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弟6章「一人旅」

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 テレビで高校野球の準決勝を見ながら、ジローはふと思いついた。海へ行こう、と。しかも、電車で。高校野球は、ラジオで聞けばいい。
 すぐに、レジャーシート、ラジオとイヤホン、文庫本、メモ帳とペン、ろ過水を入れたペットボトル、長袖シャツをデイパックに放り込み、それを背負い、野球帽をかぶり、首に手ぬぐいを巻き、久しぶりにマウンテンバイクに乗り、駅へ向かった。
 この町には、一両編成の小さな電車が走っている。この町の始発駅から、まず山に向かい、その後、大きな湖のほとりを進み、県境の終点の駅に着く。ジローは、ここに十年以上住むが、一度も乗ったことがなく、一度乗りたいと思い続けてきた。
 今日は、その冒険を決行する絶好のチャンスだ。今日を逃したら、また十年くらいあっという間に過ぎてしまうだろう。
 ペダルをこぎ始めると、すぐに汗が噴き出した。今日も猛暑日のようだ。暑さにくじけそうになりながらも、駅に着き、駐輪場にマウンテンバイクを置くと、ペットボトルの水を飲んだ。
 この鉄道は全長六十㌔ほどしかないが、三十以上も駅があり、電車の速度も遅く、終点まで二時間はたっぷりかかる。
 ジローは、ある海岸を思い出していた。小学生の頃、夏休みに両親に連れられ、海水浴に行った場所。海の家などはなく、波が穏やかで、大きなプールのような遠浅の海だった。かすかに記憶にあるのは、松林があり、その木陰に、イチローとヨウ子がいたことだ。
 少年ジローは、口は達者だったが、運動は苦手だった。教育ママと呼ばれたヨウ子は、水泳なら他の子より早く始めればなんとかなるだろうと、小学校入学前の夏、泳げぬジローをスイミングスクールに連れていった。ジローは、持ち前の運動神経の鈍さで、なかなか泳げるようにならなかった。ヨウ子は、そんなジローを許さず、スクールの練習が終わってもジローをプールから上げなかった。プールの向こう側に立ち、ここまで泳いでくるよう命じた。ジローが途中で立ったりすると、向こう側に着いた瞬間、日傘を閉じ、それでジローの頭をたたいた。また反対側にいき、ここまで立たずに泳いでくるように命じた。
 ジローは、この世からプールがなくなることを願った。せめて、スイミングのコーチ全員が食中毒になり、スクールが休止になることを願った。そんな願いが何一つかなわないうちに、ジローは水泳が得意になった。
 スクールの帰りは、近くの用水路のザリガニを採った。ジローがザリガニの後ろにたも網を置き、ヨウ子が棒でザリガニをつつくと、ザリガニは後ろに勢いよく泳ぎ、網の中に入る。おもしろいように、ザリガニは採れた。ジローは水泳が大嫌いだったが、ザリガニ採りは大好きだった。そのうち、水泳が得意になり、大好きになった。おかげで、運動音痴のジローは、夏だけはヒーローになれた。
 その海でも、得意の泳ぎを思う存分披露した。
 
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 この小さな電車が、その海岸の近くに止まるはずだ。記憶に残っている地名と同じ名前の駅がある。そこで下車すれば、きっとたどりつけるだろうと、とジローはここ数年思っていた。
 改札口の路線図で確かめ、切符を買い、ホームで電車を待った。やがて、たった一両の小さな車両がホームに入ってきた。乗客は、部活帰りの高校生や高齢者がほとんどだった。
 折り返し、始発駅となるので、車内はすいていた。二人ずつ向かい合う四人がけの座席の奥に座り、車窓からの景色を見ながら、ジローは窓際にペットボトルとラジオを置いた。その座席には、おそらく定年退職したばかりの夫とその妻らしき二人も、通路側に向かい合って座った。二人とも駅に置いてあった沿線紹介のパンフレットを見ている。
 通路を挟んだ向こう側の席には、年老いた男女が並んで座っている。髪の毛のない男性の方が、靴を脱ぎ、両足を向かい側の座席の上に乗せて、伸ばした。年の離れた夫婦か、それとも父と娘か、女性の方が、男性をいたわっているようだ。電車は、市街地を抜け、やがて茶畑と田んぼの広がる地帯を進んだ。
 いつしか汗は引き、クーラーの冷気に慣れないジローは長袖シャツをバックパックから出して袖を通した。車窓からは、灼しゃく熱ねつの太陽の下、うっそうとした植物の鮮やかな緑色が、ジローの目にはまぶしいほどだった。
 昼をまわったころ、隣の席の初老夫婦が駅弁を食べ始めた。ジローは、ブランチが昼近かったため、まだ腹はすかないので、文庫本を開いた。『怠ける権利』、著者のラファルグは、かのマルクスの娘婿である。実に読みにくい訳文で、二㌻ほどで眠りに落ちた。
 五つほど駅を通り過ぎ、ジローが目を覚まし、車窓から外を見ると、家の数が減り、緑の量が圧倒的に増えてきた。やがて電車は両側から木々に挟まれ、緑のトンネルに入っていく。ジローは、また文庫本を開いた。
 
 一切合切怠けよう
 恋するときと
 飲むときと
 怠けるときをのぞいては
 
 こんな文章を見つけて、うれしくなったが、なかなか読み進められない。何度読んでも、意味が伝わってこない文章がいくつも出てくる。
 これは、読解力不足というより、翻訳者の悪文のせいか、もしくは翻訳者が理解できないまま訳文を書いたせいである、とジローは確信した。翻訳の翻訳が必要だとさえ思った。そして、いったん本を閉じ、ラジオを取り出し、イヤホンで高校野球実況放送を聞くことにした。
 やがて、海が見えてきた。海といっても大きな湖の入り江でもある。その昔、この湖の南端が決壊し、海に開かれ、湖に海水が流れ込んだ。海のような湖、湖のような海、水は塩辛い。
 目的の駅に電車が止まり、ジローはラジオのイヤホンをつけたまま、電車を降りた。

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 ジローがホームに立つと、線路の向こう側に海岸が見えた。山側に改札口があったが、無人駅で、そこに置いてあった小さな箱の中に切符を入れた。駅員はいないが、モルタルの駅舎には、なぜか喫茶店が併設されていて、さすがにそこには人がいる。ジローは、ぜひとも立ち寄りたかったのだが、とりあえずあの海岸を目指すことにした。
 ジローの記憶では、松林と神社があり、波のおだやかな遠浅の海だ。バックパックの中には、海水パンツがいちおう入っている。もしその気になれば、泳ぐこともできる。
 イヤホンで高校野球中継を聞きながら、ジローは歩いていく。駅の前には、鰻うなぎ屋が一軒だけ。鰻にも心ひかれたが、海へ向かった。夏の日の平日、まったくひとが歩いていない。時折、車が通りすぎるだけだ。道を尋ねることは、無理そうだ。例の海岸は、駅前の地図でだいたい予想をつけておいた。線路の踏切を越えると、海岸線に出た。家がぽつりぽつりとあり、一軒、鉄筋コンクリートの小さなホテルを見つけ、それを目当てに歩いていった。汗がまた噴き出ていた。
 甲子園のグラウンドも、三十五度以上あるのだろう。イヤホンからは、ブラスバンドの演奏と応援団の必死の応援の声が聞こえてくる。炎天下の高校生に励まされながら、ジローは歩き続けた。
 やがて、小さなホテルを通り過ぎ、海岸へ出ると、小さな神社があり、そのまわりに松が数本あった。芝生が植えられていて、寝るのにはちょうどいい木陰になっている。どうやら、ここが目的地のようだ。記憶よりずいぶん狭いことに、ジローは驚いた。その芝の上に腰を下ろした。海風が心地よい場所だ。
 ジローがラジオのイヤホンを抜くと、小さなスピーカーから割れた音の実況放送と、おなじみの応援の曲と歓声が聞こえてくる。
 海の水は、青くなく、茶色に濁っていた。たしかに、ここは海水浴場なのだが、誰も泳いではいない。海の家も、シャワー設備もなく、神社の隅にかなり臭うトイレがあるだけ。泳ぎたくなれば泳ぐつもりだったのだが、とても泳ぐ気にはなれなかった。南国のコバルトブルーの海でモモと泳いだことのあるジローには、その海は汚すぎた。
 小学生の頃に連れてこられたときには、海が汚いなどとは、少しも思わなかった。この海は、あのころの海とは、あまり変わりはないのだろう。水泳が得意だった少年ジローには、海の色は関係なく、この遠浅の海が巨大なプールに見えた。松の木陰にいるヨウ子に、その泳ぎを見せつけたくて、夢中になって泳いだ。泳ぎ疲れて、母のもとに行けば、飲み物も食べ物も十分にあった。帰りの車の中では、来年の夏がもう待ち遠しくて、悲しくなった。
 今も、ジローは悲しくなっている。少年時代にあれだけ楽しみにしていたこの海で、自分がもう泳ぐ気になれなくなっていることに。

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 ジローは、帽子をとって、芝の上に仰向けになった。松の木陰のおかげで、暑くもなく、まぶしくもない。ラジオは、放送局を変えた。リスナーからのリクエスト曲を流す前に、その曲にまつわるエピソードを読みあげる番組だった。
 ジローは目をつぶった。少年時代にはやっていた歌がやがて流れ始めた。リクエストをしたリスナーは同年代のようだった。もう三十年も前の歌をジローは口ずさんだ。当時は意味もわからずサビの部分を歌っていたが、実はせつない別れの歌だったと知り、少し驚いた。
 少年ジローは、夜、一人布団の中で、ラジオを友にしていた。部屋を明るくすることはできず、店に出ている両親はなかなか寝室には来ない。兄のイチローは寝つきがよかった。この暗闇の中の孤独は、ジローには耐え難かったが、ラジオの音楽や声があれば、その孤独も少しは紛らわすことができた。
 少年ジローの孤独は、夜だけではなかった。ジローの周りのおとなたちは、いつもイチローの世話に追われていた。ジローは、ヨウ子に頼み込んで犬を飼ったことがあるが、それも孤独を紛らわすためだったのだろうか。中年ジローには、少年ジローの心情はもう思い出せない。
 ジローは大学生になると、一人旅によく出かけた。家族や友人や恋人から遠く離れる行為は、自分が一人ではないことを、目の前にいない人が心の中に存在することを確かめる行為でもあった。何日も一人で旅をしても、そのときはまったく孤独は感じなかった。
 孤独とは、一人でいることではないのだろう。目の前に誰かがいても、その人の心の中に自分が存在しないとき、また目の前の相手が、そこに存在しても、こちらの心の中に存在しないとき、そんなときにこそ孤独を感じるに違いない。これは、リコンに至るまでの日々、ジローが感じていたことだ。おそらく、ユリ子もそうだったのだろう。
 Absence makes the heart grow fonder.「不在は愛を深める」
 ジローが、毎年、生徒たちに教えることわざだ。相手に会えないときにこそ、相手への思いが強くなる、と。ジローがこのことわざで生徒たちに伝えたいことは、学力は、教師不在の時にこそ伸びるということ。つまり、うちで勉強しろ、と。
 本当に孤独な時は、一人旅などできないだろう。今、こうして一人で小さな旅をしているジローは、目をつぶったまま、さまざまな顔を思い浮かべている。
 あの夏、この木陰に、今のジローよりも若いヨウ子がいた。少年イチローも、ここにいた。今のジローよりも若いトモカズと少年ジローが泳いでいるのを、ヨウ子はここから眺めていたのだ。ジローの頭の中で、過去と現在が混じりあい、どこにいるかわからなくなり、夢と現実の谷間の眠りに落ちていった。
 一人だけれど一人ではないと感じることができるこの場所ほど、ジローにとって昼寝に最適な場所はないだろう。

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 ジローは二十分ほど眠ったのだろう。ふと、人の気配がして目覚めた。
「あ、死んでなかった」
 五歳かそこらの少女がジローを見下ろして言った。少女は水着を着ている。
 ジローは、一瞬、自分がこの松の木陰にいることに少し驚いた。しばらく、現実を把握するまで、横になったままでいた。
「生きてるよ。心配してくれたの?」
 少女はうなずく。彼女の背後から、浮き輪を持った若い父親と、大きな帽子をかぶり、大きなバッグを持った母親がやってきて、ジローに頭を下げる。
「すみません。お休みのところをおじゃまして」
 という母親に、ジローは笑顔で、「いえいえ」と答えた。
 少女は父親に手を引かれ、海岸に歩いていく。母親は海岸に木陰を見つけ、シートを敷いて座った。ジローは上体を起こし、三人を眺めていた。水着姿の父親が、浮き輪をつけた少女の手を引いて、一緒に海の中に入っていく。
 ジローはうれしくなり、ケータイをとりだし、その光景を写真に撮った。うちに帰ってから、モモに見せようと思った。
 いつの日か、その少女もこの夏の日を思い出すだろう。木陰で昼寝していたジローのことは忘れても、両親とのこの光景は原風景として少女の記憶に残るに違いない。
 ジローは、モモがその少女と同じくらいの年齢の頃を思い出そうとした。しかし、モモが小学生になってから、つまり、シングルファーザーになってからのことはいくらでも思い出せるのだが、それ以前のことはほとんど記憶を呼び起こせなかった。
 当時、ジローは仕事人間だった。うちの中のことはすべて専業主婦の妻にまかせ、うちの外のことに専念していた。社会をよくするため、この国をよくするため、考えることも、やることもいくらでもあった。
 ある時、ジローは「これも日本をよくするためだから」と言って、うちを出ようとしたら、妻のユリ子に言われた。
「うちはよくしなくてもいいの?」
 ジローにはユリ子のその言葉に込められたメッセージが理解できなかった。ジローはうちのことで不満を感じたことは一度もなかった。
 今は、ジローにもわかっている。ジローが「世のため、ひとのため」と言うとき、すべては「自分のため」だったということが。もし、シングルファーザーにならなかったら、ジローはモモの心の中にも存在することはできなかっただろう。
 ジローは立ち上がって、海岸に向かった。親子からは離れたところで、サンダルを履いた足を水につけた。しばらく、水と戯れる親子を眺めていた。
 その瞬間、ジローは、たしかに自分がこの海で泳いだことを思い出した。
 そして、木陰に戻り、素早く水着に着替え、中年ジローは少年ジローに戻り、海に入って、泳ぎだした。

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 ジローは海から上がると、神社のすみの水飲み場の水道で軽く体を洗った。
 父親と手をつないだ少女がジローに手を振って帰っていく。
「お上手ですね」
 少女の母親がジローの泳ぎをほめた。「いえいえ」とジローは笑顔をつくった。実は、つい本気で泳いでしまった。
 心地よい疲れを感じながら、横になり、また文庫本を開いた。
 過剰労働に命をかけ、節約に明け暮れるという、労働者のこの二重の狂気の沙汰を前にして、資本主義経済の最大の課題は、もはや生産労働者を見つけることや、その労働力を倍加することではなく、消費者を新たに見つけ、欲望を刺激し、偽りの必要性を作り出すことである。
 ジローは、この文章を何往復もしてしまった。
 マジメな労働者が、過労死寸前のサービス残業にもかかわらず、低賃金に甘んじている。
 マジメであることは、美徳だ。家庭でも学校でも社会でも、そう教えられる。
 ところが、マジメであることは、ときに「上」に従順なあまり、文句も言わず、自分の気持ちを殺し、「狂気の沙汰」となりうる。資本家の搾取を、マジメな労働者たちが、図らずも支援してしまうこともある。
 ふつうに考えて、これが続くわけがない。
 しかし、最新技術を駆使したCMによって、労働者の欲望がかき立てられる。本来、必要もないモノが、幸せになるためには、さもそれが必要だと思いこまされる。「偽りの必要性」だ。
 労働者は、そんなモノを買い続けるため、マジメであり続ける。
 ジローは、CMに美女が出てくると、目がとまる。動きも止まる。モモに「なに固まってるの?」とも言われる。気をつけよう、と思った。
 やはり、「怠ける権利を宣言しなくてはならぬ。一日三時間しか働かず、残りの昼夜は旨いものを食べ、怠けて暮らすように努めねばならない」。
 そもそも、怠けるとは、サボること。その語源は、フランス語の木靴、サボだ。労働者が争議の際、木靴で機械を壊したことからきている。
 サボるとは、歴史的には、たたかう行為なのだ。
現代は、油断すれば、資本家にせかされ、必要以上のスピードで働かされ、必要以上のモノを買わされてしまう。
 やはり、「サボる権利」を宣言しなくてはならない。
 サボるとは、決して、ただ働かず、怠けることではない。自分のペースで歩くことだ。本当の自分の心の声に耳を傾け、本当の自分を取り戻す行為だ。
 それでも、マジメであることは大切なことである。ただ、何に対してマジメであるかが問題なのだ。本当の自分の心に対して、まずマジメであるべきだ。
 ジローは、今、ここで、ただ横になっていることで、全世界に向けて宣言しよう、と思った。
 万国の労働者よ、マジメにサボって、団結せよ!

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 空腹を感じ始めたジローは、立ち上がり、芝生に敷いていたシートを畳んで、その海岸に別れを告げた。無人駅に併設された喫茶店を思い出し、そこに行くことにした。
 雑誌や漫画が充実した、昭和の雰囲気の喫茶店だ。常連らしき男性客が、カウンターの隅で、たばこをふかし、新聞を読みながら、ときおり、ジローより少し若い女性店主と話している。
 ジローは、L字形のカウンターの角に座り、コーヒーとトーストを注文した。窓の向こうには、さきほどの海が見える。壁にカモメが飛んでいる写真がかかっていた。この駅のホームからの写真のようだ。ここは、冬にはカモメの名所になるらしい。
 冬にまた来られるだろうか。モモを誘えば、ついてくるだろうか。ジローはそんなことを思いながら、おしぼりで汗の塩を噴いた顔を拭いてから、コーヒーカップに口をつけた。
 トーストは厚切りで、カリッと焼かれた表面にバターがよく染みこみ、中はふわふわ、決してうちでは出せない味だ。
 ここの居心地のよさに、帰りの電車を一本見送った。
 ホームで電車を待つ間、あの海岸を眺めていた。電車が来ないので、実家に電話してみた。出たのはヨウ子だ。張りこそないが、沈んでもいない声だった。
「今、お店から帰ってきて、お父さんが、ごはん用意してくれてるとこだよ」
 かつては板前で包丁を握っていたトモカズが、今日もその腕を家族のためだけに振るう。
 ジローは今いる場所をヨウ子に告げた。
「よくジローが子どものころ、行ったねえ」
「松の木陰で昼寝もしたよ」
「あの頃の私みたいだねえ」
 他に特別言うこともないので、電話を切ろうとしたら、ヨウ子が言った。
「モモの誕生日もうすぐだね」
「プレゼントならいらないよ」
「なら、パーティーでもするかね」
 と、ヨウ子が提案したので、ジローは驚いた。何か行動を起こすことなど、ここ数カ月のヨウ子にはなかったことだ。
「何食べても、おいしくないんじゃないの?」
「それが、この頃おいしいだよ」
 先日、病院に行った帰り、トモカズと地下の食堂でうどんを食べたら、ここ数カ月で初めて、おいしいと思ったという。それ以来、食が進むようになったらしい。
 パーティーといっても、ハッピーバースデーを歌って、いつもよりちょっと豪華な晩ごはんを食べるだけのことだが、この家族には一大イベントである。
 電車が来た。
「じゃ、母ちゃん、楽しみにしてるよ」
「プリンつくるでね」
 ジローは、子どもの頃、誕生日になるとヨウ子がつくった大きなプリンを思い出しながら、ケータイを切った。
 海側の席に座ると、あの海岸が見えた。電車が動き出した。見えなくなるまで、見ていようと思った。

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 モモの誕生日は、ジローが父親になった記念日でもある。
「モモはラッキーだなあ」
「ほんと、ほんと」
 モモは珍しくスカートをはいた。今日は、ユリ子と誕生日を祝うことになっている。
「誕生会、パパのとことママのとこと、二回もやってもらってさ」
「そうそう、プレゼントも二つもらうし」
「普通のうちじゃ、こうはいかないぞ」
「ほんと、ほんと」
 ジローはモモが生まれた夏の日を思い出していた。仕事を抜け、慌てて病院に向かった。病院に着くと、すでにユリ子は分ぶん娩べん室に入っていた。間に合わなかったことが、悔しくて、涙が出そうになった。
 ジローが分娩室に入ることを許され、小さなモモを初めて見たとき、これがわが子だという実感はまったく湧かなかった。恐る恐るモモを抱き上げたときも、あまりにも小さすぎて、これが人間だとも思えなかった。
 その日、戸籍上、生物学上、ジローはたしかに父親となったが、本当に父親となったのは、やはりリコンしてシングルファーザーになってからだろう。
 年中無休の家事と育児を通して、この体を実際にモモのために動かして、頭の中の半分、もしくは半分以上が常にモモのことで占められるようになって初めて、父親としての実感が湧いてきたのだ。
 だから、ジローが父親となった記念日は、モモの誕生日ではなく、リコン記念日である。
 一方、「鼻からスイカ出すくらい痛かった」と言って、ジローを笑わせたユリ子は、たしかにあの日、母親になった。
 あの細い体と、おとなしい性格で、どうやってあの偉業を成し遂げられたのだろう。されど母は強し、とジローは思う。
 ベッドで、疲れ切ったユリ子が、それでも微笑を浮かべ、小さな小さなモモを抱いていた。その母子像は神々しく、ジローには近寄りがたかった。自然とジローの目から涙があふれた。
 ドアチャイムが鳴ると、モモがユリ子を出迎えた。
「お昼、まだでしょ?」
「まだ。おなかぺこぺこ。ママと食べる」
「あえて、食べさせてないよ」
 と、ジローも出迎える。
「じゃ、モモをお借りします」
「どうぞ、どうぞ。僕のものでもないし」
 ユリ子が笑った。
「モモはママになにプレゼントしてもらうんだ?」
「内緒だよねえ」
 と、モモが自慢げに言う。
「女の子はいろいろと必要なものがあるんだよね」
 と、ユリ子が言う。モモが思春期を迎え、ジローがユリ子を頼ることがずいぶんと増えた。
「ママとベッドも選んでくる」
「お金はよろしくね」
 と、ユリ子が言うと、ジローはうなずく。ベッドは、ジローからの誕生日プレゼントだ。
 二人は手をつないで出かけていった。十四年後の母子像は、いまだに近寄りがたかった。

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