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クレッシェンド!ボレロのように

ずっと見たくて、見れなかった映画がありました。
「十二人の怒れる男たち」
先日、たまたま、古本屋でその戯曲が売られていました。
300円、即、買い。即、読み。

陪審員12人で、黒人少年が容疑者の殺人事件について審議しています。
全員一致しなければ、評決はでないというルール。
採決をとると、10人が有罪、1人が無罪。
場面は、一つの部屋だけ、そこで議論が続きます。

有罪に手を上げた男たちの中には、
早く切り上げて、ナイターにいきたい者、
人種的偏見から少年が犯人と思いこんだ者、
なんとなく有罪に手をあげてしまった者、など。

一人の男は、ちょっとした疑問にこだわりました。
彼が、有罪に手を上げさえすれば、議論は終わり、皆帰ることができる。
そして、少年は、死刑になる。
しかし、彼は、あきらめません。
一人の命が簡単に扱われることを、拒み続けるのです。

やがて、次々と、証拠に矛盾が生まれてきます。
再度採決をとると、有罪無罪が、9対2,さらに議論を続け、採決をとると6対6に。
いったんは、7対5になり、また有罪に一人増えます。
さらに議論が進み、次々と矛盾が出てきて、1対10にまで、無罪が増えます。
最後まで人種的偏見にとらわれていた一人は、
ついにエンディングで無罪に手を上げ、少年は無罪となるのです。

これは、テレビドラマや劇や映画にもなった物語ですが、
戯曲を読むだけでも、スリリングで、いいです。
とにかく、よいです。

これを読んだときから、僕の頭の中で、
ボレロが、エンドレスに流れています。

とても小さな音で始まるメインテーマ、その後に続く哀愁のサブテーマ、
小太鼓が、たった2小節の、リズムを刻み続けます。
メインテーマとサブテーマが繰り返されること、19回。
様々な楽器のソロが奏でられ、徐々に使われる楽器が増えていきます。
そして、同じリズム、同じメロディーが、重奏され、最後は全楽器がクレッシェンド!

(注 クレッシェンド だんだん大きくなること)

最近、娘とボレロにはまっているんです。
「パパ、ボレようよ」
「いいね、ボレるとしよう」
と、一日に、数回ボレっています。

同じことを言いつづけること。
決して、あきらめずに。
やがて、同志が増えていく。
そして、クレッシェンド!
世界が変わり出す。

僕は何度でも言いつづけます。

Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.
Love and Peace.

娘よ、後で、またボレようぜ。

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「スーパーサイズ・ミー」

でっかいことは、いいことだ。
たとえ世界で一番でっかくなっても、
でっかくなり続けることをやめない。
いったい、どこまで続くのか……

何にでも、適正サイズがあります。
もし、身の丈以上に大きくなろうとすれば、
必ず、犠牲をともないます。
たとえば、他国を侵略したり、弱者を搾取したり、
または、自分を犠牲にしたり……

S、M、L、そして、もっとでっかいのは、スーパーサイズ。

昨日、娘と映画を2本はしごしました。
そのうちの一本が、「スーパーサイズ・ミー」
映画監督が、自ら実験台になり、1ヶ月毎日3食、
マクドナルドのものだけを口にするのを記録した映画。

監督は、おいしそうに、ビッグマックをほおばり、
スーパーサイズのポテト、スーパーサイズのドリンクも貪ります。
夕食前の僕たちのおなかは鳴りそうでした。

しかし、監督は、健康を害していきます。
体重は、11キロも増えました。
気分は沈む。しかし、マックを食べるとハイに。
あらゆる数値が悪化。
医者は、「命があぶない、すぐ実験をやめなさい」と忠告。

字幕に、医学用語が多くて、娘は苦労したようですが、
マクドナルドの恐ろしさだけは、伝わったようです。

他国の犠牲にもとに、世界一裕福なアメリカ、
さらに裕福になることをあきらめない、世界一貪欲なアメリカ。
その貪欲こそ、精神の贅肉。

いまや、60%のアメリカ人が過体重か肥満。
映画には、スーパーサイズに太った人がたくさん出ていました。

超高カロリーのファースト・フードは、その大きな原因。
貧しい人ほど、安いファーストフードに走り、それゆえ肥満していく皮肉。

では、なぜファーストフードが、野放しにされているか?
それは、儲かるから。
ロビイストと呼ばれる人たちが、企業に金をもらい、政治家に圧力をかけているから。

今や、マクドナルドは、6大陸に、100ヶ国以上3万店以上。
世界制覇寸前。

「どうよ、パパがマック禁止してた理由がわかった?」
「はいはい」
「マック、まだ、行きたい?」
「どうせ、連れてってくれないでしょ」
正解。

肉食の僕たちですが、
話し合いの結果、
月曜はベジタリアンの日、水曜は魚の日、ということになりました。

娘よ、ハッピーセットの、おまけに惑わされるなよ。

世界制覇を目論むマックに対抗して、イタリアで始まったスローフード運動、
スローフーダーになることは、おいしいものを食べて、社会を変えること。

いぐね?

今年こそ、スローフーダー宣言!
キッチンから、世界を変えていくぜ。

以上、空気を吸っても太る店主でした。

Love, peace and slow food!


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犬好きな娘

娘には夢があります。
それは、犬を飼うこと。
娘は、たくさんの犬の種類を知っています。
好きな犬は、ボルゾイ、トイ・プードル、アメリカン・コッカースパニエル、ゴールデン・レトリバー……
だそうです。

しかし、うちはアパートなので、ペット禁止。

そこで、今日は、「いぬのえいが」というのを見に行きました。
様々な犬が出てきて、娘は大喜び。
ストーリーも、笑いあり、涙ありで、けっこう楽しめました。

娘は、僕のことをずるいと、いつも言います。
それは、僕が子どものころ、実家で犬を飼っていたからです。

自分より小さかった犬、
どんどん大きくなって、
自分より早く年老いて、
自分より先に死んでしまう……。

そんなストーリーに、少し涙が出ました。
そして、僕が飼っていた真っ黒な雑種犬クロのことを思い出しました。
番犬用にもらわれてきたクロ。
しかし、人間が大好きで、誰にでもなつき、母に役立たずと言われたクロ。
僕とはいつもプロレスごっこをして遊んだクロ。
僕が夜遊びで朝方帰ってきても、吠えまくって出迎えてくれたクロ。

クロは、一年六ヶ月の寿命でした。
人間を愛しつくした短い一生でした。

僕は十日以上泣き続けました。
そして、「この世には、愛と別れしかない」と絶望しました。
二度と、犬は飼うまいとも、心に決めました。

涙もかれた頃、僕は思いました。
「この世に愛と別れしかないのなら、別れまで愛しつくしかない」、と。
それが、クロが短い一生で僕に教えてくれたことだったのです。

クロよ、今頃、夜空を弾丸のように走りまくっているのだろ。
クロは黒いから、暗くて、見えないだけだよな。

娘よ、このアパート引っ越したら、犬飼おうぜ。

Peace ^^v


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新自由主義と憲法、そしてドラえもん

最近、「新自由主義」という言葉をよく耳にします。
簡単に言えば、もっと自由に金儲けさせろ、ということ。

「みんなにやさしい政府」
これこそ、金儲けの最大の障害。
これからは、「強者だけにやさしい政府」にすべき。
さらに強者に有利なルール作り、「規制緩和」
弱者の敗因はすべて、「自己責任」

弱者に税金を使うなんて、無駄無駄。
効率最優先で、どんどん「民営化」、行政を「スリム化」
そのかわり、たとえば、赤字必至な田舎空港などを作る。

権力側は、今、必死なんです。
自分たちだけ、生き残ろうと。

教育も、もちろん、「新自由主義」で。
「すべて、等しく」なんて、もってのほか。
子どもも教師も徹底的に競わせ、
極少数のエリートを育て、「権力の犬」に調教、
その他大勢は、愛国心を叩き込み、従順に調教。
前者を「勝ち組」、後者を「負け組」と呼ぶ。

今、世界では、
ジャイアン・ブッシュが権力を握り、
スネ夫・小泉は、嫌われまいと必死。
「ジャイアン、何でも言うこときくよ。憲法変えて、戦争も手伝うからさ」

僕たちは、選択を迫られています。
のび太になるか、ただし、ドラえもんはなし、
または平和と文化の象徴、しずかちゃんになるか……

自由は尊いもの、
しかし、強者がさらに強くなるため弱者をいじめる「新自由主義」的自由は規制されています。
何によってか?
それは、誰もが幸せになれる「生存権」を保障する日本国憲法によって、です。
そう、憲法は、僕たちが権力側を規制する、伝家の宝刀。

あ、そうだ、日本国憲法こそ、
戦争と弱いものいじめを許さない「ドラえもん」じゃん。
となると、教育基本法は、ドラミちゃんじゃん。

ドラえも〜ん、ジャイアンとスネ夫が……

Love & Peace^^v

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付与の社会、狭窄の傾向

先日、東京で、文学仲間の集まりに行ったときのこと、
ま、仲間といっても、先輩ばかりですが。
そこで、ある尊敬する女性作家が言っていました。

「最近の若手作家には『狭窄の傾向』がある」、と。

きょうさく???

さらに、続けて、

「それは、社会を『付与』のものと見ているからではないか」、とも。

ふよ???

うちに、帰り、辞書で二つの言葉を調べて、ようやくわかりました。
狭窄とは、「せまく、すぼまっている」ことで、
付与とは、「授け与える」こと。

つまり、社会を「付与」のものととらえている。
だから、社会は、授け与えられたもので、変えることはできない。
それゆえ、狭窄の傾向、狭い世界に生きることになり、
その目が、社会に向かず、セックス、ドラッグ、自傷行為などに向いていく。

これほど、権力側にとって、望ましいことはないでしょう。
こんな文学は、商業誌によって、どんどん奨励されるはず。

付与の社会、狭窄の傾向は、
なにも文学の世界にだけ、見られることではありません。
僕が働く学校でも、僕が暮らすこの街でも、見られます。

権力側が最もおそれることは、
社会を変えられること。
そして、社会を変えるもっとも有効な手段は、
ペンの力、つまりコトバの力。

そのペンが、社会を付与のものとして、狭窄の傾向に陥っているならば、
もうこれで、権力側は、しばらく安泰でしょう。

しかし、たたかう作家は、たくさんいます。
たたかう表現者たちも、たくさんいます。

そして、たたかうシングルファーザーもここにいます。
料理をしながら、ベランダの植物の世話をしながら、
このキッチンで娘と向きあいながら、
暇さえあれば、パソコンを膝の上に置き、たたかいます。

娘よ、ペンは剣よりも強し。
さ、鉛筆を持って、春休みの宿題早く終わらせろよ。

The Pen is mightier than the sword.

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Love & Peace in Tokyo

今日は、僕と娘は、めずらしく早起きして、
バスに乗り、高速道路を飛ばして、東京に行きました。

実は、シングルファーザーデビューしてからというもの、
うちの外より、うちの中が楽しくなってきて、
あんなに夢中になっていた社会運動は、さぼっていました。

しかし……、

「百人に一人、エリートが育てばいい」
「お国のために命を投げ出させるために教育基本法を変える」

なんて、言い出すヤツらが出てきたので、
うちの中にばかりいるわけには、いかなくなってきました。

そこで、上京することにしました。
全国から、教職員が東京に集まり、大きな集会を開くというのです。
憲法と教育基本法を変えさせないための集会。

今日は、ザ・ニュースペーパー(最高!)のコントも見ることができました。
その中で……、

先生「お前は、算数嫌いだよな」
生徒「はい、大嫌いです」
先生「そっか、じゃ、運動場で遊んできていいよ」
生徒「いいの、やったー、やったー」

これは、教育基本法が変わり、「すべて、ひとしく」教える必要がなくなったから。
そりゃ、娘は算数が嫌いで苦手ですが、ちゃんと教えて欲しいものです。

娘は、マンガと菓子とDVDで、バス移動と集会の間、なんとか暇をつぶしました。
帰りには、高速道路のサービスエリアで、約束のキーホルダーを買ってあげました。

娘は、一万人もの人が集まったのを初めて見て、驚いたようです。

「パパ、あのひとたち、みんな戦争反対?」
「反対に決まってるじゃん」
「他にも、反対のひといる?」
「いるに決まってるじゃん」
「賛成と反対、どっちが多い?」
「反対に決まってるじゃん」

娘よ、地震や台風は止められないけど、
戦争は、止められるに決まってるじゃん。

Give Peace a Chance!

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ネアンデルタール人のやさしさ

4万年前のネアンデルタール人の骨が
洞窟の中で数体発見されたそうです。

詳しく調べると、そのうちの一体は、右手がなくて、
それを埋め合わせるかのように、右の歯がすり減っていたそうです。
そのネアンデルタール人男性の推定年齢は、40才。
当時としては、かなりの高齢。

そのころは、もちろん、文明などはなく、
ひとびとは、常に危険にさらされて、生活していたはず。
食料を入れることも、大変だったでしょう。
毎日が、生きのびるだけで、精一杯だったことは間違いありません。

しかし、そんな状況にあっても、
ネアンデルタール人は、障害を持ったその男性を見捨てず、
みんなで面倒を見たのでしょう。
貴重な肉なども分け与えたのでしょう。
だからこそ、その男性は、高齢まで生きることができたのです。

本来、人類には、こんなやさしさがそなわっているのです。
4万年も前から。おそらく、もっと前から。

人類は、ときに後退しているようにも見えますが、
確実に進歩しています。

きっと、このやさしさが、いつか全世界に広がるはずです。
強者は弱者を助ける、こんな簡単なことが、できないはずがありません。

ちなみに、この人骨が発見されたのは、シャイダール洞窟。
それは、イラクにあります。

Love and Peace ^^v

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キャンピングの旅を終えて

無事に、海辺に停めたマイ軽キャンピングカーの中で、
寝袋にくるまり、一夜を明かすことができました。
思ったより寝心地がよく、今朝は十時近くまで、僕たちは眠っていました。
昨夜遅くまで、DVDを見ていたのがたたったのです。
でも、いい映画でした。「パピヨンのおくりもの」

車中で朝食をとり、早速、近くの温泉へ。
休憩所で待ち合わせることにして、それぞれ男湯女湯に入りました。
オーシャンビューの露天風呂。
僕たちは、いきなり朝寝朝湯を満喫できました。

午後は、湖でボートに乗りました。
湖の真ん中まで僕が漕ぎ、
帰りは娘に漕いでもらいました。
娘は生まれて初めてのボート漕ぎ。
僕がナビをして、なんとか陸に生還。
娘よ、なかなかやるな。

芸術至上主義が家訓の僕たちは、
美術館にも行きました。
抽象画と裸婦が多く、つくづく芸術の奥深さを知りました。
娘は、「わけわからん」を連発していました。
娘よ、パパにもわかるわけないだろ。
しかし、芸術は、わからなくても、感じればいいんだぜ。

帰りは、僕が運転している間、
娘は後ろでまた寝袋に入ってスヤスヤ。
娘よ、そりゃフェアじゃないぜ。
しかし、寝る子は育つか……

今、土産を届けに、実家に来て、布団の中。
眠さとたたかいながらケータイで更新中。

娘よ、今頃、目がさえてもパパは知らないよ。
グッナイ、また明日。

Peace^^v

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キャンピングカーで

いよいよ今日から春休み。
僕と娘は、念願のキャンピングカーの旅へ。
しかし、娘が起きたのは昼近く。
うちを出るのが、午後2時になってしまいました。

行き先は、車で3時間くらいの、海沿いの温泉地。
このリゾートは、思い出が詰まりすぎた街。
大学を出て、初めて教壇に立ったのが、この地。
結婚をして、娘が生まれたのも、ここ。

娘は、ここに住んだ記憶はないのですが、自分が生まれたこの街が大好き。
つい最近も、母親とドライブに来たそうです。

大学生のころ、ガールフレンドと、一泊旅行に来たこともあります。
その彼女と別れたのも、この地。

峠道を登りきり、下っていくと、夕暮れの海が遠くに見えてきました。
僕はすっかり言葉少なにハンドルを握っていました。
娘がいろいろ話しかけてきても、上の空。
「パパ、話、聞いてるの?」
と、何度か言われてしまいました。

娘よ、人生とは、思い出が蓄積して物語となった時間の総決算なのだ。
そのうち、この沈黙の意味がわかるだろう。

僕たちのキャンピングカーは、
ホンダのバモスというワンボックス型の軽自動車。
後ろのシートを倒し、フルフラットになったところに、カーペットを敷いただけ。
今夜は、ここで寝袋にくるまって眠るのです。
海岸端に、さきほど道の駅を見つけました。
そこが、オーシャンビューの今夜の宿。

二人で、車の中で、夜を過ごすのは、
少し、心細いような気がします。
というわけで、今、僕たちはインターネットカフェで時間をつぶしているのです。

さ、娘よ、一時間経ったぜ。
追加料金とられないうちに、勇気を出して、宿に行こうぜ。

Peace ・・)v


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夜更かしのキッチン

明日から、いよいよ、春休み。

これで、僕たち親子は、好きなだけ夜更かしができます。
といっても、いつも夜更かししてますが。

そういえば、娘は平日でも、11時前に寝ることはほとんどありません。
学校で眠くなることはないというので、放ってありますが。

今夜の夕食は、カレー。
この前のカレーは、生まれて初めて娘がすべて一人でつくってくれました。
しかし、味は、いまいち……。
そこで、今日は、娘のリクエストもあり、僕がカレーをつくったのです。
タマネギをじっくり炒め、スパイスも、コンソメも、マーマレードも入れました。
とてもおいしくできました。

食後は、娘がクッキーづくりに挑戦。
雑誌の付録のクッキーづくりセットがあったのです。
娘は、時折、僕に命令して手伝わせながら、一人でつくりました。

しかし、これも……、
こんなにまずいクッキー、僕たちは初めて食べました。
残念ながら、少しだけ食べて、ゴミ箱行き。

今日は、夜更かしの日、
口直しに、僕がちゃんとしたクッキーをつくることに。

クッキーづくりの合間に、
僕たちは、ちゃんとバイオリンの練習もしました。

さ、娘よ、そろそろクッキーが焼き上がるぜ。
パパに負けても、落ち込むなよ。
また、いろいろ、つくっておくれ。

Peace ^^v


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三十代妻子ありバリバリ男たちの憂鬱

先日の飲み会で、
僕は、三十代妻子持ちのセンセイたちと語りました。
彼らは、バリバリの働き盛り、職場の中心的存在。
サービス残業も休日出勤も、嫌な顔をせず、こなします。

僕も、三年前は、そうだったのですが……。

その中の一人のセンセイは、手品が得意。
僕にも教えてくれました。
彼は、子どもを喜ばせたい一心で手品を練習したといいます。

彼らは、みな、子どもに好かれようと必死。
子どもと接する時間は、朝と夜あわせても一時間弱。
その短い時間に、いかに子どもを喜ばすか、毎日が勝負だそうです。

彼らはどんな父親か、共通して言えることは、
デレデレパパであること。
いつも子どもと接する時間が少ないことに罪悪感を持っていて、
そのため、子どもの前に行くと、デレデレになってしまうそうです。

子どもを叱るには、フォローする時間も必要。
叱りっぱなしでは、ダメ。
彼らは、教師ですから、経験的にそのことを知っているのでしょう。
だから、叱るのは、もっぱらママたちの役目だそうです。

そんなバリバリセンセイの妻たちは子どもたちとベッタリで、
バリバリセンセイたちは、子どもにたちヤキモチを妬き、さみしそう。

三十代妻子ありのバリバリセンセイたちにも、いろいろ悩みはあるようです。

え、いい加減がよい加減センセイの僕はどうかって?

そういえば、ここのところ、悩んだことないなあ。

Peace ^^v

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愛と民主主義

人間がもっとも恐れるものの一つは、
孤独なのではないでしょうか。
僕がそうでしたから。

孤独とは、一人でいることではなく、愛が感じられない状態。

孤独に陥いると、
ひとは簡単に自由を捨て、
誰かを支配するか、誰かに服従することで、
孤独から逃走します。
こうして、愛情不足がファシズムを産んでいくのでしょう。
天皇に服従させ、国民を支配しようとする「愛国心」は、愛の対極にあるもの。

支配・服従は、多くの場合、暴力をともないます。
暴力は連鎖し、国家レベルに拡大されると、戦争につながります。

二十世紀は、あれだけの血が流されて、
ファシズムが民主主義に倒されました。
民主主義を守ることこそ、
その血を無駄にしないことだと思います。

愛の不在が、ファシズムを生んだのなら、
愛こそが、民主主義を産み、育てるのです。

誰かをきちんと愛すると、
愛されたそのひとは、
自分を大切に思い、他人も大切に思うようになる。
愛とは、そのように相手を同じ人間として尊重すること。
そこに、支配も服従もありません。

民主主義は、一人ひとりが大切にされる社会を目差すこと。
それは、強者が弱者を助ければ簡単なことなんです。
どんな強い人でも、いつかは必ず老いて弱るのですから、
弱者に手を貸し、自分もいつかは手を貸してもらうのは、フェアで自然なこと。
まずは、身近なひとをきちんと愛することから始めようと思います。

今日で、あれから二年が経ちました。
ブルガリアが撤兵を決め、派兵国の過半数が、イラクを去ることになりました。
一日も早くイラクに平和がおとずれますように。

Love and Peace^^v

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菜の花畑

最近、おばあちゃんの体調がよくありません。
足がむくんだり、すぐに息切れしたり、
ちょくちょく通院もしているそうです。
84才ですから、いろいろ悪いところが出てくるのもしかたがないのでしょう。
医師には、安静にしているよう言われたそうです。

今日は、娘が母親のところなので、
僕はひとりで実家に行くことにしました。
兄は夜まで施設、両親は店、
おばあちゃんはひとりで留守番、心配になったのです。

実家に着くと、おばあちゃんはうちのまわりを掃除していました。
体調をきくと、今日はいいようでした。

僕は、お昼を食べにいこうと、誘いました。
おばあちゃんがずっと行きたがっていた蕎麦屋に。
おばあちゃんはおめかししました。お洒落なんです。
昼しか営業しない、幻の手打ち蕎麦の店、
いい値段でしたか、美味でした。

蕎麦を食べながら、おばあちゃんの昔の話を聞きました。
大きな魚屋に生まれたおばあちゃん、よく手伝いをしたそうです。
初めてデパートに行って、帰りの汽車賃までつかってしまった話、
子守してくれた「ねえやあ」が遠くに嫁ぐことになり、泣いた話、
父親にひどく叱られ家出した話、
座敷奉公に行き、毎晩さみしくて泣いた話……

何度も聞いた話ばかりですが、大笑いして聞きました。

食後は、菜の花を見に行きました。
おばあちゃんとゆっくり展望台に上り、見下ろすと、
運動場の数倍はある、一面の菜の花畑。

また、春がやってきたのです。

帰りの車の中で、戦争の頃の話もたくさんしてくれました。
あの八月十五日、これであのひとが帰ってくると喜んだ話、
一年も経って戦死がわかった話、
二人の兄も戦死した話、
死んだひとたちが、まっすぐで、要領が悪かったという話……

うちに帰り、僕はいろいろ家事を手伝うつもりだったのですが、
ちょっと本を読んだら、眠ってしまいました。

目が覚めると、鯖の味噌煮ができあがっていました。

おばあちゃん、明日こそ、家事をやってやるから。
何かおいしいものもつくってやるからさ。

それにしても、鯖の味噌煮、あいかわらず絶品でした。

Peace^^v

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一年が終わり……

予想外だった突然の転勤から一年が経ちました。

初日の自己紹介では、いきなりカミングアウト。

「僕はシングルファーザーですから、
突然休んだり、突然帰ったりすることも、
頼まれた仕事を断ることも、たびたびありますが……
どうぞよろしくお願いします」

この一年、サービス残業はほとんどやらず、
休日出勤も断りまくり、
参観日のたびに、早退、
娘が寝込めば、日に何度もうちと職場を往復、
と、家庭史上主義を貫きました。

僕は嫌われてもいいと思っていました。
陰口を言われてもかまわないつもりでした。

まわりにあわせるつもりは一切なく、
まわりにあわせてもらおうと思っていました。

サービス残業を厭わない熱心で真面目な先生方が多かったので、
孤立は覚悟していました。

慣れないことが多い一年で、
いつしか、慣れないことに慣れました。

幸い、転勤したてて、さほど大きな責任のある仕事はなく、
勤務時間内に、給料分の仕事は、なんとかこなせたと思います。
たぶん……。

今思うと、僕はだいぶツッパッていたようです。
肩に力が入りすぎていました。

まわりの先生方は、とてもよくしてくれました。
生徒たちも、参観会には、こころよく送り出してくれました。
娘が寝込めば、先生方も生徒たちも、心配してくれました。

渡る世間に鬼はなし、とは言ったものです。

今日は、一年の終わりのご苦労さん会。
おいしい鉄板焼きを、何人かの同僚と食べに行きました。
娘は、母親のところに泊まりに行ったので、
ひさしぶりに、大人だけの楽しいひとときを過ごせました。

とにかく、感謝の気持ちは、忘れないようにしようと思います。

娘よ、あんたにも実は、感謝してるぜ。
パパは、この一年、退屈しなかったよ。

さ、来年も、自分以上でも以下でもなく、等身大で、

いい加減がよい加減、
がんばらないように、がんばるぜ。

Peace ^^v

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通信簿

今日は、娘の小学校三年生の最後の日。
シングルファーザー三年目も、無事に終わることができました。

通信簿も、もらってきました。
よかったのは、音楽と図工。
うちの家訓は「芸術至上主義」、満足です。

三年間、親子で、毎日、日記をつけてきたせいか、
国語も、まあまあでした。

算数はあいかわらず苦手なようですが、
僕もいまだに数字が苦手なので、遺伝したのでしょう。
あきらめます。

大切なのは、数字に強いひとと仲良くする社交術。
これなら、僕が仕込むことができます。

この三年間、もっとも助かったのは、「学童保育所」です。
「学童」がなかったら、僕たちの生活は成り立ちませんでした。

毎日、6時まで、面倒を見てくれ、
平日の代休や長期休暇中は、朝からあずかってくれました。

娘は、どんな寒い日でも、迎えにいくと外で遊んでいました。
同級生だけでなく、上級生や下級生とも遊び、人間関係も学んだようです。
テレビゲームとは無縁で、よく遊び、よく学ぶ場。

これで、月5千円、安すぎです。
コーチ(指導員の呼び名)たち、ありがとう!

今日は、雨、学童に迎えに行くと、
娘はめずらしく中で、上級生と将棋をさしていました。
一年ほど前に、僕が教えたのです。
ちょうど終わるところで、なんと娘が勝ちました。
娘はしばらく放心状態。
生まれて初めて将棋で勝ったのです。
まさに、歴史的瞬間でした。
「三年生の最後に日に、初めて勝ててよかった」、と娘。

夜は、組合の仲間に誘われて、ボーリングに行きました。
娘にとって生まれて初めてのボーリング。
またしても、歴史的瞬間。
僕が生まれて初めてやったときより、いいスコアでした。
娘は、これからボーリングを趣味にすると言っていました。

思えば、シングルファーザーデビューする前、
僕の頭の中には、不安しかありませんでした。
しかし、今は、不安はまったくなく、期待しかありません。
シングルファーザー4年目も、数え切れない歴史的瞬間があるのでしょう。
今から、楽しみです。

さて、シングルファーザー3年生の僕の通信簿は?

いいか悪いかは別にして、大満足です。

どこまでも、脳天気な店主でした。

Peace ^^v


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初めてのサッカー観戦

今日、同僚から、突然、サッカーのチケットをもらいました。
そこで、早速、生まれて初めて、サッカーの試合を見に行くことにしました。
早めに学童に迎えに行き、そのことを告げると、娘は大喜び。

実は、僕の実家のある街は、Jリーグのチームがあるのです。
いつかはゲームを見たいと思っていたのですが、今日ついにその夢が叶いました。

今日は、クラブチームの世界大会のアジア予選、
我らが地元チームは、ホームグランドに、
抜群の攻撃力を誇るベトナムリーグチャンピオンチームを迎えました。

ベトナムは、行ったことないのですが、僕はなぜか親近感を持っている国。

「パパ、どっち応援するの?」
「ベトナムかな」
「バカじゃん、そんなの変だよ」

スタジアムは、ものすごい盛り上がりようでした。
噂には聞いていたのですが、サポーターたちの熱い気持ちが伝わってきました。
僕のホームタウンに、こんな熱い場所があったとは……。

反対側のベトナムサポーターたちは、ほんの数人。
赤地に黄色い星のベトナムの旗が一枚だけなびいていました。

ゲームが始まってみると、ベトナムチームはいきなり苦戦。
前半で、2点もとられてしまいました。
娘は、大喜び。
「パパ、日本強いね。ここまた来ようよ」

後半も、ベトナムはさらに苦戦。
さらに点をとられてしまいました。
最近、地元チームは、Jリーグで低迷していただけに、
サポーターたちの盛り上がりは、最高潮に達していたようです。

そんな中、僕は、一人で、すっかり冷めてしまいました。
ベトナムチームや、わずか数人のベトナムサポーターたちが、
気になって、気になって、仕方がありませんでした。
気分は、すっかりアウトサイダーになっていました。

ベトナムは、終始攻め込まれていたので、
ディフェンダーやキーパーの見せ場があり、
なかなか感動的なプレーも多くありました。

「パパ、両方応援することにしたよ」
と、娘が言いました。

試合は、6-0で、地元チームの大勝。

ベトナムイレブンは、ゲーム終了後、
わずか数人のサポーターたちの近くに行き、
手を振って、ピッチを後にしていきました。
涙が出そうになりました。

僕たちは、めずらしく言葉少なに、帰り道を歩いていきました。

娘よ、それでも、またサッカー見に行こうぜ。

Peace ^^v

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男性に一番してほしいこと

今朝、僕の目を引くニュースが、ネット上に出ていました。

「女性が男性に一番してほしいこと」

ロマンス小説で有名なハーレクイーン社が、
世界15カ国の18歳以上の男女計約2300人を対象に、
「相手に一番してほしいこと」を訊いたんだそうです。

第3位は、「もっとやさしくして」の17%。

第2位は、「プレゼントを買って甘やかして」の23%。

そして、3割が回答した、堂々の第1位は、

「家事や料理をしてほしい」

今日は、朝から、いい気分になりました。
朝食をまだ食べていた娘に、早速、報告。

「女が男に一番して欲しいことは何だと思う?」
「わかんない」
「なんと、家事と料理だって」
「あっそ」
「ということは、家事も料理も、おまけに育児もやっているパパは……」
「はいはい、モテモテってことでしょ」

ははは、娘よ、パパの時代が来る、いや、もう来ているぜ。

「パパ、よかったね。じゃ、いってきまあす」
と、娘はクールに言って、うちを出ていきました。

ったく……、
ひとがこんなに喜んでいるというのに。

ところで、娘よ、
僕があなたに一番してほしいことも、
家事と料理なんですけど……

よし、この春休みの目標は、夢の家事分担。
娘よ、手伝わなかったら、パパは家事ストに入るぜ。

Peace ^^v


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オスカル様

まだ、「ベルサイユのばら」の感動の余韻の中にいます。
フランス革命を舞台に描いた少女マンガの最高傑作。
もう、読了してから、一週間以上経っているのですが。

とにかく、オスカルにしびれました。オスカル様!

オスカルは、王女マリー・アントワネットを護衛する近衛隊隊長。
女性なのですが、父親に男として育てられ、剣の達人。

後に、王宮を去り、革命前夜のパリの警備隊長になります。
部下は、あらくれ男ばかり。
彼らは、オスカルが女なのでなめきっていて、
問題ばかり起こします。

しかし、ある時、オスカルは隊長を辞する覚悟で、こう言うのです。

「人間一人ひとりがどんな人間でも、
 人間である限り、
 誰の奴隷にもならない、誰の所有物にもならない、
 心の自由を持っている。
 だから、お前達を決して、権力で抑えつけまいと、処分はすまいと……」

この言葉で、荒くれ男たちは、ついにオスカルを隊長と認めるのです。

そんなオスカルに、同じ軍人として、長い間そばにいたアンドレは、
かなわぬ恋心を抱いていました。
貴族ではないアンドレは、貴族のオスカルとは決して結ばれないからです。
オスカルは、アンドレの愛に報いるため、生涯独身を決意します。

しかし、武力に自信のないアンドレは、たじろぎます。
そして、オスカルが言いました。

「誰かが言っていた。
 血にはやり、武力にたけることだけが、男らしさではない。
 心やさしく、あたたかい男性こそが、
 真のすばらしい、頼るに足る男性なのだということに気づくとき、
 たいていの女は、年老いてしまっている、と」

オスカルは、やがて、自分たち貴族や王族が、
どれだけ贅沢をして、庶民を苦しめていたか知ります。

ついに、フランス革命の幕は切って下ろされます。

王族を守り、民衆を抑えつけるはずのオスカルは、
部下たちに、もう一度、「自由」を説きます。

「自由であるべきは、心のみにあらず、
 人間はその指先一本、髪の毛一本にいたるまで、
 すべて、神のもとに、平等であり、自由であるべきなのだ」

そして、民衆に銃を向けるか、それとも民衆と革命に参加するかを選ばせます。

その時、オスカルは、貴族の称号と領地を放棄し、民衆の側につくことを決意します。

オスカルは、バスティーユ監獄に向かう途中、
アンドレに言います。これが終わったら結婚しよう、と。

そして、たたかいの最中、二人は命を落とすのです……。

オスカル様、
学校の歴史の先生は一人もあなたのことを知りませんでしたが、
僕の心の中には、これからもずっと存在し続けます。

僕も生涯、民衆の側に立ち、
「自由、平等、友愛」のために、たたかいます。

Revolution!

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静かな暮らし

僕は、基本的には、たたかう男なんです。
筋力は自信がないので、コトバを武器にして。
頼まれたわけではないのですが、結構忙しい毎日です。

しかし、本当は、静かな暮らしに憧れているんです。
小さな居心地のいい家に住み、
長く親しんだモノたちに囲まれ、
休日は特に何もしないで過ごすような。

今日は、休日、娘いわくグータラの日、
忙しくすると、娘に叱られます。

僕はミシンのことを考えていました。
幼い頃、窓際の隅に木の机のようなミシンがありました。
もう捨ててしまいましたが、足踏みペダルを回すのが好きでした。

僕のうちにも押し入れの奥に、電動のミシンが眠っています。
カノジョの嫁入り道具。
カノジョが出ていくときに、忘れ物だと言ったのですが、
実家にもあるからいらないと、置いていったのです。

昨日、スーパーで、ミシンの特集がのった雑誌を何となく買いました。
先ほど、ペラペラ見ていたのですが、ミシンが十万円以上するとは、驚きでした。
これは使わないと、罰が当たります。

もしも、僕がミシンを使えたら、あれを縫ったり、これを繕ったり……
しばらく、幸せな想像に耽っていました。

陽だまりで、ミシンを使うような静かな暮らし。
まさに、

NOTHING SPECIAL IS SOMETHING SPECIAL.

そんな日々が、いつかは来ますように。

そのためにも、一日でも早く、
イジメっ子がそのまま大人になったようなヤツらをやっつけなくては。

さ、今日一日休んだら、また明日から、たたかうぜ。
見てろ!

POWER TO THE PEOPLE!

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ホームパーティ

今日は、昼から、ホームパーティ。
僕が監督をしている水泳部の三年生の卒業パーティ。

僕は10時に起きて、
娘を助手にして、仕込み。
今日はパスタパーティなので、
まず、ミートソースをつくり、
同時進行で、スープ、イチゴのババロア、クッキーも作りました。

昼頃、教え子たちがやってきました。
すぐにパスタを茹ではじめました。
まず、ミートソースのパスタを出すと、すぐになくなりました。

当然、教え子たちにも、働いてもらいました。
みんなで、皿を並べたり、空いた皿を片づけたり、飲み物を用意したり。
もちろん、調理も。
大根をおろしてもらい、ツナおろしパスタ。
チーズを削ってもらい、カルボナーラ。
ニンニクをスライスしてもらい、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ。

食後は、デザートを味わいながら、恋の話。
僕はマネージャーに、
「自分のことだけじゃなく、相手にも興味を持たなくちゃだめ」
と、アドバイスをもらいました。
まだまだ、ジコチューな僕……。

その時、娘は、知らん顔をして、耳に入らないふり。

春は、送別会シーズン。
今日は、車の免許をとったばかりの二人の教え子と、
時給500円でベビーシッター契約を交わしました。

しめしめ……
娘よ、春休みは、お姉さんたちが遊びに来てくれるよ。
よし、飲むぞ!

Peace ^^v

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かなしい言葉

近頃、東京が騒がしいようです。
ビラを配っただけで、逮捕者が出るというのですから。
今日も、「日の丸・君が代強制反対」のビラ配布で、逮捕者が出たようです。

共産党のビラや反戦ビラを配布して、逮捕されたひともいます。

他にも、公衆トイレに、反戦の落書きをした青年が、建造物損壊で逮捕され、
懲役1年2ヶ月執行猶予3年の判決を受けたり、

アメリカ大使館前で、反戦活動をした夫婦が、家宅捜索されたり……

東京といえば、あの都知事。
これらの背景には、その存在があるのです。

最近、こんなことも言っています。
週刊ポスト1月14・21日号の新春特別提言で。

「今日ほど、子供も大人も個人が肥大化した時代は……、
 個人がぶよぶよに膨れあがり、中身はすっからかん」

一瞬、都知事が自分のことを語っていると思ってしまいました。
芥川賞をとった「太陽の季節」で、性器を障子に突き立てる描写をしたくらいですから。
性器だけでなく、今や彼個人も傲慢さで膨れあがってしまったとの認識か、と。

しかし、どうやら、自分のことでは、なかったようです。
そのあと、なぜ、個人の肥大化したかについて語っています。

「端的にいうと、60年間戦争がなかったからですよ……。
『勝つ高揚感』を一番感じるのは、スポーツなどではなく戦争だ」

僕は、怒りよりも、かなしさを感じてしまいました。

彼は著書の中で、
自分の子供をいじめっ子に育てよ、
家事をさせて小さい人物にするな、
などとも言っています。

僕が最もかなしく思った言葉も思い出してしまいました。
彼が、重度障害者の施設を見学したあとに言った言葉。

「ああいうひとたちに、人格はあるのかね」

彼は、「安楽死」についても、言及したそうです。

日本の首都で、そんな彼が、多くのひとに歓迎されて知事になっているのです。

自分に自信が持てず、不安で孤独なひとびとは、
自由を与えられると、自由から逃走するそうです。
そして、自ら進んで、服従したがり、ファシストを支えてしまうのです。
サイレント・マジョリティの「自由からの逃走」は止められないのでしょうか?

僕の前に、大きな疑問符が突きつけられています。

ほんとは、こんなこと書きたくないんです。
娘とのおもしろおかしい暮らしを、ただ綴りたいだけなんです。

今日は、とてもかなしい……。

Love and Peace


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静かな社会変革

今から、10年以上も前に、
カウンセリングを勉強したことがあります。

そこで、まず出会ったのが、C・ロジャースのカウンセリング理論。
来談者中心療法と呼ばれるもの。
カウンセラーではなく、相談に来るひとが主役ということ。

カウンセラーは、上から来談者に、アドバイスを与えるのではなく、
来談者と同じ立場、目線で、一緒になって悩むのです。

そういえば、離婚のことで、僕が人生最大のピンチを迎えていたとき、
一番むかついたのは、アドバイスしてくるひとたちでした。

ロジャースの技法はとても簡単。実践は、難しいのですが。
まず、「受容」、相手をあるがままに受け入れる。
そして、「共感」、ともに悲しみ、ともに喜ぶ。
最後に、「自己一致」、心と言動を一致させること。

ロジャースは言います。
「どんな人間も、自らの力で、必ず立ち直る」、と。
この言葉に、どれだけ励まされたことか。

カウンセリングの基本は、
とにかく、傾聴、相手の話をちゃんと聴くこと。

口を挟まないで、きちんと頷く。
相手の言葉を、繰り返して、確認する。
相手が沈黙したら、その沈黙を共有する。
グレイな話は、白黒つけず、グレイなまま受け入れる。

三十代も後半に入った僕ですが、
この頃、少しは、できるようになってきました。

最近、毎日、楽しみなことがあります。
それは、娘の話を聴くこと。
娘は、小学校であったことをいろいろ話してくれます。
僕は娘のクラスメイト全員の名前を知っているので、
娘の話の登場人物の顔が、すぐに頭に浮かびます。

小学校で毎日起こる小さなできごとは、
娘たちにとっては、いつも大事件。
子どもたちは、全力で、人生を生きています。
その様子が、とてもおもしろいのです。

娘よ、明日も期待してるぜ。

ロジャースのカウンセリングは、「静かな社会変革」とも言われています。
そこも、気に入っています。

口は一つ、耳は二つ。話す量の倍、聴かなくては……。

以上、職場では、一番おしゃべりな店主でした。

Peace ^^v


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娘と飲み会

今日は、同僚との飲み会がありました。

娘を迎えに行き、本屋に向かいました。
娘との契約で、飲み会や会議につきあうと、
一冊マンガを買ってあげることになったのです。

娘はマンガを3冊持ってきました。
僕は1冊の約束だから買えないと言いました。
少し、ケンカになりました。
娘はなかなか引き下がりません。
僕も絶対に引き下がりません。
結局、3冊のうち、1冊はあきらめ、契約通り1冊は僕が買い、
残りの1冊を、娘は来週の小遣いを前借りして、計2冊買うことで、決着。

居酒屋に行くと、僕たちの席がちゃんと二つ用意されていました。
ある同僚が言いました。
「すっかり、シングルファーザーとしての市民権得たねえ」

まあね。

娘はその料理が気に入らないようだったので、
しかたなく、別会計で、ネギトロ巻きと、デザートにパフェを注文。

今日は幸いなことに、
連日の夜更かしで疲れたのか、娘はすぐに僕の膝枕で熟睡。
ひさしぶりに、大人のお話が、たくさんできました。

楽しかった!

そして、おひらきとなり、レジに行くと、
すでに、幹事が気を利かせて、僕たちの別会計も払ってくれていました。

感謝。

寝起きでぼんやりした娘と店を出ようとしたとき、
見たことのある若い女性が飲んでいて、目があいました。
なんと、娘の小学校の担任の先生でした。

先生、すみません。
明日こそ、早く寝かせますので……。

Peace ^^v

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工場見学

二ヶ月ほど前、高校生たちと、工場見学に行きました。

その工場では、自動車の部品をつくっていました。
オートマチック車のギアチェンジの部品。

運動場よりも大きな工場内に、二百人近くの作業員たちがいました。
夕方、作業員たちが帰ると、交替の作業員たちが来て、朝まで働くのだそうです。
油の匂い、絶え間ない騒音、小さなスペースの中で、
作業員たちが無言で作業を続けます。
部品は、次々と、ベルトコンベアで運ばれてきます。
仕事は、とても単純そうでした。
部品をはめるだけとか、歯車を磨くだけとか。

会社の説明によると、
1日10時間半、4日働き続け、2日休み、
昼間勤務と夜間勤務が交互のシフト。

工場内には、各部署の生産効率のグラフが張り出されていました。
大きな看板があり、「生産性を向上させ、勝利しよう」と書かれていました。
生徒たちは、「お金を稼ぐことは大変」だと実感したようでした。

これだけ大きな工場でも、車の一部品しか作れないのなら、
いったい、一台の車は何人で作られるのでしょう?
僕がそのことを訊くと、工場の方は、答えられませんでした。
「何百人?」「いやそんなもんじゃないでしょう」「何千?」「でしょうね」

日頃、教師として、僕が生徒たちに言うこと。

想像力、つまり、見えないものを見る力が大事。
創造力、今までになかったものを、自分にしかつくれないものをつくろう。
自分の考えを、自分の言葉で語ろう。言葉は世界を変える。

僕は工場内を生徒たちと歩きながら、
自分のそんな言葉が無力に思えてきました。

もし、生徒たちの誰かがここで働いたのなら、
この労働に疑問を持たないよう、あまりものは考えないでしょう。
自分のつくる部品から、完成品の車を想像するのは難しいでしょう。
自分の考えは捨て、言われたことだけを行うことでしょう。
もちろん、必要以上の言葉は使わないでしょう。
賃金と引き替えに、創造力と想像力を失うのでしょう。

その工場内には、フリーターが多いようでした。
企業は、知識も経験もいらないのです。ただ手先が多少器用ならば。
そして、一定期間が過ぎたら、工場を去ってくれる。
そんな人材が必要なのでしょう。
百万人を越えると言われるフリーター、
実は、企業が生み出したものでもあるのです。

先日、ある政府よりの新聞に、こう書かれていました。
「仕事はたまたま与えられたものを、三日、三月、三年とやるうちに、身につく」、と。
フリーターやニートは甘ったれるな、とも。

頭に来ました。
それは、まるで身分制度。

企業の社会責任、
魅力ない社会をつくった大人の責任、
そんな企業を野放しにしてきた政府の責任、
それらすべての責任逃れのため、決まって出てくる「自己責任」という言葉。

そんな現実を、僕たちは目の前にしているのです。

まずは、Never Give Up!
万国の労働者よ、団結せよ!

教師が、「君たちの未来は暗い」と言ったら、教育は死んでしまうでしょう。

立て、教師ジロー!

Peace ^^v

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今まで一番おいしかったごはん

今まで、食べたものの中で、一番おいしかったもの。
毎年、冬になると思い出します。

それは、僕が中学二年生の時、
僕が毎日のように夜遊びをしていたころ。

当時の僕の親友は、転校してきたばかりのコータロー。
同じ水泳部に所属し、ともに練習をさぼりまくっていました。

マジメだったコータローに、
僕はまず煙草の吸い方を教えました。
すぐにコータローもツッパリ少年となりました。

当時、僕は何人ものマジメな少年をツッパリにしたものです。

コータローは、お父さんと二人で、借家住まい。
お父さんは、夜の仕事をしていたので、
コータローの家で、僕たちはやりたい放題。

ある夜、僕たちはとにかくお腹がすいていました。
外で遊び疲れ、コータローの家を目指しました。
僕の頭の中には、ラーメンのみ。
ラーメン、ラーメンとつぶやきながら、自転車を漕ぎました。

コータローは、いつもラーメンをつくってくれたのです。
インスタントの塩ラーメン。
絶妙の茹で加減のラーメンの中に、生卵と梅干しを入れます。
これが、絶品。

ところが、コータローのうちには、ラーメンがなかったのです。
うち中探しても、食料が見あたりません。
絶望して、空腹感が増幅されました。

すると、炊飯ジャーの中に、ごはんが残っていました。
長く保温されていて、水分が飛んだかたいごはん。
冷蔵庫の中には、梅干しとつぼ漬けだけが残っていました。

僕たちは、梅干しとつぼ漬けをごはんにのせて、かき込みました。
「コータロー、うまいぜ」
「うまい、うまい」
僕たちは、ものすごいスピードで食べ終えました。

これまで、食いしん坊の僕はいろんなごちそうを食べてきましたが、
そのごはんより、おいしいものを、いまだに食べたことがありません。

その日、奥の部屋でしきっぱなしだった布団に、
枕が二つ並んでいました。

「お、コータロー、女の子連れ込んだな。誰だよ?言えよ」

と、僕は冷やかしました。
すると、コータローが、僕と目をあわせずにに答えました。

「寒いときは、おやじと一緒に寝るんだよ」

それを言ったコータローが、その時、真の親友だと思いました。


Peace ^^v

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静かな日曜日

ここのところ、心が刺々しくなっていました。
少し軌道修正が必要な気がします。

日曜日は、娘と話し合い、何もしないグータラの日にすることにしました。

今週末は、娘と実家に来ています。
両親は店に出ているので、ここには、兄と祖母だけ。

子どもと障害者と老人と一緒の休日、
時間がゆったりと流れます。

今朝はゆっくりと目覚めました。
兄と朝風呂に入りました。
兄は風呂が大好きなのです。
兄の体をきちんと洗いました。

娘は昼まで寝ていて、
起きてからは、自分の部屋でテレビ、漫画、お絵かき三昧。
部屋といっても、縁側廊下の隅を仕切っただけのスペース、
座椅子とテレビと机があるだけ。
そこは、娘がとてもリラックスできる場所のようです。

祖母はひとりマイペースで、
うちのことや、自分のことを、こなします。
祖母は、いつも忙しいと言っています。

僕は兄のお茶やおしっこの世話をしながら、
フランス革命の研究。
少女漫画の名作「ベルサイユのばら」を読み耽りました。

オスカル!
自由、平等、友愛!

この身は実家にありながら、僕の心はしばらく時空を越えていました。

午後5時ごろ、娘も連れて、「遠足」にも行きました。
これも、兄の楽しみにしている日課の一つ、
車で近くの池のほとりに行き、缶コーヒーを飲むのです。
娘も僕も、この「遠足」が大好き。
僕がストローで兄にコーヒーを飲ませているあいだ、
娘は車の外に探検へ出かけました。
菜の花が咲き始めていました。

うちに戻り、夕食の支度。
今日は鶏の照り焼き、僕がつくり、祖母が助手。
けっこうおいしくいただきました。

食後は親子でバイオリンの練習、
一曲終わるごとに、祖母と兄は拍手をしてくれました。

先ほど、両親が店から帰ってきました。
小さな家に、家族が6人そろいました。

静かな日曜日が終わろうとしています。
多少は心の軌道修正ができたようです。

さ、娘よ、帰るぞ。
ところで、宿題終わってないんじゃないか?

Peace ^^v

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モテない理由

「負け犬」という言葉が話題になりましたが、
彼女たちは、オトコを選ばなかったのでしょう。
少子化は、結婚してもらえないオトコが増えたから。
シングルママの急増も、オトコが捨てられたから。

今は、オトコがモテない時代。

ヤツらは、もてない理由をジェンダーフリーと考えるようです。

<語注>「ヤツら」
マッチョ至上主義のオトコ。
上にペコペコ、下にビシビシの「犬」
差別大好き、弱者の上に君臨したがる。
保守的言動で、「勝ち組」の仲間に入ったと勘違い。
強くなりたいが、実は小心者。それがバレると、激昂。
実は、マザコン。恋人にも妻にも、ママを求める。

昔は、お母さんが身のまわりのことをしてくれて、
年頃になれば、誰かがお嫁さんを見つけてくれた。
お嫁さんは、お母さんの役割も果たしてくれて、
家庭では、お父さんのような威張りんぼうになる。
これが、「伝統的家族」、つまり「家父長制度」

そこで、モテないヤツらは、ジェンダーフリー思想が、
「伝統的家族を破壊する新たな革命的思想」と言うのです。

伝統的家族さえ存続していれば、
身のまわりの世話もしてもらえるし、
セックスもできるのに……

僕がオンナなら、ヤツらとは死んでも結婚しません。

ヤツらは、日本に、多数生息しているようです。

さて、スウェーデンなどにも、ヤツらは生息していました。
しかし、その数は激減しているそうです。
その理由は、ヤツらがモテないから。
そんな自分を変えるか、変えなければ子孫を残せず、自然減少するのです。

パートナーとの関係で最も大切なことは、
フェアであること。公平で、対等で、平等。
僕は娘と二人で暮らしていますが、
娘が全身全霊で僕に求めることも、フェアネス。
限りあるたった一つの命を持った同じ人間という実感。

ヤツらには、この感覚が決定的に欠けているのです。

ヤツらよ、モテないまま、静かに消えゆくように。
くれぐれも、弱い自分を強く見せようと、戦争など引きおこさないように。

え、そう言う僕はどうかって?

幸せです。

Love and Peace ^^v

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オトコと暴力

先日、DVについてのブックレットを読みました。
yoshiさんのブログを読んだからです。

もし、女性が怖いと思ったら、
もうそれは立派な暴力。
暴力は、自由を奪います。
夫が怖くて夜外出できない、これも暴力。
暴力の目的は、相手をコントロールすること。
つまり、「こわがらせ、自由を奪い、あやつる」ことが暴力なのです。

DVの加害者は、ほとんどオトコで、バタラーと呼ばれています。
「しつこく叩くひと」という意味だそうです。

僕が驚いたのは、
バタラーは、自己を失い暴力を振るっているのではなく、
「暴力を選んでいる」という指摘。
その証拠に、会社などでは上司に従い、おとなしくしているのです。
うち以外では、決して暴力を振るったりません。
自己を失うどころか、しっかりコントロールしているのです。
相手を殺さない程度に殴るというコントロールさえしているのですから。

暴力、それは自分より弱いものにだけに向かうのです。
バタラーは、相手を、肉体的に自分より弱いだけでなく、
自分より「下」、自分の所有物、自分は支配者と思っているのです。
だから、自分の思い通りにならないと、暴力を「選ぶ」のです。

バタラーは、さんざん僕が批判してきた「犬」なんです。
つまり、上にペコペコ、下にビシビシ、上にはM、下にはS。
差別やいじめが大好き。
弱者を見下して、優越感に浸りたいひと。

自分のことしか考えられず、
自分はいつも正しいと思いこみ、
すべて、相手が悪い、だから殴ってもいい、と考える。

ここに、戦争のタネがあると思いました。

世界にはガイジンはいなくて、
誰もがたった一つの限りある命を大切に生きていて、
一人ひとりが、誰とも比べることができないオンリー1なのです。
差別やいじめ、一切の暴力が許されていいわけがありません。

日本がかつて戦争に突入していったのは、
女性に参政権がなかったから、
男らしいオトコが、弱いくせに強がり、背伸びしすぎたから。
それはジェンダーの問題だったのです。

万国のオトコたちよ、Be fair to women and children!

Love, Peace and Fairness.

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イムジン河

昨日は、また映画に行ってきました。
「パッチギ!」
もちろん、娘と。

舞台は、1968年、京都。
府立高校に通う主人公は、ある女の子に恋をします。
彼女は、朝鮮高校の二年生。
当時、在日朝鮮人高校生とと日本人高校生はケンカに明けくれていました。
主人公の恋する彼女の兄は、なんと在日朝鮮人グループの番長。

まさに、60年代京都版ロミオとジュリエット。

テーマソングの「イムジン河」は、伝説のフォークソング。
朝鮮半島を南北に分断するイムジン河、その上を自由に行き来する鳥。
元はハングル語の祖国統一を願った歌で、
当時、詩が訳されて、歌われていましたが、
政治的圧力のために、日本では放送も発売も中止されていました。

主人公は、初めて彼女を見かけたとき、初めてその歌を聞きました。
その後、韓国語を勉強し始め、その歌もギターで弾き語れるようになり、
ついに、彼女にも、怖い彼女の兄にも、受けいられるようになっていくのです。
もちろん、その後、物語はそう簡単には進みませんが。

主人公に「イムジン河」を教える青年が、
その年、暗殺された黒人解放運動の指導者の言葉を引用します。
「私には夢がある。
いつの日か、奴隷の主人の子孫と、奴隷の子孫が、
兄弟愛のテーブルに一緒に座ることを……。
I have a dream......」

黒人と白人のあいだのボーダー。
朝鮮半島を分断するボーダー。
在日朝鮮・韓国人と日本人を隔てるボーダー。
朝鮮半島と日本のあいだに横たわるボーダー。

パッチギとは、「突き破る」という意味だそうです。
そんなボーダーを突き破れ、というメッセージが伝わってきました。

かつて、僕はイギリス人のガールフレンドがいました。
彼女は、ガイジンという言葉が大嫌いでした。
ガイジンはただ外国人という意味だという僕にこう言いました。

「世界には、ガイジンはいない。いるのは、人間だけだ」

世界には、数え切れないボーダーがありますが、
一人ひとりがオンリーワンになり、世界も一つになることを、
決してあきらめないひとも、数え切れないほどいます。

Never Give Up.
あきらめない限り、希望は存在し続ける……。

No Border!

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勝利の味

昨日の夕食は、娘がつくりました。
突然、なんでも一人でカレーをつくると言いだし、
僕をキッチンから追い出しました。

男子厨房に入らず……。

時に、娘が僕に質問してくるので、
アドバイスをするためにキッチンに行きました。
見てると、歯がゆくて、口も手も出したくなります。

しかし、そんな僕に、娘は一言。
「あっち行ってて。つくれるから」
僕を追い出し、娘は子ども用の料理本を見ていました。
その本の通り、ジャガイモを後で入れたり、
隠し味に、マーマレードを入れたり、
と、なかなかのテクニック。

ごはんだけは、僕が土鍋でおいしく炊くことを、許可してくれました。

そして、できあがりました。
僕がごはんをよそい、娘がカレーをかけます。

僕は一口食べました。
「パパ、どう?」
僕は黙っていました。
「ねえ、どう?」
まだしばらく黙っていて、僕は言いました。
「ね、ごはん作って何にも言ってもらえないと、悲しいでしょ」
「そんなのどうでもいいから、どうなの?」

娘も一口食べました。
僕は、まずくはないが、おいしくないと答えました。
そのカレーは、勝利の味がしました。
いつも僕とはりあうライバルの娘は、
しょんぼりして、カレーを食べていました。

「食べれるよ。だいじょうぶだって。けっこう、うまいし」
と、僕は慰めました。
「…………」
「パパだって、毎日作ってるんだから、負けたら困るでしょ」
「そうだね」
と、立ち直りの早い娘。

食後は、いつものライバルに戻り、バイオリンの練習。
こちらも、この頃、僕のほうが調子がいいのです。
だから、娘は練習中、いつも不機嫌。
すぐ怒ったり、泣いたり……

しかし、娘よ、
パパは、大人になっても料理できなかったんだから、えらいと思うよ。
また、つくっておくれ。
楽しみにしてるぜ。

と、夢の家事分担に、また一歩近づいたジロー親子でした。

Peace ^^v

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3月1日のビキニ

3月1日、毎年、近所の焼津市に、全国からだけでなく、海外からも、
多くのひとが集まります。

51年前の今日、アメリカは、
太平洋ビキニ環礁において、水爆実験をおこないました。

150キロ離れて操業していた焼津の漁船「第五福龍丸」は死の灰を浴び、
乗組員全員が急性放射能症にかかりました。
そして、無線長の久保山愛吉さんが、
「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」と言い残して、
その年の9月に亡くなりました。

これは日本にとって、広島、長崎に次ぐ、三度目の被爆です。

この3・1ビキニ事件は、世界に衝撃をあたえ、
当時衝撃的だった女性の水着、ビキニの語源ともなりました。

今も、現地の島々では、
甲状腺疾患・白血病・流産・死産・子供の発育異状など、
さまざまな放射能障害が発生しているそうです。

この年には、ゴジラも誕生しました。
ゴジラは、核実験の衝撃で、長年の眠りから覚めた恐竜なのです。

今日の午後、
僕は休みをとって、焼津に出かけました。
ここ数年、毎年、参加しています。

今日は午前中卒業式に出ていたので、
着いた頃には、もう集会は終わりに近づいていました。

僕は実行委員会に何か手伝うと申し出て、
駅に帰る参加者たちをシャトルバスに誘導する係を担当しました。
全国から平和を願ってかけつけた参加者たちを、
たくさん、たくさん見送りました。

イラクでは、大量破壊兵器は、ついに発見されませんでした。
アメリカは、捏造するつもりだったはずです。
かつて、ベトナム戦争の前にトンキン湾事件を捏造したように。
しかし、世界はそれを許さず、、内部告発も相次ぎました。

世界は、時に後退することはあっても、
確実に平和に向かっていくと、信じようと思います。

Love and Peace


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