました。

うちに戻り、朝ご飯を食べるようにと言うおばあちゃんを無視して、
穴掘り。
スコップとクワを、娘と交互に、振るいました。

「パパ、もう、やだ、暑い」
今日も夏日。
「弱音を吐くなって。あと少しで、できるから」

少し掘ると、大きな石がゴロゴロ出てきて、作業は難航しましたが、
なんとか池を設置することができました。

いつしか、兄も外に出てきて、作業を眺めていました。
僕は、兄を椅子持ってきて座らせ、帽子をかぶせました。

水を入れ、浮き草を浮かべて、完了。
おばあちゃんを呼びました。

「あれやあ、たまらん、いいねえ」
と、おばあちゃんも大喜び。

思いついて、池ができるまで、三時間もかかりませんでした。

朝食は遅くなりましたが、
おばあちゃんのみそ汁と、残り物のおかずと、冷やごはんが、
いつもの何倍もおいしく感じました。

娘よ、池の水のカルキが抜けたら、魚飼うぜ。
何にする?

だから、ウーパールーパーは、だめだって。
ったく……

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

プールな昼下がり

先ほど、昼寝から、目覚めました。
ほんとによく寝ました。

今日は、午前中、プールサイドにいました。
気温は32度、快晴。
僕は雨傘をさして、部員たちの泳ぎを見ていました。

いつもなら娘も連れて行くのですが、
昨夜、僕より遅く寝た娘は目覚めなかったので、
うちにおいていきました。

練習が終わり、いったん、うちに帰りました。
娘は、ひとりで、餅を焼いて食べていました。
すぐに娘を連れて、プールに戻りました。

今日はあまりにも天気がよかったので、
娘と泳ぐことにしたのです。

マネージャーたちも一緒に泳ぎました。
僕とマネージャーたちは、新たな部を立ち上げたのです。
やせるために泳ぐ、「で部」。

「先生、しっかり泳がないと、お腹の肉落ちないよ」
と、マネージャーたちに言われ、
僕はひさしぶりに長く泳ぐことにしました。

その間、娘は、マネージャーたちと、水とたわむれていました。

1000メートル泳ぎ、今日はギブ・アップ。
数年前まで、選手たちと、50メートル100本くらい泳げたのに……

マネージャーたちには、水中ベビーシッター代として、
アイスを買ってあげました。
彼女たちは大喜び。
なんて安上がりな水中ベビーシッターたち。
ありがとよ、また頼むぜ。

さ、娘よ、今年の夏も、泳ぎまくるぜ。
なんてたって、今年は、スキューバダイビングに挑戦するんだから。

それにしても、娘よ。
パパが昼寝してる間、チャレンジやれって言ったのに、
ずっとたまごっちやってだろ。

ったく……。

以上、娘以上にたまごっちに没頭している店主でした。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

雨の記憶

僕は、遠くの緑を眺めるのが好きなんです。

眼鏡をかけ始めた頃、そうすると目がよくなると聞きました。
それで、暇さえあれば、遠くの緑を眺めてきました。

残念ながら、目は悪くなる一方でしたが、
緑がますます好きになりました。

梅雨入りして、数日が経ちました。
本当に、よく雨が降ります。

この季節は、緑を眺めるには最適だと思うんです。
雨に葉が洗われていき、木々が喜んでいるような気がします。

僕の勤める学校は山の中にあるので、
教室で、授業をしているとき、ふと窓の外を見ると、
近くの山の緑が見えます。
「じゃ、この英作文、やってて」
などといって、僕はうっとりと眺めています。

緑には、数え切れないほど種類があります。
濃い緑から淡い緑まで、無数のグラデーション。
葉っぱの形も様々、木も低いものもあれば、高いものもあります。

僕が特に好きなのは、風が吹いているとき。
木によって、ゆれかたが全然ちがうのです。
激しくゆれるもの、ゆったりゆれるもの、細かくゆれるもの。

まさに「目に青葉……」
時間を忘れてしまいます。

緑が一年でもっとも映えるこの雨の季節、
おしゃべりな僕も、つい無口になってしまいます。

娘よ、パパが黙っているとき、しつこく質問するのやめなさい。
いろいろ、思い出に浸ることもあるんだから。
あと、二十年くらい生きれば、わかるよ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

セルフ・コントロール

先日、ある先輩教師と話をしました。

「平等なんて、あるわけねえ」
と、言うのです。
「人間なんて、不平等なのが当たり前なんだよ」
少し、鼻息荒く。

「選挙権なんて、全員にやらなくてもいいんだよ。
 みんな、何も考えてねえんだから」
と、なかなかの勢い。

「歴史では、自由、平等、博愛なんて言ってるヤツが独裁者になるんだよ」
フランス革命のロベスピエールのことです。

しかし、歴史は、一進一退を繰り返しながら、確実に進歩しています。
世界は、百年前より、確実に、フェアで民主的になっているのを見れば明らか。

「こんな日本なんて、いずれダメになる」
と、締めくくり。

そんな教師は、けっこういます。
そして、たいてい、学校の中心的な存在だったりします。
学校では、「民主主義」は、いつも危機にさらされています。

そもそも、職員会議ですら、民主的議決機関ではないのですから。
校長が、こうと決めたら、それが結論なのです。

「自由・平等・博愛」がダメなら、
「束縛、支配、えこひいき」がいいのでしょうか?

結局、そういうひとは、見下したいんです。
自分以外は、みんなバカなんです。

僕は、議論が苦手なのです。
その時も、うまく反論できませんでした。

でも、僕は知っています。
その先生が、さみしいひとであることを。

何も言い返せなかった僕ですが、
「自由・平等・博愛」には、こだわっていきたいと思います。
たとえ、生徒になめられようと。

「セルフ・コントロール」

これは、僕が初めて教壇に立ったとき、生徒たちにいった言葉。
水泳部のモットーにもなりました。

誰かに支配されるのではなく、
自分で自分をコントロールできる生徒を育てたいのです。
自分の頭で考え、自分の言葉で話し、
自分が自分の人生の主人公だと思えて、
そんな自分が好きになれるような生徒を。

「自由・平等・博愛」は、セルフコントロールできるひとに支えられるはず。
セルフコントロールできないと、ファシズムを支えてしまうでしょう。
無意識に。

さ、明日も、
いい加減がよい加減、いい加減がよい加減…………。
がんばらないようにがんばる、がんばらないようにがんばる…………。

教え子たちよ、君たちこそ、主役!

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今日も愛の話

この前、テレビを見ていたら、
めずらしいカップルを何組か紹介していました。

刑務所に入っているひとと結婚しているひとたち。
月一回の面会と、あとは電話か手紙のやりとり。
キスは、面会の最初と最後だけ。
相手の罪を許し、更正を信じ、
何年も、中には何十年も、ひたすら塀の外で待っているのです。
強い絆を感じました。

最近読んだ本に、このような一節がありました。

「人は、この世にもはや何も残されていなくても、
 心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、
 ほんのいっときにせよ、至福の境地になれる」

これは、ナチスの強制収容所に入れられたユダヤ人の言葉。
食べ物も充分にあたえられず、厳しい管理のもとで、
雪の中で働かされ、次々と仲間が倒れていく中で、
V・E・フランクルが空を見上げながら、妻を思ったときのこと。

妻も他の収容所にいて、その時は、生きているかどうかもわからない状態。
でもフランクルは、彼女に会えなくても、たとえ生きていなくても、充たされたのです。
ただ、彼女を思うだけで。

「愛は、生身の人間の存在とはほとんど関係なく、
 愛する妻の精神的な存在、つまり、本質に深く関わっている」

さみしい、会いたい、抱きしめたい、などと言っているようでは、まだまだ。
はたして、僕は生きている間に、真実の愛に到達できるのでしょうか。

僕も、愛については、このごろ思うことがあります。
それは、愛の3条件。

自由、お互い束縛しない。
対等、お互いを尊敬しあう。
自立、パートナーに何かしてもらうのではなく、何かしてあげる。

「よりかからず、よりそう愛」が、僕の理想なんです。

最後に、作家の仲間に教えてもらった好きな言葉を紹介します。

「愛は、愛としか、交換できない」 by カール・マルクス


All you need is LOVE!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

たまごっちと愛

最近、すっかりたまごっちブームの我が家。

今度のたまごっちは、なかなか。
他のたまごっちと、赤外線で通信できたりもするんです。
お金を貯めて、買い物や、旅行もできて、
先ほど、娘のたまごっちは、お見合いをして、結婚。
今や、ひとりの子持ち。

テレビゲームや、ゲームボーイを、何度娘にせがまれても、
断固、拒否してきたのですが、
たまごっちだけは、つい買い与えてしまいました。
文化祭前、僕の仕事にさんざんつきあった、ごほうびということもあって。

それに、「育てる」ということが、教育上よい、と判断したからです。
ゲームボーイなどは、好きなときにできて、何時間でも遊ぶことができます。
しかし、たまごっちは、基本的に必要とされないと世話できません。
こちらの都合ではなく、むこうの都合で世話をして、
一度に少しずつしか、遊ぶことができません。

娘は、小学校に、たまごっちを持っていけないので、
昼間は、僕が娘のたまごっちの世話をします。
職員室で、冷ややかな視線を感じながら。
娘は、自分の子どもを預けることを、疑似体験。

「育てる」という行為には、「愛」は不可欠。

たまごっちを育てながら、今日は「愛」について考えました。

愛とは、「今ここに」、あるもの。
いつかどこかに、あるものではないのです。
だから、先送りしたり、貯めたりはできません。
愛には、過去も未来もなく、永遠に続く今しかないのです。

愛は、パートタイムではなく、フルタイム。
好きなときに好きなだけ、はダメ。
盛り上がる恋は、たいてい、冷めるものです。
「すこーし愛して、ながーく愛して」
そんなウィスキーのCMが、昔、ありました。

今や、親子で一つずつたまごっちを育てる毎日。
昼間は僕が面倒を見て、夜や週末は娘がよく面倒を見ます。
この分担、意外にうまくいっています。

娘よ、植物やハムスターのように、面倒をパパに全部押しつけるなよ。

孫の面倒なら、パパがずっと見るけどさ……

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

亀物語

昨夜、僕は、田舎道を、ひとり、車で走っていました。
そのとき、ふと、道路に何か石のようなものがあることに気づきました。
しかし、もう避けられない距離まで近づいていました。
そこで、僕はその真上を走りました。
車の底に、その物体があたらないことを祈りつつ。

何の音もしませんでした。
ルームミラーから、後ろを見ると、
なんと、それは亀だったのです。
30センチほどもある大きな亀。

このまま、放置しておけば、亀は車に引かれてしまうでしょう。
そこで、うちに持って帰りました。
娘に見せてから、自然に返そうとも思ったのです。

今朝、母親のところから帰ってきた娘は、
その大きな亀を見て、大喜び。

昼間、職場で、亀に詳しい同僚に訊きました。
すると、その亀は、ミシシッピーアカミミガメであることが判明。
ミドリガメとも呼ばれ、夜店などでよく売られているもの。
外来種で、飼い主が捨てたものが繁殖して、
今では、日本古来の亀を押しのけて、甲羅干ししているそうです。

それを聞き、僕はその亀を飼うことを決意。
娘の学童の迎えのあと、一緒に亀用の容器を買いに行きました。
娘の風呂にもなりそうな大きなプラスチックの容器。

二人で容器を、うちに運び込み、
娘がさっそくベランダのたらいの中にいる亀に見に行くと……

「パパ、亀、いない!」

ベランダのどこにもいませんでした。
隣のうちのベランダにも見あたりません。
うちは一階ですから、ベランダから飛び降りたのでしょう。

娘と、うちのまわりを探しましたが、見つかりませんでした。
おそらく、ベランダから地面へ、そしてドブを伝い、
土管を通り、裏の川まで行ったのでしょう。

たらいの中に入れば、餌もあげたのに。
もう少し待てば、もっと大きなうちに住めたのに……。

亀は、命をかけてまで、自由が欲しかったのでしょう。

「亀を自分のものしようと思ったパパが間違ってたよ」
と、僕がいうと、娘が僕の肩を叩きました。

誰も所有しようとしないこと、
誰も束縛しようとしないこと、
そう、心にちかったはずでした。

「パパ、亀は、自然が好きなんだよ」
と、娘が言いました。

娘も、今日一日、うちに帰り亀に会うことを楽しみにしていたそうです。

さ、娘よ、新しいたまごっちせっせと育てようぜ。
たまごっちは、僕たちを必要としてるからさ。

亀よ、元気でな。
新しいパートナーに出会えることを、祈ってるぜ。

ところで、娘よ、あの容器どうする?

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

かげろうの羽

理科の先生に、かげろうの話を聞きました。

かげろうは、ご存知、はかないものの象徴ともいえる羽虫。
幼虫は土の中に数年いるそうです。
中には、七年もいるものも。
そして、羽化してからは、わずか数時間で死んでしまいます。

そんな短い命に何の意味があるのでしょう?

その先生いわく、大きな意味があるといいます。
かげろうは、羽化してすぐパートナーを見つけ、交尾・産卵ののち、
生涯を終えるのです。

生きるためだけなら、羽はいらないのだそうです。
口と腸ぐらいがあれば、充分。
それでも、羽があるのは、パートナーを探すため。
餌も食べず、ただパートナーを求めて飛ぶかげろう。
かげろうの羽、それはすべては恋のため。

恋愛至上主義のかげろう。

何年も暗い地中で耐えしのび、
生涯たった一度の恋に命をかけます。
そして、愛の結晶を残し、命をつなげることで、永遠に生きるかげろう。

パンだけでなく、羽も!

IF I WERE A BIRD, I WOULD FLY TO YOU.
(もし私が鳥なら、あなたのもとに飛んでいくのに)

僕の授業で何度も使ってきたそんな例文を思い出しました。

以上、最近、女子高生に恋の相談をよく受ける教師ジローでした。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

DO OUR BEST!

今日は、いよいよ、水泳大会の初日を迎えました。

気付けば、僕は水泳部監督も十年以上やっています。
そんな僕に、よくプールサイドにやってくる娘が言います。

「パパ、もっときびしくしないと、強くならないよ」
………。

先日、娘は、ストップウォッチ・デビューしました。
いつもかわいがってくれるマネージャーたちの仲間入りを果たし、うれしそうでした。

娘は今週、母親のところに行き、僕は一人でたたかいに臨みました。

水泳は個人競技なので、
選手全員がレギュラー、
そして、一人ひとりが、それぞれのベストを狙います。
たとえ、順位が悪くても、自己記録を更新すれば、オーケー。

いくら個人競技といっても、
ひとは一人ではがんばれないものです。
応援してくれるひと、マネージャー、ライバルが必要。
だから、僕たちのモットーは、DO OUR BEST!

さて、今日の結果は……、

僕たちのチームは、まったく注目はされてはいませんでしたが、
WE DID OUR BEST!

監督が僕なわりには、
選手たちはいい泳ぎを見せてくれました。

やはり、指導者は踏み台、
「いい加減がよい加減、やるのは生徒」
この指導方針は間違ってなかったようです。

スイマーたちよ、
僕はがんばらないから、
明日もがんばっておくれ。

化粧を覚えたOGたちよ、今日は差し入れありがと。
明日も期待してるよ。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

メキシコのヒトデ

こんな話を読みました。

ある男性が、メキシコの海岸を歩いていました。
すると、メキシコ人の男性が、砂浜にかがんでは、何かを投げていました。
近づいて、よく見ると、
メキシコの男性は、引き潮で、浜に打ち上げられたヒトデを、
拾い上げては、海に投げかえしていたのです。

もちろん、そのまま放っておかれれば、ヒトデは死んでしまうでしょう。

そこで、その男性が、メキシコ人に話しかけました。
シニカルに。

「この海岸線のいくつもある浜には、そんなヒトデが数え切れないほどいるだろう?」
メキシコ人はうなずきました。
「君は、すべてのヒトデを投げ返せるわけないだろう」
また、メキシコ人はうなずきました。
「そんなことしたって、何の変化もないのが、わからないかい?」

メキシコ人は、さらにもう一つヒトデを拾い上げ、海に投げかえして、答えました。

「あのヒトデにとっては、大きな変化をもたらしたさ」

何かを変えることは、大変なことです。
たいてい、少しずつしか、変えられないから。
100あったとして、1でも変われば、いいほうでしょう。

そこで問われることは、
変わらない99を嘆くか、
変わった1を喜び、次につなげるか。

「バナナはゆっくり熟れる」
アフリカのことわざです。

little by little, day by day, step by step.
少しずつ、毎日、一歩ずつ……。

がんばらないようにがんばるのは、
決して、あきらめないため。

Never Give Up!


| | Comments (2) | TrackBack (0)

娘と数字の微妙な関係

何でも数値化しないと理解できないひとがいるようです。

たとえば、僕の学校では、数値目標を立てています。
遅刻する生徒何人以下、国公立大学進学者何十人以上、
または一日三分は他人のために行動する、などと。
そして、生徒の人物評価も、数値化していく……

人間の価値は、絶対に、数字では表現できません。
もし、数字で誰かの価値を表現したとしたら、
そのとき表現されなかったことのほうが、はるかに多く、大切でしょう。

戦争の悲惨さも、そう。
何月何日死者何名、などとデータを与えられても、
毎日、ニュースで繰り返されたら、慣れてしまい、何も感じなくなってしまうでしょう。

ものの価値は数字では、表現できず、
もし数字で表現したら、ものの価値を殺してしまうでしょう。

「星の王子さま」の一節にあるように、
「本当にすばらしいものは、目に見えない」のですから。

さて、今日は、娘の参観会でした。
算数の授業、わり算の勉強。
クラスを二つに分けて、先生二人で、丁寧に教えてくれました。

授業中、何度も振り向き、変な顔を見せる娘。
子どもたちは、プリントの問題を解いては、先生に丸をつけてもらいます。
見ていて、僕は愕然としてしまいました。
まず、計算が遅いのです。
他の子は、どんどん丸付けしてもらっているのに……、
娘は、九九を忘れてしまったようです。
そして、一桁の引き算をするにも、指を使って、数えていました。

ついには、僕は娘の隣に行き、ビシビシ教えてしました。
「パパ、やさしく教えてくれないと、わからない」
などと娘が言うので、イライラしてしまいました。

娘よ、そんな算数の問題ができなくて、どうする。
通信簿、悪くなるぜ。

以上、そんな矛盾に、芸術至上主義がゆらぐ店主でした。

Love and Peace ^^v

| | Comments (3) | TrackBack (0)

ジェンダーフリーバッシング・バッシング

先日、自民党本部において、あるシンポジウムが開かれたそうです。
ジェンダフリーを叩くための。
座長を務める安倍晋三氏は言います。

「ジェンダーフリーを進めている人たちは、
 国家、家族の価値を認めないのが特徴。
 社会、文化の破壊にもつながる」

なるほど……、そのとおり。

僕は「ジェンダーフリーを進めている人」のつもりですが、
たしかに、アメリカの犬になり、戦争をしたがる「国家」や、
男というだけでいばれるような「家族」の価値は、まったく認めていません。
そんな「社会」や「文化」は、破壊したほうがいいとも思っています。

実は、僕は、サービス残業も休日出勤もいとわない仕事人間でした。
配偶者には良妻賢母を求め、専業主婦をさせて、家に閉じこめていました。
まったく反ジェンダーフリーな人間でした。
結局、そんな「家族」は破綻。

そのころよりも、ジェンダーフリーな今のほうが、
何倍も「家族」を大切に思えるようになりました。

「男が家事をすると小さな人間になる」と、都知事は言ったそうですが、
家事だけでなく、育児に関わり、花を育てるようになった今の僕のほうが、
何倍も大きな人間になれたと思います。

良妻賢母の専業主婦の内助の功で、プロジェクトX的な仕事をする。
もうそんなのは、まっぴら。終わっています。

つまり、ジェンダフリーバッシングするひとたちは、
自立できていないマザコンなんです。
自分のことさえ、自分でできない、大きな子ども。
大人になってからは、妻に母親のかわりをしてもらう甘えん坊。
しかし、それをかくすために、マッチョぶります。
小心者の空威張りで、いばること、いばること。
これが、おそろしいM&M(マザコン&マッチョ)。

しかし、そんなM&Mな男たちは、やがていなくなるでしょう。
モテないので、結婚もできず、子孫を残せない「絶滅種」ですから。
ジェンダーフリーバッシングは、「絶滅種」の最後のあがき。
やがて、静かになるでしょう。

グッバイ、M&Mなオトコたちよ。

娘よ、もしM&Mなカレシつれてきたら……、わかってるよな。

Love and Peace ^^v


| | Comments (6) | TrackBack (2)

文化力

学校は、勉強するところ。
だから、学力が高い生徒が評価されます。

教師の主な仕事は、自分の教科を教えることですから、
学力の高い生徒は、どうしたって、教師にかわいがられます。
いい生徒だなどと、言われて。

すべての生徒の学力は、数値化され、序列化されます。
そして、トップからわずかの生徒たちの名前が掲示されます。

たしかに、学力は大事です。
行きたい学校があっても、学力が低いと入れないこともありますから。
それに、知識は増やしても、場所はとらないし、役立つことも多くありますから。

今日、文化祭の後の初日。
また、学力をつける日々がやってきました。

学力をつけると、いい大学に進めます。
大学進学率が上がると、学校の人気も上がります。
そうなると、学力の高い生徒が入学してくるそうです。
だから、教師たちは、生徒に学力をつけさせることに必死。
朝早くから補習、宿題も出し、土曜も補習、夏休みは勉強合宿……。
自分の頭で考える暇もないくらい、次から次へと、課題が与えられます。

僕は文化祭が大好き。
なぜなら、革命が起こるから。
日頃、高い評価を受けている学力の高い生徒の地位と、
日頃、低い評価を受けている学力の高くない生徒の地位が、
学校の中で、見事に逆転するから。

文化祭で、活躍する生徒たちには、
たとえ学力がなくても、「文化力」があります。
美しいものをつくりだし、ひとを感動させる力が。

平和なときは、文化が栄えるそうです。

戦争になると、たいてい、文化は統制されます。
戦前、悲しいことに、多くの作家が転向して、戦意高揚のためにペンを執ったり。

かのフロイト先生は、
「文化の発展が戦争をなくす」と言いました。

がんばれ、文化力の高い教え子たちよ!
でも、学力も大事だよ。
やんなくていいって、言ってるわけじゃないよ。

さて、娘よ、宿題なんてさっさと片づけ、バイオリン弾きなさい。
だから、パパも、ちゃんと、あとでやるって。

え、僕?
はい、小説、書きます。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

なんでもない一日

今日は、代休です。
娘は、朝、母親のところから帰ってきて、
すぐに登校していきました。

僕は、昼頃、外に出て、買い物をしました。
夕食の材料や、ビーズなど。

そして、郵便局にも行きました。
昨夜、ネットオークションで、落札したたまごっちのお金を送るために。
娘には、まだ内緒にしてあります。

ちょっと用があって、電気屋にも行きました。
そしたら!
ホットサンドメーカーが2980円なり。
無名メーカーのですが、焼きおにぎりもつくれるもの。
即、買い。

昼寝もしました。
読みかけの恋愛小説も読了しました。

娘が帰ってきて、宿題をしているあいだ、
じっくりカレーをつくりました。

シンガポールで買ったカレー粉で、ココナッツカレー。
ホームベーカリーを駆使して、ナンを焼きました。
宿題を終えた娘もおもしろがって、キッチンに立ちました。
ベストはつくしましたが、
インド人街のカレーの味には、ほど遠い味でした。

その後、バイオリンを練習して、
娘は絵を描きながら、僕は執筆やビーズ細工をしながら、
つい遅くまで、テレビを二人で見てしまいました。

なんでもない一日が終わろうとしています。

しかし、娘よ、忙しくても、そうでなくても、寝るの遅いのは、なぜ?
もう11時過ぎたぜ。

平和、なんとすばらしきこと。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

娘の恋

今日は、ひさしぶりに、一人の時間を過ごしました。
街に行って、映画を観て、
デパートに行き、服を買い、ホットサンドメーカーを見てきました。
たまごっちも買いに行ったのですが、売り切れでした。

知り合いに数人会いました。
みな同じことを言います。
「今日、お嬢さんは?」

実家に行くと、祖母が言いました。
「今日は一人かね。さみしいら」
そして、物言わぬ兄に話しかけていました。
「ジーは、一人だもんで、元気ないねえ」
ったく、昨日まで仕事で疲れてるんだって。

僕が一人でいることが、この頃では、異様な光景なのでしょう。

これも、よく訊かれること
「お嬢さんに、ボーイフレンドできたらどうする?」

娘は僕のモノではないし、恋人ができても、まったくかまいません。
ただ、そのとき、「実はパパにも……」と、僕の恋人も紹介する予定なんです。
もちろん、いれば、の話ですが。
親子でダブルデートも、あり、と思っています。

「お嬢さん結婚したらさみしいでしょ。とられちゃうから」

…………。

だから、ひとを所有することはできないので、とるもとられるもないのです。

と、常々思ってきました。
で、数日前のこと。
娘が僕に言いました。

「パパ、好きなひといるんだ」
「だから、M君でしょ」
「ちがうよ」

M君とは、娘より年上、ハンサムで、サッカーもバイオリンも上手い少年。

「え、じゃ、クラスの子」
「うん」

クラスの男子は全員、顔と名前と、お母さんの顔を知っています。
その中にいるとは……。

「誰?」
「教えない」
「教えて」
「いや」
「じゃ、パパの好きなひと教えるから」

すると、娘は一人の名前をあげました。
す、するどい。

「ちがうよ」、と僕。
「ちがわない」
「ちがうって」
「バレバレだって」
「知らないひとだって」
「それ、嘘だもん」

…………。

結局、お互い、言わないことにしました。
親子にも、プライバシーは大切なのです。

しかし、娘よ、誰だ?

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

長い一日

今日は僕の学校の文化祭。
娘は、母親にディズニーランドに行こうと誘われ、
僕の生徒たちには文化祭に来てと誘われ、
どちらも裏切れないと、悩んでいました。

結局、娘が出した結論は、
午前中は文化祭、午後はママのところに行くことでした。
娘をめぐる、僕と彼女のたたかいは、ドローとなりました。

さて、そんな今朝のこと、
6時半から準備があり、
眠る娘をうちにおいて、出勤。
あとで娘を連れに戻ればいいと思ったのです。

雨が振り出し、予定が変更になったり、
僕のクラスの「ジローちゃんのビーズ屋」の開店を見届けたりで、
うちに戻るのが遅くなってしまいました。

うちに帰ると、
寝てると思った娘は、ベッドでマンガを読んでいました。
声をかけても返事がありません。
うっすら涙を浮かべ、すねていました。
何度学校に行こうといっても、娘は断固拒否。
謝っても謝っても許してくれません。
娘は文化祭をあんなに楽しみにしてたのに。

時間は刻一刻と過ぎていきます。
一秒でも早く戻りたいのに、娘の機嫌が直りません。

その時、ケイタイがなりました。
「先生、今どこ?早く来て」と、クラスの生徒から。
トラブルが発生したのです。

僕は「すぐ行く」といって、再度、娘を説得。
うちにいる、と頑固な娘。

僕は泣く泣く、彼女に電話をしました。
事情を話し、助けを請いました。
「おいてくなんてひどい。かわいそうに」
と言われてしまいました。
彼女に泣きついたのは、離婚以来、初めて。

彼女が迎えに来てくれることになり、
すねる娘をおいて、仕事に戻りました。

娘をめぐる仁義なきたたかいは、
結局、僕の完敗に終わりました。

僕は力尽きそうになりました。
やはりシングルペアレントには仕事は無理なのか、と。

学校に戻り、ひとまずトラブル解消したころ、
ケイタイが鳴りました。着信は彼女、出たのは娘。
彼女の車の中からでした。
ビーズアクセサリーを土産に二つ買ってこい、と。
明らかに機嫌が直っていました。

娘よ、文化祭に来ないことを後悔してるんだろ。
わかってるって。何も言わないからさ。

文化祭は、もちろん、大成功。
僕のクラスのビーズ屋も大盛況でした。

娘よ、新しいたまごっち、なんとかして手に入れるからさ。
パパは疲れたよ。
今日は早く寝るぜ。

あ、原稿の〆切り、昨日だった……

ま、明日は明日の風が吹くさ。

Love & Peace^^v

| | Comments (4) | TrackBack (0)

バカンス

夏はバカンスにかぎります。
バカンスは、フランス語で、「比較的長い休暇」

僕の理想は、小説「悲しみよ こんにちは」のようなバカンス。
シングルファーザーが、18才の娘を連れ、
南仏の海辺の別荘を貸し切るのです。
父親はモテモテで、恋人同伴。
娘もひと夏の恋を経験します。
親子で、お互いの恋人の話をするような関係。

バカンスは、娘と二人で暮らすようになってから、夏の恒例行事となりました。
家族が減り、経済的な余裕が出てきて、
「行く?」「行こう」と、即決できるようになったからです。
バカンスと言っても、せいぜい4泊5日くらいですが。

水泳部監督の僕は、夏休み中、休暇をとりにくいのです。
しかし、このごろでは、平気で、水泳部員たちを置き去りにしていきます。
いちおう、土産を買ってくると、約束して。

これまで行ったのは、グアム、沖縄、シンガポール。
飛行機で行く、ビーチがきれいなところというのが条件。

しかし、今年は、飛行機で行くことはやめました。
ようやく、娘が10才になり、身長も140センチを超えたので、
スキューバダイビングのライセンスをとることにしたのです。

明日は文化祭最終日。
超多忙の日々も、おそらく、終わりでしょう。

娘よ、そろそろ、バカンスの計画立てようぜ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

前夜

このごろ、朝起きるのが大変。
連日、学校に残り、文化祭の準備に追われているからです。
娘も、当然、そんな僕につきあっています。

娘よ、悪いな。
ボーナス出たら、新しいたまごっち買ってやるからさ。

娘はたくさんの女子高生にかわいがられ、
なんとか毎晩乗り切っています。
本当に教え子たちには頭が下がります。

今朝はなかなか起きない娘に、
我が家の秘伝の技を使いました。
よく祖母がこれで幼少の僕を起こしてくれました。

カイダカイダ、カイダカイダ、カイダカイダヨ

と節をつけて歌いながら、体中をさするのです。

今日の娘はそれでも起きなかったので、
しかたなく、ケイタイついているカラオケで、
「世界で一つだけの花」を大声で歌いました。
振り付きで。

大笑いして、娘はようやく起きました。

そして、娘に一言。
「一本いっとく?」
「オー」
このごろ、朝、栄養ドリンク一本分けて飲むのが、流行ってるのです。

今、明日のステージのリハーサル中、
娘と抜けだし、ジャンクな夕食を食べています。

さ、娘よ、戻るとしよう。
もうすぐ終わるだろう。

パパも疲れたぜ。
夏のバカンスが待ちきれないぜ。
今年はスキューバダイビングに挑戦だ。

Love&Peace^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

芸術的な生活

カラー写真より、モノクロ写真のほうが、芸術的に見えます。

それはなぜか?

現実の色とは違うから?
レトロ調に見えるから?

僕は、見る側に色を想像する余地があるからだと思います。
芸術は、ただ見るだけでは、鑑賞できません。
想像力で補って見なければ、作品のテーマは伝わってこないでしょう。
モノクロは、想像力を刺激します。それゆえ、芸術的なのです。

抽象画や、俳句にも、そういうことは言えるでしょう。
もちろん、小説も。
結論が出てしまうものは、純文学ではありません。
矛盾を矛盾のまま描き、あとは読者の想像に委ねるのです。

つまり……、

うちのテレビの色がなくなってしまったのです。
1977年製。
僕が大学に入り、一人暮らしを始めようとしていたとき、
友達のうちで捨てられそうだったのをもらったのです。
これまで15年も使ってきましたが、
ついに一週間ほど前、モノクロテレビになってしまいました。
厳密に言うと、白黒というより、青白。
今、サッカーを見ていましたが、日本チームのユニフォームの色がわかりません。

そう、我が家のモットーは、「芸術至上主義」
みなと同じカラーテレビを見ていたのでは、
想像力が刺激されません。

娘よ、芸術のために、しばらく青白テレビ見るぜ。
文句言うなよ。

だから、ケーブルテレビはダメだって……

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

同志は感動を共有す

先日、感動したことがありました。

その日、僕は休みで、午後二時頃、
一人で昼食をとりにいきました。
チェーンのラーメン店。
ラーメンと餃子のセットを食べました。

僕の席の隣にも、一人で遅い昼食をとる中年男性がいました。
おそらく五十代、作業着姿で、眼鏡をかけ、髪が薄く、お腹も出ていました
その男性も、ラーメンと餃子のセットを頼み、
僕よりおいしそうに食べていました。
行儀よく、残さずきちんと食べ、食後の水を飲んでいました。
それから、ポケットからハンカチを出し、額の汗や、口のまわりを拭きました。

僕が感動したのは、この光景。
なぜか、急に、同じ人間である連帯感にとらわれたのです。
これから、また仕事に行くのでしょう。。
おいかけていき、がんばってください、と声をかけたくなりました。

ガラス越しに外を見ると、
その男性は、NTT関連小会社の軽自動車に乗っていきました。
NTTといえば、10万人の大リストラで、有名な大企業。
おそらく、その男性も、子会社に飛ばされたのでしょう。

同じメニューを食べても、味は違ったはずです。

さて、僕はこのことを何人かに話しました。
しかし……、
誰もが聞き流すだけで、この感動を共有してくれませんでした。

しかたなく、僕は昨日、このことを娘に話しました。
そしたら、娘は一言。

「なんか、いいねえ」

娘よ、唯一の理解者よ!
だてに、三年以上、戦友と呼びあっているわけではないぜ。

感動を共有すること、ともに生きるには不可欠なこと。

この頃、車の中で聞くCDは、ソウル・フラワー・ユニオン(最高!)。
反骨精神があってLove and Peace なバンド。
特に好きなのは、チンドン屋スタイルで歌う「がんばろう」

かつて、三池炭坑のたたかいの中から生まれた歌で、
労働組合の宴会などで、今もよく歌われるのですが、
こんな歌、まわりに知っているひとは一人もいません。
娘は、僕の飲み会に何度もつきあううちに、覚えたようです。

そん歌を、この頃、娘と一緒に、
車中、CDにあわせて、大声で、娘と一緒に歌っています。

♪がんばろー (ソレソーレ) つきあげる空に
 くろがねの男の拳がある
 こみあげる女の拳がある
 たたかいは ここから たたかいは いまから(ソレソーレ)

今日もこの歌をともに歌いながら、
学童から、うちによらず、僕の学校に向かいました。
学校祭まで、あと二日。

がんばろー、たかかいはここから、たたかいは今から。

ソレソーレ

同志である娘、今夜、うちに帰った瞬間に眠りに落ちました。
娘よ、もうすぐ終わるからさ。

がんばろー! ソレソーレ!

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

今を生きる

先日、俳句の本を読みました。

俳句は、五七五の17文字しか使えない、世界最短の詩。
だから、いらないものだけでなく、欲しいものまでも捨てさり、
無限にある言葉から、ほんの少しの単語だけを選ぶのです。
最小限の言葉で、最大限の美を表現する。
さらに、俳句は、語数だけでなく、移ろいゆく季節にも縛られます。

なにか人生に通じるような気がしました。
限られた時間、
必然的に移ろう季節、
そんな中で、美を求めつつ、生きていく人間たち。

先日読んだ本に、
人間は、絶対に死ぬからこそ、一生懸命生きる、と書いてありました。
もし永遠の命があったら、自分の命も、他人の命も大切にしなくなるでしょう。
そして、人間は死ぬからこそ、文化や思い出など、足跡を残すのです。

つまり……、
時間がないのです。
学校祭まで、あと三日。

締め切りが作家に筆を進ませるとも、聞いたことがあります。

とにかく、限りある人生、二度と戻らない今を生きよ!

娘よ、いつも遅くまでつきあわせて悪いな。感謝してるぜ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

パンだけでなく、バラも!

僕が愛してやまないものの一つ、
それは、労働組合。

決して高くない組織率、
決して安くない組合費、
それでも、僕は労働組合に入っています。

全日本教職員組合。

そのスローガンは「教え子を再び戦場に送るな」

なんて Love and Peace な言葉。
いぐね?

僕はずっと教師には原罪があると思っていました。
戦前、教え子たちを洗脳したという原罪が。
「天皇のために死ね」と教えて。

だからこそ、教師は、
平和憲法とその実践を目指す教育基本法を守ると、
採用のときに誓うのです。

今日、労働組合が出てくる映画を観ました。
「ブレッド&ローズ」
アメリカで劣悪な環境のもとで働く移民清掃労働者たちが、
組合を結成してたたかう物語。

なかなか、見ごたえのあるおもしろい映画でした。

中でも、その組合のスローガンが、僕はいたく気に入りました。

We Want Bread, but Roses, too.

「私たちが欲しいのは、パン。そして、バラも」

人間は、食べるためだけに、生きているのではありません。
生きていくには、バラのように美しいものも必要なのです。

これは、アメリカで実際の争議の際、使われた言葉。
もちろん、労働者たちが勝利しました。

美は、現実を認識するだけでは、生まれてきません。
現実に先行する希望を想像するときに、美が創造されるのです。
それゆえ、美を生み出す芸術は、常に新しく、常に革命的なのです。

だから、僕は何度でも言います。

万国の労働者よ、団結せよ。
そして、美しき社会を創造せよ。

Love ,Peace and Beauty^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

娘の究極の選択

来週の土曜は、いよいよ文化祭。
今週は連日、生徒会室に夜まで残っていました。
娘を学童から学校から連れてくる日が続いています。

僕の教え子たちは、よく娘の面倒を見てくれます。
そのおかげで、娘は僕の学校に行くのを楽しみにしています。
宿題も見てくれ、本当に助かります。

僕の頼りなさと、
「いい加減がよい加減」の指導方針のためか、
生徒たちは、会社を一つ経営しそうな勢いで、よく働きます。

この頃では、娘も生徒たちに混ざって、
飾りつけや看板づくりの作業をしています。

だんだん盛り上がってきました。

ところが、昨夜の生徒会室でのこと、
突然、娘の母親から電話がありました。
次の週末、娘は預かる、と。
今は僕より仕事人間な彼女、
めずらしく、たまたま連休がとれたらしいのです。

しかし、一週間後に迫った園祭、
当然、娘は楽しみにしています。
生徒たちも、娘が来ることを楽しみにしています。

そのことを告げると、彼女が言いました。

「どっちがいいかきいてみて。ディズニーランド行こうと思ってるんだけど」

彼女は、自信満々。

「文化祭なんて毎年やるんでしょ」

カチン。
二度と来ない今を生きてるんだっつーの。

娘は、揺れました。
「どちらも裏切れないよ」
娘よ、ディズニー行きたいんだろ。
わかってるって。

今、娘は彼女のところに泊まりにいっています。
どちらを選んで帰ってくるのでしょう。
決断は、娘にまかせました。

彼女とのひさびさの仁義なきたたかい。
パパは負けないぜ。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

もう本は貸さない

最近、心に固く決意したことがあります。
それは、もう本は誰にも貸さないということ。

今、貸した本を回収中なんです。
しかし、これが、また、大変。

借りた本をなくしたひと、借りたことを忘れたひと、返すと言って持ってこないひと、
引っ越してしまったひと、
又貸しして、しかもなくされたひと、

みんないいひとだったのに、
嫌いになってしまいそうです。
それに、返してほしいと言うのは、本当にストレスなんです。

ふー。

一度、僕の書いた本を貸してと言われたこともあります。
ったく…、買えってーの、ざけんなっ!
貸してしまった自分に、もっと腹が立ちます。

「買う」という行為には、「社会責任(SR)」がともないます。
消費が社会を方向づけるからです。
たとえば、多くのひとが、くだらないものを買えば、
それが社会にはびこり、社会を堕落させます。

「買う」ということは、一票を投じるようなもの。

本を買うということは、文学を支えるということ。
だから、僕は本を借りません。
そして、文学を支えてもらうためにも、本を貸すこともしません。
絶対!

もし本が売れない社会になってしまったら、
すてきな僕の後の印税生活が……

しかし、娘よ、マンガ買い過ぎだって。
置き場所がないから。

あ、おたがいさまか……

Love & Peace^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ランチタイム・ベジタリアン

以前、ベジタリアンのイギリス人とおつきあいしたことがあります。
デートのとき、いつも困ったことは、食事する店がなかなか見つからないことでした。

彼女が肉を食べない理由は、
動物を殺したくないから。

肉食の僕は言いました。
野菜だって食べれば殺してることになる、と。

「私は自分の手で、
 野菜はとったり、切ったりできるけど、
 動物は、この手で、殺せない」

と、最後に彼女が言うと、僕は黙ってしまいました。

他にも何人か、ベジタリアンに会ったことがあります。
理由は、様々。
食肉労働者は、多くが移民で低賃金、動物の住む環境も劣悪だから。
長寿食を実践したいから。
肉が嫌いだから。

どんな理由を聞いても、僕は肉を食べ続けてきました。

しかし、昼食は、ベジタリアンなんです。
僕はいつも自分で弁当を作っていますが、
ここ二ヶ月、ずっと菜食主義を貫いています。

主な理由は、健康のため、やせるため。

でも、最近、イギリス人の彼女が言ったことの意味がわかるようになってきました。
ベジタリアンランチを食べながら思うことは、
「殺してない。血を流してない」ということ。
食後感が、胃だけでなく心にも、いい感じなのです。

しかし、しょせん、一つの生命は、
他の多くの生命の犠牲のもとに存在します。
生きるとは、ある意味、殺すこと。

このことからは、絶対に逃れられません。
生きてあることは、罪深いこと。

だから、せめて、いまだに肉も魚も食べる僕は、
同類の人間だけは殺すまいと、思うのです。
動物の中で、同類をここまで殺すのは、人間だけでしょう。
ある国の繁栄のために他の国の人々が殺されるのが、戦争。
そんなことが許されていいわけありません。

ランチタイム・ベジタリアンは、「戦闘的平和主義者」でもあるのです。

昨日の弁当は、納豆チャーハンとサラダ。
今日の弁当は、ひじきの煮物とサラダ、梅干しとごはん。
明日の弁当は、厚揚げとネギのあんかけ焼きそば。
肉も魚もなくても、けっこう美味しいんです。

娘よ、肉ばっかり食べてんなよ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

シャイ・ボーイたち

教師として、心配になる生徒がいます。
それは、お勉強が苦手な生徒でも、
校則違反をする生徒でもなく、

シャイな男子。

カノジョは欲しいが、
ビクビクしてしまい、
女子に話しかけられないシャイ・ボーイたち。

本当に心配なんです。
よけいなお世話かもしれませんが。

このままでは、カノジョができなくて、
結婚もできなくて、子孫も当然残せなくて、
「絶滅種」になってしまう……

先日読んだ英文によると、
日本のお母さんは、非言語的に、子どもと接し、
米国のお母さんは、言語的に、子どもに接するそうです。
その結果、多くの日本人は、言葉で愛情を表現しないというのです。
以心伝心、そんな言葉もあります。
黙っていても、愛は与えられると、勘違いもしてしまいがち。
一方、米国人は、I love you. と何度も言って、愛を確認するのでしょう。

その英文には、
日本人は、消極的で、依存心が強く、
米国人は、積極的で、自立心が強い、と書いてありました。
だから、日本人にマザコンが多いのでしょう。

そういえば、ものすごいおしゃべりな僕も、
愛の言葉を囁くのは、苦手。
告白したことも、相手が好きだと告げたこともほとんどありません。

I love you という言葉。
その意味を、知らないひとはいないでしょう。
しかし、実際に使ったひとは少ないでしょう。

十年以上も前のこと、イギリス人とおつきあいしていたとき、
一回、言ったことがあります。
もう、それは、大変でした。
思い出すだけでも、恥ずかしくなるくらい。

今、僕がもっとも大切にしているもの。
それは、戦死した祖父が、戦地から祖母に宛てた恋文。
軍事郵便で、検閲がありながらも、
熱く、甘く、切ない、命がけの恋が書かれています。

これをもとに、次の長編小説を書く予定なんです。

まだまだ、恋は勉強しなくてはならないようです。

万国のシャイ・ボーイたちよ、愛を言葉にせよ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« May 2005 | Main | July 2005 »