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「学力バカ」にご用心

最近、学力について、論議が盛んなようです。

脇目もふらず、お勉強ばかりしたら……、
しっかり「学力バカ」になります。

人間の頭の中に、右脳と左脳と、性格の違う二つが存在するとはよく聞きます。

僕は、頭の半分は、他人のためにとっておくべきだと思っています。
他人のための半分、これがやさしさの素。
「学力バカ」は、そのやさしさのための半分の脳の中にも、知識を入れています。
だから、学力はあっても、とても自己中心的になり、冷たくなっていきます。

そして、学力が上がり、いい大学に入れば、自分はえらくなったと思いますから、
「学力バカ」は、学力のないひとを、見下すようになっていきます。
たった一つの学力というものさしで、人間の価値を判断するからです。
学力は、いつも、数字で表されますから、人間を数値化するようにもなってしまいます。

人間を番号で呼ぶことは、アウシュビッツでやられていたこと……。

受験シーズンになると、「学力バカ」が続出します。
たいてい、学生時代に、軌道修正するのですが、
怖いのは、大人になっても、「学力バカ」のままの真のバカ。

やさしさのための頭の半分は、想像力が主成分。
そこも損なわれている「学力バカ」、他人の気持ちがわからない。

「学力バカ」は、常に問題に対して解答を出してきました。
解答のない問題など、想像もつかない。
で、解答がもとめられないときは、どうするか?
「学力バカ」は、先生に従順に教えを乞います。
大人の「学力バカ」は、権力側に従順に教えを乞います。
権力側の言うことは、ありがたい「解答」、丸暗記します。

僕には、自慢の頭のいい友だちがたくさんいます。
東大を出たひともいれば、
英語やロシア語がスーパーペラペラだったり、
クリエイティブだったり、
文才があったり、
みんな天才なんです。

そんな友だちの共通した特徴、
まず、謙虚で、ひとの話をよく聞くこと。

そして、その「いい頭」を、
強者のためでも自分のためでもなく、
弱者のために使っていること。

僕はよく「頭が悪い」ことを痛感させられますが、
そんな友だちが、いつでも、いろいろ教えてくれるので、大丈夫。

それに、そんな友だちがいる限り、戦争も止められる、と思っています。

娘よ、だからといって、勉強しなくてもいいって言ってるわけじゃないぞ。
10くらい感動したら、1くらい勉強しようぜ。

Love and Peace.


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「勝ち犬」のグチ(夫編)

今日は同僚の結婚式、
冒険者たちの船出をみおくってきました。
二次会には行かず、僕は一人で映画を満喫、感動。

その後、まだ街で飲んでいた友人と、
おでん屋で合流しました。
彼は「勝ち犬」、一歳の娘と専業主婦と三人で暮らしています。

その彼、どうやら、うちに帰りたくないようでした。
話を聞くと、うまくいってないらしく、
グチが延々と続きました。
うちに帰れば、妻に罵られるため、
サービス残業と休日出勤は大歓迎とも言っていました。
離婚のことも、僕は先輩としてアドバイスしましたが、
つくづく、離婚も難しいことを実感させられました。
僕は結婚は失敗しましたが、
離婚は大成功したようです。
今日は何時間も話しましたが、「出口」なしでした。

おでん屋のママさんとも話しました。
ママさんは、この三坪の小さな店で、三十年以上頑張ってきたそうです。
「寝ている間にできた」という子どもを一人で育て、
大学にも行かせたといいます。

それを聞き、僕たちは背筋を伸ばしました。

僕は先ほど別れ際に友人の背中をたたき、
彼の妻子が待つうちへと送り出しました。

負けるな「勝ち犬」!

Peace^^v

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「勝ち犬」のグチ

土曜の昼下がり、専業主婦の友だちから電話がかかってきました。
「ジロー、今日、お嬢さんとごはんでも食べに来ない?」
「今日、ママのところに行ってて、いないんだよね」

電話越しに、赤ちゃんの泣き声、上の子が彼女を呼ぶ声。

夕食ご招待はまたの機会に、となりましたが、
僕も暇だったので、おしゃべりにつきあうことにしました。

彼女は、子どもたちの世話は、夫にまかせたようでした。
そしたら、次から次へと、「勝ち犬」のグチ。
もちろん、夫の。

たまにうちにいても、ゴロゴロ、私は働きっぱなし。
くさい靴下を丸めたまま洗濯機に入れるので、私がもとに戻さなくてはならない。
こっちは子ども世話で手一杯だから、大人の面倒は見たくない。
家事はまったくできない、いや、まったくやろうとしない。
やってもらいたいことは、いつも簡単なこと、なぜできないのか。
どうして、相手の立場にたって、ものを考えられないのか。
休日は、昼ご飯までつくってあげなくてはならない。
夫が休みだと、頭に来るばかり。二日も休みがあったら、耐えられない。

そのグチは、すべて僕が言われたこと。
子どもをおいて、一週間も出てけば、夫は変わるんじゃない、とアドバイス。

沈黙。

「ジローは再婚しないの?」
「するわけないじゃん。独身主義だから」
「家事も育児もできるの?仕事しながら?」
「僕の基準ではできてる。家事と育児は、新鮮で、楽しい」
「でも、子どもが大きくなったら?」
「恋と革命に生きる」

沈黙。

僕たちが、中学生の頃、
街の進学校には、女子は1割しか入れませんでした。
「女子は生理があるから学力が伸びない」というのがその理由。
家庭科の授業では、男子は別の教室で「技術」のお勉強、工作などをしました。

女は男より劣り、男は家事などしなくてもいいと教育された世代。

「子どもあずけて、働けば?家事は分担して」
と、提案。
「でも、ずっと主婦やってうちにいると、踏み切れないのよね」
「…………」
「また、OLに戻るのもイヤ。あんなのただの雑用係だから」

どうすりゃいいんだ?
娘よ、なんと答える?
帰ってきたら、教えておくれ。

Love and Peace

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いのち

夕食後、キッチンで洗い物をしていると、
娘が、大きな声で、隣の部屋から呼びます。

「パパ、ドリスが出てこないよ」

ドリスとは、うちで飼っているハムスター。
ドリスの世話は、娘が担当なのですが、すぐ忘れてしまうので、
いつも僕が面倒を見てきました。

あまりにしつこく娘が僕を呼ぶので、様子を見に行きました。
すると、いつも元気に走り回っているドリスの気配がありません。

ドリスは、巣の隅で、綿にくるまって死んでいました。
かわいい寝顔、手のひらにのせると、お腹に大きなこぶがありました。
できものがあったことは知っていたのですが、こんなに大きくなっていたとは……。
悪い腫瘍か、癌なのでしょう。

娘は泣き出しました。
僕はドリスを娘の手のひらにのせました。

僕たちは、すぐシャベルを持って、外に出て、
さつきの花壇の隅に、交替で、穴を掘りました。
穴の底にドリスを寝かせると、
娘はうちの中に走っていき、ひまわりの種を持っきて、お墓に入れました。
土をかけて、僕たちはおやすみと言い、手を合わせました。

娘の涙は、
別れの哀しさからだけでなく、
ドリスの世話を僕にまかせっぱなしだったことの後悔からでもあったはず。

ちょうど、愛犬が死んだとき、僕が後悔で涙したように。

僕たちは、夜空を見上げ、
最近覚えたばかりの冬の第三角形の星三つの中に、
ドリスが登っていったことにしました。

死んでもいい命など、この世に一つもありません。

自分は、戦争には行かず、行かせる側の立場にあり、
「お国のために命を投げ出すよう教育せよ」などという政治家がいるこの日本。

ドリスよ、僕たちのたたかいを、空から見守っておくれ。

おやすみ、ドリス。

Love and Peace

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「勝つ」ことと「勝ち組に入る」こと

もう、何度も耳にする言葉。「勝ち組・負け組」
「勝つ」ということと、「勝ち組に入る」こととは大きな違いがあります。

勝つとは、勝負に勝つこと。
勝負は、フェアなルールのもとで、お互い対等にたたかうこと。
勝負が終われば、敵味方なく、健闘を讃えあいます。
勝っても負けても、ライバルとして、対等な関係のまま。

勝ち組に入るとは、
勝ち組が決めた、勝ち組に有利なルールのもとで、
勝ち組が、圧倒的多数の負け組の上に、君臨し続けること。
もともと、勝負は決まっています。
勝ち組に入っているとは、たいてい、いい家に生まれたということですから。

少なくない者たちが、勝ち組にしっぽを振り、勝ち組の「犬」になり、
勝ち組気分を浸りますが、それは負け組よりみじめな「負け犬」。
いじめられたくないがために、いじめっ子側につくようなもの。

要は、タテかヨコかということ。
人間関係を上下に築くか、対等に築くかの問題。

タテのひとは、ひとを見下すのが好きです。
つまり、差別やいじめが好きなのです。
いばるために、「国」や「天皇」などをバックに利用します。
もちろん、ジェンダーフリーなんて、もってのほか。
タテのひとは、たいていオトコで、女にいばれなくなりますから。

タテの人間関係は、長く続きません。
うまくいっているように見えても、下のひとが我慢しているだけ。
ヨコの関係でなくては、愛情をともなう関係は長続きしないし、
そもそも、愛すら生まれません。

タテのひとが、よく「愛国心」と叫びますが、
あれは、自分が愛されてないことに気づいているので、
「国」を動かす自分たちへの愛を強要しようとしているだけ。

「勝ち組・負け組」は、タテのひとたちが考えた、
新たな差別的階級制度。
要注意です。

実は、タテが少し好きだった僕、
うちで、暴力に決して屈しない、常にフェアであることを要求する娘に、
このことは、とことん教えこまれたのです。

娘よ、子どもなのに、なかなかやるな。

以上、勝ち組にも負け組にも入れてもらえないアウトサイダーの店主でした。

Peace ^^v

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先週のエンタから

毎週、土曜日、僕と娘は「エンタの神様」を楽しみにしています。
先週、ダントツにおもしろかったのは、ドランク・ドラゴン。

うちで小学生が宿題をやっているところに、
おバカなお父さんが帰ってきて、めちゃくちゃ教えるというコント。

小学生の息子が、まず理科の問題を解いています。
選択肢が四つ、三つは哺乳類、一つは昆虫。
その中で仲間はずれは、何か?

息子「僕はセミだと思うんだけど」
親父「なんでだ?」
息子「蝉だけが足が六本あるから」
親父「お前は、見かけで判断するのか?それはいけねえ」
息子「…………」
親父「仲間はずれもいけねえ」
息子「うん」
親父「答には、そんな問題を出す先生が仲間はずれと書いとけ」

この切り口は、鋭い。
一つの物差しだけでものごとを判断する見方はいけない、
そして、仲間はずれはいけない、という思想。
笑いながら、感心しました。

一番、おもしろかったシーン。
息子は、算数の問題を解きます。

息子「森に、三羽のウサギがいました」
そこで、親父が、目を輝かせて、熱く語ります。
「いい森じゃねえか。え、そうだろ」
感慨に耽る親父。圧倒される息子。

算数の問題に、想像力を持ち込み、自然のすばらしさを讃える親父。
数字から物語を読みとる能力を持っているのです。

作家として、父親として、こうありたいものです。

息子が問題を読みます。
「三羽のうさぎのうち、二羽がいなくなってしまいました」
「そうか、みんな狩人が怖くて、逃げ出したんだな。それでも、一羽残ってがんばっている」
「…………」
「一羽で怖かっただろうなあ。でも、勇気あるよな。すげえよな」

頷く息子。僕。

問題は、「そこに、一羽帰ってきました。森にいるのは、何羽でしょう?」

親父は、また熱く語ります。
「たった一羽でがんばっているウサギを思うと、たまらなくなって、
逃げたウサギが帰ってきたんだ。
それでだな、隣町のウサギも、そのまた隣町のウサギも、
たった二羽でがんばっているウサギに感動して、集まってくるんだ」

納得する息子。僕まで、そんな気になってきました。
世界は変えられるという楽天性。

「それでだなあ、答は、世界中のウサギだ」

万国のウサギたちよ、団結せよ!

爆笑と感動。
最近では、ギター侍を酷評する娘も、これには大喜び。

僕も一人になっても、がんばれそうな気になってきました。
想像力さえあれば、たたかえるのです。

ところで娘よ、夜更かしは、土曜だけにしたほうがいいぜ。
最近、十一時前に寝たことないだろっ。

Peace ^^v


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ジェンダーフリー、と何度も言う

最近、ジェンダーフリーという言葉を、
自粛するようになった自治体とかがあるそうです。
攻撃されるから、と。

ここ五年間で、シングルマザーが急増しているそうです。
28.3パーセントも。
離婚が、ほとんどだそうです。

このことは、充分、予想していました。
オトコが捨てられる時代。
オンナが「負け犬」がと呼ばれようと、
オトコを選ばない時代。

僕が離婚したとき、素直に思ったことは、
これで一人の女性を殺さなくてすんだ、ということでした。

あのまま、専業主婦として、彼女をうちに閉じこめておいたら、
心を病んで、自殺していたかもしれません。
たとえ、生きていても、社会との接点をなくし、家事と育児をすべて押しつけられ、
仕事人間の僕には協力も感謝もされない。
それは「社会的な死」を意味していたでしょう。

一方、僕の中のオトコというジェンダーも死にました。
家事・育児をするようになり、
サービス残業はできなくなり、
夜飲みに行くことも、つきあいと称して休日に出かけることもなくなりました。

これまで、オンナがするものと思っていたことを、
一つずつ経験していくことで、
オトコというジェンダーから解放されていったのです。
そして、それまでに味わったことのない楽しさを毎日発見しました。

そして、僕は独身主義者となりました。
もう、女性を束縛したくないのです。
自分のことは自分でして、何かをしてあげたいのです。
これまでの人生で、女性には充分いろいろしてもらったので。

シングルファーザーになったばかりのころ、
年輩の女性に言われたことがあります。
「あんたたちの生活は必ず破綻する」、と。
しかも、娘の前で。

あれから、3年が経とうとしています。
いい感じになってきました。

職場では、オトコはサービス残業、オンナは定時、僕も定時。
そんな暗黙の了解があります。
オンナはオトコに後ろめたさを感じ、それが「差」になっていく。
雇用を減らすだけでなく、父親を家庭から引き離す「サービス残業」。

ジェンダーフリーはとても大切なこと。
セックスフリーにしろと言ってるわけではないのです。

サービス残業を撲滅して、オトコもオンナも定時に帰り、
家事や育児を分担、というより、ともに楽しむ。

いぐね?

僕は、これからも、何度も言い続けます。

再度、断固ジェンダーフリー宣言。

Love, Peace and Gender-Freedom.


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ちっぽけなひと

あなたはどうして
そんなに自分を大きく見せようとするのですか

大きくはなれない自分にいらだち
まわりのひとを小さいと思いたいようですが

あなたはどうして
そんなにいばろうとするのですか

ずっといばられてきたことがいやだったはずなのに
ようやくいばれることがそんなにうれしいのですか

あなたはどうして
そんなに服従するのですか

支配したいのか、支配されたいのか
それとも両方なのか

わたしが何かをいうと
あなたはかたくなになりますが

あなたを私の下とも、私よりも小さいとも言いません
ただ、対等でいたいだけ、それ以上も以下ももとめません

はっきり言って、あなたはちっぽけなひと
しかし、大丈夫、私も、みんなもちっぽけなひと

体にあった服を着るように
ちっぽけな体で生きる

どんなちっぽけな体にも
例外なく命は一つしか入っていない

ちっぽけどうし
限られた命を生きる

ちっぽけどうし
ほんとはわかりあえるのに

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娘の部屋と世界

ひとはどうやら自分だけの空間が必要なようです。
誰にも侵されない聖域。

最近、実家の廊下の一画に、
娘の小さな部屋ができました。
たんすで仕切り、小さなテーブルと椅子を置き、
本棚と座椅子、なんとテレビとビデオまであります。
今日娘は僕に千円もらい、
アジアン雑貨屋で猫の置物を買い、早速、部屋に飾りご満悦。

この部屋は、母が用意したのです。
実家では、僕たちは祖母の部屋で過ごしていたのですが、
パーソナルスペースを侵された祖母が、いらいらし始めて、

娘も実家に行きたがらなくなりそうだったので、
母が先手を打ったのでした。

生まれて初めての自分で部屋で、
座椅子でくつろぐ娘は実に幸せそう。

ようやく実家にも平和が訪れました。

うちの中というのは、
パーソナルスペースとパブリックスペースが共存する場。
どちらが欠けてもうまくいかないようです。

お互いの時間を過ごせるようになった僕と娘は、
お互いの空間を必要とする新しい段階に入ったようです。

うちの中にいると、外の世界をよく考えます。
限られた空間を、奪いあうのではなく、分けあい、
お互いの空間を、聖域として、尊重しながら、
同じ世界で共に生きる。
これこそ、平和。

自分のスペースは大きくしようとしても、限りはあります。
もし大きくなったとしても、それは誰かの犠牲が伴います。
植民地のように。

小さくても居心地のよい「うちの中」、
これが今年の我が家のテーマ。

つよ~いオトコたちよ、
もっと「うちの中」の時間を増やし、
世界を平和にしておくれ。

ところで、娘よ、パパにもその部屋、使わせておくれ。

Love & Peace^^v

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教師ジローの憂鬱

ちょっと、教え子たちのことで、心配になっていることがあるんです。

僕は、昼間、普通高校で、英語を教えています。
単語を暗記してないとか、長文を読解できないとか、
そんなことを心配してるわけではありません。心配したこともありませんが……。

先日、英作文を、イギリス人の先生と一緒に教えたときのこと。
先生が、生徒たちに、「Your Super Hero」を書くように言ったのです。
空想上の理想の人物。もちろん、Heroineも可、動物も可。
使えそうな単語のリストも配布しました。
不正解はないし、何を書いてもいい、
英語が苦手なら絵で表現してもいい、とも言いました。

そしたら……、
白紙の生徒のなんと多いことか。
まったくやる気のないヤンキーだけでなく、
テストで高得点をとる優等生たちも。

いつも、与えられた問題を解く生徒たち。
いつも、与えられた情報を暗記する生徒たち。
いつも、黒板に書いてあることを、ノートにとる生徒たち。
いつも、黙って、座り、教科書の中にあることだけを問われる生徒たち。
いつも、自分がどう思うかより、他人がどう思うかを気にする生徒たち。

解答が用意されていない問題には、めっぽう弱いようです。
何でも好きなこと書いていいよ、と言われると、頭の中が白紙になるのでしょう。

想像力は低いが、計算力と暗記力は高い。
これは、「日本型高学力」と言うそうです。

理想の人物が思いつかないのなら、
理想の人生も、理想の国も、理想の世界も思いつかないでしょう。

大丈夫か?
それじゃ、自分の頭で考えない「権力の犬」になってしまうぞ。
たしかに、「権力の犬」になれば、生計は立てられるが、
本当にそれでいいのか?

このごろじゃ、クビをかけて、「犬」になることを拒否して、
内部告発する「中年男性の星」もいるというのに。

アメリカ軍の兵士のトレイニング・プログラムの目的の一つ。

「想像力を奪うこと」

兵士は、敵の家族や生活を想像してはいけない。
もし、想像したら、撃てなくなるから。

だから、想像力は戦争を止める、とも言えるのです。

日本の高校教育では、テストなどで、想像力を問われることはほとんどありません。
だから、授業を脱線してでも、生徒たちの想像力に訴える言葉を投げかける必要があるのです。
もう、英語なんて、教えてる場合じゃありません。

生徒たちよ、想像力を抱け!
ジロー先生の仕事は、まだまだあるぜ。

Love, Peace and Imagination!

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ドラえもんで、斬る

今日は、金曜、ドラえもんの日。
バイオリンのレッスンが、6時45分に終わると、
車をとばして、うちに帰り、7時からドラえもんを見るのです。

ドラえもんを見ていると、時に、実在の人物と重なるときがあります。

ジャイアンは、ブッシュ。
暴力支配のガキ大将。
=勝ち組

スネ夫は、小泉首相。
ケンカは弱いが、金持ちで、ジャイアンの子分。
いじめられたくなくて、ジャイアンの側につき、のび太をいじめる。
=勝ち組の犬

のび太は、少なくない日本人の象徴。
しかし、現実の世界では、ドラえもんはいないので、やられっぱなし。
=負け組

世界では、ブッシュの犬の小泉首相。
しかし、国内ではジャイアン、たくさんのスネ夫を従え、国民をいじめます。

勝ち組、勝ち組の犬、負け組

まさにヤツらが理想とする構図。

救いは、しずかちゃんの存在。
「勝ち組・負け組」レースの外にいるからです。
バイオリンを習っているところも、たまらなくよいです。

僕は、ジャイアンにも、スネ夫にも、のび太にもなりたくありません。
僕がなりたいのは、しずかちゃん。

え、しずかちゃんはオンナだから、僕はなれない?

ははは、僕はジェンダーフリーだから、なれるんだぜ。

今日も、バイオリンのレッスンでは、娘についていくのが必死の店主でした。
娘よ、パパは負けないぜ。

Peace ^^v

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「バリバリのハト派」

ギター侍、大好きでした。
でも、飽きてしまいました。

なぜか?
芸能人を斬って、笑いをとって、何になるの?
世間には、斬るべき相手は、数え切れないほどいるのに……。
一度、ギター侍が小泉首相を斬ったことがありました。
オチを期待すると、「あなたの好きなのはエックスジャパンですから、残念」
って、斬ってないじゃん。

そこで、最近読んだ本「バリバリのハト派」 
著者は、女子供文化評論家の荷宮和子先生。
この先生の「言葉」という刀の切れ味は、抜群。

傑作です。
僕の新しいバイブルとなりました。

今の日本を仕切っているのは、いい家に生まれた人間。
たとえば、政治家三代目、小泉首相。
その思想は、いい家に生まれなかった人間はどうなってもよい、ということ。
つまり、強きを助け、弱気をくじく。

そんな輩が、
一部の人間が富と成功を手に入れ、その他大勢がそのおこぼれで暮らす国を目指している。
その他大勢は、「負け組」となるのだが、その少なくない数が、仕切る側を支持している。
たとえば、イラクで人質になったひとたちに「自己責任」という言葉をあびせたりして。
これは、自分は負けていると感じている輩が、「仕切る側(勝ち組)」に同調して、
反体制派の人たちを叩いて、「支配者(勝ち組)」の気分を味わっているだけ。
まさに、政府高官ごっこ遊び。

荷宮先生は、そんな輩を一言で斬る。

アホである。

この国を、生まれによって、戦争をさせる側と、する側に分断しようとしている輩。
そんな輩は、日本という国、日本人であることを、やたらと誇りに思う。
そして、民族のすばらしさを強調するくせに、過去の過ちには目をつぶる。

そんな輩の中には、
自衛隊員の戦死を願っている者もいる。
憲法のせいで応戦できず死んだという既成事実を作るため。
そして、憲法9条を変えるため。

どうしようもない見栄っ張りの小泉たち。
いつもブッシュにいじめられてるので、自分も強いところを見せたいのだ。
その小泉たちを支持し、負け組のくせに勝ち組の気分に浸ってるその他大勢。
そんな輩が、憲法改正&自衛隊派兵大賛成と叫んでみても、
いざ戦争になって、自分の命が危なくなれば、
「やだやだ、ボク、死にたくない」と叫ぶに決まっている。

そして、先生は斬る。

本当にアホである。

先生のご専門である「女子供文化」とは、
「民主主義社会としての日本が崩壊してしまえば
きっと「差別される側」に分別されてしまうであろう人間が、
『差別と戦争は許さない』という姿勢に基づいて作り出した文化」

もう、感激です。オトコたちが見下すオンナコドモ、最高じゃん。
もやもやしてなかなか形にできなかった不満を
スッキリ言葉にしてもらって、スカッとしました。

最近、執筆をさぼりぎみの僕もやる気が出てきました。

よし、娘よ、とりあえず「宝塚」見に行くぜ。

これからは、僕もバリバリのハト派、バリハトでいきます。

バリハト宣言!万国のバリハトよ、団結せよ!

Peace ^^v

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今日の授業風景

今日、ある生徒が、まったく授業にとりくまないので、注意しました。
そうしたら、一言。

「先生、勉強だけが人生じゃないんでしょ」
たしかに。
「勉強よりも大切なものがあるんでしょ」
これも、僕がいつも言っていること。

僕は、すぐに切り返すことができませんでした。

そうしたら、他の生徒が一言。
「たしかに、勉強だけが人生じゃないけど、
先生は、勉強やらなくていいって言ってるわけじゃない」

なんて、立派な教え子!こちらが、教えられました。

その授業で、何人かの生徒に、問題の解答を黒板に書くように言うと、
また、いつものように、間違いをおそれて、なかなか前に出てきません。

「だから、ここでまちがった答を書いても、何も失わないって。
こんなまちがいにビビってたら、この先の人生やってけないぜ」

これも、これまで人生失敗ばかり、成功よりも失敗から多く学んできた僕のよくいう台詞。

まだ、もたもたしている生徒がいたので、言いました。
「こんな失敗にビビるのは、ダサいぜ」

それを聞いた生徒が、一言いいました。
「そんな失敗を笑うヤツは、もっとダサいぜ」

まったく、なんてえらい教え子よ、感動しました。

今日、英作文の授業もありました。
お題は「私のスーパーヒーローもしくはスーパーヒロイン」
理想の人物を、想像して、英語で書くのです。

僕も黒板に、僕のスーパーヒーローもしくはヒロインを書きました。
 
My Super Students.

They can change me, and THE WORLD!

教え子たちよ、しっかり頼むぜ!

Love and Peace


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星空の下で

昨日は、朝から、雲一つない快晴。
僕は出勤のときから、心に決めていました。

夕方、娘とうちに帰ってくると、僕が言いました。
「今日は、星を見にいくぞ」
「行こう、行こう」
と、いつもノリのいい娘。

夕食後、準備にとりかかりました。。
僕たちは、ダウンジャケットの下にセーター着込み、
マフラーをまいて、手袋をはめ、毛糸の帽子をかぶりました。
持ち物は、星座早見表、懐中電灯、ココアの入った水筒、シート、毛布。

子どもは、早寝早起き、9時間眠らなくていいのか?
明日学校なのに、子どもを夜連れだしていいのか?

ジロー親子には、そんなことは、関係ないぜっ。

近くの小高い山の頂上まで、車で行きました。
車を降りて、空を見上げて、僕たちは黙りました。
こんなにも星に近づいたことに驚きました。
シートを敷いて、僕たちは並んで、仰向けに寝ました。

「あ、オニオン座だ」
と、娘がオリオン座を見つけました。
一番明るい星は、シリウスだとわかりました。
他には、カシオペア座と、こいぬ座を見つけました。

楽しみにしていた天の川はうっすらと見えただけ。
月が、半月にもかかわらず、まぶしくて、邪魔されたのです。
月の光がまぶしいなどと、生まれて初めて感じました。

街の夜景も見えました。
香港にも、函館にも、負けない美しさ。
家々の光が、揺れていました。

僕たちは、あの一つひとつの光を見ながら、
あの灯りのもとで、みんなが何してるか想像してみました。
ごはん食べてるかな?風呂はいっているかな?
ケンカしてるかな?それともラブラブかな?
宿題してるかな?テレビ見てるかな?
こたつでミカンを食べているかな?干し芋かな?

夜景を見ながら、一口ずつ交替で、ココアを飲みました。
「パパ、ココアおいしいね」
「冬の星空の下のココアは最高だね」

今度誰かを連れてこようという話になりましたが、
しかし、娘は、「やっぱり秘密にしておこう」と言いました。

僕たちは、月に邪魔されない夜に、また来ることを心に決めて、
山を下りました。

娘よ、今朝、寝坊して、朝食抜きになったのは、すまなかった。
やはり、夜、遅すぎたか……。
でも、絶対、また行くぜ。

Peace ^^v


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10年前のあの日

僕はいつもと変わらぬ冬の朝を迎えていた。
冷たい雨が降っていた。

職場に行くと、関西で地震があったと、同僚が騒いでいた。
一時間おきくらいに、ニュースを見た。
どの局も、黒煙を巻き上げる炎が点在する街を空から映していた。
テレビをつけるたびに、死者数が増えていく。

大変だ。
かわいそうだ。
なにかしてあげなくては。

そんなことは誰でも考えていた。
と、思う。

僕はビラをつくって、職場にまき、カンパを募った。
そして、金を送った。

大変だ。
かわいそうだ。
なにかしてあげなくては。

そんなことを、何度も言ってた。

しかし、そのとき、僕はあることに気づき、愕然とした。

その数ヶ月前、飼っていた犬が死んで、僕は泣いた。
一週間泣き続けた。
涙は、あとからあとから出てきて、止まらなかった。

そんな僕が、10年前のあの日、
あれだけの人間が死んだというのに、
涙を一滴も流さなかったのだ。

僕はこんなにも冷たい心の持ち主なのだ。

その日以来、僕は常に想像力を問われている。

お前に、見えるか
見えない他者の、見えない心が見えるか。

今日も、僕はペンをとる。

Peace ^^v


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2種類の人間

人間は、2種類に分けられる。
差別するひとと、差別しないひと。

「差別はいけない」とは誰でも知っていることですが、
あのひとたちは、差別は仕方がない、むしろ当然と思っているのでしょう。
ま、たいてい、差別する側にいるひとたちですが。

あのひとたちは、まず平等が嫌い。
上にはペコペコ、下にはビシビシ。
天皇は崇拝するけど、庶民は蔑視。
欧米に劣等感持ち、その腹いせでアジア人対して優越感を持つ。
たいていオトコで、オンナコドモを見下す。

見下さないと、自分に自信が持てないのでしょう。

自由も嫌いなようです。
上にひとに縛ってももらい、下のひとを縛る。
妻や恋人を束縛、思い通りにならなかったら、時に暴力。

一人では、自分のちっぽけさに耐えられず、SM的に他人を巻き込むのでしょう。

博愛精神は、これっぽっちもなく、常に自分が一番。
自分と違うひとたちは、殺してもしかたないと、思うようです。

自分が絶対に殺されないという安心感があるから、そう言えるのでしょう。

だから、戦争が大好き。
反自由、反平等、反博愛。
敵を憎んで、殺して、征服して、支配する。
自分は、戦争をやらせる側、絶対安心。

強きを助け、弱気をくじく、「勝ち組」の味方。

こんなひとたちが、意外にまわりにいます。たくさん。

いじめは、上下関係が厳しい環境で起こります。
民主的な人間関係のところでは、起こりません。
学校にいると、これはよくわかります。

いじめでこわいのは、「いじめる側」に入らないと、
いじめられるのではないかと恐れ、
いじめっ子でも何でもなかった子が、いじめるようになることです。
自分が「負け組」に入りたくないがために、「勝ち組」の味方になるひとたち。
その数のなんと多いことか……。

差別はいけない。
自由、平等、博愛。
いじめも絶対だめ。

こんなこと、うちの娘でもわかってることなんですが……。

Peace ^^v

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ホームパーティ

人間を、オトコ、オンナ、コドモの三種類に分けるひとたちがいます。

そんなひとのうちに出かけると、よく見かける光景。
オトコは飲んだくれ、オンナは台所、コドモはゲームボーイ。
 
オトコは一番上、コドモの面倒は、オンナがみる。
オンナはオトコの面倒もみて、オンナはオトコの所有物。

僕は、よくホームパーティを開きます。
うちには、オンナはいないので、僕が料理を作ります。
客が来るころ、いつも料理はできていません。
これはわざと、なんです。客にも料理に参加してもらうため。

来るなり、どっかと座るオトコの客もいます。
そういうときは、僕が細かく指示して、料理を手伝ってもらいます。
または、コドモたちに、「このおじちゃん、コドモ大好きだから、遊んでて」と言います。
うちに「オトコ」はいりません。

オトコもオンナもコドモもなく、
みんなで、料理をして、みんなで食べて、みんなでおしゃべりして、みんなで楽しむ。
これが、ジロー流ホームパーティなんです。

今日、あるブログに感激しました。
タイトルは、ジェンダーフリー。

 建築の仕事というのは、生活のすべてをデザインする仕事である。
 仕事だけしているような人間が、生活をデザインできるなんて考えられない。
 料理をしたこと無い人間に、キッチンの使い勝手なんてわからないだろう。
 育児をしたこと無い人間に、子供が安全な空間なんてわからないだろう。
 世の男性の皆さん。
 仕事ばかりしているより、料理とか育児もするほうが、人生楽しいですよ。

と、語る建築士さんの言葉。男性です。オトコではありません。

たしかに、これまでオトコというだけでいばってきた男性にとって、
ジェンダーフリーは、こわいことでしょう。
「革命思想」と恐れる気持ちもわかります。

ははは、オンナ、コドモ、そしてシングルファーザーを甘く見ると、痛い目にあうぜ。

Love and Rebolution!

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星と星のあいだ

キーンと冷え切った夜。
星がきれいな季節になってきました。
天の川もうっすらと空を流れているのも見えます。

茨木のり子さんの詩の一節を思い出しました。

  ひとびとは盗まなくてはならない
  恒星と恒星の間に光る友情の秘伝を

星を見ると、宇宙を見ているような気がします。
しかし、宇宙の実体のほとんどは、星と星のあいだにあるそうです。
ダークマターと呼ばれ、その中にはダークエネルギーが満ちています。
星は、宇宙の実体の1%ほどにすぎないのです。

星座を見ることは、星々ではなく、星と星のあいだの見えない宇宙を見ることなのです。

まるで、文学のようです。
文学では、書かれたことより、書かれなかったことのほうが意味があります。
行間、そこに作家の魂があるのです。

人間は、誕生の瞬間、つまり母子分離の瞬間から、孤独。
人間は、ひとのあいだ、と書きます。
人間の実体も、人間と人間のあいだにあるのでしょう。
他人とのあいだにある絶対に埋められない空間、
その中に人間は取り残されて、存在しています。

その空間は、決してなくなることがありません。
人間は、孤独を宿命づけられているのです。
ただ、その空間に愛を充満させること、
それしかできないのでしょう。

「パパ、はやく、うちの中行こうよ」
と、言われるまで、学童の帰り、僕は駐車場で夜空を見つめています。

娘よ、この感動がわからんか!

Love and Peace^^v

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断固ジェンダーフリー宣言

「ジェンダーバックラッシュ」という言葉をよく耳にします。
反ジェンダーフリー運動とでも訳したらいいのでしょうか。

たいてい、男性がそういうことを言います。
女性が言うのは聞いたことがありません。
「ジェンダフリーは、日本の国家と家族を壊す、新たな革命思想」
なんてことをいう男性もいるようです。

はい、壊しますよ。戦争大好き国家と家父長制度。

ジェンダフリーを、先日、娘に説明しました。
「男はこうしなさいとか女はこうしなさいとか、
昔のひとが決めたくだらないことは無視していいよ」、と。

「それは、男か女かって、関係ないと思うけど」
時に、娘にそう指摘され、ドキリとすることがあります。

男は外で、バリバリ仕事。つきあいも仕事のうち。
女はうちで、家事と育児。夜の外出なんて、もってのほか。

そもそも、僕もそう思っていましたし、そうしていました。
シングルファーザーになるまで。
それからは、仕事は、定時。つきあいは、お断り。うちで、慣れない家事と育児。
時に、まわりの男性に同情のまなざしで見られていました。

最初は、しかたなくジェンダーフリーしていましたが、
それまでオンナがすることと思っていたことが、実に楽しいことがわかりました。
育児は、人類の最大偉業であり最大エンターテイメント。
妻の御機嫌とりでない攻めの家事は、奥が深い知的作業で、実におもしろい。
花を育てては、感動。参観会に行っては、感動。娘の成長の瞬間に立ち会っては、感動。
僕はしだいにオトコらしさから解放され、羽が生えたかのように、世界が広がりました。

僕がジェンダーフリーというとき、
オトコたちに「皿を洗え」って、言ってるわけではないのです。
こっちのほうが楽しいよ、って伝えたいのです。

もし、素敵な女性が現れて、僕と結婚して専業主婦になりたい言われたら?

まあ、そんなことは、ないと思いますが、
ちなみに、僕の答は、即座に、「ごめんなさい」

僕は仕事が大好き。毎日、学校に行くのも、文章を書くことも楽しい。
僕はうちが大好き。毎日、料理をして、娘と話すのが楽しい。
休日にうちで何もしないのも最高。
この幸せを奪われ、淋しさをサービス残業でまぎらす「仕事人間」に戻るのは、ゴメンです。

女性を所有し、家政婦、慰安婦、子守りをタダでやらせようとする欲望から解放され、
ようやく、僕は女性を同じ人間として心から愛せるようになりました。
ちょっと、いい感じなんです。

このごろ、ようやく、僕に同情するひとは、まわりにいなくなりました。

万国のオトコたちよ、来たれ。
ジェンダーフリーワールドは、楽しいぜいっ。

Love, Peace and Gender-Freedom.

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勉強すればするほど……

今日の英語の授業で、「~すればするほど……する」という構文を教えました。
例文に出したのは、以下の通り。

The more you study, the more you know.
The more you know, the more you forget.
The more you forget, the less you know.
The less you know, the less you study.
Why study?

勉強すればするほど、たくさん知ることになる。
たくさん知れば知るほど、たくさん忘れることになる。
たくさん忘れれば忘れるほど、知ってることは少なくなる。
知ってることが少なくなればなるほど、勉強してないことになる。
なんで、勉強するの?

これは、僕の好きなイギリスのジョーク。
オックスフォード大の名前が入ったしおりに書いてありました。
イギリスのインテリが、こう言っているところがミソ。

勉強すればするほど、暗記させられる。
勉強すればするほど、計算させられる。
勉強すればするほど、さらに勉強させられる。
勉強すればするほど、感じなくなる。
勉強すればするほど、考えなくなる。
勉強すればするほど、想像しなくなる。
勉強すればするほど、創造しなくなる。
勉強すればするほど、頭がよくなる
勉強すればするほど、従順になる。
勉強すればするほど、えらくなる。

そんなことを思うときがあります。
時に、教師として思うことは、アウトサイダーのほうがまともなのかな、と。
どこかのえらいひとが、「不登校児は不良品」だとか言っていましたが……。

僕は、不登校児や引きこもっている子は、ガチンコでたたかっていると思います。
素手で、全身で、命がけで。

生徒たちよ、想像力だけは、奪われるな。
そして、ジロー先生にかかってきなさい。

Love, Peace and Imagination.

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ハッピーバースデイ

正月の雰囲気が、すっかり消えました。
この淋しさ、学生時代を思い出します。
年末年始、実家で過ごし、残った餅を持たされ、
東京の暗く冷たいアパートに一人戻ったときの淋しさ。

今年も、正月が終わるとなんだか、淋しくなりました。
健康とはいえ、年老いていく、実家の面々。
年末年始、狭いけれど、それゆえ暖かい家での、家族団らん。

今日は、兄の誕生日。
兄、イチローは、重度の障害者。知能は2才程度。
話せる言葉は、ほんの数語。体は不自由で、ここ数年は、トイレも介助が必要。
そんな兄が、誕生日のことを理解できるかどうか定かではありませんが、
娘と相談して、今日は兄の誕生パーティを決行することにしました。
そういえば、兄にとっては、生まれて初めてのことです。

昨夜のうちに、僕はミートソースをつくりました。
娘に手伝ってもらい、いちごのババロアもつくりました。

両親の店が定休日と言うこともあり、
夕方、実家に、全員集合しました。
父には、前夜、娘が電話してパチンコに行かないようにと言ってありました。

ペンネを茹で、ミートソースをかけてみんなで食べました。
実家の面々は、「こんなスパゲッティがあるとはしらんかった」と感動してました。
兄も、おいしそうに食べていました。
娘が「一人でつくった」というババロアも大好評。

もちろん、バイオリンも持参したので、デザートの後はホームコンサート。
今日の娘は絶好調で、今までにないような演奏で、家族を魅了。
僕もその後弾きましたが、完全に差をつけられたようでした。

コンサートの後は、箱根の土産のお菓子をまたみんなで食べまくりました。

最後に兄は、僕と娘の手を握り、頭を下げました。
これは、兄の最上級の感謝の表現です。

自由気ままな祖母、
アナーキーな父、
情熱家の母、
気まぐれな僕、
気まぐれな僕につきあわされさらに気まぐれな娘

この面々を一つにまとめられるのは、この世には、兄、イチローしかいません。

イチロー、38才の誕生日、おめでとう。
愛してるよ。

Love and Peace (^_^)v

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平和な連休最終日

先日、怖いニュースを知りました。

ある男性が、東京でマンションにビラをまいたところ、逮捕され、現在も拘留中、と。
そのビラは、日本共産党の都議会の報告やアンケートだったといいます。

昨年は、休日に同じく共産党のビラを配布した国家公務員が逮捕されたり、
公衆トイレに、「反戦」などと落書きした青年が、建造物損壊で、有罪となったりしました。

最近、無罪となりましたが、自衛隊官舎に反戦ビラをまいて、住居侵入で逮捕されたこともありました。

ビラまきなど、何度もやったことがあります。
僕も、逮捕・拘留されうるということなのでしょうか?

   *    *    *

今日は、三連休、最終日。
娘の念願だった「うちでのんびりの日」
正月があって、箱根旅行があって、ようやくのんびりすることができました。

娘は、リビングで、ビーズやレゴで遊んだり、ビデオを見たりしました。
僕は、リビングとつながったキッチンで鍋をコトコトやりながら、テーブルで書評の執筆。
僕たちは、同じ空間を共有しながら、しっかりとお互いの世界をキープします。
おなかがすくと、キッチンに集合し、コミュニケーションをとりながら食事。
そして、また別々の世界に戻っていきます。

まさに、居心地のいい我が家。
これこそが、平和。


  *    *    *


ナチ党が、共産党を攻撃したときは、私は多少不安だったが、
共産主義者でなかったから、何もしなかった。
ついで、ナチ党は社会主義者を攻撃した。
私は前より不安だったが、
社会主義者でなかったから、何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。
私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党は、ついに教会を攻撃した。
私は牧師だったから行動した。
しかし、それは遅すぎた。

       マルティン・メーラー

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僕も「負け犬」の遠吠え

昨夜、2時間ドラマを見ました。
「負け犬の遠吠え」
三十代独身子なし女性が「負け犬」で、
稼ぎのいい夫と子どもがいる専業主婦が「勝ち犬」。
ドラマは双方の孤独や不安を描き、とてもリアルで楽しめました。

一緒に見ていた娘が言いました。
「パパはどっち?」

男の世界では、
専業主婦の妻がいて、家事育児は免除、
サービス残業も休日出勤いとわず、百パーセント仕事に打ち込む男が「勝ち犬」、
妻に去られ、家事育児を一手にかかえ、
毎日定時に帰り、学童の迎え、たまの休日出勤は子連れの僕は、
完全に「負け犬」

しかし、「負け犬」の僕は、「勝ち犬」だった僕より、幸せなんです。
これは、このブログを読めば、嘘ではないことがおわかりでしょう。

何よりうれしいことは、
くだらないジェンダーから解放され、
女性の方々と、以前よりわかりあえるようになったことです。

ははは、いいだろ、オトコたちよ。

今週末、僕は娘と箱根に一泊旅行。
このドラマはペンションで見たのです。
箱根では、娘は生涯で二回目の雪を見て、大感激。
僕もつられて、まあまあ感激。
正月疲れが、桧風呂の温泉で完全に癒されました。

さ、娘よ、これから土産を届けにいこう。

誰に?

ちょっと急いでいるので、今日はこのへんで。

Peace^^v

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ママのカレシ、パパのカノジョ

娘が一番好きな絵本は、「パパのカノジョは」
シングルファーザーと暮らす女の子が主人公。
最近、パパに新しいカノジョができて、
そのカノジョと女の子との微妙な関係を描いた傑作。
アメリカの絵本で、色調がパステルなのも不思議な魅力。
ちなみに原題は、Totally Uncool
我が家の大切な「人生のテキスト」

さて、最近、娘が言ったこと。
「ママ、二人っきりで旅行に行ったんだってさ」
「あ、そ」
「なんか、いやなんだよね」
「なんで?」
「とられちゃうみたいでさ」
「ママにも、人生楽しんでもらわなきゃ」
「あ、そうか」
「ママは、ずっとママなんだし」
安心して頷く娘。

シングルになったばかりのころは、いつか彼女が帰ってくると思っていた娘。
この頃、ようやくその可能性がまったくないことがわかってきたようです。

僕はこの機に言ってみました。

「パパのことも、好きな女のひといるかもね」
娘は笑って答えました。
「いないよ」
「いるって」
「絶対、いないって」
「これから、いるかも」
「これからも、いない」
「…………」
「そういうひとは、パパの本が好きなだけで、パパのことは好きじゃないんだよ」
「……………………」

娘よ、絶対いるぜ。

たぶん……。

Love & Peace (^_^)v

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スタンディングポイント

母や祖母によると、僕はかたよっているらしいんです。
ヒダリに。
気をつけたほうがいい、と忠告してくれます。
校長先生にかわいがってもらわなくてはならないから、だそうです。

昨日ひとりで見た映画、「モーターサイクル・ダイアリーズ」
若き日のチェ・ゲバラ、その親友との南米大陸を縦断する旅を追ったロードムービー。
チェ・ゲバラは、後に、アメリカに対抗して、キューバ革命を成功させたヒーロー。

ゲバラと親友は、貧しい人々、虐げられた人々たちに、旅の途中で出会います。
当時、ゲバラは、医学生で、ハンセン病治療を勉強していました。
旅の終わり頃、ハンセン病患者の収容施設も訪れます。
患者たちは、感染しないのに、隔離されていて、
そこでは、規則で、医師さえもゴム手袋をはめて、患者に触れるのです。
ところが、ゲバラは、ゴム手袋着用を拒否、初めて出会う患者たちと握手をしました。

ターニング・ポイントは、誰の人生でも訪れます。
どこに自分の足場を置くか、スタンディングポイントが問われるんだと思います。
ゲバラにとって、この旅は、ターニングポイントになったようです。
旅の終わりに、ゲバラは、「弱者の側に立つ」ことを決意します。

ヒダリにかたよることは、「弱者の側に立つ」ことなんだと思います。
「勝ち組」に入って「負け組」を見下すような人間には、僕は死んでもなりたくないんです。

母は、「中立」が大事と言います。
しかし、「中立」で、かたよらないということは、
誰にも味方しない、誰も助けない傍観者になることに思えるんです。
ボクシングで、ニュートラル(中立)コーナーとは、たたかう者が座らない場所。

「世界のどこかで誰かが不正な目にあっていたら、
いつもそれを感じることができるようになりなさい」
と、自分の子どもたちに教えたゲバラ。
同じ言葉を、娘にも贈りたいと思います。

ゲバラの最も優れた資質はと問われると、誰もが同じことを言ったそうです。
「ひとを愛する才能」、と。

ゲバラの言葉。
「真の革命は、愛という偉大な感情によって導かれる」

革命成功後、権力の座にとどまらず、世界各地でたたかったゲバラ。
最後は、ボリビアで、CIAの工作によって殺されてしまいました。当時、まだ39才。

同志ゲバラよ、Forever!

母ちゃん、ばあちゃん、そろそろわかってくれよ。

Love and REVOLUTION!

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小さな映画館

今朝、ひさしぶりに6時に起きました。
まだ暗くて、寒くて、大変でした。
さっさと、雑煮を作り、娘を送り出して、映画館へ。
駅まで車で行き、電車で一時間。

それは、小さな映画館。
昨日娘と行ったシネコンとは大違い。
客席は、40席ほど、
館内は、飲食禁止。

県内では、他のどの映画館でも上映しない映画を見せてくれます。

ここの客層もまったく違います。
ほとんどが、一人で来ています。
ちょっと洒落た知的そうな女性ばかり。
そんな女性を見て、その人生を想像するのも、楽しみの一つです。

そういえば、家族連れは、一組も見たことがありません。
今回は一人で来ましたが、実は、娘も常連なんです。
小三になり、漢字も多少読めるようになったので、字幕映画デビューしたのです。
僕と娘は、よく平日の夜、ここに来ます。翌日、学校でも!
学童に早く迎えに行き、映画館の近くのイタリア料理店で夕食をとるのも楽しみ。

ここのお客さんたちは、とても行儀がいいのです。
映画が終わり、エンドロールが消えるまで、誰も席を立ちません。
エンドロールは、映画の余韻に浸る大事な時間。
明るくなるまで席を立たないように、僕は娘をしつけています。

シネコンでは、エンドロールが始まるとすぐ席を立つ人の、なんと多いことか。
キャラメルポップコーンは食べられませんが、僕はこちらの方が好きなんです。

小さな映画館。

今日見た予告編によると、今年も足繁く通うことになりそうです。
娘よ、またパパにつきあっておくれ。

Love, Peace and ART !

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冬休み最終日

娘の小学校が、いよいよ、明日から始まります。
今日は、明日の準備をして、早く寝て……、
と、思ったのですが、
「もう一回ハウル見たくない?」
と、言ったら、娘が「見る見る」

夕方には、僕たちは、映画館でキャラメルポップコーンを食べていました。

今年も、この機動力は大事にしたいと思います。

娘は、前回、メガネを忘れ、
僕は、数分、眠ってしまい、
二人とも理解できなかったシーンもあり、
悔いが残っていたのです。

ハウル、よかったです。
Love and Peace です。
もう一度見たいです。

映画の前には、ショッピングにも行きました。
今年の我が家の新しいテーマ、
Cozy@home(居心地のよいうちの中)
そのために、ちょっと奮発して、投資をしました。
シックな木の本棚と、金属のラックを買いました。
床に落ちているものを少なくするための収納グッズ。

夕食は、泣く泣く、ファーストフード。
ま、こういう日もあります。

今、11時45分、娘はまだ明日の準備をしています。
でも、お昼までぐっすり眠った娘、まだハイです。

明朝、二人で雑煮を食べて、娘を送り出したら、
僕も出かけます。

映画に。

ははは、娘よ、パパにはもう一日冬休みはあるんだぜいっ。

Love and Peace


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お正月のジェンダー

お正月に、よそのうちで、よく見かける光景。
男たちは、コタツで、飲んだり、食べたり、煙草を吸ったり。
女たちは、キッチンに立ち、男たちにせっせと料理と飲み物を運ぶ。
子どもたちは、大人たちに無視され、ゲームボーイで遊んでいる。

以前ならば、自然に、男組に入り、コタツで酔っぱっていたでしょう。
しかし、このごろは、そんな男組の中で、少し居心地が悪いんです。
酒も煙草もやめた僕は、男たちとの話題も共有できないものばかり。

子どもたちは、男たちの中から、なぜか僕だけを選び出し、まとわりつきます。
他の男たちは、そんな子どもたちを無視。
幸い、僕は子どもを笑わせるのが得意なので、しばらく子どもの相手をしています。

そのうち、僕はキッチンに行き、
女たちから、料理の指導を受けます。
様々なレシピの情報交換をしたり、子育てについて話したりもます。
よそのうちでも、僕には、キッチンが居心地がいいようです。

クリスマスのホームパーティでのこと、
シングルママフレンドもやってきました。
二人で、料理を作ったり、洗い物をしたりすると、
驚くほど効率が良く、時間が半減しました。
そうなると、来客とのコミュニケーションの時間が倍増。
子どもたちも、自然に手伝ってくれ、子どもたちとの時間もゆっくりとれました。

こっちのほうが、いぐね?

Love and Peace @home (^_^)v

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いないいないばあ

今朝、僕は娘を母親のところまで、送っていきました。

車を降りた娘が、ニコニコしながら、言いました。
「ママのとこ行くと、淋しいでしょ?」
僕は吹きだしてしまいました。
「さみしくなったら、いつでもパパのケイタイにかけてきていいよ」
娘も吹きだしました。
二人で暮らし始めて、三度目の正月。
ついに、こんなギャグを言いあうようになりました。
 
いないいないばあ。
手で顔をかくし、「いないいない」
それから、顔をだして「ばあ」
ママあるいはパパが見えなくなっても大丈夫、いつもいるんだよ、
親が、視界だけの存在から、心の中の存在になっていく、大事な発達課題。

僕と娘は、「いないいない」が長くなっても、もう大丈夫。
そんな段階に入ったようです。

この頃は、一緒に、うちにいても、大して話もせず、
お互い、勝手に好きなことをやっている僕と娘。
しかし、食卓では、きちんとコミュニケーションをとる。
コミュニケーションの最大の推進役は、僕の料理。

シングルファーザーも4年目突入。
い~い感じになってきました。

今日、明日と、娘は母親のところ、
ということは、
バイオリンを練習して、ライバルの娘に差をつけるチャンス。

ははは、娘よ見てろ。
「いないいない」のうちにパパのバイオリンが上手くなって、
「ばあ」って、驚かせてやるぜ。

ところが、飲みに行ってしまうかも知れない不良店主でした。

Love, Peace and CHEERS!

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小さなうち

大晦日から、実家にいます。
実家の面々は、
最近耳が遠くなった祖母、
近くで小さな飲食店を営む両親、
そして、一日中、家族の誰かに介助してもらいおしっこする障害者の兄。

そんな4人が、3DKのうちに住んでいます。
以前は、店と同じ敷地内の大きな家に住んでいたのですが、
店を改装して、小さくしたさい、ここに引っ越して来たのです。
その広さは、僕のうちと同じくらい。
そこに、僕たち2人が転がり込み、6人が寝起きします。

狭くて、散らかっていて、プライバシーのない家。
しかし、なぜかあたたかく、居心地がよいのです。
もともと、自由気ままなジロー一族の面々。
放っておけば、バラバラになってしまうでしょう。
そんな家族が、兄を中心として、この小さな家で、
絶妙なバランスを保ちながら、一つにまとまっています。

今、次に住むところを研究中です。
娘と、いろんな家を見ては、批評しています。
特に気取って見せびらかすような家は、徹底的に酷評します。

目指すは、小さな家、
しかし、僕と娘のプライバシーは確保する。
将来、お互いの恋人が泊まってもいいように。
家の中心は、もちろん妥協なきキッチンとダイニング、
そして来客にもアット・ホームなリビング。
バイオリンを弾きまくれるように、防音壁も。
本の収納はたっぷり、しかし、モノは持ちすぎない暮らし。
持ちすぎるモノは精神の贅肉、なんだそうです。
心の貧しさが、持ちすぎるモノに現れるのでしょう。

どういう家に住むかは、どう生きるか。
このごろ、ようやくわかってきました。
これまで、充分重視してきた、衣食住の「食」
今年は、「住」にもこだわりたいと思います。

今は、年末の大掃除で、そこそこきれいになったうち。
僕と娘が、いつまで、キープできるか。
そこが、今年のテーマになりそうです。

感動が主食の、芸術至上主義ジロー親子。
心はさほど貧しいと思いませんが、
それにしても、貯金は貧しすぎます。

娘よ、どうする?

Peace @home ^_^)v


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最高の新年のスタート

紅白が終わり、間もなく年が明けました。
天気予報によれば、「一部でしか初日は見られない」、と。
「パパ、見れるの?見れないなら、うちにいようよ」
「見れるか見れないか、行ってみなきゃわからないよ」
少し間があって、娘が言いました。
「パパ、じゃ、行こう」

毛布を車に積んで、午前一時過ぎ、海に到着。
車のシートを倒し、波の音を聞きながら、眠りました。

朝、目が覚めると、青空。
しかし、たくさんのひとが、浜から帰ってきます。

遅かったか……。

慌てて、娘を起こし、砂浜へ。
すでに、太陽が昇っていました。

浜には、ちょうど、教え子のヤンキーがいました。
「あ、先生」
「やべっ、初日、見逃した……」
彼は、仲間と大笑い。
「太陽が昇ってから来るヤツ絶対いるよなって話してたら、まさか先生とは……」
バーベキューの片づけをしていた彼ら。
「もしかしたら、もっと早く来れば、食べ物あった?」
「先生、あまりまくってたぜ……」
また、ヤンキーたちは大笑い。

…………。

僕は娘の肩に手をかけて、太陽を指さし、言いました。
「ま、曇ってて見られないひともたくさんいるんだから」
娘は無言で頷きました。

僕はヤンキーたちに言いました。
「新年のスタートは最悪でいい。後はよくなるだけだから」
無言のヤンキーたち。
「あえて逆境から、だよ。じゃ、また。元気で」
笑いがおさまり、背後から教え子のヤンキーの声が聞こえました。
「すげえ、プラス思考……」
僕たちは振り向かず、浜を去りました。

今年も、負けるもんか。

Never Give UP!


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