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GROWING UP

 朝六時、目覚まし時計のアラーム音が鳴る。ダブルベッドに寝ていた僕は手を伸ばし、スヌーズボタンを押した。このボタンを押すと、五分後に また鳴るのだ。そして僕は至福の五分間を過ごす。
 六時五分、またアラーム音。ここで僕は、一瞬、考える。今起きようか、それとももう五分眠ろうか。しかし、迷うことなくスヌーズボタンを押し、また眠る。
 六時十分、今度は、隣りで眠るモモの体を揺する。小学校一年生にしては大きいが、まだまだ小さいモモの体が揺れる。
「モモ、朝だよ。起きる時間」
 不機嫌なモモがなにやらつぶやいている。眠いとか、もう少し寝かせて、とかいったようなことだろう。そして、スヌーズボタン。親子で、また五分間眠る。
 六時十五分、ここで僕は覚悟を決める。もう起きなくてはならない。今度は、スヌーズボタンを押さず、アラームのスイッチを完全に切った。
「モモ、いい加減に起きて。小学校行くんでしょ」
「まだ、眠い。百数えて」
 僕はしかたなく、数え始める。一二三四五六七八九十……。
「パパ、速すぎる。もっとゆっくり数えて」
 僕は頭に来るが、大きく息を吸って吐いて、もう一度数え直す。十一、十二、十三……。
「違う、最初から。一から数えて」
 僕はもう数えない。
「いい加減にしなさい。もう起きなさい。小学校行かないの?」
「行くけど、眠いの」 
 僕は布団をはぎ取る。それでもモモはまだ起きない。ため息が出る。怒りをぐっとこらえて、次の作戦に出る。
「姫、朝でござるよ」
 モモは目をつぶったまま笑顔になる。
「姫、姫、起きるでござるよ」
 モモはようやく目を開ける。
「じい、まだ眠い」
 モモは威張って答える。これは、このごろ二人でよくやるバカ姫ごっこだ。バカ殿の姫バージョンだ。
「起きてもらわなくては、じいは困るでござるよ」
 僕はモモを抱き上げて揺する。
「じい、抱っこで連れてっておくれ」
「姫、わかったでござるよ」
 僕がモモを食卓まで連れていき、椅子に座らせ、ようやく一日が始まる。モモは、パジャマではなく、体操服を着ている。今日は体育のある日だ。
 体操服というのは、すこぶる便利なものである。パジャマにもなるし、朝、服を選ぶ手間も省ける。
 時間はすでに六時半を過ぎている。モモを起こすまでが、毎朝、戦争である。毎日、戦法を変え、強い意志で、戦わなくてはならない。
「何食べるの?」
「餅」
 最近、ありがたいことに、モモは餅に凝っている。サトウの切り餅をビニールパックからとりだし、海苔を巻き、小皿にのせ、五十秒電子レンジで温める。その間、大小のグラスを二つテーブルに置き、大には牛乳、小には野菜ジュースを入れる。レンジから出した餅に醤油をかければ、朝食の準備は完了だ。
 モモはなかなか食べ始めない。僕は早く食べなさいと言いたくてたまらないのだが、ここでもこらえる。早く早くと言われて育てられた子どもが、暴走族に入ると聞いたことがあるからだ。
 僕はまだ朝食はとらない。モモの監視を続ける。モモは僕の目を盗んで醤油を大量に餅にかけたり、ソファーに寝ころび二度寝したりするからだ。まったく、戦争である。一秒も気が抜けない。
 モモが餅を食べている間、僕はその背後に立って、髪をとかす。この髪は、入学前に美容院に連れていき、ショートになった。モモにはショートのほうが似合うしかわいいからと言ったのだが、本当は美容師に朝時間がかからない髪型と言って切ってもらったのだ。
 ようやく餅一個がモモの腹におさまったが、まだ野菜ジュースが残っている。僕に見張られたモモは観念して、いかにもまずそうな顔をして野菜ジュースを飲み干す。
「さ、歯磨き」
 モモが、洗面台に歩いていく。今にも倒れ込んで眠りそうな足取りだ。毎朝のことだが、今夜こそ早く寝かそうと思う。
 もう七時をまわっている。体操服の上に、カーディガンを着せて、モモにランドセルを背負わせた。
「ハンカチ持った?」
 これから靴を履こうとしているモモに僕が訊いた。
「忘れた。パパ、持ってきて」
 僕はハンカチをとってくると、モモの体操服の半ズボンの後ろポケットに突っ込む。
「パパ、おなか痛い」
「じゃ、治してあげるよ」
 毎朝のように腹痛を訴えるモモは、おなかとおなかをくっつけて僕と抱き合えば治ると信じている。僕が椅子に腰掛け両手を差し出すと、モモが僕の膝にのり、胴体に巻きついてくる。この治療法は、僕があみだしたものだ。一分もそうしていれば、たいてい、モモの腹痛は治ってしまう。
「さ、いってらっしゃい」
 と、モモの背中を軽く叩き、モモを床に下ろして、立たせる。
 しかし、モモは立ちつくしている。
「パパも来て」
 僕はパジャマ姿だが、しかたなくそのままうちを出る。この団地の子ども四人が駐車場に集まって登校することになっている。そこまで手をつないで連れていく。
 女の子二人、男の一人が、すでに集まっていた。その子たちの母親や、おばあちゃんが、見送りに出ている。
「モモちゃん、おはよう」
 と、同級生の女の子が声をかけてくれる。モモは僕の手を離し、小走りでそちらに行く。
 僕は大人たちに「おはようございます」と、精一杯の笑顔で頭を下げ、モモを見送る。モモは、一回だけ振り返り、僕に手を振った。僕はうちに戻りながら、数回振り向く。モモの大きなランドセルが、振り向くたびに小さくなっていった。
 郵便受けから、新聞をとって、うちに戻ると、七時十五分、三月まで僕がまだ熟睡していた時刻だ。
 モモの小学校入学と同時に、この二人暮らしが始まり、それまでより一時間三十分も早く起きるようになった。
 僕はテレビをつけ、新聞をめくり、湯を沸かす。こんなひとときは、生まれてこのかた持ったことがない。六時起床など、年に一回あるかどうかだった。起きてから家を出るまで三十分以上かけないのが、これまでのやり方だった。これまでのやり方がまったく通じない新生活が始まったのだ。
 それにしても、早く起きて、朝刊を朝読むのも悪くない。これまで、朝刊はたいてい夜に開いた。夜には、ニュースが古くなっているので、これまではテレビ欄を眺める程度だった。やはり、朝刊は、朝読むに限る。
 それに、朝食に時間をかけられるのも悪くない。朝のコーヒーは、時間をかけて味わうほうがおいしいようだ。
 新しい生活は、そんな思わぬ収穫も用意してくれていた。

           *             *

 離婚後、モモと二人で暮らすようになって、なぜ、とよく訊かれる。
 まず、なぜ別れたかという質問。これを訊いてくる者には、一言、none of your buisiness と言いたい。まったく、もし一言で別れた理由を言えるのなら、別れていなかったにちがいない。人生はそんなに単純ではないのだ。
 だから、この質問には、答えないことにしている。
 それともう一つの質問、なぜ、モモをひきとったか。これにも困ってしまう。
 そういえば、まわりに母子家庭はあるが、なかなか父子家庭にはお目にかかることはない。それに、僕が家事、育児、そして、仕事をすべてこなせるのか、心配もしてくれているのだろう。
 ありがたい心遣いだが、これもnone of your buisiness である。
 ただ、モモと暮らすことを決めたこれといった理由はないのだが、そのことを決めた情景は思い当たる。
 それは冬のことだった。
 僕は高校教師としての昼間の仕事以外に、月に何回か労働組合や市民団体の会合に出かけなくてはならない生活を何年も続けていた。 
 次の春に離婚することが決まり、数ヶ月が経とうとしていた。専業主婦だった妻は、週末にアルバイトをするようになった。離婚を心に決めている彼女が見つけてきたバイトは、皮肉にもホテルの結婚式場での仕事だった。彼女はいったいどんな気持ちでその仕事に当たっていたのだろう。いつしか、妻の考えていることが、さっぱりわからなくなっていた。
 そんなわけで、僕は極力、週末はモモと過ごすようにした。休日に会合がある時は、モモを連れていった。
 一月、大寒の日曜日、モモを助手席に乗せて、車を走らせていた。ちょっとした会合にモモをつきあわせた帰りだった。会合の間、モモは絵を描いたり、絵本を読んだりして、よく耐えていた。
 カーラジオが、午後五時になったことを告げた。少しは日が長くなったのか、まだ明るかった。車はある一級河川の鉄橋にさしかかろうとしていた。
 それは、ふとした思いつきだった。
「モモ、ちょっと、河原行ってみようか?」
「何があるの?」
「何もないよ」
「ふーん」
 鉄橋の手前から、車は混み始めた。鉄橋をのろのろと走っていくと、河原が見えた。野球のグランドや公園があり、それらを遊歩道がつないでいる。河原の面積は、川面のそれより、はるかに大きい。
 モモは河原にはあまり興味がないようだった。それも当然だろう。外は寒いし、河原には石しかないのだ。
 やがて川の真上を走った。車窓からは、青みがかった鈍色の水面が見下ろすことができる。この川には、小学生の頃、よく釣りに来た。僕は鮎釣りに来たのだが、鮎は一匹も釣れず、ドンコと呼ばれるハゼを小さくしたような魚ばかりを釣り上げた。
「パパ、河原行ってみよ」
 モモが言い出した。まだ鉄橋を半分ほど渡ったところで、むこう側の河原なら下りられる。
「じゃ、行こう」
 二時間近く続いた会合の間、モモはずっと僕の隣りに座り、小さな部屋の中に閉じこめられていた。外がいくら寒くても、広いところに出てみたくなったのだろう。
 こちら側の河原には、公園などはなく、地面の石と、点在する枯れ野しかなかった。ここは、海までは五キロほどで、もう下流と呼んでいい地点だ。
 石ばかりの河原には轍があり、そこを通れば、車を走らせることはできた。背の高い雑草の先の揺れ具合を見ると、外の風がそうとう強いことがわかった。空っ風だ。
 水辺には、さすがに、車で近づくことはできなかった。轍がなくなり、下手をすると、タイヤがはまりそうだった。
 轍の尽きるところに、車を停めると、モモに赤いジャンパーを着せた。モモは足が地面についた瞬間、解き放たれた野鳥のように、走り出していった。スカートからはみ出たモモの両脚が心地よく回転していく。
 そんなモモの背中を見ながら、僕もジャンパーを羽織ると、マフラーを無造作に首に巻いて、車から出た。空っ風が、頬に突き刺さるようだった。
 ここから、まだ水辺は遠い。あたり一面、隙間なく無数の灰色の石があった。ほとんどの石は角がとれて丸くなっている。
 かすかに明るさを残す空にも河原にも、灰色が無限を感じさせるほど広がっていた。
 百メートルほど川上に、一台のスポーツカーが停まっているのが見えた。あの中では、恋人どうしが、人目を避けて、ささやきあっているのだろう。十年以上前に、当時の恋人を連れてここに来たことを思い出した。
 モモがなにやら叫んでいる。気づけば、モモはずいぶんと遠くまで行っていた。一面に広がる河原の灰色の中に、モモのジャンパーの赤が一点、鮮やかに映えている。
 走ってみた。モモに向かって、走ってみた。足が地面につくたびに、丸い石が微妙に動くのを感じた。
 モモと水際に立った。息は上がっていた。しばらく、しゃべるのも面倒だった。水幅は広い。向こう岸まで、四、五十メートルはあるだろう。流れは思ったより速く、うねるように海へと向かっていく。この水は、あと鉄橋を一つくぐれば、海にたどりつくのだ。
 モモがおそるおそる流れに近づき、しゃがんだ。そして、手を水の中に入た。
「つめたい」
「そりゃ、そうだよ。こんなに寒いんだから」
「パパも手入れてみて」
 しゃがんで水に手を入れてみた。たしかに、冷たい。かみつくような冷たさだ。
「パパ、落ちないでよ」
 背後にモモが立ち、ジャンパーの首のあたりをつかんでいた。
 それから、モモは、小石を拾っては、川に投げた。
「水切りって、知ってる?」
「知らない、何それ?」
 野球のアンダースローのモーションで、水面に対してできるだけ平行に石を投げた。石は、ズボッと水面に消えた。モモは、不思議そうな顔をしている。
「ちょっと待って、もっと平たい石でなきゃだめだ」
 モモは足下にあった石を拾い、手渡した。
「パパ、これは?UFOみたいだよ」
 またアンダースローで投げた。今度は、一回だけ、石は跳ねた。
「すごーい、すごーい」 
「もっとできるよ。今のは一回跳ねただけだから」
 二人で、UFOのような石を探した。そして、モモが渡す石を投げ続けた。投げるたび、指先に血が集まっていくような、しびれに近い鈍痛を感じた。
 最後に、思い切り走ったり、投げたりしたのは、いつのことだろう。思い出すことができなかった。
 どんなに力を込めて投げても、石を二回跳ねさせるのが、精一杯だった。小学校の頃、僕が投げた石が何回も跳ねていった記憶がある。
 なおも投げ続けたが、指のしびれを感じてあきらめた。それでも、初めて水切りを見たモモは、父親の業績に満足しているようだった。
 いつの間にか体が温まってきた。そして、小学校の時、水切りをしたのは静かな湖面だったことを思い出した。この川の水面のように、うねりながら流れていては、水切りはできないのだ。一人合点すると、かすかな笑みが顔に浮かんだ。
 モモは、水切りに飽きると、流木を拾っては、川に投げて流していた。
「パパ、この木、どこまで行くの?」
「海だよ」
「外国まで行く?」
「どうかな。あ、そうだ、今度さ、ビンに手紙を入れて流してみようか?」
「やりたい、やりたい」
 モモはビンが落ちてないか探して、歩き始めた。
 ビンの中に、手紙を入れて、今の時代ならEメールアドレスでも書いておけば、返事が来るかもしれない。それで、どこかの誰かにつながり、そのつながった先が、新しい世界へと通じていて、今の現状を抜け出せるのだろうか。
「パパ、この木投げて」
 モモは僕の空想を断ちきり、足下に転がる一メートルほどの流木を指さした。表面がなめらかで、直径は十五センチほどあった。軽くはなかった。両手で抱え上げると、ハンマー投げの要領で、体を回転させて、川に放り投げた。その流木は、大きなしぶきを上げて、一瞬、水の中に潜り、すぐに浮かび上がり、川の流れにのった。モモはその流木を追いかけて走っていく。黄昏時の薄闇の中に吸い込まれるモモの背中がみるみる小さくなっていった。
 何度かモモの名前を呼んだが、モモは足を止めない。しようがなく、走っていった。 すると、モモが立ち止まり、叫んだ。
「パパ、来て、たいへん。早く来て」
 ようやく追いつくと、モモが川面を指さした。
「あの木、流さなきゃ」
 モモの指の先に目をやると、半分だけ姿を現した潜水艦のような真っ黒な流木が、浅瀬に打ち上げられていた。モモの胴体くらいの大きさだ。モモにとっては、流木は海まで流れていくもので、それが流れなくては大変ということになるのだろう。
「よし、石投げてみよう」
 と、提案した。モモがどっこいしょどっこいしょと両手で大きめの石を運んでくる。それを受け取ると、流木の手前に投げ込む。その時できる波で、流木をむこうに押し出そうという作戦だ。
 橋を通る車がライトを点灯し始めた。薄闇が濃くなってきた。流木の上に出た部分は黒光りしている。
 石をいくつか投げ込んでも、流木はなかなか動かない。水分を含んで、重くなっているのだろう。
 モモが棒きれを拾ってきた。今度は、それで流木の横腹をつつこうという作戦だ。ところが、棒きれが流木に届かない。
「モモ、島をつくろう。そこに足をつけばいいよ」
 浅瀬に一点を決めて、そこに石をいくつか投げてみた。モモも投げた。やがて、小さな山の頂上が水面に出てきた。
「まだ、だめ。もっと石を投げよう」
 モモは小さい石は投げ、持てないような大きな石は手渡してきた。やがて姿を現した即席人造小島に足をついてみた。思ったより、しっかりとした足場だった。モモから棒きれをもらい、右足をそこにのせ、右手の棒でその木をついた。左手はモモとつないでいる。
 かなり重い。強くつつくと棒が折れそうだったので、そっとつついてみた。すると、木がぐらりと転がり、少しむこうに行った。
 さらに押そうとした時である。右足の島が崩れ始めたのだ。右足の足首まで水が迫っている。黒光りする流木は、ますますその存在感を増していた。モモは後ろからがんばれと叫んでいる。僕は棒でつつく手を休めることはしなかった。
 いつしか、流木と戦っているような気になった。どうしても、その木の塊を奔流にのせなくては気がすまなくなった。モモがもうやめようと言った瞬間、足場が完全に崩れた。冷たい水が一気に靴の中に入ってきた。
 いったん岸に戻った。片手をモモの肩に置き、もう片方の手で靴をつかみ中の水を出した。
「重たいよ。なかなか動かない」
「パパの靴濡れちゃったよ、これ使って」
 モモがハンカチを差し出した。
「いいよ、そんなんじゃ拭けないよ。もうどうせ濡れちゃったから、足入れて、もう一度やってみるよ」
「もう、帰ろうよ。暗くなってきちゃうよ」
「だめだめ、どうしてもやんなきゃ」
 その木の塊が、目の前に立ちはだかる大きな障害のように思えてきた。それを取りのぞかなくては、次に進めないのだ。もはや、木の塊の存在は、暗黒の象徴にまで高まっていた。
 今度は、右足をどっぷりと水の中に入、塊を棒きれでつついた。モモを引きずり込みそうなので、手はつながなかった。黒光りする潜水艦のような木の塊は、こちらを威嚇しているかのごとくまったく動じない。僕は怒りさえ感じ始めた。つつくたび、棒が弓形に反る。
 そして、最後に声まで出して、渾身の力を込めてつついた。結果は、あっけなかった。棒はぽっきりと折れ、木の塊ではなく、棒の先が奔流にのって流れていったのだ。木の塊は、すっかり闇に馴染んでいた。その上のあたりが、まだかすかな光を反射させている。木の潜水艦が勝利を確信し、僕をせせら笑っているように見えた。
  大きなため息が出た。ため息ととも、体内から気力も抜け出ていった。そして、体内にあいた穴に、敗北感が充満し始めた。
 岸に再度戻ると、先ほどと同じようにモモの肩に手をかけ、もう片方の手に持った靴の中の水を出した。モモはハンカチでその靴の濡れた表面を拭き始めた。
「パパもがんばったのになあ」
「もういいよ」
 モモはハンカチで拭くのをやめようとしない。
「がんばっても、だめなこともあるよ」
 とモモに言ってみた。
「うん」
「じゃ、帰ろうか」 
「帰ろ」
 すっかり闇に包まれる前に、急がなくてはならなかった。車からは、三百メートルほど離れていた。
 早足で歩くと、靴の中で水が奇妙な音を立てる。冷たさは、一歩ごとに、じわじわと肌に染みてくる。そんな右足とは対照的に、左手に握るモモの手が温かかった。
「そっちの手に何持ってるの?」
「パパがのっかてた石」
「あの島の」
「そ」
 それは、何という種類の石かはわからなかったが、渦が巻いている模様のオレンジがかった石だった。
「さ、急いでいこう。おばあちゃんちで、温かくておいしいもの食べよ」
 二人で走り出した。モモの手を引きながら、その手が、眠る前、温かくなることを思い出していた。 
 以上が、おそらく僕がモモをひきとることを決めたであろう情景である。妻と離婚してモモと二人で暮らすことは、川の水が上流から下流に流れるように、極めて自然なことだった。
 
 小学校入学を控えた春休みのことだ。モモは、夕食後、七時から始まるテレビのアニメを見ていた。妻は入浴中だった。
 テレビの前にあぐらをかいているモモが、背後で寝ころんでいた僕に言った。
「パパ、知ってる?」
「え?」
「ママのこと」
 僕は少し気構えた。
「ママのことって?」
「離婚するんだって」
 モモはませていて、離婚などという言葉の意味は知っている。
「ママに聞いたんだ」
「うん。パパも知ってたの?」
「そりゃね」
 モモは視線をテレビの画面からそらさない。僕はその背後で寝ころんでいた。
「大丈夫だよ」
「うん」
「ビリーみたいに、パパと暮らすんだから」
「あ、ビリーね」
 ビリーとは、映画クレイマークレイマーに出てくる少年の名前だ。ダスティン・ホフマン扮する主人公が、ある日突然妻に離婚を切り出される。妻が去った後、彼は息子ビリーと二人で暮らし始める。
 僕は、モモがこんなことになっても驚かないようにと、DVDでその映画を見せていたのだ。
 夜、ベッドに入ってから、隣りの部屋で寝る妻に隠れて、僕のノートパソコンで、DVDを見るのが、僕とモモのささやかな楽しみである。
「ビリーみたいに一緒に料理したりしよっか?」
「うん」
 僕はおそるおそるモモの横顔を見てみる。いたって普通の表情だ。
「いや?」
「別にいいけど」
 それはモモの口癖である。
 その夜、二人で湯船につかっている時にも、モモは離婚のことを口にした。
「パパ、どうして離婚するの?」
「うぅん」
「ママが嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
 僕は嘘をついた。大嫌いである。
「じゃ、なんで?」
「ママは心の病気だから」
「心の病気ってどんな病気?」
「トラウマ」
「虎と馬?」
 僕は笑う。
「パパ、何それ?」
「心の傷かな。悲しいことがあると心に傷ができるんだよ。でも、悲しいことは忘れたいでしょ。だから、いつの間にか忘れちゃうの。でも傷は残るんだよね」
「それが心の病気?」
「うん。その傷のことを忘れちゃうでしょ。そうすると、どこに傷があるかわかんなくなっちゃうから、治せなくなっちゃうんだよね」
「じゃ、思い出せばいいんじゃない」
「そう。でも、それが、なかなか思い出せないんだよね。だから病気ってわけ」
「ふーん」
 僕はひさしぶりに頭をフル回転させた。
「ママはね、このうちにいるとその傷をなかなか思い出せないみたい。だから治らない。それで、離婚しておばあちゃんちでのんびりするんだよ」
「ふーん」
 そのとき、この浴室まで、かすかに、玄関のドアが開いて、閉まる音が聞こえた。
「また、ママ出てったよ」
 モモも気づいてしまった。
「うん。そうみたい」
「どこ行くのかな」
「友達に会いにいくんじゃない。心の傷のこと相談してくるんだよ、きっと」
「あ、そっか」
 妻が長風呂だったため、湯は温かった。だから、湯船に長く浸かっている必要があった。
「ママ、帰ってくる?」
「モモがいい子で寝てれば、帰ってくるよ。心配いらないよ」
「でも、なんで離婚しなくちゃいけないの」
 モモの目は好奇心で輝いていた。
「他にもいろいろ心の病気があるからね。潔癖症とか」
「何それ?」
 僕はしばらく沈黙した。湯船の湯をかき混ぜながら、言葉を探した。
「ママはきれい好きだよね」
「うん。掃除大好き」
「あれはね、ママには、埃がなくてもあるように見えちゃんだよ。汚くなくても汚く思えちゃうんだよ」
「だからママ掃除ばかりするんだ」
「そう、パパなんか、埃の塊が歩いているみたいに見えるんじゃないかな」
 モモは笑った。
「モモにはそうは見えないけど」
「そりゃね。モモは心の病気じゃないから」
「パパ、心の病気って他にもある?」
「あるよ」
「どんなの?」
 僕は妻のアイデンティティの喪失を説明しようと、言葉を探した。
「自分がなんだかわかんなくなっちゃう病」
「そんな病気あるの?」
「あるよ。大人になったら、みんな何かにならなきゃいけないでしょ。パパは学校の先生。でもママは、今、自分がなんだかわかんなくなっちゃったんだよ」
「それが病気なの?」
「そう」
「なんで?」
「うん。もし、モモが劇に出なくちゃいけなくて、ステージに立ってるけど、自分の役がわかんなかったら困るよね」
「そりゃ、困るよ。泣いちゃうかも」
「つまり、そういうこと。わかった?」
「ふーん」
 モモは他人事のように答えて、ポケモンのおもちゃを、湯の中に沈めたり浮かべたりして遊びだした。 
 風呂から出て、歯磨きを終え、ベッドに入ると、モモが言った。
「パパ、ビリー見よ」
「もう遅いからだめだよ」
「じゃ、ちょっとだけ。料理するとこだけでいいから」
「それ見たら寝る?」
「ちゃんと寝るから」 
 僕はベッドの背もたれに寄りかかり上体を起こし、膝の上にのせたパソコンを起動させた。モモは僕の肩にもたれて少し上体を起こした。
 やがて、パソコンの画面で、ダスティン・ホフマンが出てきた。妻が出ていった翌日、息子のビリーと、フレンチトーストを作り出すが、卵を割って殻を入れてしまったり、コーヒーの豆を入れすぎたりと、悪戦苦闘する。失敗するごとにめちゃくちゃな言い訳をして、必死に楽しそうに振る舞う。結局、熱くなったフライパンの取っ手を素手でつかんでしまい、その熱さにフライパンを床に落としてしまう。頭に来たダスティン・ホフマンが壁を蹴るところで、そのシーンは終わる。
 モモは、そのシーンを見ながら、何度も笑った。同い年くらいのビリーにも親近感を持っているようだ。
「じゃ、もう寝るよ」
「いや」
「ちょっとって言ったでしょ」
「もう一つの料理のとこだけ」
「だめ」
「おねがい」
「もう遅いって」
「そこだけだから」
「絶対寝るって約束する?」
「するする」
 僕はしようがなく、映画の終わり頃のもう一つのフレンチトーストのシーンを見ることにした。
 ダスティン・ホフマンがボウルに卵を割って入れる。向かい合ってシンクの横に座っているビリーが卵をかき混ぜるフォークや、パンを父親に手渡し、流れる作業でフレンチトーストができあがっていく。
 映画の中では、二人の暮らしが始まり、一年半が立っている。その時間の流れと、親子の絆の深まりを、感じさせるシーンだ。
 モモはあくびをし始めた。
「パパ、もう寝よ」
 僕はパソコンをベッドの下に下ろし、電気スタンドのスイッチを切った。
 明朝、モモはフレンチトーストが食べたいと言い出すだろう。映画の影響を受けやすいのだ。映画でキスシーンを見れば、その翌日は必ず僕に何度もキスしてくるのだ。

 朝目覚めると、すでに妻は外に出かけていた。三月の末日、いよいよ妻が出ていく日が迫ってきた。
 僕はダブルベッドで、隣りに寝ていたモモを起こす。
「もう、起きて。朝だよ」
 いつもは目覚めの悪いモモの目がぱっちりと開いた。
「あ、サファリパーク行く日だ」
 モモがすぐベッドから出た。
「ママは?」
「もう仕事に行ったんじゃないかな」
「ふーん」
 僕はベッドを抜け出し、ダイニングに行った。とりあえず、朝食だ。
 居間には段ボールが積み上げられていた。妻が荷造りを始めたようだ。
 モモがチェックのスカートと白いとっくりセーターという格好で現れた。昨夜に決めておいたコーディネイトだ。
「モモ、コーンフレークね」
 モモがテーブルにつくと、僕がボウルにフレークと牛乳を入れた。
「はい、食べて。食べたら出発だよ」
「しゅっぱーつ」
 モモが拳を天井に向かって突き上げた。僕は、「しんこー」と言った。モモは僕の声が元気ないので不満そうな顔をした。
 素早く湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れて、テーブルにつくと、市役所の封筒が置かれいるのが目に入った。中を見ると、離婚届が入っている。何か大病を告知されたかのように、胸のあたりが落ち着かなくなった。開くと、僕の署名欄以外すべて記入済みだった。
 本物を見るのは初めてだった。なかなか緊張感を持たせる書類だ。
 僕は努めて平静を装い、モモと同じメニューの朝食をとった。

 モモはちょっとしたことですぐ泣くようになった。
 サファリパークに車で行く途中も、一回、泣いた。
 その日は天気もよくかなり暑くなった。富士山の麓のサファリパークまでは、車で二時間ちょっとである。車窓を少し開け、温まった春の風を頬に受けながら、走った。
 うちを出て一時間ほど経った頃だ。モモはおなかが痛いと言い出した。コンビニによってトイレに行くことをすすめても、モモはくびを横に振る。下痢ではないようだ。
 そういえば最近モモはよく腹痛を訴える。おそらく精神性のものなのだろう。
 車はうちに引き返すには遠すぎるところを走っていた。富士山も大きく見えてきた。
「モモ、もうすぐ着くから、我慢できそう?」
「うん、我慢できる」
 すると、突然、モモが暖房をつけた。
「ちょっと、それ一番熱くなるとこにしてるよ」
 僕が暖房を止める。
「寒いの」
 また、モモが暖房をつける。僕がもう一度消すと、モモがもう一度つけた。僕は車窓を全開にした。
「パパ、寒い。閉めて」
 ハンドルを握っている僕は、そのうち、イライラしてきた。そして、暖房を止めた。
「寒いって言ってるでしょ」
 モモがまた暖房をつける。
「パパ、窓閉めてって言ってるでしょ」
 モモは叫び声に近い声を出す。
 寒いわけがない。外を歩行者は、半袖で歩いている。
 僕が暖房を消せば、モモが即座につける。車窓を開ければ、モモが騒ぎ出す。これが何回か続いた。
 汗が出てきた。かなり、腹も立ってきた。窓を開けて、暖房を切った。
「寒ければ、おなかにタオルでも巻きなさい」
 ついに怒鳴ってしまった。そして、モモが泣き出した。僕は大きく息を吐いた。
 泣きながら、モモは暖房をつけた。僕は車窓を開け、モモが何を言ってももう閉めなかった。
 僕は車を走らせ続けた。モモの泣き声もそのうちか弱くなっていった。おなかが痛いとも言わなくなった。
 富士山はさらに大きく迫ってきていた。サファリパークはもうすぐだった。 

 サファリパークに着くと、車でライオンやキリンやゾウなどがうろつく脇を、車で進んだ。車は渋滞になるほど、数珠繋ぎになっていた。
 しかし、そのぶん車はゆっくりと進むので、じっくり動物を見ることができた。モモは後ろの座席に行き、右に行ったり、左に行ったりしながら、はしゃいでいた。
 僕はハンドルを握りながら、排気ガスの動物たちへ与える影響について考えていた。なかなか楽しめない性質なのだ。
 僕たちはサファリゾーンを抜けて、駐車場に車を停めると、昼食をとった。レストランもあったが、モモはスタンドの焼きそばとアメリカンドッグが食べたいと言った。少し、寒くなっていた。富士山の麓のため、山頂から冷気が降りてくるのだろう。僕たちは、その寒さに耐えながら、野外のベンチでそのジャンクフードを食べた。
 このサファリパークでモモが一番喜んだのは、意外にも、猛獣を見ながら車で進んだサファリゾーンではなく、おまけでつくられたようなふれあいコーナーだった。そこでは、小動物に触ったり、餌をやったりすることができた。
 僕たちは、早速、柵の中に入った。モルモットとウサギが、あわせて二十匹くらい柵の中にいて、僕がつかまえ、モモが抱き上げた。モモはほとんどのモルモットとウサギを抱っこした。
  その柵を出る頃には、すっかり黄昏れていて、ジャンパーが欲しくなるほど冷え込んできた。僕が何度も帰ろうと言っても、モモはまったく耳を貸さなかった。
 そして、羊のところに行った。入り口のところで、カップに入っていた餌が売られていた。一カップ百円で、モモが執拗にねだり、二カップ買わされてしまった。羊は思ったよりおとなしい動物だった。
 冷え込みがそうとうきつくなったが、モモは羊に餌をあげたり、体を撫でたりするのに忙しく、とても帰ることに同意しそうになかった。そこで、僕はとりあえず羊のところにモモを残して、車の中においてきたジャンパーを取りに行った。いちおう、走っていった。
 息を切らして、モモのところに戻ると、モモは飼育係の男性と仲良く話していた。おそらく四十代だろうその飼育係の男性は、長靴を履き、ホースで地面の糞を洗い流していた。もう、閉園間近なのだろう。
 モモはしゃがみ込んで、子羊の頭を撫でていた。
「パパ、この子、メメちゃん」
 飼育係の男性が、モモと子羊を眺めて、微笑んでいる。モモにその羊の名前を教えてくれたのだろう。僕はその男性に軽く頭を下げた。
 僕もモモのそばにしゃがみ込んだ。モモは「メメちゃん」と呼びながら、その子羊の背中を撫でていた。
「メメちゃんね、ママいないんだって」
「なんで知ってるの?」
「あのおじさんが教えてくれたの」
 飼育係の男性のことだ。
「メメちゃんのママはね、おっぱいくれなかったんだって」
「なんで?」
「メメちゃんが産まれた時から、おっぱいあげなかったみたい」
 動物の母性本能が絶対ではないことに、僕は驚いた。
「それでね、メメちゃん、哺乳瓶でミルク飲んでるんだよ。あのおじさんがミルクあげてるんだって」
 僕はモモにジャンパーを着せた。いつしか、飼育係以外には、誰もいなくなっていた。閉園時間はとっくに過ぎたのだろう。
 先ほどの飼育係の男性が、羊を数頭ずつ柵から出して、屋根のある建物の中に導いていく。
「モモ、もうメメちゃんもうち帰る時間みたいだよ」
 モモはメメちゃんを抱きかかえるようにして、別れを惜しんでいた。
 もうあたりは薄闇が立ちこめ、さらに冷え込んできた。手をつなぐと、モモの指先が冷たくなっていた。
「パパ、寒い」
 ようやく、この寒さに気づいたのだろう。僕は飼育係の男性に言った。
「どうもお世話になりました。遅くまで残っててすみませんでした」
 男性はホースを持ったまま、会釈した。そして、モモに微笑みかけて、手を振った。
 駐車場まで手をつないで走っていき、自動販売機を見つけると、ホットのミルクティを分けあって飲んだ。
「パパ、ひと休みしよ」
 僕たちは車の輪留めに腰をかけ、一口飲んでは、ミルクティの缶を手渡しあって、かじかんだ手を温めた。
 駐車場のまわりはまさに荒涼とした平原が続いていて、やけにさみしい風景だった。駐車場には、一台だけぽつりと僕の車がかすかな夕陽を受けて、弱い光を反射させ、その存在を浮かび上がらせている。僕は、取り残されたような気になってきた。
「モモ早く、車乗ろう」
「まだ、これ残ってるもん」
 モモが、缶を振った。
「いいよ、残りは車で飲めば」
 僕はモモを抱き上げると、車まで連れて行き、逃げるように駐車場を後にした。
「モモ、何が一番よかった?」
 僕はハンドルを握りながら訊いた。
「モルモットとウサギのとこと、メメちゃんとこ」
「ライオンとかは?」
「それもよかったけど…」
「よかったでしょ」
「うん、よかったよ。でもメメちゃんが一番かわいかったよ」
「へー、そうなんだ」
 車はようやくさみしい荒野を抜け出た。家の灯りが前方に見えてきた。
 僕が無口に運転していると、その沈黙をモモが破った。
「メメちゃん、モモと同じだね」
「ママいないから?」
「うん」
「モモには、ママはいるよ。ただ、おばあちゃんちにいるだけ」
 僕はモモの横顔を見た。モモはぼんやりと車窓の外を見ていた。離婚すると、子どもは捨てられたと感じることがあると聞いたことを思い出した。
「いつでも会えるよ。ケイタイにかければ、すぐ話せるし」
 モモは即座に妻のケイタイの番号を言った。妻が覚えさせたのだろう。
「ねえ、パパが仕事で、小学校ない時はさあ、ママんとこ行っていい?」
「いいよ。そうしよっか」
「うん」
 モモは弾む声で答えた。
「ママ、喜ぶよ。会いにいってあげれば」
「そっか」
「大丈夫だよ、大丈夫」
 とモモにいい、僕自身にも大丈夫とつぶやいた。そのうちモモは眠った。僕は信号で停まった時、モモのシートを倒した。
 
 妻が連日うちをあけるようになった。僕は学校が春休みというのをいいことに、ほとんど出勤はしないで、たいていモモと一緒にいた。
 食事は、コンビニで買ってきたものか、外食ですませた。そんな食事が続き、罪悪感にとらわれると、僕は野菜ジュースを買って、モモに飲ませた。
 その朝、僕とモモはゆっくりと目覚めた。春休み、好きな時に寝て、好きな時に起きる毎日が続いている。
 昨夜は、いとこの女子高生がこの春大学に入学したので、モモと二人で、お祝いを持っていった。彼女はモモとよく遊んでくれるので、モモはそのうちに行くのをいつも楽しみにしていた。叔父と叔母におめでとうを言ったついでに、離婚のことも伝えた。夕食をよばれて、そのとき、少し酒の入った叔父に、お説教のようなことを言われた。
 僕はすき焼きの鍋をつついていた。
「お前な、死が二人をわかつまで、とか言うだろ。あの意味わかってるのか?」
 それが始まりだった。それからは、親の責任、仕事と家庭の両立の難しさ、女親の大切さなど、三つ言えば、二つは繰り返して言った。離婚をする前に、そのようなことを考えない人間は存在しないだろう。叔父の言葉は、僕にはまったく意味のないものだった。
 そして、お前は女の扱いを知らない、と。女になめられているからそうなる、とも言った。叔父に言わせれば、女を完全に支配すれば、離婚などにはならないのだそうだ。
  早めにごちそうさまをしたモモは、いとことテレビのアニメを見ていた。叔父との話は聞こえていたのかもしれない。
「まったくお前は情けないなぁ」
 説教が続く中、僕は、ちゃぶ台をひっくり返したい気持ちを抑え、すき焼きの味に精神を集中させた。モモに聞かれまいと、何度も話の方向を変えようとしても、叔父は僕が答えるつもりのない別れる理由についても、執拗に質問を繰り返した。僕は必死に笑顔をつくり、話をそらし続けた。
 叔母は泊まっていくようにと言ったが、もちろん、僕はモモを連れて帰ってきた。
 帰りの車の中で、あまりの叔父の頭の悪さに、もう二度とあのうちには行かないことを決めた。モモにもそのことを言った。モモは「ふーん」と言ったきり、黙っていた。なぜ、叔父は芸能リポーターのようなことしか訊けないのだろう。傷口に塩をすりこむようなことしか言えない叔父があわれにさえ思えた。そして、ちゃぶ台をひっくり返さなかった自分をほめてやりたい気分になった。
 その翌朝のことである。目覚めても、不快感が、その量をまったく減らさずに体内に残留していた。
 昼近く、モモとブランチをとった。コーンフレークに牛乳をかけたもの。いちおう、野菜ジュースもコップについだ。 
 朝食後、モモは居間でビデオを見始めた。「となりのトトロ」だ。もう何回見たか数え切れない映画だ。
 僕は仕事部屋に行って、パソコンに向かった。ビデオはなかなか優秀なベビーシッターである。これで、二時間は自分の時間がとれるだろう。
 途中、うたた寝をしながら、書きかけの文章を綴り、二時間近くたった頃、モモのところに行った。
 モモは僕を見ると驚き、部屋の隅に行き、膝を抱えてうずくまった。テレビの画面では、トトロが終わろうとしていた。モモは手に紙のようなものを握りしめていた。写真のようだった。
 そういえば、トトロは、女の子二人が入院している母親を恋しがり、最後に会いにいく話だ。モモは顔を膝の間に埋めていた。
 僕が近づくと、モモは立ち上がり、逃げるように寝室へ走っていった。テレビの画面には、病院のベッドにいる母親の姿が映っていた。ビデオを止めて、僕は寝室にモモの様子を見に行った。
 モモは、先ほどと同じように、部屋の隅にうずくまっていた。泣いているようだった。そして、モモは僕の気配を感じると、また寝室を出ていった。僕はベッドの上に寝ころんだ。
 昨夜までは、モモは離婚のことを受け入れたと思っていた。
 一度だけ、モモが、なぜ妻ではなく僕と住まなくてはならないか、訊いてきたことがある。僕と住めば転校しなくてすむし、経済的にも困らないし、そのほうがママの心の病気も早く治ると説明した。モモはそれ以降、離婚の話は一切しなかった。僕はそれでモモが現状を理解して、受け入れたと思っていたのだ。
 寝室まで、なにやら物音が聞こえてきた。モモが何かを始めたのだ。紙を破るような音がした。僕はモモの様子を見に行った。
 モモは、居間にあった紙という紙を引き裂いていた。足下に、僕の読みかけの本が落ちていた。あわてて、拾い上げると、ページが破られている。
「おい、モモ、何これは。パパが読んでた本じゃないか」
 と、僕が怒鳴っても、モモは次から次へと、雑誌や新聞を拾い上げては、びりびりと破っていく。僕は先回りして、仕事部屋に行き、破られてはいけない書類を集めてまわった。
 やがて、予想通り、モモが仕事部屋にやってきた。書類やブックレットなどを手にとっては破り、手にとっては破りと、大暴れだ。
 モモが不要な書類を破くたびに、僕はわざと困ったふりをして、大声で叫んだり、取り上げたりした。モモに気のすむまで暴れてもらうことにしたのだ。
 いつしか、モモの顔は泣き顔から、いたずらっ子の顔になっていった。
 次にモモは下駄箱に行き、僕のすべての靴の紐をほどいて、抜きとった。僕は狼狽するふりを続けながら、モモを見ていた。
 モモはスニーカーを洗面所に持っていった。やがて、水の流れる音が聞こえてきた。後を追うと、モモは靴の中に水を流し込んでいた。僕はすぐに下駄箱に行くと、革靴をすべてベランダに持っていき隠した。
 その次は、モモは居間に戻り、僕の財布を見つけだして、中のものをすべて出して、床にばらまいた。
「こら、モモ、お金は大事だから破っちゃいけないんだよ」
 モモは笑顔で千円札を二つに引き裂いた。幸い、財布の中には札が一枚しか入ってなかったので、破られたものはそれだけですんだ。
 僕はこれ以上モモが暴れないようにと、抱き上げた。すると、モモはおとなしくなった。顎を僕の肩にのせて、一人で笑っている。ようやく、満足したのだろう。
 足下には、先ほどモモが握りしめていた写真が落ちていた。それには、妻がモモと写っていた。 

 朝、僕がトイレに起きて、居間を覗くと、妻はすでにいなかった。市役所に行ったのだろうか。
 前夜、僕は離婚届に署名して、捺印していた。
 離婚は予定通り、今日か明日にも決行されることになりそうだ。
 僕はモモを起こした。
「さ、モモ、朝だよ」
 モモの目がぱっちりと開いた。
「ママは?」
「いないよ」
「ふーん」
 最近、モモは妻がいない理由も訊かなくなった。
「モモ、うちに何もないから、朝ご飯食べにいこう」
「どこ行く?コンビニ行こうか」
「いや」
「じゃどこ?」
「マック」
「また、ハッピーセット?」
「うん」
 モモは満面の笑みを浮かべて、元気よく答えた。
 ハッピーセットは、ハンバーガーにポテトとドリンク、それにおおまけがついてくる。
モモのねらいは、もちろんそのおまけでついてくるおもちゃだ。
 僕はマックのハンバーガーは好きではない。モモも、いつも必ず残す。それでも僕たちは出かけた。街のはずれの茶畑に囲まれたアパートからは、車で二十分くらいのところにそのマックはある。
 ドライブスルーで、朝食を買うと、走る車内で朝食をとった。お目当てのおまけのおもちゃは、ディズニー映画のキャラクターものだった。モモは、おもちゃで遊んだり、ハンバーガーを食べたり、そして時折、僕にもハンバーガーやドリンクを手渡したりと、車内では大忙しだった。
 僕たちは行くところがあったのだ。やがて、車の中でのあわただしい朝食を終えると、目的地に着いた。
「さあ、いいのあるかな」
 と、僕が言うと、モモは返事もしないで早々と車を降り、走っていった。
 僕たちが来たのは、家具屋である。勉強机を買いに来たのだ。購入資金は僕の両親と祖母、そしてお説教をした叔父からもらった入学祝いだ。全部足して、六万円ある。机の相場はわからなかったが、これだけあれば、二つくらい買えるだろう。
 広い店内には、食卓や食器棚が並び、隅に学習机のコーナーがあった。学習机がいくつか置かれている。
「モモ、好きなの座ってみたら」
「うん、そうする」
 モモは片っ端から、すべての机の前の椅子に座っていった。
 もし、離婚の話がなかったら、勉強机は買いに来なかっただろう。妻がそれをうちに置くことに猛反対していたからだ。理由は、たった一つ、うちのインテリアにはあわないからだそうだ。
 だから、僕にとってモモの勉強机を買うことは、妻に対する一種の反抗でもあり、決意表明でもあった。
「モモ、もし机買ったら、どこに置く?」
 机に向かって何か書いているふりをしていたモモに訊いた。
「パパの部屋」
「え?そんなの無理だよ」
「置くの」
「どこに?」
「パパの机のとなり」
「並んで?」
「そ」
「どうして?」
「わからないとことかあったらきけるでしょ」
 僕の仕事部屋は、書斎と呼んだほうがいいのだろう。壁一面の天井まで届く黒いスチール製の本棚に、デスクトップコンピューターがのった大きな黒いデスク。僕は部屋の中の配置をイメージしてみた。
「モモ、向かい合ったほうがよくない?」
「だめ」
 モモにも、モモの計画があるようだ。
 僕のデスクは部屋に入ると、南向きの窓を背にして、置かれている。映画などで出てくる社長室のようだ。縦長の六畳の部屋に、机二つが並ぶほど、幅に余裕があるだろうか。
  勉強机は、この店内で見る限り五万円が相場のようだった。様々な種類があったが、僕たちが選ぶポイントは、場所のことを考えて、幅だった。モモがどうしても並べて机を置くと言って譲らないからだ。
 幅九十センチ、白木の勉強机があった。そこに並んだ中で、幅は一番狭く、値段は二番目に高いものだった。
 紺のブレザーを着た老紳士が近づいてきた。
「お嬢さんのお勉強机をお求めですか?」
 僕はいっぺんでその声と口調が気に入った。まさに、英国風ジェントルマンである。僕は背筋を伸ばして、はいと言った。僕も努めて英国風を装った。
 モモがその幅九十センチの机に座り動かなくなった。
「お嬢ちゃん、それが気に入りですか?」 
「うん」
 英国紳士が、その木材のすばらしさ、そのメーカーの信頼性について、僕に話してくれた。値段は六万六千円、六千円足りない。机の表面に触れてみた。なめらかに磨き上げられている。僕も欲しくなった。
「モモ、隣りのはどう?」
 少し幅が広くて、茶色の木の机。五万八千円だ。
「いや」
 冷たく言われた。
「パパ、これがいい」
 英国紳士は、お嬢さんはお目が高い、とほめた。
 僕は英国紳士を装うことをあきらめ、その六千円を値切ることにした。
  しかし、英国紳士は、その口調はやさしくエレガントだが、決してくびを縦には振らない。
 モモはすっかりその机が気に入り、もう自分のものと考えているようだ。近くにいた若い店員に、椅子の高さを調節させていた。
 交渉は長引き、結局、消費税だけは負けてもらい、足りない六千円は、机をうちに配達してもらった時に払うことになった。
「モモ、その机、高いけど買ってあげるから、ちゃんと勉強しなさいよ」
「うん、ちゃんとする」
 モモは、取り付けられている蛍光灯をつけたり消したりしながら、答えた。
 それから、店内を見て回った。すべての勉強机に座ったモモは、ダイニングテーブルにも興味を持ったようだ。僕もつきあわされた。テーブルにつくたびに、僕は食事を食べるふりをしなくてはならなかった。
「はい、パパ、朝ご飯ね」
 僕はぱくぱく食べるふりをして、ごちそうさまを言う。
「パパ、お昼だよ」
 また食べるまねをして、ごちそうさま。
「パパ、晩ご飯」
 僕はいい加減に食べるふりをする。
「ちゃんと食べて。はい、お夜食ね」
 このように四回食べるふりをしなくてはならない。
「パパ、こっちこっち」
 次のテーブルに行く。
「二人で暮らすようになったらね、こういうテーブルもよくない?」
「うん、そうだね」
 しかし、モモの勉強机がもう三、四個買える値段のものばかりだ。
「はい、パパ、朝ご飯ね」
 僕は食べるまねをする。もちろん、この後、昼ご飯、夕ご飯、お夜食を食べることになる。
 これを運動場ほどもある店内のすべてのダイニングテーブルで行った。
 英国紳士もついてきた。僕たちのままごとを笑顔で見守りながら、高級なダイニングテーブルにつくと、木の産地やそのすばらしさを教えてくれた。
 ようやくすべてのダイニングテーブルを制覇すると、モモは二階に駆けあがっていった。二階には、ソファーが置かれていた。そこでも、すべてのソファーに座り、くつろいだ。
「はい、パパ、ワイン」
 僕は空想のワイングラスを揺らし、香りを楽しんでから、ワインを飲み干す。少し酔いがまわり、寝ころんだ。モモは、リモコンを片手にビデオで映画を見ているふりをした。
 一人がけが十五万円、二人がけが二十五万円以上するソファーは、まさに極上だった。座ると重力が吸い取られ、その包まれるような柔らかさに、心も体も癒されるような気がした。
「パパ、これいいね」
「そりゃ、いいよ。四十万もするんだから」
 イタリア製だった。ソファーはイタリアがいいようだ。僕は目をつぶった。一日の仕事を終え、このソファーに座れば、疲れも吸い取ってくれるだろう。
 目を開けると、笑顔の英国紳士がいた。
「これはいいでしょ。座り心地が全然違いますから」
 たしかに、違う。しかし、これを買うことは、おそらく一生かなわないだろう。僕はまた目をつぶった。
「パパ、二人で暮らすようになったら、こういうの買おうよ」
「いいねえ」
 僕たちはついにインテリアの決定権を手にしたのだ。それまでは、家具の位置を移動させることさえ、厳しく禁じられ、絶対座ってはいけない椅子も絶対立ち入ることができないスペースもあった。
 そういえば、モモは「二人で暮らすようになったら……」と、さっきから何度も言っている。
 眠りそうになると、モモに起こされ、三階に行った。そこはベッドがあった。すべてのベッドで横になり、眠り、朝を迎えなくてはならなかった。
「パパ、お休み」
 僕は横になって目をつぶる。モモも僕にくっついて眠る。五秒も経てば、朝になる。
「パパ、おはよ」
「まだ眠いよ」
「パパ、起きて」 
「そうだ、モモ、学校行かなきゃ」
「じゃ、起きよ」
 そして、次のベッドに行く。するとまた夜になる。三階では、数え切れないほどの夜を過ごした。
 僕たちが一番気に入ったのは、ウォーターベッドだ。それに体重をあずけると、完全に脱力することができた。
「体に負担がかかりませんからね。疲れがとれますよ」
「目覚めはいいんでしょうね」
「もう最高ですよ。比べものになりませんから」
 英国紳士が、寝転がる僕たちに、品のいい笑顔でそう教えてくれた。
「パパ、二人で暮らすようになったら、これもいいねえ」
「うん、最高だね」
 僕は毎朝こんな心地のいいものの上で目覚めることを想像してみた。たしかに、よい。
 しかし、英国紳士の説明によると、実際には、ウォーターベッドは、電気で温めなくては使えず、けっこう電気代もかかり、十年も経つと、また十万円で水を取り替えなくてはならなくて、やっかいなものだそうだ。
 いつしか、外は真っ暗になっていた。階下に降りていくと、他に客は一人も見あたらなかった。閉店時間はとっくに過ぎていたようだ。僕たちは二時間以上もここにいたことになる。
 英国紳士は、閉店時間のことを告げたかったのだが、僕たちが何か買うかもしれないと思って、ずっと近くで微笑んでいてくれたのだろう。
 僕たちはここで数え切れない食事を食べ、数え切れない夜を過ごし、新しい生活のリハーサルは十分できた。
 その帰り、モモとホームセンターにも寄った。二人で相談して、タイマー付き炊飯器を買うことにした。これさえあれば、夕方うちに帰った時に、炊きたてのご飯が僕たちを待っていてくれるのだ。
 想像力を働かせてみると、新しい生活が、なんだか楽しみに思えてきた。
 
 いよいよ月がかわり、四月になった。まだ、勤務する学校が春休み中で、仕事は休んでいる。
 昼近くに起きて、居間に行くと、妻がテレビの前に正座して、自分の洗濯物を畳んでいる。服はいつものようにブティックの棚に置かれてもおかしくないくらい丁寧に畳まれていた。
 メイク済みの白い横顔が、あいかわらず、ため息が出るほど美しかった。妻は、その美を鎧のように身につけて、自分自身を必死に守ってきたのかもしれない。
「もう、名字かわったので……」
 もう僕の妻ではないという彼女は、手を休めず、目も合わせず、そう言った。僕はその横顔をぼんやりと眺めていた。
「あ、そう……」
 と、僕は涼しく答え、ふと「おめでとう」という言葉が、思わず出かかった。そんな言葉が、無意識に出てきそうになったのが、おかしかった。
 居間の隅に高く積まれていた段ボールは、いつの間にかなくなっている。
 彼女は、大きな旅行バッグに、最後のブラウスを畳んで入れた。
 モモが、ベッドに一人取り残されたことに気づいて、こちらにやってきた。
「ママ、おはよ」
 と、正座した彼女の膝に座り、抱きついた。
「モモちゃん、ママ行くね」
 彼女が、モモの背中をトントンと叩きながら、言った。
「もう行くの?」
 彼女はモモの肩に顎をのせて、うなずいた。
 なかなか緊張する局面である。生まれて初めての離婚をこれから経験するのだ。僕は脈拍が速くなり始めたのを感じた。
 彼女が凛として立ち上がった。その姿には迷いはないように見えた。
 玄関まで僕とモモはなんとなくついていった。彼女は靴を履きながら、顔を下に向けたまま、言った。
「どうも、今まで、お世話になりました」
 僕はなんと言っていいのかわからず、こちらこそ、と答えた。
 彼女が、ともにボクシングのリングの上で最終ラウンドまで戦った相手のように思えてきた。最後のゴングが鳴り、ボクサーたちのお互いをたたえ合う気持ちがわかるような気がした。もうたたかいは、終わったのだ。憎しみは消えた。
「ママ、いってらっしゃーい」
 モモが明るく、そして軽く言った。彼女はモモの顔を眺めて、さみしげな笑顔をつくった。
 僕は壁にもたれて、斜めに立っていた。
「あ、違った」
 今は、モモだけが、明るい表情をしている。
「ママ、いってらっしゃいじゃないね。ばいばいだ」
 僕は黙っていた。
「ママ、バイバーイ」
 最後に、モモと彼女は抱き合った。モモは彼女のほっぺたにキスをして、自分にも同じことをするように言った。
「今まで、お世話になりました」
 今度は、彼女が僕と目をあわせて言った。
 僕にはもう何も言うことがなかった。また、こちらこそ、と返した。おそらく、現在、人生の一大事を経験しているのだろう、とぼんやり考えながら、この心境は、教師として、卒業生を送り出す時のものに似ていると思った。僕はいつもなにか重大なことが起こっても、ことの重大さを実感できない。映画のワンシーンを見ているのと大して違いがないのだ。
 そして、ドアが開き、閉まった。僕の姓を名乗らなくなった彼女は、完全に、ドアのむこうの存在となった。
 これで家族の三分の一がいなくなった。振り返ると、このアパートが急に広く感じられた。涙が出るほどではなかったが、さみしい気持ちにはなった。
 それからモモがしたことは、発砲スチロールをどこからか見つけてきて、それを線引きで削り粉状にして、雪を降らせることだった。
 モモはソファーの上に立った。前妻が自分以外のものには、一切座らせなかったソファーの上にだ。
「雨よー、雪よー、降れ降れ降れ降れ」
 と、モモが変な節で歌いながら、カーペットの上に雪を降らせる。
 潔癖性だった彼女がいたなら、発狂して怒り、卒倒しかねない。
 モモは降り積もった雪をかき集めて、また雪を降らす。
 そのうち、モモはソファーの上で飛び跳ね、踊り始めた。歌も歌った。
「雨よー、雪よー、降れ降れ降れ降れ」
 モモは僕にもその歌を歌うようにと言った。僕はしかたなく、モモにあわせて歌った。まったくバカらしかったが、モモはこういったことをやりたくてたまらなかったのだろう。
「パパ、踊りも」
 僕はまたしかたなく、ソファーの上のモモの正面に立った。両手の平を合わせて、その指を絡ませた。
「雨よー」で右足でトントントンと跳ね、「雪よー」で左足でトントントンと跳ねる。「降れ降れ降れ降れ」で、左右の組んだ手を交互に上げながら、両足で高く飛び跳ねる。
 モモはなかなかやめてくれなかった。汗をかいて踊っていた。
 ようやく宗主国の支配から解放され、独立した先住民族の気分になった。僕とモモが手に入れた最大のものは、自治権だ。これからは、このうちの中のことは、二人で協議して、決定して、執行するのだ。
 雪踊りの後、僕は倉庫に眠っていた食器乾燥機を持ってきた。これも、インテリアのコーディネイト上の理由で、使用が禁止されていた。その食器乾燥機は、前の職場で結婚祝いにもらったものだった。離婚を経て、ついに使用されることになったのだ。
 白木の家具が置かれたダイニングに、その灰色の食器乾燥機は、たしかにあわないといえばあわない。しかし、これからは、僕が毎日洗い物をしなくてはならない。そんなことは言ってられないのだ。
 次に、仕事部屋に置かれていた二人がけのソファーを、居間に移動した。これまでほとんど立ち入ることさえ禁止されていた居間で、モモと二人でソファーに寝っ転がって、テレビを見ようと思ったのだ。
 モモの雪踊りと、僕のインテリアの模様替えは、独立して自治権を得た後、これまでの秩序を壊す革命でもあった。新しい生活には、過去を壊す革命が必要だったのだ。

 僕はモモと車で買い物に出かけた。まず、夕ご飯を食べなくてはならない。これまで、モモと二人の時、コンビニ弁当はさんざん食べてきた。外食も近くのところは行き尽くして、飽きてしまった。いい加減、うんざりしていたので、僕が夕食をつくることにした。とりあえず、うちから一番近いスーパーマーケットに行った。
 買い物かごを持って、肉売り場の前を歩いていると、モモが言った。
「パパ、料理つくれるの?」
「あったりまえじゃん」
 と答えたが、不安はあった。大学を出て、社会人になってからの十年間、米を炊いたことすらない。
「ほんと?」
「大丈夫だよ」
 僕はとりあえず、豚肉の細切れのパックを手にとった。モモは肉が好きだ。
 そして、野菜売り場で長ネギを買い、それからペットボトルに入ったすき焼きのタレを見つけた。卵もかごに入れた。モモは、どさくさに紛れて、おまけ付きのチョコレートをかごに放り込んだ。いつもなら文句を言うところだが、黙っていた。少しはモモのわがままも聞かなくてはならないだろう。
 米も切らしていたので、米の売り場にも行った。無洗米というものを初めて見た。とがなくても炊ける米があるとは知らなかった。こんなに便利なものはない。もちろんそれを買った。
 帰り道、僕はハンドルを握りながら、モモに言った。
「今夜はすき焼きだよ。おいしいぞ」
「やったー」
 ネギと豚肉だけだが、卵につけて食べれば、格好はつくだろう。
「そうだ、パパ」
「何?」
「マーちゃんも呼ぼう」
「そりゃいいね。そうしよう」
 マーちゃんは、本名は雅史、僕の高校時代からの友人である。年は一つ上なのだが、いつの間にか僕のほうが威張るという関係になってしまった。
 マーちゃんは、配管関係の仕事に携わり、一人で暮らしている。家族は、奥さんと子どもが二人いたのだが、今は実家に帰ってしまっている。僕はもう帰ってこないと信じているのだが、マーちゃんは帰ってくると信じている。
 すき焼きは、一緒に食べる人間が多いほうがおいしいにちがいない。
 僕は胸ポケットからケイタイをとりだすと、信号待ちの時にダイヤルして、モモに手渡した。
「マーちゃん、夜うちに来て。すき焼きあるから。うん、うん。じゃーね」
 と、モモがケイタイで言って、切った。
「モモ、マーちゃん来るって?」
「うん、すぐ来るって」
「よっしゃ」 
 マーちゃんは、僕とモモが二人きりの時に、よくうちに遊びに来た。モモが僕のケイタイで呼び出すのだ。
 モモはマーちゃんが大好きである。肉体労働で鍛えたその筋肉で、モモと真剣に遊んでくれるからだ。僕にできない力技が得意である。高い高いなどはお手のもので、モモの手や足を持って、ぐるぐる振り回す。マーちゃんは、モモの相手をしていて、疲れることも、飽きることもないようだ。
 アパートのドアを開けると、炊きたてのご飯のにおいがした。この前買ったばかりのタイマー付きの炊飯器から、湯気が出ていた。
「モモ、ご飯もうできてるよ」
「うん、ご飯のにおい。パパ、炊飯器買ってよかったねえ」
 モモは、しみじみと言った。
 そして僕は料理にとりかかった。ここ十年、インスタントラーメンとパスタ以外、ほとんど何もつくったことがない。本当にひさしぶりの料理だった。
 長ネギを斜めに切り、豚肉をパックからとりだし、それらを鍋に入れ、水を足し、すき焼きのタレを上からかけた。すぐに火が通り、そのうち、すき焼きらしくなってきた。
 それから、食器棚を覗いた。まだ、どこにどんな食器があるのかわからない。そして、彼女の成し遂げた偉業に、素直に驚いた。その食器の収納の秩序が実に美しかったからだ。
 僕はようやくテーブルに食器を並べた。モモは、移動したばかりのソファーに気持ちよさそうに寝転がり、子ども番組を見ている。
 そのとき、ドアのベルが鳴った。モモが飛び起きて、玄関に走った。
 マーちゃんが来たのだ。モモは早速、作業服姿のマーちゃんの腕にぶら下がっている。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい。マーちゃん、ご飯もうできたよ」
 僕はキッチンから声をかけた。マーちゃんにぶら下がったまま、モモが今日はすき焼きだと言っている。
「じゃ、シャワー借りるね」
「オッケー」
 マーちゃんは、いつも居間に上がる前に、靴下を脱いで足を洗う。安全靴というつま先を車にひかれても大丈夫なブーツを一日履くと、足がそうとう蒸れるのだそうだ。
 マーちゃんが足を洗い終えると、夕食の準備が整った。彼女の席にマーちゃんが座り、僕たち三人は生卵を割って小皿に入れた。
 いただきますを三人で唱和して、食べ始めた。
「パパ、おいしい」
 と、モモがすぐ言った。シンプルなわりになかなかの味だ。マーちゃんの箸のスピードも上がる。仕事帰りで、腹も減っているのだろう。
「マーちゃん、今日ね」
 モモが切り出した。
「パパとママね、離婚したよ」
 まるで、今日の天気を報告するような口調だった。
「うっそ」
 マーちゃんの箸が止まった。
「ほんと?」
 マーちゃんが僕のほうを見た。
「今日出てったよ」
 と、僕が答えた。僕の口調も軽かった。それは、僕がまだ離婚したという実感がわいていなかったせいかもしれない。。
「パパ、マーちゃんのご飯ないよ」
 僕はマーちゃんのご飯をよそった。
「これからは僕が毎日料理するから」
「えらいねえ」
「マーちゃん、おいしいよね、この豚すき」
「うん、おいしいよ。モモちゃん、マーちゃんまたごはん食べに来てもいい?」
「いいよ」
「モモ、ネギを食べなさいよ」
 と言いながら、自分がそんなことを言っていることに少し驚いた。これからは、このような小言をたくさん言うようになるのだろう。
 食後、僕が洗い物を始めると、モモはマーちゃんと遊び始めた。モモの体が上に行ったり下に行ったり、体の向きもぐるぐる変わっていく。
 三人分の食器を洗うのは、思ったより時間がかかった。洗った食器をすべて食器乾燥機に入れ終わると、ソファーに寝転がった。マーちゃんは、汗を流して、モモを持ち上げて遊んでいる。モモは頭を下にして、顔を真っ赤にさせても、笑っている。
 僕はテレビをなんとなく眺めていた。ソファーの柔らかさが、家事の疲労を吸い取っていく。瞼が重くなった。
「モモちゃん、お父さん、寝ちゃいそうだよ」
 そんな声が聞こえた。モモの笑い声も聞こえた。いつしか、僕は眠りに落ちていった。

 洗濯をしてみた。朝起きて、眠っているモモを放っておき、洗濯機の置いてある洗面所に行った。
 学生時代に使っていた洗濯機は二層式だったが、うちのは洗うところが一つしかない。使い方はよくわからなかったが、洗濯物と洗剤を入れ、蓋をして、とりあえずスタートボタンを押してみる。すると、デジタル表示が、洗濯の残り時間を告げた。四十分ほどで終わるらしい。よく見れば、タイマー設定もできるようだ。これなら、夜にタイマーをセットすれば、朝起きた頃に洗濯が終わっていて、出勤前に干すことができる。
 炊飯器と洗濯機は、やはり、タイマー付きがいい。
 僕はモモのいるベッドに戻った。明日は、モモの入学式で、僕の仕事もそろそろ始まる。だから、春休み最後の朝寝をした。
  心地よく眠っていると、ピーッという電子音で目が覚めた。それは洗面所のほうから聞こえてくる。一瞬、何がなんだかわからなかったが、すぐにそれが洗濯機の電子音だとわかった。
 脱水された洗濯物を、ベランダに持っていった。外は晴れていた。物干し竿を見上げ、水分を含んでずっしりと重くなった衣類に、洗濯ばさみを一つずつつけていく。このアングルから見る太陽が、寝ぼけまなこにやけにまぶしかった。
 干すだけでも、予想以上に時間がかかる。これが乾いたら、畳んで、それぞれの行き場所に収納しなくてはならない。まだうちのどこに何があるのかよくわからない。それに僕のワイシャツにはアイロンもかけなくてはならない。一瞬、ぞっとした。そして、つくづくこの家を出ていった彼女の偉業を思った。なかなか、やるものである。
 住み慣れたはずのこのうちが、なんだか探検に来た未開の土地に見えてきた。思わぬところに存在した未知の世界は、なかなか手強そうである。

 すき焼きのタレは、たいそうありがたいものである。パッケージの説明を読むと、これを使えば肉じゃがもつくれるのだそうだ。
 早速、夕食につくってみることにした。モモとスーパーマーケットに行き、ジャガイモとタマネギを買ってきた。モモはまた買い物かごに菓子を入れた。二つ入れたので、さんざん言いあったあげく、僕が一つ返してきた。モモが買ったのは、ポケモンのおまけ付きのラムネだった。
 キッチンに立ち、ジャガイモの皮をピーラーで剥き始めると、モモが近寄ってきた。僕が連日料理をするのがめずらしいのだろう。
 トム・ソーヤが、おばに壁のペンキ塗りを命じられた時、いかにも楽しそうに塗って、友達におもちゃと交換でやらせたことを思い出した。
「これ、すごく楽しいな。皮むきっておもしろいね」
「モモにもやらせて」
 のってきた。しかし、すぐにやらせてはいけない。
「えー、だっておもしろいもん。子どもにやらせてもいいのかなあ」
「いいの、お手伝い。お手伝いは子どもがやってもいいんだよ」
「どうしようかなあ」
「だって、ママ言ってたもん。お手伝いはいいことだって」
 モモの顔が涙を流さない泣き顔になった。
「わかった、わかった。じゃ、いいよ。やらせてあげるけど、ちょっとだけだよ」
 モモはすぐに笑顔になり、大喜びでピーラーを手にとった。しかし、なかなかうまく剥けない。イライラしてきたようだ。すぐにくじけそうになるモモは、僕に励まされながら、ようやく一つ皮剥きを終わった。
「モモ、交代して。もう一個終わったでしょ」
「だめ、もう一つやるの。お手伝い、お手伝い」
 モモは得意げにピーラーを見せびらかす。僕は悔しそうなふりをした。
 結局、モモが三つジャガイモの皮を剥き、その隣りで僕が涙を流しながらタマネギを切った。
 鍋の中に、ジャガイモとタマネギと凍ったままの豚肉を放り込み、水を入れて、火をかけた。
 炊飯器が、吸気口から湯気を出し、炊きたてのご飯のにおいをキッチンに漂わせ始めた。
 すき焼きのタレをトクトクと適当に入れて、つゆをスプーンですくい、吹いて冷ました。味見はモモにやらせた。
 モモはスプーンを口に入れたまま黙っている。僕は沈黙に耐えた。モモはやけに大人びた顔で、すましている。
「うん、いいんじゃない」
 テーブルに食器が並んだ。ご飯の入った茶碗から湯気が上がっている。肉じゃがも、食欲をそそる香りがする。
 僕はもう一品、おかずをつけた。即席みそ汁だ。テーブルの上で、お椀に味噌と具を入れて、ポットのお湯を注ぐ。これでりっぱな肉じゃが定食だ。
 モモが元気よく言った。
「いっただきまーす」
 僕はすでに次の献立を考えていた。残ったタマネギに、鶏肉と卵を加えれば、親子どんぶりができるだろう。味付けは、もちろん、万能すき焼きのタレだ。
 僕の中に料理の才能が眠っていたとは知らなかった。
「モモ、パパって料理の天才だよね」
 モモに同意を求めると、また沈黙されてしまった。
「まあまあなんじゃない」
 モモはどうして、料理のことになると、急に大人になるのだろう。僕たちは甘くてホクホクしたジャガイモを頬張った。

 モモの入学式の朝が来た。この日、僕の職場では、新年度最初の会議が予定されていたが、また有給休暇をとった。今年度は、とても仕事どころではない。
 興奮と緊張で、僕とモモはめずらしく早く起きた。といっても、七時半だが。
  まず、朝食だ。まだ残っていたコーンフレークに、牛乳をかけて、素早く済ませた。それから、大きく真っ赤なランドセルに、上靴、赤白帽、道具箱、筆箱が入っているのを確認した。次に提出しなくてはならない書類にも目を通した。諸費用を振り込む口座申告書、家庭環境調査票、健康調査票、そして学童保育申込書だ。保護者としての事務的な作業は思ったより多くて、驚くほどだった。
 モモの小学校は、一学年一学級しかない小さな学校だ。モモのクラスには生徒が三十人しかいない。学校の空き教室に、学童保育所があるという。モモは学校が終わってから、そこで僕の迎えを待つことになるのだろう。
 子どもを学校に送り出すまでに、頭に入れなくてはならないことは、数え切れないほどあるようだ。育児はまったく頭脳労働である。神経も摩耗する。頭の中に、これまで保っていた自分のためだけのスペースが、モモのことで徐々に占領されていった。
 モモを立たせて、グレイのスーツを着せた。そのは、コムサ・デ・モードだ。ちなみに、ランドセルもコムサ・デ・モードである。離婚する前、モモが前妻とデパートに行き、僕のカードで買ってきたものだ。代金は夏のボーナス一括払いになっている。
 僕は紺のスーツにクリーム色のワイシャツ、そして黄色いネクタイを身につけた。何か特別な行事の時は、いつもこのコーディネイトだ。
 その格好で、鏡の前に立った。今日は、シングルファーザーとして、公式にデビューするのだ。ピリッとしなくてはならない。僕は鏡の中のだいぶ丸くなった自分の顔に向かって、Look Up と言い聞かせた。昨年、僕の英語の授業で出てきたフレーズだ。「顔を上げて、どうどうとしていなさい」といった意味だと、僕は生徒たちに教えた。差別とたたかうエイズ患者の息子に、母親が言ったセリフだ。
 離婚の可能性が濃厚になってきたとき、僕は実家の近くに引っ越して、両親にモモを見てもらいながら、暮らすことも考えた。しかし、そうなると、モモが幼稚園からの友達と別れることになる。
 また、どこか遠くて、誰も僕たちのことを知らないようなところで、二人でひっそりと暮らすことも考えた。しかし、これは僕のスタイルではない。
 入学式は、僕にとっては、新しい状況を世間にカミングアウトする絶好のチャンスである。ひとに陰でこそこそ言われるくらいなら、僕のほうから言って回ったほうがいい。
「モモ、離婚のこと、友達に訊きかれたらどうすんの?」
 僕はモモにピカピカのランドセルを背負わせながら言った。
「きまってるじゃん」
「じゃ、なんて言うの?」
「ママは心の病気で離婚しておばあちゃんちにいるって言うよ」
 それでいい。別に隠すことではない。でも、まだ気にかかることがあった。
「じゃ、モモんち離婚してるんだって、からかわれたら?」
「そんなの、簡単、簡単」
「なんていうの?」
「うんそうだよ、っていうだけ」
「それでもしつこく言ってきたら?」
「それがどうしたの、っていえばいいじゃん」
「そっか」 
 僕は難しく考えすぎていたようだ。
 それにしても、ランドセルは大きい。少し離れて立って、眺めてみた。さすがは五万円するコムサ・デ・モードのランドセルだ。光沢に品がある。
 靴を履く前に、モモの短い髪をとかした。モモの髪も、いい具合に光沢を出している。 そのとき、ドアベルが鳴った。ドアノブが回され、鍵のかかっていなかったドアが開けられ、そこには、朝の光を背にした前妻が立っていた。心配で見に来たようだ。あいかわらず、朝から洒落ている。春らしい薄い色のチェックのミニスカートに、胸元が開いた白いブラウス、やけに顔が白く見えた。
「ママァ」
 と、モモが靴下のまま、玄関にまで出ていき、抱きついた。僕は準備しなくてはならないものはすべてそろえたことを告げた。 
 彼女をあらためて眺めると、初めて会ったような気がした。先週まで数年間、同じ空間の中で暮らしていたとは、とても思えなかった。
「モモ、靴履いて。いい靴下汚くなっちゃうよ」
 と、僕が言った。
「あ、そっか」
 モモはスーツとそろいで買った黒い靴を履いた。
「一緒に行くの?」
 と、僕が尋ねた。
「まさか、私が行ってはいけないでしょう」
 と、る依然モモの母親である彼女が答えた。僕とモモの姓を名乗らないということは、そういうことも意味するのだろう。僕は黙っていた。
 僕とモモは、彼女に見送られて、小学校に向かった。すぐに、彼女が赤い小型車で僕たちを追い抜いていった。彼女とモモは、お互いに、激しく手を振りあっていた。
 国道に出て、ガードレールの内側の歩道を歩いた。足下のアスファルトの割れ目には、タンポポがぎっしりと並んで咲いている。こんな排気ガスが多く、土も少ないところで、タンポポも大したものだ。
 Look Upと、またつぶやいてみた。僕は今にも走り出しそうなモモの手を握っていた。

 学校に近づくと、モモの同級生とその母親が何組か歩いていた。
 校門のところで、近所の真澄ちゃん母子と一緒になった。真澄ちゃんはモモと同じようなスーツ、お母さんは着物を着ていた。
 校門を入ると、桜の木があった。今年の春は例年に比べて、異常なほど暑かったため、すでに葉桜になっていた。
 歩きながら、僕が挨拶をした。
「おはようございます」
 モモにも同じことを言わせた。モモは真澄ちゃんと先に行った。
 真澄ちゃんにはたしかお姉さんが二人いる。これが三回目の入学式になるはずだ。真澄ちゃんのお母さんについて行けば、間違いないだろう。
「わからないことばかりなので、今日はよろしくお願いします」
 と、僕は頭を下げた。真澄ちゃんとモモは同じ幼稚園に行ったので、お母さんとも顔見知りである。
「モモちゃんのお母さんは?」
 Look Up と僕は心の中で言った。
「離婚したんですよ」
 真澄ちゃんのお母さんは、言葉を失い、無表情のまま固まった。
「冗談でしょ」
「ほんとですよ」
「うそ」
「ほんとですって」
「まぁ」
 僕は笑顔で言った。 
「また、いろいろ教えてください。お料理なんかも」
 真澄ちゃんのお母さんは、ややかたい笑顔をつくってくれた。

 玄関で、スリッパを履いていると、美紀ちゃんのお母さんとも行き会った。幼稚園のお母さんたちの間では、中心的な人物だった。このひとに言えば、一日で、離婚のことは広まるだろう。会うひとごとに、離婚のことを言って、固まられてはこちらが疲れてしまう。
「おはようございます」
 と、声をかけた。すると、予想通りの答えが返ってきた。
「今日はパパと一緒?ママは?」
「実は、離婚したんですよ」
 また、固まられてしまった。あちらもどう反応していいのかわからないのだろうが、僕のほうもよくわからない。
「なんで?また……」
「ま、いろいろと。一言ではねえ」
 別れた理由を答えることも、それを考えることもうんざりだ。
「大丈夫なの?」
 僕は、モモを放課後は学童にあずけて、二人で暮らすと答えた。
 美紀ちゃんのお母さんの顔を見ていると、一目で、僕に同情していることがわかる。同情されても、僕は困ってしまう。同情されることは、意外に迷惑なものだ。僕はみじめでかわいそうなひとにならなくてはならないし、相手は何をしてくれるわけでもない。まったく、同情してくれるのなら、子守をしてもらいたいものだ。
 ちょうどそのとき、すでに上靴を履いたモモが僕を呼んだ。
「パパ、早く来て」
 僕は、美紀ちゃんのお母さんに、「じゃまた後で」と言って、モモを追った。
 これで、今日中に、僕の離婚のことは広まるだろう。もう誰も固まらせたくなかった。

 入学式は体育館で、全校生徒が集合して、行われた。
 モモたち一年生は、体育館中央に並べられた椅子に、上級生、保護者、教職員に三方囲まれて座った。
 小学生にもなると、国歌斉唱があるようだ。伴奏のテープが流されている間、一年生たちは、わけがわからないまま、ぐらぐらしながら立っていた。僕はきりりと口を結んでいた。
 続いて、一人ずつ、担任の先生に名前を呼ばれた。担任の先生は、僕より少し年上らしい女性だった。やさしそうで、かわいらしい先生だ。僕までうれしくなってしまった。
 二番目に名前を呼ばれたモモは、ふにゃふにゃして立ち上がり、元気よく返事をしていた。
 式は、順調には進まない。一年生たちは、式の間中、そわそわして、来賓祝辞などまったく聞いていない。保守系の市会議員が、長い祝辞の最後に、早く話を聞けるようになりなさいと言っていたのには、僕は一人こっそり吹き出してしまった。彼は、大人も聞いてもらえるような話をしなくてはならいないことを忘れている。
 最後に、上級生たちが、校歌を歌ってくれた。一年生たちは、最後まで、ふにゃふにゃしていた。僕はふと学級崩壊のことを思った。

 式の後、モモたち一年生は、教室に行き、僕たち保護者もついていった。モモたちは自分の名前が書いてある机のところに座り、保護者たちは教室の後ろに立った。 
 先生は、あすかせんせいと呼んでほしいと、やさしい声で言った。なかなかの先生のようだ。すでに、ふにゃふにゃ一年生たちを静かにさせ、興味を一身に集めている。
「おあずかりしたお子さんたちを、手塩にかけて育てさせていただきます」  
 先生が、子ども向けの自己紹介の後、口調を変えてそう言った。僕はモモを一人で育てるわけではないのだ。なんとかやっていけそうな気持ちがしてきた。

 その後、学童保育所にモモと行った。その場所は、一年生の教室の隣りにあった。
 二つ並びの教室が、保育所のようだ。壁に本がぎっしりと並び、カーペットが敷かれていて、上級生たちがいた。寝ころんで本を読んでいたり、オセロをやっていたり、ブロックで遊んだりしている。
 その隣りの教室には、座卓が並び、すでに五人のお母さんたちが座っていた。その子どもたちは、そこにあるもので遊び始めていた。
 モモは、ひとりブロックで遊んでいる同じ一年生らしき男の子に話しかけると、一緒に遊び始めた。人見知りしないのは、父子共通の性質のようだ。
 座卓の端に座っていたシャキシャキした感じのる五十歳くらいの女性が、モモたちの面倒を見てくれる指導員のようだった。
 やがて、説明会が始まった。その指導員の女性は天野さんといった。他にもスタッフは二人いて、常に最低二人は子どもたちの世話にあたるそうだ。この学童保育所では、毎日六時まで、しかも六年生になるまであずかってくれるという。六時までというのが、涙が出るほどありがたかった。僕の職場は、ここから車で十分なのだが、五時に仕事が終わることはまずないのだ。
 宿題をやらせてくれ、給食のない日は弁当まで出してくれるという。夏休みは朝からあずかってくれるというのも驚きだった。これで、保育費は月五千円である。渡る世間に鬼はないとは、このことを言うのだろう。
 ここでは、指導員は、コーチと呼ばれるという。先生ではなく、コーチというのが、僕はやけに気に入った。モモもここで鍛えられるのだろう。
 モモは先ほどの男の子と、すっかり馴染んで、遊んでいる。少し背の高いモモのほうが威張っているように見えた。
 説明が終わって他のお母さんたちが帰ってから、シャキシャキの天野コーチにうちの事情を話しておいた。
「ま、お父さん、大丈夫ですよ」
 と、コーチはさっぱりと答えた。今日、離婚のことを話しても固まらなかった唯一のひとだった。ここには様々な事情の子どもが集まっているにちがいない。ま、大丈夫だろう。そんな気がしてきた。
 天野さんが言うには、この街の小学校すべてにこのような学童保育所があるわけではないそうだ。保育所がまったくなかったり、学校から離れたところまで子どもたちが行かなくてはならなかったり、というところもあるようだ。
 モモとの生活は、正直、見切り発車ではあったが、最初からかなり幸運に恵まれているようだ。

 無事に、小学校に入学して、学童保育にも入り、僕たちは大仕事を終えたような気になった。実際、たしかに大仕事なのだろう。
 もう昼は過ぎていたのだが、僕たちはまだ学校にいた。他の子どもたちは、すでに帰っていて、校庭には誰もいなかった。
 僕は腹が減ってきた。モモは、空腹より、校庭を独占したいという気持ちのほうが強いようだった。
 モモはスーツの上着とランドセルを僕にあずけると、校庭の中央に向かって走っていった。モモの背中が、みるみるうちに小さくなっていく。
 モモのところに向かいながら、僕もスーツの上着を脱いだ。校庭の地面をなでつける春風が、僕のワイシャツにあたり、背中がふくらんだ。
 それから、僕も荷物を芝の上にすべて置いて、二人で、ブランコに乗った。メダカの池も観察した。丸太で組んだフィールドアスレチックにも登った。
「モモはいいなあ」
 丸太の櫓の上で、校庭を見下ろしながら、隣りに立っているモモに言った。
「なんで」
「この小学校楽しそうだし、先生もやさしそうだし、学童もおもしろそうだし」
「いいでしょ」
「もう一度小学生になりたくなっちゃった」
 本心だった。
 モモの髪が、なびいている。僕のワイシャツもぱたぱた音を立てている。走り回ってほてった体には、この風が気持ちよかった。

 昼食は、ご飯だけ新しい炊飯器で炊いて、おかずはスーパーの総菜を買うことにした。モモは、買い物かごに肉団子を入れた。ポケモンラムネも一つ入れたのだが、僕との格闘の末、ある条件をのんで、今日はあきらめた。その条件とは、お小遣いを週一回もらうことだった。とりあえず、週五百円とした。
 スーパーの駐車場で、車のドアを開けようとすると、僕のケイタイが鳴った。うちの電話は、これからは留守になることが多くなるので、すべてケイタイに転送されるよう設定してある。
 決して若くはない女性のハスキーな声、すぐに河本さんだとわかった。反射的に僕は背筋を正した。
「あ、どうも、どうも」
 頭を下げてしまった。
 僕にはささやかな、されど最優先事項としている楽しみがある。それは、小説の執筆だ。学生時代に小説家を目指したが果たせず、今は地元の同人誌に拙作を投稿しているのだ。電話の主は、その同人誌のリーダーからのものだった。
「そろそろ、原稿できあがるんじゃない」
 しまった。そういえば、毎年発行している同人誌の締め切りが迫っていたのだ。
「もう他のみんなは書けてて、校正したいのよ」
「あのぉ……、実は……」
 離婚してシングルファーザーになったことを告げ、急場をしのぐことにした。
 すると、河本さんの声が、熱したフライパンに水滴を落としたように弾んだ。
「いいじゃない」
 一瞬、何のことかわからなかった。
「最高の題材よ」
「はあ」
 僕は言葉を失った。そして、つくづく、女性という種族の力強さに敬服した。
「悪いニュースだか、いいニュースだか、わかんないですけど……」
 河本さんは言い切った。
「絶対、いいニュースよ」
 河本さんは語りだした。感情に流されてはいけないこと。決して、娘かわいやの話は書かないこと。徹底的に、自分を突き放して、客観視すること。自分の代表作を書くつもりで、書くこと。
 僕は、リリーフエースとして、監督に背中を叩かれ、マウンドに送り出されるような心境になった。
「いいじゃない」
 彼女は自分の提案に満足したのか、再度そう言った。
「巻頭に載せてあげるわよ」
 ケイタイを切ってから、モモの顔を見下ろして言った。
「いいじゃない」
 彼女の口調をまねてみた。なんだか笑いがこみ上げてきた。
 僕は車をとばした。車中では、モモが何がいいのか何度も訊いてきた。

 いよいよ、六万六千円のモモの勉強机が届いた。
 僕たちは、その到着予定時刻の一時間前から、何度もうちの外に出て、トラックを待った。
 そのトラックがようやく来たのだ。
 玄関で、運転手にこの前払えなかった残りの六千円を手渡した。教育には金を惜しんではいけない。僕はゆがむ顔を、極力笑顔につくりなおした。
 運転手が助手と二人で慎重に運び入れ、僕の大きなデスクの隣りに、ひとが一人通れるほどの通路を開けて、机を置いた。
 背中には南向きのサッシ戸、モモの机は思ったよりスリムで、この部屋にぴったりとはまった。
 モモは早速椅子に座り、机に向かって、何かを書くふりをした。
 僕は机の横にランドセルをかけた。そして、自分のデスクの前に座った。僕は電源の切れたコンピューターのキーボードを適当に打ってみた。
 僕の椅子にはキャスターがついているので、床を蹴れば、滑ってすぐにモモの隣りに移動できる。
「パパ、モモが勉強わからないとこあったら、こうやってすぐ来れるね」
「モモはいいなあ」
「なんで」
「こんないい机あって。パパなんか、もらい物のぼろくてダサい机で勉強したんだよ」
「それで」
「そんなの途中で使うのやめたよ」
「で、どうしたの」
「畳に座って勉強したんだよ。だから、いいなあモモは」
「いいでしょ」
「それに頭のいいパパもいるし」
 モモは頭をひねった。
「そりゃないな」
「じゃ、わからないとこあったら、誰に勉強教わるの?」
「ママ」
「いつもいないじゃん」
「ケイタイがあるでしょ」
「あっそっか」
「パパのパパはどうだった?」
 僕はいつもモモに変なことを教える父のことを思い、吹き出した。モモはそんな父が大好きなのだ。僕はいつも困っている。
「おじいちゃんが頭いいわけないよ。モモにバカなことしか教えないでしょ」
 この前は、鼻の穴にピーナツを入れて、飛ばすことを教えていた。
 モモは、そんな父をかばいだした。
「わかった、わかった」
 たしかに、父は知的ではないが、やることなすことおもしろい。人生を肯定的にとらえ、明るく生きる術を知っている。その能力には、敬意を表さなくてはならないだろう。
 僕はまた言った。
「いいなあ、モモは」
「いいでしょー」
 モモは意地悪そうに言った。僕はもう一度子どもになりたくなった。
 それから、文房具屋に行き、ハードカバーの小さな日記帳を買った。僕の提案で、モモは日記を書くことを毎日の勉強とすることにしたのだ。
 これからは、モモが日記を書く横で、僕が新作の執筆にいそしむのだろう。

  気になり始めたことがあった。フロアに、埃が目立つようになったのだ。ランプシェードの傘や、テーブルの表面にもうっすらと埃が積もっている。
 モモも、うちが汚くなったと言い出した。
 そういえば、僕とモモの鼻が最近つまる。これは、この埃の出現と関係があるのかもしれない。
  これまで、このうちでゴミくずも見たことがなかった。ところがが、フロアを見ると、食べかすやら紙切れやら、いろいろ落ちている。
 潔癖性の前妻は、一日二回は掃除機をかけ、そのフロアをさらにワックスで磨き、常にホテル並みの清潔さを保っていた。
 僕が一人暮らしをしていたころは、掃除は一度もしたことがない。たまに、部屋を訪ねてきた来客が耐えかねた時だけ、僕ではなくその来客が掃除をした。当時は、埃など気にしたことがなかった。たぶん、埃は綿雪のように積もっていたのだが、見えなかったのだろう。見るとは、つくづく意識することだと思う。
 気づけば、タオルをしぼって、埃を拭き始めていた。僕はそんな自分に驚いた。出ていった彼女が、まだ僕の中に存在していることを悔しくも思いながら、テーブルを拭いた。鏡を拭いた。テレビを拭いた。僕はいつの間にかこのように教育されていたのだ。
 掃除を始めると、次々に埃が目に入ってきた。一カ所きれいにすると、また他の汚いところが見つかった。掃除には、きりがない。汚いところを自然に探してしまう。
 タオルを何回かしぼった。
 人間とは高度に学習する動物である。僕は掃除を効率的に行う方法を、早くも発見したのだ。
 それは、アニメの「一休さん」の歌を歌いながら掃除をすることである。
 ♪スキスキスキスキスキスキ、あ・い・し・て・る。スキスキスキスキスキスキ、一休さん。とんちは鮮やかだよ、いっきゅうひん。♪
 この歌のリズムは、掃除に実にあう。僕はリズムに合わせて、手を動かす。そのうち楽しくなってきた。次々に未開の埃地帯が目の前に開けてくる。僕は片っ端からきれいにしていく。
 モモが興味を示した。
「パパ、違うよ。一休さんは、こうやって掃除するんだよ」
 モモは雑巾がけを始めた。タッタッタッタと、フロアのむこうに走っていく。モモの短い足が、細かく刻んだリズムで動き、見ていて心地よい。
 また、っタッタッタッタと、こちらに向かってモモが帰ってくる。僕にタオルを手渡すので、シンクで濯ぐ。そして、モモにタオルを畳んで渡す。
 今度は違う方向に向かって、モモがタッタッタッタと走っていく。
 「一休さん」の歌は、モモを寺の小坊主のように働かせる効用もあるのだ。
  僕は、料理だけでなく、掃除も才能があるようだ。次々に見つかる埋もれていた才能に、僕は一瞬酔いしれ、ひとり微笑んだ。

 記念すべき入学式の日の締めくくりは、パーティである。明日は土曜日で、今年から学校が休みだ。少しぐらいモモを夜更かしさせても大丈夫だろう。
 まず最初にマーちゃんが、モモに招待された。
 僕は、ユウとキョウを呼んだ。二人は、僕の教え子である。ユウは僕が顧問をしていた水泳部のマネージャー、キョウはバタフライの選手だった。
 二人はこの春高校を卒業した。在学中、モモとは何度も会って、遊んでくれたことがある。彼女たちも、新生活を始めている。ユウはフリーター、キョウは看護学生になった。そして、まだ彼女たちの承諾はとってないが、モモのベビーシッターになることが、自動的に決まっている。
 ダニエルも、来日中のガールフレンドと来ることになっていた。ずいぶん前に、モモの入学パーティに呼ぶ約束をしていたのだ。ダニエルは、職員室の席が隣りのアメリカ人英語講師である。
 ユウとキョウは、一足早く、四時ころやって来た。今夜のパーティの準備を頼んであったのだ。
 小柄でちょこまか動くユウと、大柄で力持ちのキョウは、なかなかのいいコンビだ。僕たちは二人まとめて、ユウキョウと呼んでいる。
 ユウが部屋の片づけを始めると、キョウはバタフライで鍛えた筋肉でモモを持ち上げ、遊び始めた。
 今夜の献立は、実にシンプルだ。うどんを茹で、スーパーで買ってきた天ぷらをのせるだけだ。しかし、このうどんはただのうどんではない。讃岐うどんである。通信販売で四国から取り寄せた絶品の乾麺である。ここらのうどんとは、こしとねばりが全然違う。
 僕はモモとユウキョウをうちに残して、ケーキを買いに出た。「モモちゃんにゅうがくおめでとう」と書かれたチョコのプレートをのせてもらった。
 うちに戻ると、モモはあいかわらずキョウと遊んでいて、ユウは勉強部屋で、モモの教科書とノートに名前を書いていた。小学生がすべての持ち物に名前を書くことを僕はすっかり忘れていた。僕が礼を言うと、ユウは僕に紙切れを手渡した。
「全然、足りないよ。マスクだって、給食の時、毎日使うし、鉛筆は丸いのはだめ、赤青鉛筆は一本しかないよ」
 その紙切れは、買い物リストだった。まだまだ、買わなくてはならないものがあった。給食用のプラスチックコップ、箸箱、給食袋、遠足用のリュックなどだ。
 マーちゃんもやってきた。差し入れを買ってきてくれた。イカの塩辛とイカそうめんだった。パーティの差し入れというよりは、ただ単によほどイカが食べたかったのだろう。
 マーちゃんは、若い女の子が二人も部屋にいて、喜んでいた。教え子だよ、というと、しきりに僕が教師であることをうらやましがっていた。キョウの筋肉が疲れてくると、マーちゃんがかわりにモモと遊び始めた。
 モモは、マーちゃんに、あの雨雪踊りを教えて、一緒に踊りだした。モモは汗をかき始めていた。
 ユウキョウに手伝ってもらい、あっという間に、テーブルに食器とうどんと天ぷらが並んだ。三つしか椅子がないので、モモの勉強机と僕のデスクの椅子も出してきた。
 ダニエルとカナダ人のガールフレンドが、やってきた。その二人は、ソファーでうどんを食べてもらうことにした。ガールフレンドのジャネットは、初めてうどんを食べるということだった。
 うどんはガラスの器に氷と一緒に盛り、つゆにつけて食べた。
 ツルツルッとすすっても、決して切れることのないうどんは、歯ごたえもプリプリしていた。こんなにうまいうどんは、ここらでは、絶対に食べられない。
 ユウキョウもそのおいしさに喜んでいた。モモは、うどんを食べなくてはケーキなしと僕が言ったので、一生懸命食べていた。
 ダニエルたちは、ツルツルッと食べることが、文化の違いからどうしてもできないようだったが、delicious と言った。
 マーちゃんは、黙って、ズルズルとうどんを掃除機のように吸い込んでいた。
 ユウが気を利かせて、うどんの第二弾を茹で始めた。
 僕は離婚のことをダニエルに話した。
"I got divorced on April first. I decided to live with Momo here."
(四月一日に離婚して、モモと暮らすことにしたよ)
 ダニエルは、少し困ったような顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
"Congratulations"
 さすがは、離婚王国アメリカから来ただけのことはある。言うことが違う。もちろんダニエルの両親も、離婚している。ダニエルは、クリスマスプレゼントを二つもらえることを喜んでもいた。僕はThank youと答えた。どうやら、めだたいことらしい。パーティを開いて、正解だったようだ。
 みんなおなかいっぱいうどんを食べた。最後に残った約一杯分のうどんは、誰も食べたがらなかったので、マーちゃんが無理して食べた。
 僕はなんだか疲れて、ソファーに寝転がった。目の前では、モモがジャネットとままごとセットで遊んでいた。ダニエルとマーちゃんが、なにやら、メチャメチャな言語でコミュニケーションしている。それを聞いて、ユウキョウが大笑いしている。
「ユウキョウ、ケーキ食べよう」
 モモが飛び上がって喜んだ。ユウが紅茶を淹れ、キョウがケーキを切る。
「モモちゃん、またパパ眠りそうだよ」
 と、マーちゃんが言っているのが聞こえた。マーちゃんが来ると、自動的に瞼が重くなるようだ。思えば、今日一日本当に忙しかった。疲れが蓄積して、体が重くなり、ソファーに沈んでいくような気がした。僕はまた眠りに落ちていった。

 しばらくして、目を覚ますと、ソファーテーブルの上に、僕の分のケーキが置かれていた。
 ユウキョウを中心に、すでに片づけが始まっているようだった。モモも手伝いらしきことをしていた。
 十一時を過ぎ、みんなが帰っていった。最後にユウキョウが帰る時、あれほどはしゃいでいたモモが泣いた。ユウキョウが交替でモモを抱きしめた。
 そして、二人きりになると、今度は僕が抱き上げて、ベッドに連れていった。
  僕は、明日は映画でも見に行こうと言って、寝かしつけた。

 ついに僕の新学期も始まった。春休みは、完全に終わったのだ。そして、モモの授業が始まった。
 初めて、六時に起きた。七時には、モモに朝食を食べさせて、服を着せて、必要なものが入ったランドセルを背負わせて、送り出した。
 僕たちはこれまで寝ていた時間に、一つ大きな仕事を終えた。
 僕は自分でアイロンをかけたワイシャツを着て、レジメンタルのネクタイを締め、紺のスーツに腕を通した。
 今年度は一年生のクラス担任になることになった。今日は、二、三年生の始業式、明日が僕のクラスの生徒たちを迎える入学式だ。
 僕が勤務する学校は、工業高校である。女生徒が一握りしかいなくて、とにかくヤンキーが多い。
 朝、駐車場で車を降りて、歩いていると、そんなヤンキーの一人に話しかけられた。柳田というその生徒は、背が高く、スキンヘッド、応援団の一員でもある。
「先生、どうよ、このごろ?」
  僕はヤンキーたちになめられいるせいか、よく話しかけられる。自分では親しまれていると思ってもいるため、そんな馴れ馴れしい彼らが嫌いではない。
「おう、ま、よくないな」
「奥さんとはどうよ?」
 柳田は、会うたびいつもそう訊いてくる。だから、夫婦不和のことも知っていた。
「離婚したぜ」
 僕は隠すつもりはない。
「うっそぉ、まじ」
「こんな嘘ついても楽しくないよ」
 柳田は気まずそうな顔をした。
「先生、娘さんは?」
「一緒にいるよ」
 柳田は僕がモモをひきとったことに驚いたようだった。彼のうちは、たしか母子家庭だったはずだ。
「先生、なんで?」
 僕は返答に困った。
「たしかにあっちに娘ひきとらせる選択肢もあったな」
「俺ならできないなあ」
 彼の目が、尊敬のまなざしになった。
「ま、人生にはいろんなことがあるよ。君も大人になればわかるよ」
 僕より頭一つ分背が高い彼が、僕の肩を叩いた。
「先生、がんばってや」
「おうよ」
「先生にいい女探しとくから」
 僕は笑って、答えた。
「しばらく女はいいよ。お嬢で充分」
 これで百人単位で、生徒たちに伝わるだろう。全校に知れわたってくれれば、助かる。いちいち会う生徒ごとに、離婚のことを言うのも、面倒だからだ。
 午前中に、始業式があり、その後、大掃除をするだけで、用事がない生徒は放課となった。
 この日、廊下ですれ違ったり、大掃除を一緒にやった生徒たちは、僕の顔を見ると必ず夫婦関係のことを訊いてきた。彼らの間で、僕の夫婦不和がそこまで広まっていたのだ。正直に僕が答えると、決まって生徒たちは固まった。これもあと数日だろう。二、三日後には、全校に広まるはずだ。

 僕は生徒会の担当である。生徒会執行部のメンバーは十人いて、放課後はたいてい生徒会室にたむろする。新学期の生徒会は忙しい。一年生を迎える会、部活動説明会、生徒会予算案作成などで、これから毎日追われるだろう。
 教師の仕事は、五時に終わることはほとんどない。生徒会活動は、特に生徒総会や学園祭の前など、八時九時まで生徒が学校に残り、僕もつきあっていく。
 モモをひきとると僕が言った時、前妻が、仕事と育児の両立はできるのかと、訊いてきた。僕は、仕事を減らすと答えた。私のためには減らしてくれなかったのね、という彼女の言葉がまだ耳に残っている。
 仕事を減らすことは、たしかに難しいことだろう。今まで仕事は家に持ち帰らず、学校に残って終わらせていたのだが、これからはそうもいかないだろう。何しろ、毎日六時までには、モモの迎えに行かなくてはならないのだ。
 生徒会活動などで、どうしても六時に仕事が終わらない時には、いったんモモを迎えに行って、学校に連れて戻ってくるしかない。学校で、夕食にほかほか弁当でも食べることになるのだろう。
 生徒会執行部のメンバーたちは、僕の離婚のことはすでに知っているようだった。
 昼食を店屋物で食べて、生徒会室に行くと、メンバーたちが五人弁当を食べていた。
「先生、ほんとに?」
 副会長の正夫が、僕の横に寄りそうように立って、ささやいた。そういえば正夫は柳田と同じクラスだ。そんな正夫は、このメンバーの中では、恋愛経験豊富で、唯一大人の会話ができる生徒である。
「おう。やばいって言ってただろう」
「それは、聞いてたけど……」
 会長の麻美は、このことについては何も触れなかったが、一言だけ言った。
「モモちゃんの面倒、私も見てあげるね」
 さすがは会長。同情するなら子守して、という僕の心境がわかっている。
 麻美は、小さな弁当を食べ終わると、ホワイトボードになにやら書き始めた。
「みんな、今年の私たちの目標ね」
 会議の効率化、と麻美は赤字で書いて、にっこりと笑った。
 これからは、彼女たちにも助けてもらうしかないだろう。
 
 新年度になっての大きな変化がある。それは、これまでは勤務中に仕事以外のことを考えることはほとんどなかったのだが、今は常に頭の半分、いや、それ以上がモモに占領されているということだ。僕が必死に守ってきた頭の中にある自分のためだけのスペースも、洪水が起こってそこに大量の水が一気に流れ込み、沈下してしまったかのようだ。
  僕の学校の始業式であるこの日が、モモの実質的な小学校デビューだった。初めての授業、初めての学童があるのだ。
 幼稚園では、モモは母親がつくった弁当を毎日食べ、二時にはうちに帰ってきていた。これからは、朝七時にうちを出て夕方六時まで、一日の半分は小学校と学童で過ごすことになる。
 僕はこの日の午後、翌日の入学式の準備をすることになっていた。新入生とその保護者たちに話すことを考えなくてはならなかったし、配布物の整理をして、当日の新入生たちの動きとタイムテーブルも頭に入れなくてはならなかった。それだけではない。新しい教科書にも目を通さなくてはならないし、出席簿なども作成しなくてはならない。
 しかし、その日、生徒会室に顔を出した後、気づくと僕は自動車のハンドルを握っていた。学童保育所に向かったのだ。モモがどう過ごしているか、無性に気になり、自分の目で確かめなくては気がすまなくなったからだ。
 この日は、給食がまだ始まっていなくて、モモたちは学童で支給される弁当を食べることになっていた。知らない子どもたちに囲まれ、モモは大丈夫だろうか。
 小学校の駐車場に車を停め、おそるおそる学童保育所に向かった。そして、窓の外から中を覗くと、四十人ほどの子どもたちが座卓のまわりにぎっしりと座り、にぎやかに昼食をとっていた。その中に隣りの子どもと笑顔で話しながら、おにぎりを頬張っているモモがいた。中から、天野コーチがあわてて出てきた。
「お父さん、お迎えですか?」
 僕は驚いた。僕もあわてて何でもないと答えた。とても我が子の様子を見に来たとは言えなかった。
「ちょっと、学校に用事があったものですから」
 そのとき、モモが僕を見つけた。モモは隣りの子どもに僕を指さして何か話している。僕が手を振ると、モモは面倒くさそうに振りかえした。
 僕は急いで、勤務に戻った。職場で、誰かが僕を捜しているかもしれない。そういえば、教頭に何の届けも出していない。
 またハンドルを握り、来た道を戻りながら、笑ってしまった。すっかり親バカになっている自分がおかしかったのだ。

 新入生を迎えることは、担任教師にとっては、一大事である。本来ならば、緊張するところである。
 僕は礼服を着て、入学式の式場である体育館の中にいた。BGMのG線上のアリアを聴きながら、静かに新入生を待っていた。
 親子連れが次々と入ってきて、後ろの保護者席と前の新入生席に別れて、ずらりと並んだパイプ椅子の空席を埋めていく。
 この学校は、八クラスあり、一クラス四十人で、新入生は全員で三百二十人だ。真っ黒な詰め襟の制服を着た、生徒たちがそれだけの人数かたまって座ると、なかなかの光景である。
 やがて式が始まった。全員が起立して、君が代斉唱を行い、担任教師が自分のクラスの生徒の名前を一人ずつ呼んでいく。名簿には、ふりがながついていて、ただそれを読み上げるだけなのだが、緊張のためか、毎年必ず何人かの担任教師は名前を呼び間違える。
 僕は頭の半分は、モモとのことにとられているため、緊張も半分のようだった。僕は一組の担任で最初に名前を呼んだが、つかえることも読み違えることもなく、僕のクラスの四十人の名前を読み上げた。
 その後、二百八十人の名前が呼ばれる間、僕は夕食に何をつくるか、ずっと考えていた。そろそろ揚げ物に挑戦してもいい頃だ。
 全員の名前が呼ばれるまでに、むこう三日間の献立が、頭の中にできあがった。
 そして、校長式辞、来賓祝辞が長々と続く。また、モモのことが気になり始めていた。今頃、モモは学校でひらがなでも習っているのだろう。僕はこの後、教室に新入生たちとその保護者たちに、何か語らなくてはならない。所信表明演説のようなものだ。
 それにしても保護者たちは大したものだ。すでに子どもを高校生まで育てあげているのだ。モモは小学校一年生、、あと九年もある。
 さほど緊張することもなく、式が終了した。新入生たちを連れて式場を出ると、同僚が僕たち担任教師にお疲れさまと言ってくれる。そのとき、ずっと緊張していた隣りのクラス担任は、ようやく今日初めての笑顔を見せた。彼は僕と同い年だ。
 無言で緊張した面持ちの新入生たちをぞろぞろと引き連れて、階段を上り、教室に連れていった。僕は彼らに番号順に座るように指示した。工業科の僕のクラスには、男子生徒しかいなかった。 
 真っ黒な襟詰めを来た彼らは、ほとんど見分けがつかない。彼らの顔と名前を覚えるのは一苦労だろう。
 少し遅れて、保護者たちが教室の後ろに入ってきて、背面黒板の前にずらりと並んだ。
 ここで、僕は所信を表明するのだ。まずは僕の名前を黒板に書いた。
「一年生のクラス担任をするのはこれで三回目です」
 と、切り出し、今朝思いついたことを言った。
「以前は俺についてこいという気持ちで、指導していましたが、もうやめました」
 一部の保護者たちの顔色が曇る。
「だいたい、今まで、生徒たちは僕についてきてくれませんでしたし、だいたい僕についてきたら、僕を超えることができなくなってしまうんじゃないでしょうか。僕はここにいる新入生たちとともに成長していきたいと思っています」
 何人かの親が笑った。生徒たちは、まったく表情を崩さない。
 そのあとは、連絡事項を伝えた。雑巾を二枚持たせてほしいとか、欠席や遅刻の時は学校に電話してほしいとか、そういったことだ。
 保護者たちを見ていると、子育ての大先輩に思えた。子どもを一人、高校生まで育てることは、並大抵のことではないはずだ。まだモモは小学校に二日しか行っていない。義務教育を終えるまで、日数では、いったい、何日になるのだろう。僕は、この保護者たちの偉業に感心した。
 新入生たちを育てるにも、モモを育てるにも、僕自身が育っていかなくては、とても追いつかないだろう。
 今、生徒たちの後ろには親たちが立っている。ほとんどが母親だ。明日から、この教室には、生徒たちしかいないのだが、僕はやはり彼らの後ろに親の存在を感じるのだろう。これも大きな変化の一つだった。
 新入生たちが帰り、教室に一人残されると、ふと、ある英熟語が頭に浮かんだ。grow up、それは他動詞でもあり、自動詞でもある。「育てる」という意味もあれば、「育つ」という意味もある。新入生と親たちが帰った後、このことも所信表明演説で言えば、かっこよかっただろうと思った。 

 僕は洗い物が好きである。ずいぶん前からそうだった。学生時代一人暮らしをしていた時も、まだ妻がいて三人で暮らしていた時も、食器洗いは積極的にこなした。なぜ好きだったのかは、よくわからない。好きなものには、あまり理由はないようだ。しかし、それ以外の家事はほとんどやらなかった。やらなかった理由は明確である。面倒くさかったのだ。
 最初は天文学的数字で表現しなくてはならないほど膨大な量に思えた家事も、なんとかこなせるようになった。一日で全部やろうと思わず、何日かに分割してやるということを学んだからだ。今日洗濯をしたならば明日アイロンをかけるとか、二日分の食材を買い込むとかいった技術を習得したのだ。
 それにしても、驚かされるのは、前妻が残していったシステムだった。たとえば、洗濯物が、キッチンで使うもの、寝室で使うもの、浴室で使うものと、それぞれの場所にきちんとしまってある。しかも、限られたスペースに最大限収納されるように、畳み方も統一されている。このように完璧なまでに効率を考えて構築されたシステムは、僕の仕事ではないことだ。
 キッチンにも、システムは存在していた。食器や鍋の収納、調味料も秩序正しく整頓されている。僕は高度な文明を持った隠された王国を発見したような気がした。
 家事は、システムなのだろう。日々の努力と工夫の積み重ねが、このような王国を築いていくにちがいない。
  僕は前妻とは違い、完璧主義者ではないので、もちろん家事の手抜きはする。いや、せざるをえない。しかし、無菌室のようなきれいなうちに結婚以来暮らしていたせいか、うちの中が散らかっていたり、汚くなっているのが、気になるようにはなっていた。
 そこで、掃除については、五分あれば完璧に片づききれいになる状態を保つ、というのを基準とした。五分で片づききれいになるのなら掃除をする気にもなるのだが、五分以上かかるのなら、僕の性格なら面倒でいやになるだろうからだ。
 このように、僕は、不完全ながらも、自分自身のシステムを構築しようとしていた。
 家事をいろいろとするようになって、一つ気がついたことがある。それは、以前は大嫌いだった家事が、いつの間にかわりと楽しくこなせるようになっていることだ。これは、不思議だった。
 彼女がいる頃は、下心があり点数稼ぎのために皿を洗ったり、彼女に命じられて義務感でしようがなく洗濯物を干したりしていた。
 今はただ、僕とモモが快適に暮らせるように、家事をするだけで、点数稼ぎする必要もなく、誰にも家事を命じられることもない。受け身の家事から、主体的な家事に転じたのだ。より快適に暮らすためという積極的な動機でする家事は、攻めの家事である。こちらの家事は、あまり苦にならないようだった。

 ひとの心というものは、思わぬ変化をしていく。
 離婚する前、僕がもっとも恐れていたものは、孤独だった。ところが、モモとの生活には、孤独に浸る暇などは一切ない。しなくてはならないことは、いくらでもあった。家事と育児は、どこまでやっても、終わりがないのだ。終わりもなければ、休みもない。集中力と忍耐力が、常に必要とされる。
 しかし、そんな毎日は、発見の連続で、目の前の世界が新鮮に映り始めたのも事実だ。これは今までに味わったことのないかなりエキサイティングな経験だった。離婚後、僕の心を埋めたものは、孤独ではなく、そんな新鮮な世界に囲まれて妙な充実感だった。
 僕はつくづく世界の半分を見てこなかった、と思う。たとえば、これまでは、本屋に行けば、真っ先に海外文学の新刊をチェックした。そのあとには、日本文学にも目を通した。だいたいそれだけで一時間は経ってしまう。立ちっぱなしで、足が疲れ、他のジャンルの本に目を通すような気力が残っていなかった。ところが、今では、本屋に行くと、小説以外のものも目に入るようになってきた。まずは、オレンジページやレタスクラブといった料理やインテリアの主婦向けの雑誌などだ。簡単料理特集とか、梅雨の黴対策などが載っている雑誌は、必ず手に取った。最初は気恥ずかしさもあったが、今ではどうどうと買うようになった。家事をしていることに、誇りさえ感じるようになっている。
 テレビを見ていても、見えるものが違ってきた。こんなにも多くの便利な洗剤や掃除グッズのコマーシャルがあるとは知らなかった。
 料理番組もこんなにもたくさんあり、どれを見ても、実用的でおもしろく、飽きることはなかった。
 もちろん、そういったコマーシャルや番組は今までもやっていたはずだ。ところが僕はまったく目にも気にもとめていなかったのだ。このことに気づくと、前妻のことも、半分は見ていなかったことにも気づいた。それはおそろしいことだ。もし、僕が自分の半分も無視されていたとしたら、一ヶ月も耐えられないだろう。
 新婚時代、彼女は数万円する鍋のセットを欲しがった。僕はその購入には賛成しなかった。そして、彼女は少し涙を流してそれをあきらめた。今は、その気持ちがわかるような気がする。
 今まで見過ごしてきた世界の半分の中心は、灯台もと暗し、意外にもこのうちの中にあった。そして、この空間は創意工夫と努力で、どうにでもなるクリエイティブなものだった。
 攻めの家事は、創作活動である。創作家は、道具や材料に妥協はしない。彼女があの鍋を欲しがったのも、当然のことだろう。
 近所のスーパーも、新世界だった。そこで僕が今まで買ったものといえば、パスタとレトルトパック入りのミートソースくらいなものだった。今こうしてスーパーに通うようになると、これほど奥の深い場所だったとは知らなかった。野菜や肉は、毎日、値段が変わる。特売品も日替わりだ。季節が変われば、品揃えも変わるのだろう。他の客が、何を買っていくかこっそり覗くのも、密かな楽しみとなった。
 大きな家を見ると、これまでの僕だったら、どんな職業の人間がこれを建てたのか、そのぐらいしか頭に浮かぶことはなかった。今、真っ先に頭に浮かぶことは、さぞかし掃除が大変なのだろう、ということだ。掃除の時は、掃除機を二階にまでもっていくのだろうか、それとも、掃除機が二台あって、一階にも二階にもあるのだろうか。一度、訪ねて訊いてみたかった。
 つくづく、ものごとはあるから見えるのではなく、見えるからあるのだ、と思う。見るということは、その対象について、考えるということなのだろう。
 料理も立派な創作活動である。これのいいところは、作品の評価や批評がすぐ出ることである。つくって、おいしければ、いい作品となる。モモはなかなかの批評家である。一口食べて、まずいと言ったら、もう食べてはくれない。僕がモモのぶんもしぶしぶ食べていると、モモはさっさと餅に海苔を巻いてレンジでチンして、勝手に食べ始める。餅は、朝食にもなるし、僕の料理が駄作の場合の非常食にもなる。まったく、ありがたい便利なものだ。
 僕はモモというすぐれた批評家を得て、料理の腕が、日に日に上がっていった。そして、ついにモモもパパの料理はどうかと誰かに訊かれると、おいしいと答えるようになった。
 ただ、料理で一つ難しいことがあった。それは、僕とモモの食べるちょうどいい分量の料理をつくることだ。料理の本は、たいてい、四人分か二人分の分量のものばかりだ。本の通りにやると、スーパーに行っても、すぐ買いすぎてしまう。モモの体重は僕の三分の一、したがって、食べる量も三分の一だ。だから、僕は約一・三人分という微妙な量をつくらなくてはならない。これが不可能に近かった。
 しかし、この問題もすぐに解決することになる。それは、多くつくりすぎたら、マーちゃんに電話すればいいと気づいたからだ。おかずあるよと言うだけで、三十分以内にタッパー持参のマーちゃんが、玄関に現れる。これで、つくりすぎの問題はなくなった。僕はこれで一安心した。
 
 モモは、夕方が苦手のようである。
 僕は、六時少し前に、勤務校を出て、車をとばして、モモの迎えに行く。それまでに終わらない仕事は、持ち帰るか、誰かに頼むか、それでもだめなら手を抜くことにした。
 僕が小学校の駐車場に車を停めて、学童の部屋を覗くと、たいていモモは二、三人の子どもと、テレビを見ている。学童では、五時からテレビを見ることが許されているのだ。
 いつも、僕はモモの顔を見ると、ひさしぶりに会うような気になる。朝七時から夕方の六時までの約十一時間ぶりの再会だ。モモは映画のシーンのように、両手を広げて、パパと叫びながら走ってくる。モモは、以前一緒に見た映画のまねをしているのだ。僕はモモにつきあって、大きな一年生を抱き上げる。そういえば、抱っこの回数と時間はずいぶんと増えた。先日、風呂の鏡の前で大胸筋が少し発達していることに気づいたが、間違いなくこれが原因だろう。
 モモは体重が二十キロ以上ある。背は三年生並みだ。そんなモモをずっと抱き上げていれば、もちろん、疲れてくる。そして、機嫌も悪くなる。
 僕がそんな状態になるような時、かならずモモも一日の疲れからか、機嫌が悪くなる。疲れて機嫌の悪い二人が、同じ空間で一緒に暮らすことほど大変なものはない。
 そんな時、喧嘩は、ほんの小さなきっかけから始まる。少しのことで、モモが腹を立て、僕にバカと言い、その言葉遣いをとがめるのが、きっかけになることもある。ほんの些細な手伝いを頼んで、やるやらないの議論が、白熱して喧嘩になることもある。
  モモが小学校に行き始めて、一週間も経たない頃のことだ。僕は夕飯のおかずをつくり始めた。モモのリクエストで、鶏の唐揚げに挑戦しようとしていた。
 ランドセルを背中から下ろしたモモが何かを探していた。
 揚げ物は、まだ二回目、少し緊張気味だった。
「パパ、ここに置いてあった、お花は?」
 一瞬、何のことかわからなかった。
「知らないよ」
 僕は、モモに背を向けたまま答えた。
「あったでしょ。赤いお花が」
 まだ何のことだかわからない。
「テーブルの上に朝あったでしょ」
 と、モモが怒りで声を上げた。
 ようやく思い出した。朝、テーブルの上に小さなバラの造花が置いてあった。モモがどこかから出してきて、置きっぱなしにしたものだ。
「あったよ」
「どこにあるの?」
「ないよ」
 僕はおそるおそる鶏肉を油の中に入れていく。この前、揚げ物に挑戦した時は、油が飛んで痛い目を見た。僕は料理するようになって、ものごとを慎重にすすめるということを学んだ。
「パパ、お花は?」
 きつね色に揚がった鳥肉を、菜箸でつまむ。油がぽたぽた落ちる。食欲をそそるにおいだ。
「だから、もうないよ」
 そういえば、朝、ゴミ袋に入れて、集積所に出してしまった。
「どうして?」
「捨てちゃった」
「なんで捨てるの?」
 モモはゴミ箱の中を覗いた。
「ごめん、もうゴミ出しちゃった」
 唐揚げは、思ったより、うまくいった。
「ばぁか」
 と、モモが言い、僕の尻のあたりを叩き始めた。
「こら、やめて。今、油つかってるんだから」
「うるさい、ばぁか」
 僕は菜箸を持ったまま、振り向いて、睨み付けた。
「あれ、ママのだったのに……。なんで捨てたの?」
 僕はごめんとだけ言って残りの鶏肉を揚げ続けた。
「ばぁか、ばぁか」
 と、モモが僕の尻をまた叩き始めた。
「バカって、言っちゃいけないって、言ってるでしょ」
「うるさい、ばぁか」 
 僕は、気づくと、モモの頭を平手で叩いていた。
 モモは爆発したかのように大声で泣き出した。そして、ベッドルームに走って行った。ベッドルームはモモ泣く場所と決まっている。しばらく、放っておき、すべてきつね色に揚がった鳥肉を皿に盛った。色も香りも完璧だった。
 料理のできに満足すると、それまで怒っていたこともすっかり忘れ、ベッドルームに行くと、モモがベッドにうつぶせになって、まだ泣いている。
「モモ、ごめん。知らなかったんだから。そんな大事なものだとは」
「うるさい、もう、あっちいって」
「モモ、許してよ。モモの好きな唐揚げもできたから」
「そんなのいらない。あっち行ってて」
 と、モモが泣き叫ぶ。僕がモモを抱き上げようとすると、誘拐でもされるかのように、手足を動かして抵抗した。僕はあきらめて、テーブルに肘をついて、座った。ため息が立て続けに出てきた。
 やはり、無理なのだろうか。離婚した夫婦は、まわりにいくらでもいるが、父子家庭は見たことがない。父親は子育てできないから、父子家庭はいないのだろうか。
 全身の力が抜けていくほどの、無力感に襲われる。今までずっと張ってきた気力の糸が、切れかかっている。
 再度、ベッドルームのモモを見に行くと、すでに寝息を立てていた。小学校と学童に行くのも、そうとう疲れるのだろう。ついこの前までは、昼を少しまわれば、母親のいるうちに帰ってきていたのだ。かすかに動くモモの背中を見ていると、モモが急に小さくてデリケートな存在に思えてきた。
  夕方、多くの家庭では、うちの中が明るくて、夕食の準備のにおいが玄関のあたりまで漂い、エプロンをつけた母親が子どもを出迎えるのだろう。僕たちの場合、帰りにスーパーに寄り、うちに帰れば、湯気を上げるタイマー付き炊飯器くらいしか出迎えはない。
 しばらくぼんやりとベッドの端に腰掛けていた。モモは少し汗をかいて熟睡している。あれだけ、怒って、泣けば疲れるのだろう。僕はダイニングに戻り、テレビをつけ、一人で、唐揚げを食べた。緊張してつくっただけあり、そこらの食堂で食べる唐揚げに負けないできだった。間違いなくモモが喜ぶ味だ。
 ニュースを見るのは、ひさしぶりだった。そして、僕は驚いた。僕がほとんどの労力をこのうちの中でのことに費やしている間に、ちゃっかり小泉首相たちは着々と戦争のできる国つくりを進めていたのだ。まったく腹が立つ。
 本来ならば、教員組合の仲間あたりと街頭でビラを配って署名を集めたり、デモでシュプレヒコールを唱えたりしなくてはならないところだ。しかし、今の生活では、なかなかそれもままならない。そんな歯がゆさに、怒りが倍増していった。
 小学校入学から、二回目の月曜日を迎えた。
 週末は通常の洗濯に加え、上靴や給食の配膳の時に着る白衣、赤白帽も洗った。上靴を洗おうとしたが、うちに手頃なブラシと洗剤がなかったので、ネットに入れて、他の衣類と一緒に洗った。すると、これがけっこうきれいになったのには驚いた。これからもこの方法で洗うことにした。
 平日の夜は、分単位のあわただしさだ。夕方六時に学童へ迎えに行き、スーパーで買った食材を調理して、七時頃に夕食を食べる。以前は、禁止されていたテレビを見ながらの食事である。
 今週から、ついに宿題が始まった。始めての宿題は、大きなマスのノートに「あおいうみ」と三回書くというものだった。
 食事が終わると、洗い物は後回しにして、テーブルのモモを抱き上げて、勉強机のところに連れていく。
 まずは日記だ。
「モモ、今日はなにがあった?」
「幼稚園の先生が来たよ」
「カズミ先生来た?」
「来たよ」
「じゃ、そのこと書けば」
 モモが書き出すと、僕は隣りのデスクの上のコンピューターを起動した。インターネットでもやろうと思ったのだ。
「パパ、何やってるの?」
「仕事、仕事」
「だめ、こっち来てて」
 育児では、あくまでも無私の精神を求められるようだ。
 僕はモモが日記を書くのを見守らなければならない。モモは、毎日、日記を「きょうは」で書き始める。きょうはかずみせんせいがきたよ、と大きな字で書いた。それから、絵を描き始めた。
 僕はすかさず、コンピューターの前に行き、インターネットにつなぐ。少しでも外の世界とつながろうとと思ったのだ。
「パパ」
 とがめる口調で、モモが言う。僕は泣く泣くモデムを切断する。育児には、手を抜く暇はない。高度な持続力を要求されるのだ。
 モモは日記帳を閉じると、あおいうみ、を書き始めた。書き順はでたらめ、鉛筆の持ち方もおかしい。モモは僕に矯正されながら、あおいうみを書いていく。モモは、鼻歌を歌いながら、なんだか楽しそうだ。
 勉強とは、そもそも、楽しいものなのだろう。今まで知らなかった世界の謎が、目の前で、次々と解明されていくのだ。
 勉強は、いつから苦痛になるのだろう。僕が英語を教える工業高校の生徒たちのことが頭に浮かんだ。彼らの多くにとっては、英語は拷問のようなものらしい。
 モモは、宿題が終わると、鉛筆を削らなくてはならない。またこれがなかなか手がかかるのだ。電動の鉛筆削りを買えばよかったと後悔した。僕が鉛筆削りを押さえて、モモがハンドルを回す。二人がかりでないと、まだできない作業だ。
 最後に、明日使う教科書をランドセルに入れる。時間割表は、モモの机の横に貼ってある。
「火曜日、一時間目は何?」
「こくご、はい」
 モモが僕にこくごの教科書を渡す。僕はそれをランドセルに入れる。
「二時間目」
「さんすう、はい」
 僕はまた次の教科書を入れる。
 こんな具合に、明日の準備が整うと、次は風呂だ。ここまでを八時半までに終わらせなくてはならない。
 モモは、ここらから、だんだん不機嫌になっていく。眠たい時のモモほど、おそろしいものはない。
 たいてい、風呂で、一度は喧嘩になる。なかなか体を洗わなかったり、いつまでも湯船におもちゃを浮かべて遊んでいたりすると、僕がせかす。すぐには言うことをきかないので、つい大声を出したり、尻を叩いたりする。そんなとき、モモは大泣きして、叩き返してくる。まったく、子どもにはまだ時間の感覚がないので、困ってしまう。急ぐということを知らないのだ。
 眠い時のモモも言うことを聞かないが、泣いた時のモモはもっと始末に負えない。泣いたまま突っ立っているので、僕が下着とパジャマを着させてやらなくてはならなくなる。急がせれば急がせるほど、モモは頑なになり、時間がかかってしまう。
 ようやく風呂が終わると、ベッドに入る。九時前にここまでたどりつければ、僕が絵本の読み聞かせをする。一冊読み切って、電気を消す。
 ここでしばらくのおしゃべり。
「パパ」
「何」
「学童いや」
 どきりとする。
「なんで?」
「なんでも」
 先ほどより深いところで、またどきりとする。学童に行かなくては、モモとの生活が破綻してしまう。ここで、高圧的に出ると、モモの場合、よけい行きたがらなくなるだろう。
「ふーん。いやなんだ」
「明日、学童行かない」
「ほんとに行かないの?」
「うん、だから、早く迎えに来て」
「そっか……」
 僕は明日の仕事の予定を頭に浮かべた。早退は難しそうだ。
「なんで、早く帰りたいの?」
「だって、おもちゃで遊びたいもん」
「どこで?」
「うちで」
「ふーん」
「モモにも鍵作って」
「なんで?」
「そうすれば、一人で帰ってきて、遊べるでしょ」
 僕はまた無力感に襲われる。やはりシングルファーザーは無理なのか。
 たしかに、分単位でせかされる生活は、子どもにはプレッシャーなのだろう。朝の一時間と帰ってきてからの三時間、それだけがモモがうちにいる実質的な時間なのだ。
 モモがもう話さなくなった。闇の沈黙に耐えながら、僕はモモが寝付くのをじっと待つ。
「モモ」
 と小さな声で呼ぶ。返事がない。僕はこっそりベッドを抜け出す。マラソンを完走したような心境だ。
 このようにすべて順調にいけば、ここで九時半、ようやく僕は自分の時間を獲得する。

 翌日、仕事を早く終わらせて、というより終わってはいなかったが、とにかく職場を後にした。昨夜のモモの言ったことが気になり、いつもより早めに迎えに行ったのだ。四時だった。
 学童保育所に行く途中、職員室の前を通る。先生たちは、まだ机に向かっていた。同じ教職員として、少し罪悪感を覚えた。
 学童の部屋の中にモモがいなかったので、運動場を見ると、モモは友達と走り回っている。
 僕が大きな声でモモの名を呼んだ。モモは立ち止まって、叫んだ。
「もー来たの?」
「早く来いって言ったでしょ」
「また、後で来て」
「いつ?」
「いつもと同じくらい」
 子どもとは、こんなものなのだろう。僕の接している高校生もそうだ。モモは、時価で売られる高級鮮魚みたいなものだ。
「じゃ、ばいばい」
 と、僕はモモに叫んだ。
「パパ、またね」
 モモはまた友達を追いかけて走っていった。
 その後、僕はひさしぶりに喫茶店に行くことができた。

 始めての参観会があった。金曜日、僕は午後の授業を午前に移して、有給休暇をとって出かけた。
 昼休みが終わる頃、お母さんたちに紛れて、教室に入っていくと、子どもたちは走り回ってる。モモも近所の子と遊んでいた。
「パパァ」とモモが手を振ってきたので、振りかえした。
 やがて、あすか先生が入ってきて、子どもたちを席に着かせると、日直の子が前に出て、「はじめます」と言った。モモたちは声をそろえて、「おねがいします」と挨拶した。
 モモは窓際の前から二番目。僕は窓際の後ろに、デジカメを片手に、立った。
 モモは、何度も僕のほうに振り返り、変な顔を見せた。僕がデジカメを持ってきたことに気づいたのだろう。みんなが手を挙げている時も、頭の後ろで、両手を組んだりして、まじめに授業を受けていない。
 これは、困ったことになった。僕は、あせりだした。
 授業は、国語の最初の単元だった。ページにはほとんど字がない。今日の授業は、教科書の絵を見て、動物のキャラクターたちの気持ちを考えるのが目的のようだった。
 何度も振り返るモモに、僕は怒った顔をして、あごをしゃくり、前を向くように促す。モモは、まったく、言うことを聞かず、怒った僕の顔を見て、にこにこしている。これが何回か繰り返されたので、隣りのお母さんに笑われてしまったほどだ。
 手も挙げず、後ろばかり気にするモモは、授業の最後で、先生に指名された。もう一人の子どもと寸劇のようなものをするのだ。モモは、「なんで手あげてないのに……」とつぶやきながら、だるそうに歩いて前に出た。
「はい、モモさん、ネズミさんの気持ちになって、答えてください」
 相手の子は、狸さんになって、元気よく言った。
「ネズミさん一緒に遊ぼう」
 モモは、ふにゃふにゃ立って黙っていたので、先生に促された。
「いいよ」
 と、モモは下を向いたまま答えた。授業は、これで終わった。
 ため息が出た。小学校一年生から、この状態なら、この先どうなるのだろう。あのしらけようは、日ごろ僕が手を焼いている高校生並みだ。

 授業参観の後は、子どもたちのいなくなった教室で机を丸く並べて、あすか先生を囲み懇談会があった。
 お母さんたちと先生の中で、男性は僕一人だった。こういった状況にも、これからは慣れなくてはならないだろう。
 あすか先生がクラスの状況を話してくれた。子どもたちは、少しは学校に慣れてきて、子どもどうしぶつかりあったりしながら、人間関係をつくっている最中だという。
 先生は、うちで乱暴な言葉遣いをしないでください、と言った。学校で、そのような言葉遣いをしてしまうからだそうだ。僕は、モモがすぐバカバカと言うことを思い出した。学校でもモモはバカバカ言っているのだろうか。 
 その後、自己紹介が始まり、うちでの子どもたちの様子が話された。どの子も、新しい生活で、そうとう疲れて、ストレスもたまっているのだそうだ。僕はモモだけがそういう状況でないことを知り、ひとまず安心した。
 五人目のお母さんが、立ち上がった。凛とした立ち姿だった。隣りの仲良しクラスに二人いるダウン症の子の片方のお母さんだった。
「息子はダウン症です。その症状についてご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、説明をさせてください」
 そのお母さんは、時おり笑みさえ浮かべながら、的確な言葉で、簡潔に説明した。その口調は、気負っているわけでもなく、沈んでいるわけでもなかった。まさに、凛とした口調だった。その子がどのような症状でどのような行動をするか、他の子どもたちにどのように接してほしいか、また家庭でその子についてどう話してほしいかなどをきちんと話した。
 僕は、素直に、そのお母さんがかっこいいと思った。その姿勢には、感動さえした。
 僕の番がまわってきた。僕も凛と立ち上がったつもりだった。
「こんにちは。娘が授業であんなに落ち着きないとは知らなくて……。ちょっと驚きました。なんか僕の小学校の頃を見ているようで」
 何人かのお母さんが笑った。先生は、いつもはそんなことはありませんよ、とフォローしてくれた。
「この四月、離婚をしまして、現在はモモと二人で暮らしています」
 お母さんたちの表情が凍りつくのがわかった。
「いろいろわからないことばかりで、いつもバタバタしています。また、料理なども皆さんに教えていただきたいとも思っていますので、親子ともども、これからもよろしくお願いします」
 僕も凛とした姿に映ったのだろうか。それだけ言うと、ひとまず心が落ち着いた。離婚のことで僕が下を向いていたら、モモまで下を向いて生きていかなくてならなくなるのだ。Look Up、と僕はつぶやいた。
 懇談会の後、廊下であすか先生と行き会った。
「お父さん、モモちゃん、いつもはちゃんとしてますよ。手もいっぱい挙げますし」
「はあ」
「お父さんが気になってしかたがなかったんですよ」
「はあ」
 僕は返す言葉がなかった。
「心配いりませんよ」
 あすか先生は、つい最近の道徳の授業の時のことも話してくれた。ひとの心を傷つけることについて、先生が話をした時、モモがクラスメイトに言ったのだそうだ。ママは心の病気で、離婚しておばあちゃんの家にいる、と。心の傷は治すのが難しいとまで、語ったらしい。
 僕は声を上げて笑ってしまった。まったく、モモの言いそうなことだ。先生もつられて笑った。
 僕はあすか先生にお礼を言って別れ、学童保育所へと廊下を歩いていった。まだ時間が早かった。今日こそモモに鶏の唐揚げを食べさせようと思った。

 四月も終わろうとしている。
 くじけそうになったことも、何度かあった。
 どうしてうちにはママがいないの、と何度もモモに訊かれた日もあった。
 朝、学校に行きたくないと言った時もあった。そのときは、車でモモを学校に連れていき、あすか先生の出勤を待って、先生にモモをお願いした。
 幸い、モモはとにかくあすか先生が好きだ。時々、間違えて、先生をママと呼ぶこともあるらしい。モモいわく、先生はママと同じで美人だから好きなのだそうだ。
 最初は気恥ずかしかったが、エプロンをつけることも、苦にならなくなった。腕時計はダイバーズウォッチに変えた。これなら洗い物や洗濯の時、水につけても大丈夫だ。
 そして、同人誌のための小説も書き始めた。モモが寝てからの、一、二時間を執筆にあてることにしたのだ。せっかく離婚したのだから、これをテーマに書かない手はない。パソコンに向かいながら、「いいじゃなあい」とつぶやいては、一人で笑っている。
 最近、僕が買ったものがある。ローラーブレードだ。車輪が縦に四つ並んだローラースケートである。よくアイススケートの選手が陸上で練習する、あれだ。
 僕がそれを買う前から、モモはローラーブレードを持っていた。それは前妻の嫁入り道具の一つだった。箪笥などは一切持ってこなかった彼女は、ローラーブレードは段ボール箱に入れて大事に持ってきたのだ。倉庫にまだそれがあったのを知っていたモモが、このごろ練習を始めた。近所に住む外国語講師のカナダ人夫婦がローラーブレードを履いて仲良く滑っていたのを見て、刺激を受けたようだ。
 近所の倉庫の駐車場は、夕方、モモのローラーブレード練習場になった。二、三日、僕がモモの手を引いて練習すると、すぐにモモはローラーブレードをマスターし、すいすい滑り始めた。それがなんとも気持ちよさそうに見えた。
 風を切って滑るモモを見ていると、僕もどうしても自分のものが欲しくなり、つい先日インターネットオークションで、念願のローラーブレードを競り落として、手に入れたのだ。
 今度は、靴を履いたモモに手を引いてもらい、僕が練習を始めた。初めてローラーブレードを履いた瞬間、恐怖のあまり後悔して、返品したくなったが、モモに励まされて練習を続けた。
「はい、パパ、ちょこちょこ歩いて。モモが手を持ってるから大丈夫だから」
 一度、後ろに転んで、ひどく尻を打った。息が止まるほどの激痛だった。僕が顔をしかめていると、モモが僕の頭を撫でていた。
 僕は練習を再開した。
「はいパパがんばって。外へ外へと足を動かせばいいの」
 しばらく尾てい骨が痛んだが、その傷みがやわらぐ頃、ついに僕も滑れるようになった。僕の成長を見届けたモモは、ようやく自分もローラーブレードを履いた。
 今度は二人で、空腹のことなど忘れ、いつまでも滑った。すれ違う時は、僕とモモは手をタッチした。
「パパ、気持ちいいね」
 と、モモが言いながら、反対方向に滑っていく。
 僕は体いっぱいに風を受けた。四月の風が、五月の風に変わりつつあるのを感じた。
 もうすぐゴールデンウィークが始まる。五月病になど、かかっている暇はない。五月の風を体に受けながら、僕はこれから学ばなくてはならないことの数々を頭に浮かべていた。 
                          

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