« March 2005 | Main | May 2005 »

自分の足で立つ

僕は学校でよく生徒に相談されるんです。
恋のことを。
生徒たちは、なぜか僕が経験豊富と思っているようです。
たしかに、失敗の経験は豊富ですが。

恋で悩む生徒たちに、いつも言うことは決まっています。
「君がいなくては生きていけない」では幸せになれない、と。
お互いに依存していたら、うまくいくのは最初だけ。
お互いの世界を持ち、お互いの世界を尊重し、自立する。
自立したものどうしでなければ幸せになれないよ、と。

僕は、これができなくてさんざん失敗してきましたから。

娘を育てていて、いつも思うことも、自立。
親が何でもしてあげるのではなく、
何でもできるようにしてあげるのが、育児。

僕は、祖母や母に何でもしてもらい、ダメ男なってしまったから。

シングルファーザーになって一番変わったことは、
家事や育児を通して、自立できたこと。
ようやく、マザコンも卒業できたこと。

国家やについても、そう。
自立、つまり独立はとっても大切なこと。
大国の属国であるより、小さくても独立国のほうが絶対にいい。

もちろん、ひとは一人では生きていけません。
助けあわなくては。
自立して、自分のことができるようになると、
他人に何かしてあげたくなります。
自立しようとするものどうしでなくては、助けあえません。
立つ気のないひとは、 立たせてあげられませんから。

で、最近、思うんです。

自立した女性は美しい、と。
月のように照らされた明るさではなく、
恒星のように自ら光る明るさ。
月のように、振り回されるのではなく、
恒星のように、その位置を変えず、
自分の足で立って、輝く。
男性に媚びず、自己完結した美。

世界の半分は、美でできている。
人間の半分は、女性。
素晴らしき哉、人生!

娘よ、
パパが、「反戦・平和・女性の自立」を訴えるインリンのファンだってことは、
ちょっと、内緒だぜ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (4) | TrackBack (1)

ベランダガーデニング近況

楽しみにしていたチューリップ、
去年、僕たちをあれだけ喜ばせたチューリップの第二世代。
結局、一つも咲きませんでした。

先ほど、娘と花屋に行ってきました。
店員さんに、いろいろ、訊いてきました。
チューリップは、咲いた後も、きちんと世話をして、
球根を大きく育てなくては、翌年咲かないんだそうです。
花の後が、大事だったのです。
咲けばいいってものじゃないのです。

あと、土も悪かったんだと思います。
土は、中にたくさんのバクテリアを抱えて、生きているのです。
土を育てることも忘れていました。
生ゴミ処理機でつくった肥料も、きちんと世話をすべきでした。

ふー、娘よ、奥が深いぜ。

うちに帰ってきて、ハンギングバスケットに、早速、花の苗を植えました。
これで、ベランダも映え、通行人の目をひくことでしょう。
ハンギングバスケットの後ろガラス窓には、張り紙が三枚。

Shame on you, Mr.Bush.「恥を知れ、ブッシュ」
Bring Them Home.「うちに帰してあげよう」
No Border.「国境はない」

娘も自分の鉢に、買ってきた苗を植えました。
小学校四年生になった娘は、学童でも、下級生の面倒をよく見るそうです。
これまで、多くのひとに愛され、育てられてきた娘。
少しは、育てたいという気持ちが芽生えてきたようです。

昨日、娘とコンビニに行ったら、「ちびたまごっち」がありました。
娘は二回分お小遣いなしということにして、それを買いました。
ずっと、ピコピコ、世話をしています。

年々、手がかからなくなる娘。
そういえば、この頃、育児のストレスを感じたことがありません。
最初は、苦労はたくさん、楽しみは少しだけでしたが、
今は、楽しみのみ、これでいいのか不安になるほど。

育児もだいぶ楽になってきたので、
僕もさっき「ちびたまごっち」を買い、
ピコピコ、ひよこを育てることにしました。

娘よ、GWは、ひよこ育てる勝負だぜ。
子育てなら、パパは負けないよ。
絶対に。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

努力すること

たしか、カントが言ったこと。
誰でも知ってる、正三角形。
その定義も、その形も容易に思い浮かべられます。
しかし、定規を使わないで、手だけで、それを描けと言われたら……、
何度やっても、正三角形は描けないでしょう。
もちろん、多少の進歩はするでしょうが、
おそらく、一生かかっても、無理でしょう。

これが、人間なのです。
誰もが、不完全。
理想に近づこうするが、なかなか近づけない。
理想は近づいたと思った瞬間、また遠くに逃げていく。
死ぬまでその努力は続く、これこそ生きるということ。

そのことを文学的に言うと、
ロマンティシズムとリアリズムの融合。
現実社会をリアルに追いながら、現実を乗り越えるロマンを描く。
いちおう、目指しているんですけど……。

日本に当てはめることもできます。
日本国憲法があって、
それに近づこうと国民が不断の努力をする。

理想は理想、どうせ無理と、最初から努力をしないひともいるでしょう。
不完全なことを受け入れず、他人の不完全さを責めるひともいるでしょう。
どちらも、とってもダサいと思います。

自分が理想からかけ離れているからといって、
その理想を、より低俗なものにしようとする。
これが、改憲派の姿勢のように思えます。
すくなくとも、この憲法のおかげで、
日本は60年間も武力で一人も殺してないのです。

すばらしい憲法と、さほどすばらしくない僕たち。
だからといって、すばらしい憲法を、さほどすばらしくないものする必要はありません。
努力すればいいんです。
生きることは、努力することですから。

それに、理想に向かって努力するひとって、かっこいいと思います。

娘よ、家事分担、それっくらいの理想はすぐ実現できるぜ。
今日からでも。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

教師ジローのお説教

今日は、生徒を叱ってしまいました。

ま、いつも言ってることなんですが。

僕の授業で、生徒たちが英作文の問題を解きました。
そして、僕は数人を指名して、黒板に答を書くように言いました。

そのクラスは、特別進学クラス。
お勉強できる子が集められています。

ある男子生徒が、なかなか答を書きません。
ようやく書いたと思ったら、また答を直そうとしていました。

そこで、お説教。

「こんなの間違えたところで、君は何を失うの?
 間違えたら、恥ずかしいの?
 こんな失敗恐れていたら、これからの人生での失敗乗り切れる?」

まだ、答を直そうとしていたので、僕は冷たく席に着くように言いました。

「どうどうと、間違えればいいよ。
 僕は君に完全を求めてはいない。
 人間は、誰も不完全。
 僕にも完全を求めないで欲しい。
 人間は、不完全だからこそ、助け合わなくてはいけないし、成長もする。
 人生では、成功より失敗からのほうが、学ぶことは大きい。
 だいたい、成功を語るひとより、失敗を語るひとのほうが信頼できる」

さて、彼の解答は、二カ所間違えていました。

「やるな。二カ所も間違うとは、君はなかなかえらい。 
 これからも、間違えてくれ。
 間違えてくれないと、僕の仕事もなくなるから」

何人かの生徒が笑いました。

僕はその生徒に聞きました。
「もしかしたら、間違うと恥ずかしいの?」
彼はうなずきました。

そこで、また喝。

「こんなの恥ずかしがってたら、好きな女の子できたら、どうすんの?
 好きって、言えるの?告白しないの?ならストーカーになるの?」
 
ここまで言うと、彼も照れくさそうに笑顔になりました。

高校生たちよ、勉強も大事だけど、恋も大事だ。
しかし、これだけは、知っていてほしい。
恋は、勉強と違い、ただ努力すれば、報われるってものではない。
努力すればするほど、ストーカーと呼ばれることもある。
しかし、負けるな?
ふられても、次がある。

え、ジロー先生は?って。

僕はシングル、当然現役、恋も仕事のうちですから。

Love and Peace ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (1)

家庭訪問

今日は、午後、家族休暇をとりました。
そして、娘を学童に迎えに行き、すぐに帰ってきました。

それからは、大変。
小学校の先生が来る前に大掃除。
ベッドルームと書斎兼勉強部屋は開かずの間にして、
散らかっているものをすべて放り込みました。
仕上げに、僕が掃除機、娘がクイックルワイパーで、床をきれいにしました。

そして、僕はやかんを火にかけ、先生をお待ちしました。

ピン、ポーン。
先生は、女性で僕と同い年。

娘は、勉強部屋に行きました。
宿題をするよい子の設定。
いちおう、学級委員ということで。

もう家庭訪問も4回目、
すっかり緊張感がなくなってしまいました。
最初の頃は、部屋を数日かけてきれいにして、
クッキーを焼いて、先生をお迎えしたのに……。

今日は先生が座っても、まだお湯が沸いてませんでした。

先生が、僕に「お父さん、お仕事大変でしょう」と言い、
僕は、「先生こそ転勤したてで大変でしょう」とねぎらいました。

お茶が入ると、先生が娘の様子を話してくれました。
「お父さんが本好きなようで、学校ではよく本を読んでますよ」
僕は驚きました。うちでは、漫画しか読まないのに。

「お父さんはお料理上手なんでしょ。よく言ってますよ」
娘よ、ほめるなら面と向かってほめろって。

「こんなにお父さんと娘さんがいい関係なのは、初めて見ましたよ」
知らなかった……。うちらがいい関係とは。

僕はうちでの様子を話しました。
毎日忙しいけれど、楽しく、充実してること。
そして、僕は幸せなこと。

「それは学校での様子を見ればわかりますよ。幸せがにじみ出てますから」

もう、思い残すことはありません。
こんなことなら、得意のクッキー焼いておけばよかった。
先生、ごめんなさい。

先生が帰ってから、娘が僕にいいました。
「あのね」
「なに?」
「先生がね、パパ、かっこいいって」
「ほんとか?」
「二回くらい言ったことあるよ」

明日、クッキー、お届けしたほうがいいかなあ。

Peace ^^v


| | Comments (2) | TrackBack (0)

疲れさせるひと

かのナイチンゲールは言いました。
「もっとも苦痛なのは、
保身ばかり考えるひとの相手をすることです」

ナイチンゲールは何人もいると言われたほど、
献身的に、八面六臂で、看護したナイチンゲール、
保身ばかり考えるひとには、本当に疲れさせられたことでしょう。

仕事人間で、自分のことばかり考えていた僕、
しかも、いつも「世のためひとのため」とか言いながら。
これこそ、まさに保身。
ナイチンゲールがいたら、張り倒されていたでしょう。

今は、多少、他人が視野に入ってきました。
これは、育児のおかげ、つまりは娘のおかげ。
自分がいなくては生きていけない子ども、
その存在は、常に頭を離れず、生活の中心になります。
すると自然に他人のために生きるようになります。

仕事と育児の一番大きな違いは、
仕事には、オン・オフがあり、
育児には、オン・オフがないこと。
どちらが大変か?
そんなの育児に決まっています。

育児は、他人のために生きられるようになるためのトレーニングなのでしょう。

今は週末、実家に料理を持っていったり、
障害者の兄や高齢の祖母の面倒を見るのが楽しみになりました。
保身ばかり考え、仕事人間で、仕事も順調だったころには、
まったく味わえなかった充実感があります。

自分のためだけに生きたら、
どこまでいっても、孤独からは逃れられません。
あんなに僕を苦しめた孤独から逃れられた今、
僕は幸せを感じます。

保身ばかり考えるひとには、たしかにうんざりさせられますが、
これに劣等感が加わるとと、さらに困ったことになります。

いわゆる「負け組」であることに気づき、おまけにモテないオトコたち、
欲求不満で女性を所有したがり、
ジェンダーフリーを叩いたかと思うと、
いきなり天下国家を語りだす。
やたらと日本に誇りを持ちたがり、
やたらとアジアの国を見下し、
そのくせ、イングリッシュ・スピーカーには弱腰で、
憲法を「押し付け」られたと騒ぎながら、戦争を「押し付け」られることには無頓着、
保守的なことを言っては、支配者気取り。
支配者層に相手にされるわけないのに。

ふー。
疲れます。
けっこういるんです。そういうひと。

ひとは誰でも不完全、
劣等感なんて持たなくてもいいのに。
ひとは誰でもオンリーワン、
それぞれ、人生という名の筋書きのないドラマの主役はってるんだから。
本当は、「勝ち組・負け組」なんていうひとが「負け組」なのに。

いつかは、わかりあえますように……

Love & Peace^^v

| | Comments (4) | TrackBack (0)

すぐ腐るパン、虫のついた野菜

うちのパンは、すぐ黴が生えるんです。
市販のパンは、何日経っても、大丈夫なのに。

ここ一年ほど、うちでパンを焼くようになりました。
と、言っても、ホームベーカリーで、ですが。
パンが、何でできてるかよくわかって、よいです。
小麦粉、砂糖、塩、スキムミルク、バター、ドライイースト、水、他にはなし。
市販のパンが腐らないということは、これ以外に何か入っているのでしょう。
何が入っているかわからないものを食べるのは、気味が悪いものです。

ホームベーカリーは、究極の目覚まし時計。
朝、ブザーとともに、焼きたてパンの匂いで、僕たちを起こしてくれます。
ナンも、ピザも簡単につくれ、ホームパーティでは、大活躍。

今、僕は、何日も腐らないパンより、すぐ腐るパンが好きです。
おいしいだけでなく、信頼できるのです。

この頃、シングルママフレンドが野菜を持ってきてくれます。
自家菜園で、完全無農薬で育てた野菜。
先日、レタスをいただきました。
みずみずしくて、めくってもめくっても、歯ごたえのある葉。
自然の大地で育ったたくましさを感じさせる味。
そのレタスには、小さなナメクジがついています。
ナメクジにもおいしいのです。
安全な証拠。
虫もつかないような野菜は、おいしくないし、信頼できません。

一見、完全に見えるものは、たいてい信頼できないものです。
そもそも、人間は誰しも不完全。
完全を装う人間はたいてい嘘つき。
パンも野菜も人間も、不完全で当然、かえって信頼できます。

大人になるということは、
不完全な自分を認め、他人の不完全さを受け入れること。
人間は不完全だからこそ、助けあわなくてはいけない。
人間は不完全だからこそ、一緒に成長していくことができる。
と、聞いたことがあります。

娘よ、パパを見て、人間が不完全でないことを学ぶんだ。

さ、おばあちゃん、今日もとりたてのおいしい野菜食べようぜ。

え、誰にもらったって?

だから、この前話したひとだって。

え、ジローはもてるだねって?

Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

サタデー・ナイト

今週末は娘は母親のところ、
今頃、新学期の疲れを癒し、
ママ・ガソリンを給油しているのでしょう。

土曜は、このごろ、一日の大半をキッチンで過ごします。
僕が食べるものだけでなく、実家に持っていくものも作るのです。
冷蔵庫の中のものを極力使い切るようにしています。

今日は、里芋を煮て、ごぼうをキンピラにしました。
そして、便秘の兄のためにホーレン草スープ。

兄は毎週土曜日、福祉施設で一日過ごします。
デイケアです。
いつも夜8時に娘と迎えにいきます。
その福祉施設には、兄の友達がたくさんいて、兄は結構楽しんでいるようです。

迎えに行くと、兄が車椅子に乗せられて出てきます。
「また来てね」と、いつも白髪の女性の知的障害の友達が見送りに来てくれます。
そのおばあちゃんは、もうご両親がなくなってしまったのでしょう。
ずっとこの施設で暮らしているそうです。

まわりは田んぼで、夜は真っ暗、とても淋しいところにその施設はあります。
しかし、いつかは、そんな施設が町中にできて、
障害者が町並みに溶け込むような日が来てほしいと思います。

帰りはいつも、途中で缶コーヒーを買い、公園に車を停めて飲みます。
兄はこれが楽しみなんです。

実家では、祖母が筍ごはんをつくって待っていました。
僕が持ってきたおかずで、晩ごはん。
祖母は、僕が煮物が上手だ、と言いました。
兄と風呂にも入りました。

実はこのごろ、僕は心が疲れていました。
いろんな考えのひとがいて、
いつまで経っても、溝が埋まらない……
そういう状況を最近よく目にして、心がざらつくのです。

この週末、僕も実家で心の疲れを癒して、
ファミリー・ガソリンを満たんにしようと思います。

福祉とは、「ふつうに、くらせる、しあわせ」なんだそうです。

娘よ、おたがい給油が終わったら、
みんなが、普通に暮らし幸せになるよう、
また来週からがんばろうぜ。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

フライデー・ナイト

この頃、よく話すようになりました。
笑いながら、電話で。
娘の母親と。
娘が驚くほど。

「パパ、仲いいじゃん」
「ああ、そう」

で、先日のこと。
「パパ、何も言わないで、聞いてよ」
「なに?」
「もしもの話だから」
「うん」
「もしね、ママがまた一緒に暮らしたいって」
僕は遮って言いました。
「ない」
「だから、もしもっていってるでしょ」
「ない、絶対ない」
「もしもって、言ってるじゃん」
と、娘は声を荒げました。

僕は娘に説明しました。
 
 パパは独身主義者だから、もう結婚しない。
 他の誰とも暮らすつもりはない。
 ママが元気になったのは、一緒に暮らしてないから。
 それに、ママとは仲良く話すけど、ラブラブではない。
 もう、ラブラブにはなれない。

娘はしょんぼりしていました。
目が潤んでいました。
僕が彼女と仲良く話すので、期待を持ってしまったのでしょう。

それで、ここ数日、
娘はすぐ怒ったり、すぐ泣いたり、情緒不安定。

ふー。

今日は金曜日。
娘は母親のところに行くことになっています。
さきほど、僕と握手して、娘がうちを出ていきました。
今まで、握手などしたことなかったのに……。

さ、今日はシングル・フライデー・ナイト。
まだまだ、夜は更けません。
ははは。

娘よ、パパは心配いらないぜ。
お笑い番組、ビデオとっといてやるからさ。
お互い、週末を楽しもうぜ。

Love and Peace ^^v

 

 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

あるシスターのお話

今日、たまたま、あるシスターの講話録を読みました。

シスターは、あの「夜と霧」を書いたフランクルのことを話してくれました。
氏は、アウシュヴィッツ収容所を生き延びた精神科医。

氏の言葉。
「どんな状況になっても、生きていくには意味がある。
 どの人も、『生きる意味』をもって生きている」

氏は人間は3つの価値をつくり出して生きていると言います。

まずは、創造すること。
何も芸術家だけが創造できるわけではありません。
たとえば、誰かに微笑みかけ、その人も微笑み、喜んだら、
喜びを「創造」したことになるのです。

二つ目は、体験すること。
これは、感動することとも言えるかもしれません。
たとえ創造できなくても、感動はできます。
第9のコンサートに、正装して、出かけることだけでなく、
花を見て美しいと思うことや料理を食べておいしいと思うこと、
これだけでも、立派に価値を作ることなのです。

最後は、態度です。
ひとは、その態度、つまり生き方で価値を作ることができます。
一人のおばあさんが入院していました。
身だしなみも整えず、髪もぼさぼさで、ただ生き延びていました。
しかし、ある日、病室の窓から、毎日、サラリーマンたちが元気なく歩いていくの見て、
おばあさんの態度が変わるのです。
看護士さんに化粧をしてもらい、車椅子で、外に連れ出してもらい、
毎朝、サラリーマンたちに声をかけ始めました
「おはようございます。いってらっしゃい。ごくろうさま」
最初は気味悪がっていたサラリーマンたちは、やがて挨拶をかえすようになり、
次第に目に輝きを取りもどしていきました。
おばあさんは、そうして亡くなるまで、幸せに生きたそうです。

人は、この三つの価値を作るからこそ、生きる価値があるとして、
フランクは彼自身の哲学をうち立てていきました。

フランクによると、アウシュビッツという極限状態の中でも、
力萎えず、生きぬいたひとちがいたそうです。
それは、「きっと誰かが自分のために祈り続けてくれている」と確信していた人たち。

すべてをはぎ取られ、孤独になっても、
この地上の目に見える世界ではなく、
心の奥深いところでつながり、たすけあっていると確信するとき、
人は生き続けられるそうです。

僕は、実家の祖母と母を思い出しました。
毎日、仏壇に向かい、僕が立派な作家になれるようにと祈っている二人。
僕のかわりに死んでと頼めば、喜んで死んでくれるという確信が僕にはあります。

がんばろう、と思いました。

創造し、感動し、ルック・アップ(顔を上げて)して生きる。

娘よ、父ちゃん、がんばるぜ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

くちをきかない夜

娘は昨夜遅くまで起きていたせいか、
今日一日眠たかったようです。

娘は、学童からの帰り、車に乗るとすぐに熟睡。
うちに帰るとベッドに直行。

夕食は娘のリクエストでイカの丸焼き。
準備ができ、娘をやっとのことで起こしました。
寝起きの娘と言葉少なに夕食。
娘は少し箸をつけただけで、たくさん残しました。

食後、娘は宿題を始めました。
算数の問題を計算機を使って解いたので、とりあげて怒りました。
テーブルの上に、娘の食器がまだのっていたので、また怒りました。

次に、娘は本読みをしました。親は聞いて読書カードにサインするのです。
僕はパソコンをいじりながら聞いていた、いや聞いていなかったので、
今度は、娘が怒りました。

僕たちはくちをきかなくなりました。
娘は眠くなると不機嫌になるのです。

怒った顔で、娘はバイオリンを弾き、
一人でとっととお風呂に入りました。

ふー。

今、風呂場から、ドライヤーの音と、
娘の鼻歌が聞こえてきます。

さ、そろそろ、仲直りしてくるかな。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

精進料理

今日は、ついに、一日ベジタリアン達成。

<朝食>

長芋と長ネギのみそ汁、納豆、ごはん

<昼食>

長芋ステーキ、卯の花、ほうれん草のおひたし、梅おにぎり

<夕食>

サツマイモの天ぷら、ひじきの煮物(レシピ集参照)、ごはん

口においしいだけでなく、体においしいごはん。
食後、体が味わっているような感覚があります。
おいしさが、体の中で、持続するのです。

なんて、すばらしき精進料理。

肉とお菓子が大好きな娘も、おいしいと言っていました。

先日、雑誌で、あるお坊さんの精進料理の雑誌の記事を読みました。

野菜を流水で洗ったりしない。
ためた水で、洗う。
水を粗末にしない。
まず、そういった気持ちから、精進料理は始まる。

動物を殺さないというより、食材を生かす。
野菜は、動物に食べられ、その命を助け、生かされる。

素材の個性を理解し、
シンプルな調理で、
そのおいしさを最大限に引き出すのが決め手。

つくづく、料理の奥の深さを感じました。
よし、これからも料理がんばるぞ。

娘よ、明日もおいしいもの食おうぜ。
え、うちの中が散らかってる?

掃除なんてやんなくても、死なないよ。
お客さんが来るときだけ掃除すれば、オッケー。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

忙しい月曜日

今日は夕方会議がありました。
5時を過ぎても、なかなか終わりません。
僕は腕時計を見ながら、早く終わることだけを願っていました。
ところが、なかなか終わりそうにないのです。

娘の学童の時間が迫ってきました。
もう、会議の内容は、ほとんど頭に入りません。
会議の後にも、少し片づけなくてはならない仕事もあるのに……。
会議の結論も、どうでもよくなってきます。
早く終わってくれさえすれば。

会議のメンバーたちは、時計をいっこうに気にしません。
議論が終わりかけると、また蒸し返すような質問。
もう、とっくに勤務時間は終了しているのに……。

三十分を超過して、会議は終了。
結局、継続審議となりました。
それから、ダッシュで雑用をこなし、車に乗り込みました。

学童で、娘を車に乗せ、本屋に。
今夜は、飲み会があったのです。
娘は飲み会につきあうと、マンガ一冊買ってもらうことになっているのです。
僕もついでに料理の本を買いました。
「おいしい精進料理」

今日の飲み会は、運動部の顧問会。
サービス残業、休日出勤をいとわず、
常に勝負の世界に生きる猛者たちの集まり。

僕は水泳部監督なので誘われたのです。

飲み会には、もちろん、どうどうと遅刻。
それでも幹事さんは、いろいろ気を使ってくれ、
娘にジュースやおにぎりを頼んでくれました。

僕はいつものようにノン・アルコール。

宴もたけなわとなった頃、
娘はマンガを読み終わり、あくびをし始めました。
そこで、僕たちは、途中退座。

今日は、なんだか、疲れました。

娘よ、明日も学校、またがんばろうぜ。
今日は、ベジタリアンできなかったから、
明日は、本見て、おいしい精進料理作ってやるからさ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

娘に教えること

悪いことをしたら、ちゃんと謝る。
嘘をついたり、ごまかしたりしない。

ひとは誰でもあやまちをおかすもの。
だから、あやまちを認め、謝り、反省することが大事。
そうすれば、過去のあやまちを繰り返さない。
これが、成長。

こんなこと、当たり前なこと。
今さら言うまでもありません。

どんなに頭に来ても、叩いたりしない。
どんなもめごとも、言葉で、解決する。
たとえ時間がかかっても。
だから、パパは叩いたりしない。

これも当たり前。

ガイジンとは言わない。
うちには、外国人の来客がよくあります。
娘のクラスには、中国人の子とブラジル人の子がいます。
世界には、ガイジンはいない。いるのは人間だけ。

もちろん、これも言うまでもないこと。

弱者に手を貸す。
実家には、障害者の兄と高齢の祖母がいます。
僕たちは一日でも多く会いにいくことにしています。

娘のクラスには、ダウン症の子が二人、
もしいじめられたりしたら、たたかう。
障害者は「兄ちゃんの友達」だから。

これも、当たり前すぎること。

子どもに言ったことは、大人も守る。
僕も気が抜けません。

しかし、この頃、ニュースを見たりすると、
心が疲れてしまいます。

溜め息をつく僕に娘が一言。
「パパ、むずかしいねえ」

娘よ、今日一日グータラしたら、また明日からたたかうぜ。

Love & Peace^^v

| | Comments (4) | TrackBack (0)

この一週間

新学期が始まりようやく一週間がたちました。

今年は、少し、いやだいぶ責任と雑用が増え、
こんな僕でもこの一週間はバリバリ仕事をしました。

ところが……、
この働きっぷりがまわりを動揺させたようです。
「らしくないよ……」と何度も言われました。

僕は、この一年、
「いい加減がよい加減」で「がんばらないように、がんばる」をモットーに、
家庭第一主義、芸術至上主義を貫きとおし、
ついには、新しい職場に慣れないことに慣れたのです。
僕は嫌われることを覚悟していました。
嫌われても構わないつもりでした。

しかし、僕のスタイルは、いつしか同僚たちに
「これもアリ」と認知されていたのです。
さらに、このスタイルを、支持、応援してくれる同僚も出てきました。

Try hard not to try hard.

ここで、普通にがんばってしまったら、この一年の労力が無駄になってしまいます。
応援してくださる同僚のためにも、
毎日5時になったら夕食の献立を考えるスタイルを取りもどさなくてはなりません。

こんな僕にも、教育方針はあるのです。
それは、「生徒の踏み台になる」、です。
生徒には、どんどん僕を踏み台にして、羽ばたいてもらう。
学校でがんばるのは、教師ではなく、生徒。
見守る、待つ、環境整備が仕事のほどとんど。
土を作り、タネをまき、水をあげ、ひたすら信じて待つような。
ベランダで、植物から、学んだことです。

他の一年生のクラスはまだ緊張していて静かだというのに、
すっかりリラックスして、騒々しいジロー's クラス。
大丈夫か?
新入生たちよ、どんどん僕を踏み台にして乗り越えておくれ。
いつか君たちのことを、自慢させてもらうから。

学級委員となり、絶好のスタートを切った小4の娘よ、
パパという「踏み台」は、チョモランマくらい高いぜ。。

バリバリ、働いた今週、今日は昼寝します。

Love, Peace and Sweet Dreams ^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

小さいほうがいい

僕は娘の小学校がとても気に入っています。
各学年は1クラスずつ、娘のクラスの人数は26人。
とても小さな学校。
子どもの数が少ない分、先生の目がよく行き届くようです。
僕も教師なので、よくわかるのですが、
クラスは小さいほうが、先生のストレスも少なく、やさしくなれます。
生徒数が多いと、どうしても忙しくなり、疲れてしまい、すぐにイライラするものです。
それに、より管理的になり、独裁者になりがち。
親にとっても、少人数学級は助かります。
娘のクラスメイトの名前も覚えられるし、その親の顔も覚えられます。

娘の学校の子どもたちは、本当に仲がよいのです。
娘の知る限り、いじめもないといいます。
学校は、絶対、小さいほうがよいです。

僕の実家の面々は、とても小さな家に住んでいます。
3DKに4人。僕たちが行くと、6人。
小さな家のいいところは、家族が近くに感じられるところ。
小さい家もなかなかいいものです。
だいたい、掃除も楽ですから。

僕の家族はたったの二人。
小さい家族もなかなかいいものです。
洗濯物も少ないし、お金もかからない。
お互いの話をよく聞くようになるし、
ものごと決めるのも簡単。
僕と娘は好みが似てきたので、この頃は、即決断、即実行。
「行く?」「じゃ、行こう」
僕たちの売りは、機動力。
これからも、世界中を、駆けめぐる予定です。

小さいほうがいいこと、まだまだたくさんありそうです。

Small is Beautiful !


| | Comments (0) | TrackBack (0)

中国のこと

僕が初めて行った外国は、中国です。
当時大学一年生だった僕は旅行前必死に中国語を勉強しました。
祖母と二人で行きました。
祖母は、どうやら、前世、中国にいたようなのです。
だから、一度行ってみたい、と。
お金は祖母がすべて払い、重い荷物はずっと僕が運びました。

北京で、万里の長城を見て、
西安で、兵馬俑を見て、
上海で、東洋と西洋の接点を見てきました。

洛陽というところでは、僕が一人で散歩していると、
日本語を勉強している中国人男性が話しかけてきました。
そのうちに招待され、スイカをごちそうになりました。
隣のうちのひともやってきて、とても歓迎してくれました。

中国では、どこへ行っても、僕がへんてこな中国語を話すと、
何人か集まってきて、
筆談や英語も交えて、コミュニケーションを楽しみました。

今、娘の小学校のクラスには、中国人の女の子が一人います。
先日の参観会で、彼女が質問されたとき、僕は緊張してしまいました。
ちゃんと日本語で答えられるかどうか、と。
しかし、その心配は無用でした。きちんと日本語で答えたのです。

その子と、クラスで一番の仲良しは、娘なんです。

娘の名前は、夫婦で考え、中国語でつけました。
老子の「道」からとって、ひらがなで、「たお」。

今日は、ちょっと出かけたため、娘と外食をしました。
そのとき、そこにいた老人二人が、中国のことを話していました。
反日デモのことで、中国の悪口を言っているのが聞こえてきました。

娘は「なんで仲良くできないの」と僕に言いました。

今日はとても悲しい気分です。

Love and Peace ^^v

| | Comments (3) | TrackBack (0)

九条という墓標

今日の午後は、家族休暇。
僕のクラスの生徒たちには、ちゃんと言っていきました。
「今日の午後は、娘の参観会で家族休暇とるから。じゃ」

今年度初めての参観会は、道徳の授業。
先生が相田みつをさんの黒板に書きました。

花をささえるくき
くきをささえるえだ
えだをささえるみき
みきをささえる根
根は(       )だなあ

「(  )にはどんな言葉が入るかな?」と、先生。

大切、大事、命などと子どもたちが答えました。

正解は、「根は(見えねん)だなあ」

次に、先生は「いのちのまつり」という絵本を読み聞かせしてくれました。
舞台は沖縄、そこに引っ越した少年が、石の小さな家を見て驚きます。
その家は、お墓でした。沖縄のひとは、先祖をとても大事にするのです。

一人のひとがいるということは、
お父さんとお母さんがいて、
おじいちゃんが二人、おばあちゃんが二人いて、
ひいおじいちゃんが四人いて、ひいおばあちゃんが四人いて……

絵本の最後の1ページが折り畳んであり、それを開くと、大きな絵になり、
その少年の後ろに、数え切れないほどの先祖の顔がありました。

「このたくさんのご先祖様の一人でもいなかったら、この子はここにいないんだよ」

とても、いい授業でした。
たくさんの命によって生み出される一つの命、
その大切さがとてもよく伝わりました。大人の僕にも。

帰りに娘と話しました。
「食べたものの命も数えたら、すごくなるよ」、と僕。
「今日、朝、ベーコン食べたから、豚の命一つでしょ」
「今日はサカナリアンの日だから、夜に魚の命一つずつでしょ」
「一日、三つくらいの命たべるから……」
「待て、植物も命だから、それも数えると……」
僕たちは黙り、今ここに、生きてある神秘を思いました。

今、次作のため、第二次世界大戦のことをいろいろ調べています。

日本国憲法が生まれるためにも、多くの命が必要でした。
あの戦争で、2千万人のアジア人、310万人の日本人の命が犠牲となりました。

憲法9条は、僕の祖父を含む、その多くのなくなった方たちの永遠の墓標。
神聖なる墓標に、手を触れされるわけにはいきません。
靖国神社に参拝することでなく、
憲法を堅持することこそ、供養となるのです。

Love and Peace ^^v

| | Comments (1) | TrackBack (0)

ひとは変わるもの

今日もおいしい晩ごはんを食べました。
最近、ヘルシー志向なので、豚しゃぶ。
県内産トマト、無農薬レタス、その上に茹でた肉をのせます。
タレは、酢、しょう油、砂糖を混ぜ、ごま油をたらしたもの。

僕も娘も、ばくばく食べました。
ヘルシーごはんのいいところは、食後の満足感。
体がおいしいと言っているのを感じます。ほんとに。

そんなごはんの後、娘はため息をついて、言いました。
「ひとって、変わっちゃうねえ」
「なんで、そんなこと、いきなり言うの?」
「なんでもない……」

しばらくして、もう一回、訊いたら、娘が教えてくれました。
いつも一緒に学童で遊んでいた上級生が、
最近、冷たくなり、怖くなったそうです。

「ひとって、変わっちゃうねえ」、と僕。
「ね、パパもそう思うでしょ」

僕を愛して、去っていった女性たちのことを思い出しました。

「パパ、今日、クラスの係、決めたよ」
「あ、そう」
「何になったと思う?」
「またメダカ係?」
娘の表情がまた明るくなりました。
「なんと、学級委員!」

僕が初めて学級委員になったのも四年生のとき。
その時は、先生が選挙をやり直しました。
みんながふざけて票を入れたかもしれない、と言って。
再選挙の結果も、また当選。
それでも先生は、校長と相談するまで、無効としました。
翌日、ようやく僕は学級委員として任命されたのです。

立候補者が二人しかいなくて、じゃんけんで決めたとはいえ、
娘よ、パパに比べたら、なかなかやるな。

ひとはいいほうに変わることもあるんだぜ。
見ろ、パパを。
結婚してたころのパパと比べたら、
今のパパのほうが、いぐね?

いぐね?いぐね?

以上、しつこいところは、いまだ変わらず、これからも変わりそうもない店主でした。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ベジタリアンな夕べ

今日は、ベジタリアンの日。

先日、娘と「スーパーサイズ・ミー」という映画を見に行きました。
監督自ら、マクドナルドだけを1ヶ月食べ続けるドキュメンタリー。
その映画を見た夜、娘と決めたのです。
週に一日は、ベジタリアンの日にしようと。

実は、最近、娘が太ってきたのです。僕はもともと。
基本的に、僕たちは、肉食で、お菓子が大好き。
娘は、お腹の肉がつまめるようになったことを、この頃気にしています。
僕は、ルックスで女性の気をひこうとは思いませんが、
少しはやせないと、また健康診断で引っかかってしまいます。

個人的には、その映画監督の恋人が、気になっていました。
彼女の職業は、ベジタリアン・シェフ。
ボロボロになった彼の体を、愛情あふれるベジタリアン料理で解毒するのです。
彼女はまさに僕の理想のサラダのような女性。

さて、今日の朝ご飯は、かんぴょうののり巻き寿司。
昨夜実家で、寿司職人の父につくってもらったもの。

昼は、それぞれ、別に。
ベジタリアンランチはあきらめました。
娘は、小学校で給食。
僕は、ペペロンチーノのパスタに、トマト、アスパラベーコンのおかず。

そして、夕食。
キャベツのみそ汁、ジャガイモの煮っ転がし、有機栽培のレタスとトマト、
ビン入りなめたけ、たくあん、そして、さくらごはん。

肉がなくても、けっこうおいしいものが食べられることを初めて知りました。
娘も、文句を言わず、おいしいといって、残さず食べていました。

なんだか、食後、とても気分がいいのです。

シングルファーザー4年目、おいしいものはつくれるようになりました。
今年は、体にいいもの、体においしいものをつくることを目指します。

明後日、水曜日は、娘いわく、サカナリアンの日。
魚を食べる日です。

僕の祖母は、84才の今も、元気。
魚屋に生まれ、肉を初めて食べたのは、二十歳のとき。
戦争中の料理の話は何度も聞きました。
砂糖や米が宝石に見えた当時、
毎日、芋ばかり、わずかな調味料で、工夫して料理したそうです。
長い間、サカナリアンでベジタリアンだったのが、祖母の長寿の秘密なのでしょう。
今は肉好きな祖母、昨日はハンバーグを食べたいというので、
僕が絶品バーグを作ってあげました。

さて、今年も挑戦するキッチン。
僕がもっとも真剣になる場所。

校長先生、編集長、ごめんなさい <(_ _)>

ちゃんと、書きますから。
え、学校?そちらは、生徒ががんばってくれますから。

Love and Peace from Kitchen!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

介護の研究

このごろ、たいていの週末は、娘をつれ、実家に行き、
兄の世話をします。

兄はしゃべれず、知能は二歳くらい。
手をつながなくては歩けず、左手は動きません。
数年前から、トイレも一人で行けなくなりました。

平日の昼間、兄は学園に行きます。
障害者が通う施設で、卒業はありません。
兄はそこで仕事もしています。卵の殻を砕いて、肥料を作るのです。
学園が終わると、兄は両親の店の裏の部屋で過ごします。

週末は、学園が休みなので、
兄は店から少し離れた実家に祖母といます。
その祖母もだいぶ年をとってきたので、少し心配、
そこで僕たちの登場となるわけです。

僕は兄の食事や風呂や車の乗車などの世話が家族で一番上手。
兄の持てるわずかな力を最大限に引き出すのがテーマ。
転んでも僕がいるという安心感を与えるように、そっと手をそえるのがコツ。

僕は兄の世話を通して、
実は介護の研究をしているんです。
祖母、父、母、兄の四人を見送らなくてはなりませんから、その準備で。

介護とは、愛するひとの人生の最終楽章のタクトを振ること。
手は抜けません。

兄の世話で一番大変なのは、トイレ。
居間にあるオマルを使い、パンツの下げ上げもしてやるですが、
あまりに頻繁にトイレと騒ぐので、頭に来て、憎たらしくなることもあります。
実はこれ、しゃべれない兄の愛情表現、コミュニケーションなんです。
と、わかってはいるのですが、ついむかついてしまうのです。

兄といると、愛とはつくづく HERE & NOW なんだと思うんです。
いっさい打算はなく、今ここで、完結するもの。

さて、兄のトイレですが、最近、進歩がありました。
この前の日曜日、僕は心を鬼にして、兄にトイレトレーニングをしたのです。
それでパンツを自分で下ろすことだけは、できるようになりました。
これは大きな一歩で、なぜか兄のトイレの回数も激減。
僕は家族に、さすがセンセイ、と大いに感謝されました。
兄もみなにほめられ、ご満悦。

今日は、僕の特製ニンジンスープが効いたのか、
万年便秘の兄のうんちが出て、これも家族で喜びました。

兄ちゃん、また来週、一緒に遠足行こう。

それにしても、娘よ、いつも兄ちゃんのうんち見に来るのやめなさい。

Love & Peace^^v

| | Comments (3) | TrackBack (0)

お花見な午後

今日は、娘が、弁当持ちで、朝から花見に出かけました。
友達と、友達のお父さんと。

「パパ、一人じゃさみしいでしょ?」
「うっせー」
「さみしいんでしょ」
「どうぞ、ごゆっくり」

弁当は、娘に卵焼きとアスパラベーコンを作らせて、
あとは、僕が焼きそばをつくってあげました。

「パパ、遅くなってもいい?」
「いいよ、夕ご飯に帰ってくれば」
「じゃ、いってきまあす」
「どうぞ、ごゆっくり」

昼過ぎに、シングルママフレンドが来てくれました。
先日挫折したミシンのご指導に。
旅行のおみやげも持ってきてくれました。

時間があったので、お茶をして、近所の桜を歩いて見に行きました。
裏の川縁に桜の木が何本もあるのです。
五分咲きくらいでしたが、足下にはツクシがはえていました。
食いしん坊な僕は、花は見ないで、ツクシをとりまくりました。

うちに戻ると、早速、ツクシを料理。
頭とはかまをとって、湯がいて、きんぴら。
少し苦くて、春の味がしました。

食後のお茶を飲んでいると、電話が鳴りました。
娘から。
もう帰ってくる、と。
電話の後、すぐにピンポーン。

ったく……。
遅くなるって言っただろ。

娘も、シングルママフレンドから土産をもらい大喜び。
おかえしとして、娘にバイオリンを弾かせました。

シングルママフレンドが帰って、
まだ明るかったので、今度は、娘と花見。
川縁に、折り畳み椅子を持っていき、
桜の下で、菓子を食べながら、読書。
足下にはタンポポが咲き、川にはめずらしくカモが泳いでいました。

帰りに、また娘とツクシをとりまくりました。
きんぴらにして、実家に持っていくことにしました。

明日は、兄ちゃんと花見に行こうかな。

それにしても娘よ、パパは一人でも大丈夫だから、
友達と遅くまで遊んできてもいいよ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

今年のテーマ決定

いよいよ、新学期、また新しい一年が始まりました。
今年、僕は一年生のクラス担任、そして、生徒会の顧問となりました。
一気に仕事量が増えました。

去年は、責任のないポジションで、仕事も少なかったため、
芸術至上主義、家庭第一主義で、マイペースを貫けた僕ですが、
今年は、真価が問われそうです。

「いい加減がよい加減」で「がんばらないようにがんばる」ことができるか。

先日、歓迎会の席上で、英語科の主任が、一人ひとり紹介しました。
その時の言葉。

「このひとは、シングルファーザーですが、逆手にとって、しなやかに、したたかに。
 作家でもあり、小説を書いています。よかったら、本買ってあげてください。
 英語は、副業で教えているようです」

これを聞いた同僚は、大爆笑。

作家にとって、文体(スタイル)は命。
僕にとっては、ライフスタイルは命。

忙しくなり、責任が増えたときこそ、このスタイルを守ることが大事。

今朝、まだ咲かないチューリップに水をやり、
出勤の車の中では、ボレロを聞いていきました。
もちろん、最大音量で。
最近買った2枚目のボレロのCD、ロンドン交響楽団の演奏。
終盤でオーケストラメンバーが歓喜の叫び声を上げるという名盤。

ボレロは、今年の我が家のテーマ曲に決まりました。
たった2小節のドラムがリズムを絶え間なく刻み、19回も繰り返される同じメロディ。
小さな音で始まり、様々なソロ、徐々に楽器が重なっていき、大迫力のフィナーレ。

シングルファーザー1年目のテーマは、ルック・アップでした。
2年目は、ジャンプ。
3年目は、パッション。

そして、今年は……、「ボレる」です。

先日、参加した憲法・教育基本法改定反対集会で、
ボレロが流されている中、参加者がゾクゾクとやってきて、1万人が集まりました
その光景が忘れることができません。

この夏には、新作の長編小説の連載も始まります。

よし、娘よ、今年はボレっていこうぜ。
さあ、聞こえるか?

家事分担、家事分担、家事分担…………。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

新学期と雑巾

新学期がいよいよ始まりました。
娘は四年生、僕はシングルファーザー4年生となりました。

毎年、春は不安と緊張と少々の期待の入り交じる季節だったのですが、
もうこの頃では、慣れすぎてしまい、何も感じなくなってしまいました。

今日も一日が終わり、
二人で、じっくり煮込んだチキンクリームシチューを食べていると、
娘が言いました。
「パパ、明日、学校に雑巾2枚持ってくんだって」

そう、僕も明日、僕が担任することになる新入生たちに、
雑巾を持ってくるように言うことになっています。

「あ、そう。じゃ、今年は、パパが作ってみる」
「作れるの?」
と、娘は不安そう。
「まかせとけって」

いよいよ、僕のミシン・デビューの日がやってきたのです。
押入の奥から、娘の母親の嫁入り道具のミシンを出してきました。
説明書を見ながら、糸をセットしてみました。

僕は、ボタン付けも、ズボンのすそ上げもできるのですが、
ミシンは、上と下から、糸が出てくるとは知りませんでした。

僕がミシンのセットをしている間、
娘は生まれて初めて針と糸を持ち、布きれを縫い始めました。

ところが、説明書を何度読んでも、糸がセットできません。
いろいろ、試してみましたが、さっぱりダメ。
娘の寝る時間になってしまい、僕はついにあきらめました。

悔しい、とひさしぶりに感じました。

一方、娘はというと、生まれて初めての裁縫で、
へんてこな袋のようなものができあがり、大喜び。
充実感に満ちあふれた笑顔。
僕とは対照的でした。

さきほど、娘が風呂に入っている間に、雑巾を買いに行きました。
三軒目のコンビニでようやく見つけました。
2枚で、たった208円。
お金は、娘が自分の小遣いから出してくれました。

「ちくしょう……」
と、僕が言うと、娘が言いました。
「マイドン」
マイドンとは、ドンマイのこと。気にすんなよ、という意味。

本当に、悔しいのです。
これまで、家事も育児も、そこそここなしてきたつもりだったのに……
こんな簡単なことができないなんて。

僕は、小学校の家庭科の時間、ミシンを習っていたとき、
友達とふざけて遊んでいたことを思い出しました。

「パパ、リベンジ、リベンジ」

おうよ、娘よ、こんなことで負けちゃいられねえぜ。

明日出会う教え子たちよ、
ありがたく、雑巾は使わせていただくぜ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

靖国神社という「装置」

まだ、靖国神社のことが頭を離れません。
桜を見上げるたびに、素直になれない自分を感じるのです。

愛するものを守るため、命を捨てる……。

たしかに、その姿は、美しい。

祖国のために戦い命を落とした兵士たちは、
英霊として、神となり、美化され、ここにまつられる。

そして、首相が、英霊の前に頭を下げに来る。
「多くの尊い犠牲があって、今の平和な日本が存在する」と言って。

たしかに、その通りだが……。

僕は、靖国神社内の博物館内を歩きながら、
一歩ごとに恐怖を感じました。
お前も国のために死ね、と言われているようで。

靖国神社全体から僕が受けとったメッセージは、
「国のために命を投げ出したものは美しい」

しかし、僕は、愛するもののためには、墜ちてでも生きたい。

えてして、「お国のため」とは、「権力側のため」ということ。

権力側が、その野望を達成するために必要となるのは、
消耗品である兵士の人命。
靖国神社、それは兵士に人命を捧げさせるための権力側の「装置」。

だいたい、「お国のために命を投げ出せ」という側は、
絶対に、お国のために命を投げ出さなくてもいい側。

昨日の新聞に、自民党の改憲案が出ていました。
「自衛のために、自衛軍を保持する」
「自衛軍は国際の平和と安定に寄与する」

「自衛」のためでない戦争が今まであったでしょうか?
どんな侵略も、「自衛」をうたって始まるのです。
あの強いアメリカでさえ、自衛のために、イラクに攻め入ったのです。
ないものをある、と言ってまで。

「国際の平和と安定のため」、それ以外に戦争の理由はあるでしょうか?
中東に平和と安定もたらすために、アメリカは軍隊を送っているのです。
何万人もの民間人を殺してまで。

我が国も、アジアの国際平和と安定のために、軍を送ったのです。
二千万人ものアジア人を殺してまで。

幼い人間の集団は、腕力で、ものごとが決まります。
しかし、大人の集団になると、コトバで、ものごとが決まるようになります。
これを成長と言うのです。
この僕でさえ、娘に手をあげることをやめたくらいですから。
なのになぜ、愚かな大人たちは、人類の成長を逆行させようとするのでしょう。

僕の住む小さな田舎町でも、「九条の会」が立ち上がったようです。
僕もさらに一歩踏み出してみようと思います。

娘よ、戦争は、地震と違って、がんばれば止められるぜ。
また、デモにも、つきあっておくれ。

Love and Peace ^^v

| | Comments (2) | TrackBack (0)

靖国神社の桜

今日、生まれて初めて靖国神社に行ってきました。
一度、行ってみたかったのです。
フィリピンで戦死した僕の祖父も眠っているということですから。

桜が咲いていました。
そう言えば、東京の桜の開花宣言は、
ここの桜が基準木となっているそうです。

靖国神社内の資料館にも行きました。
娘は、ちょっと編集者さんにあずけて。

僕の要望で、編集者さんの小学生のお嬢さんにも来てもらっていました。
だから、娘はその新しい友達と、楽しそうに遊んでいました。
「パパ、いってらっしゃい。ごゆっくり」、と娘。

神風特攻隊員の両親宛の遺書が展示されていました。
これから、愛する祖国のため、天皇陛下のために命を捧げる、と。
そして、靖国神社に好物の餅を持って会いにきてほしい、とも。

「咲いて散るより、散って咲け」
まさに、桜のような武士道の精神。
「武士道とは、死ぬことと見つけたり……」
日本にこんなに桜の木が多いのは、
明治以降、その精神を育てるため、国策で植樹されからだそうです。

昨日は、戦史の専門家の先生に話を聞きました。
東京裁判の全資料を一週間五時間しか眠らず読んだというすごい方。

「当時、兵隊は、死ぬのが怖くなかったのか?」
「本当に天皇のために死ねたのか?」
「生きていたい、愛するひとと一緒にいたいと思わなかったのか?」
などと、僕は先生に2時間質問攻め。

そのとき、娘は、大人しく隣で春休みの宿題をしていました。感謝。

先生はやさしい言葉で答えてくれました。

多くの兵士は、本当は生きていたかったに決まっているし、死は怖かったはず。
愛するものと一緒にいたいのは、人間なら、今も昔も同じこと。
もちろん、そんなことは、とても口に出すことをできなかったけれど。
それとと同時に、当時の教育で、国のために死にたいという気持ちもあったのも事実。
生きたい自分も、死にたい自分も、どちらも本当の自分だった、と。

悲劇は、
本来の自分と作られた自分、
その矛盾した本当の二つの自分が心の中にいること。
そして、自らその身を引き裂かれていくこと。

帰り際、動物好きな娘が、馬と犬と鳩の彫像を見つけました。
人間以外に、動物も戦争に巻き込まれ、命を落としたのです。
娘は、動物を通して、彼女なりに戦争を実感したようです。

僕は桜を見ると悲しくなるようになってしまいました。

愛するものためには、生きよ。
墜ちてでも、生きよ。

Love and Peace


| | Comments (3) | TrackBack (0)

カリフォルニア・ドリーム

親友のマイケル君がカリフォルニアに帰ることになりました。
マイケル君とは、前の学校で机を並べ、一緒に英語を教えました。

マイケル君はカリフォルニア州オークランド出身。
60年代、反体制運動が盛んなことで知られたUCバークレー大学卒。
黒人と白人のハーフで、ラップのリズムで歩きます。
僕とはいいコンビで、娘とも仲良しで、
うちで何度もジロー鍋を囲みました。

マイケル君の故郷オークランドは、
オルタナティブカルチャーが盛んで、
女性議員バーバラ・リーさんを送り出したことでも有名です。
彼女は、あの9・11直後、米国議会でただ一人、報復戦争に反対したひと。
マイケル君は彼女のことをとても誇りにしていました。

僕の住む田舎街で、数十人の反戦集会とデモがあったときは、
マイケルと一緒に参加しました。
主催者は、ただ一人アメリカ人が参加していることに大いに感動。
急きょ、マイケル君は集会でのスピーチを頼まれ、
二人で特設ステージに立ちました。僕はいちおう通訳で。

シュプレヒコールはすべて日本語だったのですが、
マイケル君に主催者側が配慮して、英語のも入れてくれました。

NO WAR、NO WAR、NO WAR、NO WAR……

僕たちはプラカードも作っていきました。
僕のは「SHAME ON YOU,MR.BUSH」
マイケル君のは、その日本語訳、「恥を知れブッシュ」

それは、アカデミー賞授賞式で、「華氏911」で有名なムーア監督が言った言葉。
僕はそれにもう一言付け加えました。「&小泉」、と。
そのプラカードは、今もうちのベランダのガラス窓に貼ってあります。

マイケル君よ、同志マイケル君よ、
僕たちのたたかいはまだ終わってないぜ。

Love&Peaceは僕たちの夢、
僕は日本でがんばるから、
マイケル君はカリフォルニア・ドリームをかなえくれよ。

GOOD LUCK!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

春眠

今朝、僕たちはめずらしく、早起き。
いよいよ発表会の朝を迎えたのです。
といっても、八時半ですが。
娘はパジャマのまま、朝練。
何度かつっかかり、不安を残しながら、うちを出ました。

で、発表会は……
ま、あんなものでしょう。
発表会は、到達点を見せる場ですから。

娘よ、お疲れさん。
パパは、あんなプレッシャー耐えられないぜ。

午前中に娘の出番は終わったので、
僕たちは会場を抜け出しました。

昼食は、ハンバーグを食べに行きました。
発表会の日は、牛肉100%炭火焼、中が赤いハンバーグと決まっているのです。

それから、レストランの隣の家具屋に何となく立ち寄りました。
三年前、シングルファーザーデビューしたてで、不安いっぱいだったころ、
娘の小学校入学を控え、勉強机を買った店。
あの春の緊張感を懐かしく思い出しました。
僕たちは何を買うわけでもなく、いろんなソファに座り、
いつかは暮らすであろうマイホームに思いを馳せました。

それにしても、絶対たくさん勉強するからこの机買って、と言った娘よ、
今じゃ、その机、物置場になってるぜ。

そのあと、通りかかったキャンピングカーショップにも寄りました。
僕たちはいくつもの憧れの車に乗り込みました。
マイホームより、こちらのほうが僕たちのライフスタイルにあっているような気がしました。

そして、おやつにドーナツを買い、娘はこづかいでマンガを買い、
湖にしては小さい、いつもの大池のほとりへ。

菜の花が増えていました。
春に黄色は本当によくあいます。

僕たちはうちの軽キャンピングカーの中で寝転びました。
娘はマンガ、僕は本を読みました。
ようやく発表会の緊張から解放されリラックス。

僕はいつしか春の陽気の中で眠ってしまいました。
Zzzzzz

娘よ、口に出して言わないけど、よくがんばってると思うヨ。
明日は小説の仕事で東京、悪いけどつきあっておくれ。
キーホルダー、買ってやるからさ。

Love & Peace^^v

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ステージパパ

ついに、明日は、娘のバイオリンの発表会。
今回は、ラッキーなことに、僕は弾かなくてもいいのです。
ステージに立つのは娘だけ。
娘は、いつもの「パパ、ずるい」を連発。

今度の曲はなかなかの難曲。
もちろん、僕たちにとっては、ですが。

ここ数週間、僕はあまりバイオリンを弾いていません。
なぜかというと、娘のマネージャーに徹しているからです。
娘の演奏を聴き、いろいろコメントをしたり、
すぐ「なまけ虫」に負ける娘のために、害虫を駆除したりするのです。

一緒にバイオリンを始めてよかったことは、
娘がどこでどう苦労しているかが、よくわかること。
娘は、ようやく、僕のコメントを素直に聞くようになりました。

僕がマネージャー業に徹するようになってからというもの、
娘との差が、大きく開いてしまいました。

たまに、僕が弾くと、娘はうれしそうに聴いています。
そして、バシバシと、辛口のコメント。

ったく……。

「パパ、もう負けを認めたら?」

ったく……。

今まで、さんざん、娘に「練習しろ」と言い続けてきたのですが、
もう、今日は言わないことにしました。

娘は、そうとうプレッシャーを感じているようです。
練習して、つっかかるたびに、不安が増すようです。

娘の母親が選んだ衣装も、さきほど借りてきました。

娘よ、あとは一人で行くしかないのだよ。
がんばれ、パパは負けを認めたよ。

Good Luck!

しかし、発表会が終わったら、またライバルだぜ。
今度は、負けないぜ。

Love and Peace ^^v


| | Comments (0) | TrackBack (0)

春の一日

昨日は、朝からプール掃除。
僕は水泳部監督なので、プール管理人でもあるのです。
娘は、なぜかプール掃除を楽しみにしていたので、連れていきました。
半ズボンとサンダルをはき、デッキブラシでゴシゴシ。
風が吹いていて、水が冷たく、足が痛いほどでしたが、
娘は、女子部員たちとはしゃぎながら、プール掃除を楽しんでいました。
なんとか、昼頃、終了。

その後、娘と実家に行きました。
84才の祖母と、障害者の兄に会うために。
娘は、本当はうちでのんびりしたいのですが、
僕が一日でも多く祖母と兄に会っておきたいと言ったら、
この頃は、こころよく、つきあってくれるようになりました。

祖母の健康を確認して、兄を遠足に連れ出しました。
飲み物とお菓子を買って、いつもの池のほとりに、車を停め、
水鳥と、一斉に咲き出した菜の花を眺めながら、おやつ。

僕は兄にカフェオレを飲ませ、大好物のどら焼きを食べさせました。
娘は、軽キャンピングカーの中で、ゴロゴロしながら、マンガを読んでいました。
カーステレオからは、ラベルの「亡き王女のためのパヴァーム」がリピート。

両親は、小さいながらもなんとか店を営み、
祖母も兄も、まだまだ元気で、
娘は、いつも明るく、どこに連れていっても困らせず、
そして、僕は、遠くのひとを思っている。

このとき、突然、幸福感にとらわれました。
今まで生きてきて、この瞬間が、一番幸福なような気がしました。

春、まちがいなく春。

Love and Peace

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2005 | Main | May 2005 »