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あるシスターのお話

今日、たまたま、あるシスターの講話録を読みました。

シスターは、あの「夜と霧」を書いたフランクルのことを話してくれました。
氏は、アウシュヴィッツ収容所を生き延びた精神科医。

氏の言葉。
「どんな状況になっても、生きていくには意味がある。
 どの人も、『生きる意味』をもって生きている」

氏は人間は3つの価値をつくり出して生きていると言います。

まずは、創造すること。
何も芸術家だけが創造できるわけではありません。
たとえば、誰かに微笑みかけ、その人も微笑み、喜んだら、
喜びを「創造」したことになるのです。

二つ目は、体験すること。
これは、感動することとも言えるかもしれません。
たとえ創造できなくても、感動はできます。
第9のコンサートに、正装して、出かけることだけでなく、
花を見て美しいと思うことや料理を食べておいしいと思うこと、
これだけでも、立派に価値を作ることなのです。

最後は、態度です。
ひとは、その態度、つまり生き方で価値を作ることができます。
一人のおばあさんが入院していました。
身だしなみも整えず、髪もぼさぼさで、ただ生き延びていました。
しかし、ある日、病室の窓から、毎日、サラリーマンたちが元気なく歩いていくの見て、
おばあさんの態度が変わるのです。
看護士さんに化粧をしてもらい、車椅子で、外に連れ出してもらい、
毎朝、サラリーマンたちに声をかけ始めました
「おはようございます。いってらっしゃい。ごくろうさま」
最初は気味悪がっていたサラリーマンたちは、やがて挨拶をかえすようになり、
次第に目に輝きを取りもどしていきました。
おばあさんは、そうして亡くなるまで、幸せに生きたそうです。

人は、この三つの価値を作るからこそ、生きる価値があるとして、
フランクは彼自身の哲学をうち立てていきました。

フランクによると、アウシュビッツという極限状態の中でも、
力萎えず、生きぬいたひとちがいたそうです。
それは、「きっと誰かが自分のために祈り続けてくれている」と確信していた人たち。

すべてをはぎ取られ、孤独になっても、
この地上の目に見える世界ではなく、
心の奥深いところでつながり、たすけあっていると確信するとき、
人は生き続けられるそうです。

僕は、実家の祖母と母を思い出しました。
毎日、仏壇に向かい、僕が立派な作家になれるようにと祈っている二人。
僕のかわりに死んでと頼めば、喜んで死んでくれるという確信が僕にはあります。

がんばろう、と思いました。

創造し、感動し、ルック・アップ(顔を上げて)して生きる。

娘よ、父ちゃん、がんばるぜ。

Love and Peace ^^v


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