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「1984年」

恐ろしい小説でした。
シンガポール行きの飛行機の中で読了。

あの「動物農場」を書いたジョージ・オーウェルが、
1948年に、「1984年」を舞台に書いた物語。

街中に、しかもうちの中にも、テレスクリーンという監視カメラ兼テレビが設置。
その画面からは、いつもプロパガンダ垂れ流し。
主人公の仕事は、新聞記事やあらゆる文書を、破棄したり、書き換えること。
つまり「党」にとって、都合のいいように、歴史を書き換える仕事。
そして、英語がニュー・スピークに変えられようとしていた。
ニュー・スピークは、党が国民を支配しやすいように作った言語。
極度の簡略化、そして党のダブルスタンダードを矛盾と思わない思考法が特徴。
文学は、完全に消滅。

その国は常に戦争状態、そして、粛正の嵐。
主人公のまわりのひとが、次々と「存在すらしなかった」ことに。

主人公は、党を憎んでいる。
同じ志のヒロインと恋に落ち、密会を重ねる。
そして、党に反対する秘密組織に二人で加わる。
主人公は別居中の妻がいて、性愛も党の認めるところではない。
だから、見つかれば死刑。

最後は、二人が信じていたまわりの人間は皆スパイだったため、
党の「思想警察」につかまってしまう。
それからは、毎日、獄中で、拷問と洗脳が続き、恋人も裏切ってしまう……。

奪われてはいけないもの。
歴史。歴史を戦争できるように書き換えようとする勢力が、今も存在します。
プライバシー。「盗聴法」なるものができて、もう5年。権力側の盗聴は今や合法。

「愛する自由」、党は、しきりに、党への愛を教育します。
まるで、「教育基本法」に愛国心をしきりに盛りこもうとする政府のように。
愛は決して強制されないもの。心は、誰にも支配されないのですから。

そして、「言葉」。
その昔、反体制作家小林多喜二は、警察の拷問によって殺されました。
「言葉」は、権力側がもっとも恐れるもの。つまり、我々の最大の武器。

「1984年」を読み終わるころ、気流のせいで、飛行機が揺れました。
一瞬、僕は死の恐怖を感じました。
気づくと、お題目を唱えていました。
僕の運転する自動車のほうが確率的にずっと危険なのはわかっているのですが、
僕は、いまだにこの恐怖からは逃れられないのです。

これほどまでに恐ろしい「死」
恐怖に、いかなる支配も許してはいけない。

隣で眠る娘を見ながら、僕はその恐怖としばらく向きあっていたのです。

Peace ..v

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