« シュフ魂 | トップページ | GROWING UP »

世界は今日もラブ&ピース

 僕の平日は、週末のためにある。決してその逆ではない。平日の労働と家事を五回繰り返すのは、この週末のためである。
 ゴールデンウィークも近づいた土曜の朝、少し早めに目覚め、休日だと確認して、また眠りにつく。この至福の時間、朝の布団の中ほど居心地のいい場所はない。
 寝すぎで背中が少し痛くなってきたので、ベッドから出て、窓を開ける。緑のかまぼこを並べたような茶畑が見える。そして、ヨガマットの上に立つ。たった十五分程度だが、毎朝ヨガをする。この体と宇宙をつなぐため、まずは息を大きく吸い込む。
 ヨガの後は半身浴で、じっくり本を読む。汗が出る頃、腹が減り、ブランチのために風呂を出る。
 この春、中学に入った娘のモモは、まだ眠っている。そんなモモとの二人暮らしも、もう六年が過ぎた。
 モモの布団は、キッチンに続くリビングルームに敷いてある。
 ブランチ前に、キッチンで新聞に目を通していると、やがてモモが目を覚まし、枕元にあるリモコンで、すぐテレビをつけた。
「パパ、おなか空いた」
「はいはい」
 僕はキッチンに立つ。離婚前は、料理などしたことがなかったのだが、今では料理は趣味のようなものだ。
 その朝は、いや、限りなく昼に近いその朝は、冷蔵庫にはろくな食材がなかった。買い物に行くのも面倒だ。
 困ったときは、おにぎりだ。ただのごはんでも、三角形になるだけで、ご馳走となる。あったかいおにぎりに、味噌汁と緑茶、これで充分だ。
 食後は、果物を食べ、午後は、お互い、勝手に過ごす。同じ空間を共有しつつも、お互いの時間を有意義に使う。いつしか、こんな過ごし方もできるようになった。
 僕はダイニングテーブルの上でノートパソコンを立ち上げた。モモはリビングのソファで横になり、中学生用のファッション雑誌をめくり始める。テレビでは、太ったタレントが高カロリーな料理を貪る番組が流れている。僕たちの好きな番組だ。
 このようにグータラするのは、労働力の再生産のためではない。ただグータラするために、グータラするのだ。万国の労働者よ、グータラせよ。

  土曜の午後は、じっくり、スープをつくる。冷蔵庫の中で眠る野菜を炒め、くたくたになるまで煮て、フードプロセッサーにかけ鍋に戻し、生クリームでのばし、塩こしょうで味を整えれば、たいていの野菜がスープになる。時間がかかるスープは、グータラする土曜の午後につくるにかぎる。
  スープの冷めない距離という表現があるが、実家は、僕の軽自動車をとばせば、その距離にある。スープを、取っ手がとれ、タッパーの蓋がつけられる鍋に入れ持っていく。
 昼下がり、コトコトと煮込み、夕方、ニンジンスープができあがった。ニンジンが嫌いなモモに味見をさせたら、ニンジンとは気づかず、おいしいと言った。今日もいいできだ。
 僕はトートバッグに、使うものも使わないものも、思いついたものをドカドカと入れる。
「モモ、忘れ物はないか?」
「ない」
「勉強道具、日記、お絵描き帳、筆入れ、着替え、あとは……」
「ぬいぐるみ」
 モモは、黒い犬のぬいぐるみを選び、自分のトートバッグに、放り込んだ。
 スープが冷めきる前に、実家へ着く。僕たちは思いっきりおなかを空かせていく。実家には、おいしいものがたくさんあるからだ。

 かつて僕は、ロマンチックな週末を過ごすために、全精力を注いだ。ロマンチックではない週末は、しょんぼりとしていたものだ。
 しかし、今では、実家で過ごす週末が、ロマンチックな週末と同じくらい、楽しみだ。もちろん、今もステキな女性とロマンチックな夜を過ごすことは大歓迎なのだが、実家での週末も、大歓迎なのだった。
 それがなぜなのか、もはや僕にとっては文学的課題でもある。
 実家の面々は、両親、兄、祖母。両親は、小さな、非生産的な飲食店をどうにか営んでいる。兄は重度の心身障害者だ。しゃべれなくて、手をつながなくては歩けなくて、利き手ではない左手は動かず、トイレも自分では行けない。祖母は、二ヶ月ほど前、軽い脳梗塞で入院したばかりで、半分寝たきりだ。
  僕も非生産的なことには変わりない。教壇でしゃべったり、文章を書いたりはしているが、何一つ、目に見えるモノは生産してはいない。
 そんな非生産的な実家の面々と過ごす非生産的な週末が、非生産的な僕は待ち遠しい。
「ただいま」 
 と、モモが実家の玄関の戸を開けて、大きな声で言う。反応がない。うちの中からは、大音響のテレビの音声が聞こえてくる。
 モモが中に入っていくと、お勝手でなにやらもぐもぐ食べていた祖母が言った。
「あれ、びっくりしたやあ」
 祖母は、真っ白な髪に寝癖がついていて、寝間着を着ていた。
 僕は、モモに少し遅れて、うちに上がった。兄を車から降ろして、連れてきたためだ。実家に来る途中、デイケアの施設で一日過ごした兄の迎えに行ってきたのだ。
「あれ、兄ちゃんもおかえり」
 兄はにこりとする。
「おばあちゃん、具合はどうなの?」
「わりあい、いいだよ」
 僕とモモは目を合わせ、頷いた。
 先週末に来たとき、祖母は布団の中から出てこなかった。「横になって目をつぶっているのが一番楽だ」と言って。
 祖母は、退院後しばらくして、少しよくなった頃、うちの中で転び、また寝たきりになったのだ。もうこのまま起きてこないような気がしていたので、ホッとした。
「スープあるよ」
「うれしいやあ。今ちょうどあるもので晩ごはん食べてたところだで、いただくよ」
 祖母は、残り物をおかずに冷やごはんを食べていた。僕は早速スープの鍋を火にかける。
 モモは、早速、隣の部屋のテレビをつけて、終わらい番組を見始めた。 
「モモ、勉強道具持ってきたんだろ」
「だから、テレビ見たらやるんだって」
 モモが、そのうち寝てしまうことぐらいはわかっている。 
 
 母が店から帰ってきた。両親の店は実家から車で五分ほどだ。少し変わった店で、父が寿司を握り、母がコーヒーを出す。店の壁の一面は、市民のちょっとした芸術の発表の場になっている。寿司もコーヒーも、僕の舌には充分おいしいのだが、残念ながら、あまり儲かっていないようだ。
 父は、まだ店に残っている。明日の仕込みをしていることになっているが、録画したテレビ番組を見たりしながら、ひとりの時間を過ごしているのだろう。
 僕は母の帰りを心待ちにしていた。母は、父がつくったちらし寿司を持ってきてくれるからだ。モモにはツナ巻き。土曜はいつも寿司と決まっている。小学校の頃も、土曜の半日授業の後急いで帰り、ちらし寿司を食べたものだ。
 僕の月曜日から金曜日は、このちらし寿司のにあるのだ。シャリにからむタレがうまい。穴子を煮たときの汁をだしにする秘伝のタレだ。
 僕は兄のいる四畳半の部屋で、テレビの前の卓袱台で箸をすすめる。この部屋には、兄のオマルがある。僕はちらし寿司を食べながら、兄の用を手伝うことなど、平気だ。臭いも、オマルにフタをすれば別に気にならない。
 ちらし寿司の後は、本を持って、風呂に行く。やがて、兄がじっくり時間をかけて服を脱ぎ、風呂場まで這ってくる。毎週土曜の夜、僕には兄の髪を念入りに洗うという使命があるのだ。
 僕が先に湯船につかって本を読んでいると、兄がやってきて、脱衣場で右手一本で、服を脱ぐ。僕が手を貸さないので、けっこう時間がかかる。
 「ヨガ入門」、それが風呂で読んでいる本のタイトルだった。
 兄が浴室に入ってくる。父がとりつけた手すりを使い、ゆっくりと片足を風呂に入れる。この手すりは、あるとないとでは、大違いである。実家には、父が取りつけたそんな手すりがいくつかある。
 僕は右手で本を持って、左手で兄を支える。介助のコツは、力づくではなく、そっと手を添えて、こちらに倒れても大丈夫というメッセージを送ることだ。
 そして、僕と兄は浴槽の中で肩を並べる。僕は本を読み続け、時おり、兄に話しかける。
「兄ちゃん、今日は楽しかった?」
 デイケアの施設のことを訊くと、兄はうつむいたまま笑顔になる。
「音楽療法あったの?」
 兄はうれしそうに頷いた。月に一回、楽器を演奏するボランティアの方たちが来てくれるらしいのだ。兄は音楽が大好きだ。
 兄とは話ができるわけではないので、会話はそこでとぎれる。
 僕は兄と肩を並べたまま、時々兄に声をかけながら、ヨガの本を読み続けた。すると、「最先端の微生物科学ではダーウィンの進化論が書きかえられようとしている」という一節があった。人間の祖先はサル、弱肉強食、適者生存、自然淘汰が自然界のルールだと、疑ったことがなかったので、これはちょっとした発見だった。しかし、ヨガの本ゆえ、それ以上詳しくは説明されてなく、その後の記述には、病気は、異物ではあるが、排除すべきものではなく、共存してうまくつきあうべきだというような健康論が展開されていった。要するに、自然界では、種は異物を排除せず共存して生きのびている、ということだ。そもそもメスはオスという異物を受け容れ、子孫を残す。異物との共生なくして、生命はリレーされない。
 本を脱衣所のほうに放り投げ、兄を浴槽から出した。シャンプーハットをかぶせて、髪を洗った。二度洗いだ。頭がいい匂いになった。それから、体。チンチンもお尻の穴も洗う。兄の体は、弟の僕には、自分の体のようなものなので、なんとも思わない。
 もう一度、湯船につかり、兄と明日の計画を立てた。兄は常に未来志向なのだ。兄が右手をお湯の中から出し、親指と人差し指を折る。明日の用事を数え上げろというサインだ。
「兄ちゃん、明日は朝起きて、ごはん食べて、のど自慢見て、お茶飲んで、おしっこして、おやつ食べて、遠足に行きますか?」
「アイ」
 と、兄は元気よく答えた。右手を挙げて。
 遠足とは、大池と呼ばれる近くの貯水池のほとりに車を停め、缶コーヒーを飲むだけのことだが、兄にとっては一大イベントである。
「それから、夕方は、ジーがおいしいごはんをつくる。食べてくれますか?」
「アイ」
 ジーとは、僕のことだ。ジローと発音できない兄は、僕をジーと呼ぶ。
 兄の顔が汗ばんでくると、母を呼んだ。兄を風呂から出し、体を拭いて、寝間着を着せるのは、母の担当だ。

 ようやく風呂から出ると、台所から焼き芋の匂いが漂ってきた。鋳鉄の鍋の中にサツマイモを入れ、弱火にかけておいたのだ。小一時間で、ほっこりとした焼き芋ができあがる。祖母のためのものだ。戦争中、サツマイモほどのごちそうはなかったという祖母は、今もサツマイモが大好物だ。
「まるで夢のようだやあ」
 毎日でも焼き芋が食べられるこの平和な日本が、時に夢かと思うらしい。
 祖母は布団に入り、イヤホンをつけて、十一時過ぎからの韓国ドラマを見ながら、焼き芋をもぐもぐやっている。入れ歯なので、歯磨きの必要も、虫歯の心配もない。
 モモ、僕、祖母と枕を並べ、川の字になって寝る。僕とモモは、電気スタンドの灯りで、日記を書いてから、音のないテレビの画面を見ているうちに眠くなる。
 その頃、店に残っていた父が帰ってくる。
 母は一人で寝て、父は兄と同じ布団に入る。しばらく、父の声が襖越しに聞こえてくる。一日の終わりに兄といろんな話をするのだ。ときおり、兄がゲラゲラ笑うのも聞こえる。兄を笑わせることができるのは、父だけだ。僕には兄の笑いのツボがわからない。その夜は、電車がいつも時間どおり来ることがすごいとか、父が言っていた。どんな文脈でそのセリフが出てきたのか、僕は非常に興味をひかれたが、やがて僕も寝入った。 
 
 実家の朝は遅い。朝九時になっても、みな眠っている。年寄りは、早寝早起きと聞いたことがあるが、祖母は、夜は目が開かなくなるまでテレビを見ていて、朝はみなが起き出してからようやく布団を出る。
 僕が一番早く目覚めた。ふとんの中で、しばらく本を読んでいた。
 隣の部屋では、兄も目を覚ましたようだった。僕が眠っている部屋の襖を開けた。
「兄ちゃん、今、ジーが電気つけるよ」
 僕は電気をつけた。兄はうち中の電気をつけるのが仕事なのだ。母によれば、兄は自分の行為で変化が起こるのがうれしいらしい。
 部屋が明るくなると、兄はチンチンのあたりをさわり、「シー」と言った。
 兄が「シー」と言えば、家族の誰かが兄の世話をしなくてはならない。これも兄が引き起こす変化の一つなのだろう。
 実家でのブランチは、たいてい冷や飯に味噌汁をかけ、漬け物か残り物をおかずにする。そんな献立でも、実家で食べると、懐かしく、おいしい。
 味噌汁は母が作ったものだ。ずっと祖母が作っていたが、最近、母が担当している。
 祖母の味噌汁は、具が三つくらい入り、そのバランスがよくて、おいしい。祖母の料理は、目分量で、ピタリと適切な量になる。 一方、母の味噌汁には、具も愛情もたっぷり入っている。栄養価はたしかに高いのだが、あまりおいしくない。
 そんなことを言っても、他に食べるものはなく、僕たちはおとなしく母の具だくさんな味噌汁を飲む、いや食べる。
 祖母は、布団を畳み、寝間着ではなく、普段の服を着て食卓にやってきた。
「今日は起きてるでねえ」、と祖母。
 僕とモモが来ると、張り切るらしい。母が言っていた。 
 モモに、朝ごはんだと声をかけたが、まだ目を覚まさない。
 ブランチがすめば、父と母は軽自動車で店に出て行く。
 NHKのど自慢が始まった。兄と祖母の好きな番組だ。兄と居間の卓袱台の前に座り、テレビを見ていると、祖母がお茶を持ってやってくる。
「これで聞こえるだかね?」 
 僕はボリュームをもう少しで最大のところまで上げる。一曲目は、元気のいい女性三人組のキャンディーズの歌。兄が体を揺する。音楽は偉大だ。ダイレクトに兄の琴線に響く。
 僕は座椅子に座り、膝にパソコンをのせ、書き物を始めた。
「ジーがいると、兄ちゃんはおとなしくしてるだね」
 と、祖母が言うと、兄は自分のことが話題になっているので、にこやかになる。
 僕が書かなくてはならないのは、組合の新聞コラムと、教育雑誌に頼まれた本の紹介と、新しく出る雑誌のエッセイ。資料に目を通したり、ノートを開いたり、兄の世話もしたり、僕の頭の中はグルグル回り、のど自慢の大音響の影響もあって、なかなか書き進められない。
  モモをまた起こしたが、まだ眠るとのこと。起きるのは昼過ぎだろう。

 午後三時はおやつの時間だ。
 いつ頃からか雨が降り出して、少し肌寒くなってきた。
 僕はまだ兄のそばで膝にパソコンをのせたまま、旅番組をぼんやり見ていた。祖母が、洗濯物を畳み、一段落してやってきたので、僕が言った。
「おばあちゃん、なんか甘いもの食べたくなってきたね」
「なんかないかねえ」
 その会話を聞いて、隣の座敷で宿題をしていたモモが襖を開けた。
「モモもなんか甘いもの食べる」
「モモちゃんもか。困ったやぁ」
 僕は台所を漁り、小豆の缶詰を見つけた。
「おばあちゃん、お汁粉は?」
「モモもお汁粉食べる」
「兄ちゃんも甘いのほしい?」
 と、僕が訊くと、兄は指を鳴らした。
「ナイス、ナイスだ」
 と、モモが喜んだ。兄は機嫌がいいときにだけ指を鳴らす。
「じゃ、おばあちゃんがつくってやる」
 祖母が台所に立った。僕は座ったまま祖母の足取りを見ていた。歩みが少し遅いような気がするが、大丈夫だろう。
 祖母が缶詰を開けるのに苦労していたが、黙って見ていた。
 誰かが見たら、僕は冷たいと思われるだろう。しかし、祖母ができることを僕がやったら、それもできなくなってしまい、まずいような気がするのだ。
「うどん粉あるかいやあ」
 僕は棚の上にあった小麦粉を見つけた。餅はないので、すいとんだ。僕はこちらのほうが好きだ。
「お汁粉にゃ、塩入れにゃいかんでね」
 塩を入れると、もっと甘くなるようだ。お汁粉にも反体制派が必要なのだ。
「兄ちゃんも食べられるかいやあ」
 と祖母が言った。兄はなんでもどんぶりとスプーンで食べるが、スープ状のものは難しそうだ。
 ふと、棚を見上げると、使いかけのホットケーキの粉があった。祖母がつくる隣で、を兄にホットケーキをつくることにした。
「モモ、ホットケーキ作りたい?」
「つくる、つくる」
 これはチャンスだ。僕はモモに料理を仕込もうと、ここ数年企んでいる。
 モモは僕の指導のもと、粉に牛乳と卵を入れ、混ぜ始めた。モモの手つきのがさつさに、僕はイライラし始める。台所にはテレビがあり、バラエティ番組が流れている。モモが先ほどまで見ていたものだ。なぜ、タレントが水の中に落ちるのを見るのが、そんなにおもしろいのだろう。
 バターをフライパンに入れ、溶けると、モモがホットケーキのタネを流し込む。
「おい、テレビ見ながらやるなって」
「わかってるって」
 案の定、タネを入れすぎた。ひっくり返すとき、苦労するだろう。
「ほら、大きくなりすぎじゃないか」
 と、僕が咎めると、モモは「わかってる」と不機嫌な語調で答えた。
「ちゃんと見てないと焦げるぞ」
  と僕が言っても、モモも視線は、フライパンより、テレビに向いていた。
 兄が呼ぶので、僕はモモにフライ返しを渡し、兄の世話をすることにした。モモの近くにいると、ケンカになりそうだったので、すこし間を置くことにしたのだ。
 で、これが悪かった。
 モモがテレビに気を取られているうちに、やはりホットケーキは焦げてしまった。
「パパの言うとおりになったじゃないか」
「どうしよう……」
「テレビ見ながらやるなって言っただろう」
 と僕がテレビを消した。
「もう、料理やんない」
 モモは泣きべそをかいて、台所を去った。家事分担への道は、そうとう険しいようだ。
 僕はホットケーキの焦げた部分を包丁でこそげて、どんぶりに入れ、キッチンはさみで、兄の食べやすい大きさに切り、バターをのせ、蜂蜜をかけた。
 祖母の汁粉ができたようなので、僕がモモを呼びに行くと、モモはテレビを見たまま、振り向かなかった。放っておくしかない。
 そのとき、祖母が声をかけた。
「モモちゃん、お汁粉、食べるかね?」
「うん、食べる。おばあちゃん、ありがと」
 と、即座に笑顔で答えた。
  ひとによって態度を変える術など、モモはいつ覚えたのだろう。ま、これも、成長だ。
 僕は居間で兄と、モモは台所のテーブルで祖母と、それぞれおやつをを食べた。甘さと温かさが、体に染み渡るようだった。
  祖母に学校のことを話すモモは、すっかり機嫌がなおっていた。

 僕は脳梗塞に効くレシピ集を開いた。これは、先日、僕が買ってきた本だ。祖母の意見も聞きつつ、夕食のメニューを決めた。揚げずに、トースターで焼く春巻き。
 早速、買い物に出かけることにした。
「兄ちゃん、遠足行くよ」
「アイ」
 ようやく遠足の時間になり、兄が笑顔になった。池の畔で飲むコーヒーは兄の好物で、兄は「コヒ」と言うこともできる。これは、兄が発音できる唯一の二文字の単語だ。
「モモはどーする?」
「うちで宿題やってる」
 モモも忙しいようだ。
「じゃ、おばあちゃん見ててね」
「わかった」
 兄が玄関まで廊下を這っていく。
「さ、これ履いて」
 と、僕が兄に祖母の靴を差しだした。兄は首を横に振る。
「あれ、違うかなあ。じゃ、これ履いて」
 と、ちゃんと兄の靴を渡すと、「アイ」と答えた。兄は、右手だけ使って靴を履いた。左右は逆だったが、兄にはあまり関係ないようだ。兄を車の助手席に乗せて、出発だ。雨は上がっていた。
 スーパーの駐車場に車を停めた。
「じゃ、ラジオ聞いて、待っててよ」
 走って、買い物を済ませて戻り、貯水池のほとりに車を停めた。兄のコーヒーはスーパーで買ってきてあった。ストロー付きのカフェオレのパック。
 大池と呼ばれるだけあって、貯水池はなかなか大きく、水鳥が集団で浮いていた。まわりは、ついこの前までは菜の花がきれいだったが、今は新緑が鮮やかだ。
 僕は右手でミネラルウォーターを飲みながら、左手で兄にカフェオレを飲ませた。
「おいしい?」
「アイ」
「兄ちゃん、水鳥がいっぱいいるよ。見て」
 兄は興味がないようだ。鳥よりコーヒーだ。
 窓を少し開けると、湿気と植物の匂いが混ざった風が、車の中を通り抜ける。
 ここにいると、時間を忘れてしまう。兄の隣で、ただぼんやりしているだけなのだが、退屈することはない。やがて家の灯りが点き始めた。そろそろ、うちに帰ってごはんをつくる時間だ。

 実家に戻ると、モモがテレビを見る横で、祖母は二つ折りにした座布団を枕にして、毛布を掛け横になっていた。
「だいじょうぶ?」
「おなかぺっちゃんこで力が入らだよ」
 これを言い出したら、祖母の具合は悪い。「今、ごはん作るよ」
「とても、食べれんやあ」
 これは悲しいことだ。
「手伝ってやれんけん、悪いねえ」
「ま、寝てて。できたら呼ぶから」
「そのころにゃ、おなか空くかもしれんでね」
 本を見ながら、まず春巻きの具を作った。キャベツ、シイタケ、挽肉を炒め、春雨を入れ、味付けをして、片栗粉でとろみをつけた。そして、折り紙のように、皮で具を巻く。
「モモ、巻くのおもしろいぞ」
「モモも巻く」
 最初は長方形に包んでいたモモだが、そのうちオリジナルの形に挑戦し始めた。三角やや丸、時に具がはみ出たりして、僕はイライラし始めたが、こらえて黙っていた。
 ここで、やる気を挫いてはいけない。
 春巻きはモモにまかせて、僕はごはんを炊く。昨夜、サツマイモを焼いたフランス製の鋳鉄の鍋を使う。僕は、電気炊飯器を信用していないので、この鍋をうちから持ってきて、置いてある。炊飯には、厚手で、蓋の重い鍋がいい。一粒一粒がその存在を主張し、ピカピカに炊きあがる。 
 春巻きは、トースターで加熱すると、思ったよりカリッと仕上がった。    
  祖母を見にいくと、まだ横になっていて、イヤホンを使って、テレビを見ていた。
「おばあちゃん、春巻きできたよ。どう?」
「まだ、いいやあ」
 これは本当に悲しいことだ。
 兄をダイニングテーブルまで連れていき、トレイの上にどんぶりを置き、ごはんと一口サイズに切った春巻きをのせた。兄はスプーンを握りしめ、かきこみ始めた。モモもやってきて、小さな茶碗にごはんをよそった。
「パパ、このごはん、おいしい」
 モモは、ごはんの炊き具合にうるさい。
「で、春巻きはどうよ?」
 モモは自分が巻いた三角のものを食べた。
「あ、おいしい。おばあちゃんは?」
「そのうち、おなかが空いて、起きてくるよ」
「悲しいね」
 モモも僕と同じ気持ちだ。モモが兄に声をかけた。
「兄ちゃん、おいしい?」
「アイ」
 と、鼻の先にごはん粒をつけて、笑顔を見せた。モモは兄にいろいろと話しかける。施設は楽しいかとか、祖母が早く元気になってほしいかとか。兄はうなずいたり、頭を横に振ったり、終始ニコニコしている。
 食器を片付ける頃、サザエさんの終わりの歌が流れてきて、また悲しくなってきた。もう週末も終わりだ。
 やがて母が店から帰ってきた。
「ただいま。モモちゃん、お世話ありがとね」
「うん」 
 と、誇らしげに答えるモモだが、礼を言われるほどのことはしていない。しかし、実家に来るのにつきあってくれることだけでも感謝しなくてはならないだろう。
 僕はお盆にごはんと春巻きをのせて、祖母のところに持っていった。
「おばあちゃん、食べるかね?」
「それじゃ、もらうかね」
 僕は卓袱台の上にお盆を置き、、祖母が食べ始めるのを見届けて、帰ることにした。
「おばあちゃん、また来るよ」
 と、モモが祖母に言う。
「また来てね。楽しみにしてるでね」
 祖母がゆっくりと立ち上がる。
「おばあちゃん、なんだい?」、と僕。
「見送りに行かにゃいかん」
 心配性の母に寄りそわれ、祖母は玄関でサンダルを履き、家の前で僕とモモを見送った。僕たちは車の中から手を振った。
 もうすぐゴールデンウィークだ。今度は、もっとのんびりできるだろう。

 平日の朝、6時半に起き、簡単な朝食をつくり、モモに食べさせ、その間に僕はヨガをする。呼吸を整え、筋肉を伸ばし、体中に血を巡らせる。最近、毎朝、体が僕に囁く。早くヨガしてくれ、と。
 この春まで、スカートなど履いたこともなかったモモが、セーラー服を着て、学校指定の大きなリュックサックを背負い、靴を履く。
 僕はヨガを続けながら、モモを送り出す。
「行ってきます」
「がんばれよ」
「おう、がんばる」
 僕は「がんばらないようにがんばる」主義なのだが、毎朝、モモには「がんばれよ」と言う。
 モモが出ていくと、そばを茹で、ネギを刻み、そばつゆを小さなペットボトルに入れ、納豆パックと一緒に弁当バッグに詰めた。
 ネクタイを選び、結局ギリギリの時間にうちを出る。それでも僕は一度も遅刻したことはない。〆切は守る主義なのだ。
 車を飛ばし、始業のベル直前に職員室に滑りこむと、僕以外の同僚はみな席に着いてる。一時間以上も前に来ている同僚もいるようだ。早く来れば、それだけ労働時間が長くなるのに、なぜ早く来るのだろう。むこうにしてみれば、僕がなぜギリギリに来るのか、理解に苦しむのだろうが。
 このごろ、学校もなにかとやりにくくなっている。教職員評価制度の試行が始まり、二年目を迎えたからだ。校長が数値目標を掲げ、全職員がそれを達成させるための自己目標を立て、年度末に校長が一人ひとりの成果について通信簿をつける。
 なぜ、二年目の試行かというと、僕もいちおう加入している少数派の組合が猛反発をして、その本格実施を一年遅らせたからだ。
 今のところ、校長は褒めて伸ばす方針らしく、甘い評価を乱発している。
 しかし「上」の真の目的は、その評価制度による成果主義賃金だ。財源は限られているので、甘い評価で全員の給与を上げることは当然不可能になる。どうしたって、差がなくても差をつけなくてはならないだろう。
 うちの校長は、退職間近、在職中に評価制度の賃金連動はないと見ている。私も反対なんだよ、と僕にこっそり言ったことがある。
 年度初めに、自己評価シートを提出すことになっているのだが、僕はそのシートをまだ提出していない。この〆切はとっくに過ぎている。校長に、「なぜ出さないのか」と訊かれたときには、「校長先生と同じ気持ちですよ」と答えておいた。

 一時間目の三年生の授業に行く。センター試験対策の英文法の問題演習だ。
 一人ずつ生徒を指名して、解答させ、ごく簡単な解説をする。
「先生、なんでそうなるんですか?」
 と、理系の男子生徒が言った。僕が気にもかけないところが、疑問に思うようだ。
「あ、これキマリだから。このまま覚えて」
「出た、キマリだよ、キ・マ・リ」
 僕は笑顔で言う。
「観念しな。なんで君を産んだ女性をmotherと言う?キマリだからじゃないの?」
 その生徒も諦めて笑い出す。
「先生、いつもそうなんだよなあ」
 たしかに、疑問を持つことも大事だ。しかし、goの過去形がなぜwentになるか考え続けるより、次にtakeの過去形がtookになることを暗記した方が効率がいい。
 ところが、それでは納得しない生徒もいる。納得しなければ暗記できないのだ。
「頭いいから、それゆえに、英語できない生徒もいるんだよなあ」
「先生、それオレのこと?」
 少し間を置いた。そして、無表情で言った。
「はい、次の問題行きます」
 他の生徒が何人か笑った。
 英語は、社会同様、例外が多く、すべて法則どおりにはいかない。しかし、英語にも論理的な法則を求めるバリバリ理系の生徒もいる。そういう人間もいなくては、世の中困るだろう。例外まみれの僕のような人間が、もし飛行機を作ったら、何機墜落するかわからない。
   
 昼休み、僕は職員室の机で、そばをすすっていると、組合の大先輩の先生がやってきた。
「また、そばか。よく飽きないなあ」
 その大先輩は数学教師、基本的に、誰に対しても上から目線で話す。
「いつ飽きるか、待ってるんですけどねえ」
 もう半年以上、昼はそばを食べ続けている。
 と、その時、大先輩が小脇に抱えている本の背表紙に「微生物」の文字が見えた。
「先生、微生物詳しいでしょ?」
「そんなわけないだろ」
 と言いつつも、にやけている。大先輩は、博学で、鋭い批評眼も持っている。いつもけっこういいことを言うのだが、上から目線で言うので、僕はつい聞き流してしまう。しかし、今日は教えを請わなくてはならない。
「あのダーウィニズムが最先端微生物研究では書きかえられようとしているらしいんですけど。ご存じ?」
「どこで知ったんだ?」
「ヨガの本の中で」
 大先輩は噴き出した。ヨガとどうつながるんだ、と。しかし、さすがは大先輩だった。だてに上から目線じゃない。
「いろんな大腸菌の生き残りレースをやると、いつも弱者が生き残るらしいぞ」
「弱いものが、自然淘汰されないってことですか?」
「そうなんじゃないか。オレもよく知らないんだけどさ、その学者、調べてみなよ」
 大先輩が、大阪大学の四方哲也と言ったので、すかさずメモした。
 心の準備ができると師が現れる。中国の諺だ。大先輩がたまたま微生物の本を持って現れたのは、偶然ではなく、必然だったのだ。
 残り少ない昼休み、職員室の片隅にあるコンピュータに向かい、検索をかけ、何枚かプリントアウトした。
  授業の前に教科書を見直そうと思っていたのだが、もうチャイムが鳴るので、午後の授業に出かけた。廊下を歩きながら教科書を開き、また生徒主体の授業をしようと思った。教師が一方的に教えるのではなく、生徒が答を探るのを援助する授業だ。

 午後の授業は、ゴールデンウィーク前の最後の授業となった。運動部の生徒が多い僕のクラスで、なんとか眠らせないよう雑談で適当にウケをとりながら、授業を進めた。
 僕は諺を板書した。Absence makes the heart grow fonder.
「わかるひと?」
 反応がない。
「わかったら、購買のジュース一本おごるよ」
 生徒達はざわついたが、誰も答えられない。
「不在は愛を深める。つまり、会ってないときに、恋する気持ちが深まるってこと」
 二、三人の男子生徒が興奮し始めた。
 学力は教師と会ってないときに伸びる。だから、僕になど頼らず、うちで毎日勉強すべき、と説明をした。
「出た、超イイカゲン」
 お互い、笑った。
 そして、授業ははまとめに入っていた。
「つまり、英語は前にしか進まない。常に前から訳す。わかる?I love you.は、私はあなたを愛するじゃなくて、私は愛する、あなたを」
「じゃ、その日本語でテストで丸になる?」
 と、体育会系女子生徒の一人が言った。
「僕は丸つけるけどさ」
「他の先生のテストでも、そう書いていい?」
「それはやめといたら」
「ならダメじゃん」
 彼女は、いつも英語の訳を、教科書の本文の行間に書き込むことに情熱を傾けている。速記の授業じゃない、と言っても、彼女は写経のように訳を書き写す。
「ま、とにかく、英語と人生は前にしか進まないから」
 彼女が頷いた。
「後ろを見ないで、常に前、前」
「先生、オトナ。いろいろあったんだね」
 と彼女が僕をからかった。この年齢ともなれば、たしかに、いろいろあった。

 授業が終わると、帰りの会、連絡事項を伝え、教室の掃除だ。僕のクラスの生徒は、僕をあてにせず、自分たちでさっさと掃除をすませる。僕は少し手伝うだけだ。
 放課後は、プールに行く。水泳部監督も仰せつかっているのだ。
 高校では、若手ならば、たいてい運動部をまかせられる。たまたま初任校で監督になったのが水泳部で、それ以来ずっと水泳部ひとすじ、いつしか水泳の先生になってしまった。
 水泳は、個人競技で、休日の練習試合もない。僕の性に合っている。
 水泳部のモットーは、文武両道と初心者歓迎だ。やはり、勉強は大事だ。そんなに部活動ばかりやられても僕の家庭生活が困る。
 もし初心者を歓迎しなかったら、部員が減り、廃部となり、僕が他の運動部の顧問になってしまう。だから、勧誘は必死だ。
 プールサイドでは、選手達がストレッチを始める。まだこの季節は水温が低く、そんなに長い時間練習することができない。
 ここでも、主役は生徒である。僕は極力、出しゃばらない。僕が仕切ろうとしても、たいていうまくいかない。
 部長がいち早く冷たいプールに飛び込む。すると、他の選手も入らざるをえなくなる。マネージャーが、ストップウォッチ片手に、笛を吹く。すると選手達は、一斉に泳ぎ出す。
 僕は、超文化会なので、怒号を発して選手をコントロールすることはできない。部員達も、当然、そのことはわかっているので、自ら練習に取り組むようになる。やらされる練習より、自らやる練習のほうが、心理的にも身体的にも効果があるようなので、これでいいと思っている。
 僕は、初心者コースで泳ぐの選手達を見守っている。僕なら決して選ばないだろう茨の道を選んだ初心者達を、密かに尊敬している。また、初心者達ががんばる姿は、他の部員達に少なくない影響を与えるようだ。
 この日も、水泳部員達は、ひたすらただ水の冷たさに耐えて、短時間で練習を終えた。
「先生、今日は晩ごはん何つくるの?」
 と、女子マネージャーが毎日訊いてくる。
「もう腹ぺこだ。何食べたい?ヘルシー系がいいなあ」
「じゃ、サラダうどんは?」
 彼女は、母親が作ってくれるサラダうどんを詳しく説明した。絶品だそうだ。
「鍋焼きうどんがいい」
 と、唇を紫にした細身の男子部員が会話に加わってきた。まだ、体が震えている。
「この季節にあえて鍋焼き?ま、どっちかにする。では、お先」
「おつかれさま」、と部員達の声が背後から聞こえた。
 駐車場に向かいながら、二階の職員室を見上げる。まだ電気がついている。今日も多くの同僚たちは残業にいそしむのだろう。 
     
  スーパーの駐車場から、モモのケイタイにかける。この春から、交渉が続き、ついにモモもケイタイを持つようになった。
「今日うどんなんだけど、何うどんがいい?」
「鍋焼きうどん」
「マジで?」
「うん」
「もうすぐ帰るから、お湯沸かしといて」
「ムリ」
 僕はケイタイを切った。夢の家事分担への道は長く険しいようだ。
 それで、今夜のメニューは、モモが鍋焼きうどん、僕がサラダうどんとなった。

  さて、腹もふくれれば、夜も更けていく。僕は眠くなるまで、ダイニングテーブルで緑茶を飲みながら、パソコンに向かっている。
 モモは勉強部屋で宿題を終わらせ、風呂に入り、明日の準備をして、ダイニングに続く居間に布団を敷いて横になる。
 平日の夜は、あっというまに終わる。
「モモ、日記書いたか?」
「明日二日分書く」
「またか?」
「明日ちゃんと書くから。おやすみ」
 モモは目をつぶった。
 日記は、我が家の日課だ。モモが小学校に入学したときに、僕が一方的に決め、続けているが、モモは中学生になり、日記をためることが増えた。
 僕は日記がわりのブログを更新すると、〆切の早い順に書き物にとりかかったが、ふと今日プリントアウトした微生物の記事を思い出した。早速、それを持ってベッドに行くことにした。
「明日は日記サボるなよ」とモモに声をかけたが、もう返事はなかった。

  枕を背中にあてて、ベッドで上体を起こし、大腸菌の勉強を始めた。まず、四方先生が、どうして実験を始めたのかが書かれていた。もし、ダーウィン進化論が正しければ、競争を勝ち抜いた優秀なものだけが生き残ることになり、我々人間もがんばり続けなくてはならなくなる。これが気持ちを重くさせたというのだ。また、もし進化論の通りなら、今存在する我々全員が、優秀でなくてはならない。先生は、それもあやしいと思ったそうだ。
 とたんに四方先生は僕のチェ・ゲバラとなった。先生を紹介してくれた組合の大先輩も多少尊敬し始めた。今後少しぐらい上から目線で話しかけられても、我慢しようと思った。
 四方先生は、様々なレベルの大腸菌を、シャーレに入れ、生き残りレースを試みた。
 目が冴えてきた。
 自然界は弱肉強食、人間社会も当然弱肉強食、大企業が残り、中小企業がつぶれるのは、自然の理。人間も、競争の中に放り込めば、強者だけが生き残り、弱者が減り、結果、強くて、豊かな社会が生まれる……
 しかし、世界は、それほど単純ではない。ところが、その手の考え方は単純ゆえにわかりやすく、首尾一貫していて、受けいれられやすかったりもする。
 四方先生の実験では、生き残りレースを何度繰り返しても、強者だけが生き残ることはなかった。大腸菌は、多様性を維持し、様々なレベルのものどうし共存している。
 両親の非生産的な店を思い出した。サンドイッチがおいしかったりするお寿司カフェ、今のところ存続している。
 教師に不向きな僕も、いまだに教師だ。
 なんだか、おかしくて、うれしくなった。
 四方先生の研究の成果は、なんともラブ&ピースで、僕は幸福な連帯感に包まれ、ベッド脇の電気スタンドを消した。

  ようやく、明日からゴールデンウィークだ。
 水泳部部長と話しあい、ゴールデンウィーク中は、五連休中三日だけ午前中に練習することに決めた。他の運動部は、毎日練習するらしいが、うちはうち、よそはよそだ。
 学校を後にして、スーパーの駐車場から、モモのケイタイにかけた。
「何食いたい?」
「鍋焼きうどん」
「この前食べたって」
「じゃあねえ、おいしいもの」
「それが一番困る。じゃ、スーパーでひらめいたものつくる」
「うん、じゃおいしいものね」
 いつものスーパーは、小さいので、どの棚に何があるか、覚えてしまった。ここでは何を売ってないかも見当がつき、いつも一緒にレジに並ぶ常連の主婦やレジの店員の顔も覚えてしまった。
 大きいスーパーもあるが、僕はこちらのほうが好きだ。
 このごろは、娘の言う「ショボめし」ばかり食べていた。玄米と野菜中心のおかずだ。メタボ対策で、玄米菜食を始め、何とかメタボは脱出することができた。
 体型が変わると、好みも変わってしまい、そんなものばかり料理していたら、ぽっちゃりしていたモモもゴボウのように細くなってしまった。一時期、僕はモモの小学校の先生たちに虐待疑惑をかけられていたらしい。
 実際は、それまで僕が張り切って、豊かすぎる食生活を送っていたのだ。
 最初は、お子様ランチのようなものばかりつくっていた。カレーライス、ハンバーグ、鶏の唐揚げ、オムライス、おやつも。それはそれで、たしかにおいしかったのだが、今はもっとおいしいものを食べている。
 本当のおいしさのためには、まず腹を空かせなくてはならない。次に、舌だけでなく、体を喜ばせるものを食べることだ。
 モモは、最初、ショボめしを嫌がっていた。しかし、モモも体重を気にするようになり、母親に玄米食べると美人になる聞いてから、受け容れるようになった。
 玄米は、圧力鍋で炊き、擦りごまと塩をかければ、びっくりするほどおいしい。やがて、体が玄米を欲するようになる。
 スーパーのレジに並んだ。前のお母さんは、冷凍食品とお総菜を買い物かごの中に積み上げている。仕事帰りで、お疲れなのだろう。その前の作業服を着た中年男性は、刺身と焼酎とお総菜を買っていた。出稼ぎだろうか。ここは、いろんな人生を想像させる。
 僕の買い物かごには、カレーの食材が入っている。福神漬けも忘れなかった。
 明日からモモは母親のところに行くので、たまにはモモの舌を喜ばせることした。カレーのレパートリーはいくつかあるが、ふつうのカレーだ。我が家で、おばあちゃんカレーと呼んでいるものだ。学生時代、帰省すると、祖母が決まってカレーをつくってくれた。ジャガイモが煮くずれて、黄色っぽくなったカレーに、ソースをかけて食べる。このカレーが、モモの好物なのだ。僕がつくるカレーの中で、一番おいしいのだそうだ。僕は肉抜きのラタトゥーユカレーが一番だと思うのだが。
「ただいま」とドアを開けると、「おなか空いた」とモモが答えた。
「モモ、今日は白いごはんだ」
「やったー。で、おかずは?」
「おばあちゃんカレーだ」
「やった、やったー。お手伝いする」
 モモはピーラーでジャガイモの皮をむき始めた。僕が他の野菜と肉をを切り終わり、フライパンで炒め始めると、モモが作業を引き継いだ。圧力鍋で煮込む間、白米を土鍋で炊いた。
 圧力鍋のおかげで、時間をさほどかけずにカレーはできあがった。
  若手の歌手ばかり出る音楽番組を見ながら、僕たちはカレーライスを食べた。僕だけ、カレーにソースをかけた。モモにも勧めてみたが、「カレー本来の味を味わいたい」と、ソースを拒んだ。おばあちゃんカレーは、懐かしい味がした。
 テレビに集中して、黙々と食べるモモに僕は言った。
「だから、なんか、言うことのないのか?」
「ああ、おいしい、おいしい」
「だから、どういうふうにおいしいんだ?」
「うん、カレー本来の味っていうか……」
「また本来の味か」
 家族にごはんをつくり、もし無言で食べられたら、それはシュフに対する冒涜だ。芸術家は、作品を酷評されるより、無視されるほうがつらいという。ごはんは、エサではない。シュフの作品なのだ。
 食後、モモが食器をシンクに片付けた。ようやく、モモにこの習慣が定着した。もし、モモが食器を片付けなかったら、食器は汚いまま翌朝までテーブルにのっている。僕はモモの召使いではない。ただ座っていれば、ごはんが出てきて、片付けられるようなことは、我が家ではありえない。ま、それはうちに専業主婦がいた頃の僕のしていたことではあるが。
 実家の物置で眠っていた南部鉄瓶で湯を沸かし、緑茶を淹れて、モモと飲んでいると、ドアチャイムが鳴った。
「あ、ママだ」
 彼女の仕事がようやく終わり、モモの迎えに来たのだ。アパートの外には、今頃、彼女の赤いスポーツカーが駐まっているはずだ。
 モモが急いでドアを開け、玄関で彼女と抱き合った。遅れて、僕も彼女と顔をあわせた。今日も、あいかわらずまぶしい。三十後半に入り、年々若返っているかのようだ。ヒールの高い靴と膝を出すスカート、笑顔で、凛と立っている。
「いつも、娘がお世話になります」、と僕。
「いつも、娘がお世話にあります」、と彼女。いつもの挨拶だ。
 ここに暮らしていたころ専業主婦だった彼女は今や仕事人間である。一方、僕は仕事人間であることをやめ、家庭的になった。ひとは、変化する。変化し続ける。願わくば、よいほうに。
「悪いね、わざわざ、迎えに来てもらって」
「いえいえ」
 モモが中学のこと一気に報告し始めると、僕はダイニングに戻った。皿洗いの途中だと装ったが、実は彼女をずっと見ていられなかった。少しまぶしすぎた。
 モモの支度が終わったようだ。
「じゃ、モモをお借りします」
「どうぞ、どうぞ、期限無しでどうぞ」
  モモはなにやらいっぱい入ったトートバッグを引きずって、玄関までやってきた。最後に、玄関脇の棚から黒い犬のぬいぐるみをとるとバッグの中へ放りこんだ。
「じゃあね、パパ」
「おう、数学、ママに見てもらえ」
「うん、そうする」
 モモはうれしそうに答え、僕がいかに教えるのが下手か報告した。
「学校では大丈夫なの?」、と彼女が言った。
「大丈夫。高校生は自分で勉強するから」
「そんなんでいいの?」
「いい加減がよい加減ぐらいなんだって」
「クビにならない?」
「じゃ、がんばる」
 モモがクチをはさんだ。
「でも、パパ、いつも、がんばらないようにがんばるって言ってるくせに」
「うるさい、早く行け」
「はいはい」
「お二人ともよい休日を」
「バイバイ」
 と、二人が声を揃えた。
 ドアが閉まると、夜が静かになった。天井の蛍光灯を消して、シェード付きの電気スタンドをつけた。これで、うちの中が少し北欧っぽくなった。
 冷蔵庫の奥に一本だけ缶ビールを見つけた。古いフランス映画のDVDを再生して、ソファに座ると缶を開けた。夜は始まったばかりだ。そして、ゴールデンウィークはまだ始まってもいない。
 酒はほとんど飲まない僕だが、そのビールの最初の一口はおいしく感じた。いつもは一本飲みきれないのだが、今宵は飲み干せそうな気がした。

 ゴールデンウィーク初日、いつもの時間に起きた。しかし、モモの朝食をつくらなくてもいいと知り、至福の二度寝に入った。
 目覚めのヨガ、長風呂で読書、その後、パスタを茹で簡単なブランチを食べた。食後には、豆を挽いて、コーヒーをドリップした。
 ダイニングテーブルで、パソコンを立ち上げ、例の書き物にとりかかろうとしたが、ついインターネットをダラダラと見てしまい、無駄に時間が過ぎていった。
 まだ、ネタが僕の頭の中で熟成されていないのだろう。もう少し寝かす必要があるようだ。やがて、発酵が進み、ネタが溢れだし、僕の指が勝手に動き出すはずだ。とりあえず、待つことにした。積極的休養だ。
 僕はキッチンに立つと、干し昆布と干し椎茸を水に入れて放置してとったダシで、そばつゆをつくりはじめた。気分転換には、料理に限る。ひじきを見つけたので、もう一つのコンロで、ついでに常備菜もつくることにした。水で戻し、炒めてから、ニンジンと油揚げを入れ、隣の鍋のそばつゆを少しこちらの鍋に移して煮た。
 テーブルとキッチンの間の僕の定位置で、パソコンと鍋を交互に見ていたが、料理は着々と進んでも、書き物のほうはさっぱりだ。
 僕は書き物の〆切に追われると、料理をしたくなってしまうようだ。
  料理が終わっても、やはりもう少し創造的先延ばしを決め、例の四方先生の遺伝子の研究について読むことにした
 その前に、また、コーヒー豆を挽き、もう一杯コーヒーを淹れ、それから、ようやくプリントアウトした紙を数枚持って、ソファに座った。
 また違う実験のことが書かれていた。今度は、大腸菌と他の微生物をシャーレに入れた。森の木陰でひっそりと生きている粘菌だ。すると、粘菌が大腸菌を食べ始めたのだ。弱肉強食だ。
 やがて、粘菌は追い込まれていく。このまま大腸菌を食べ尽くせば、エサがなくなり、粘菌も絶滅してしまう。
 ここまでは容易に想像がつく。資源の有限な地球で、強者が弱者を食い尽くせば、天に向かってつばを吐くようなものだ。
 しかし、微生物は単細胞ではあるが、バカではなかった。食べ尽くし、食べ尽くされ、両者が絶滅する寸前、なんとお互いに姿を変え、栄養を与えあい始めたのだ。
 ミクロの世界はなんともLove and Peace だ。感激で、ブラボーと立ち上がって叫びたくなった。マイノリティを受け容れる多様性、そして強者と弱者の相互扶助、複雑にからみあっての共生、もしかしたら生物の細胞のすべてにはLove and Peace がインプットされているのだろうか。となると、六十兆もの細胞を持つ人間の中には六十兆ものLove and Peace の種子が埋め込まれているかもしれない。
 幸福な気分に浸り、朝寝したにもかかわらず、眠くなってきた。実家に早く行こうと何度か起きようとしたが、体が液状化して、ソファーに溶け出したかのようだった。完全のシエスタに落ちる寸前、僕はモモに語りかけていた。世界はこんなにもLove and Peace だ、と。

 実家に着いたのは、結局、午後四時過ぎ。
 祖母は、ひさしぶりに寝間着ではなく普段の服を着ていて、居間でテレビを大音響にして見ながら、洗濯物を畳んでいた。画面には、サスペンスの再放送が映っていた。祖母は、洋画の次に、サスペンスが好きなのだ。
 僕は背後から声をかけた。ただいま、と。
「あれ、びっくりしたやあ」
 テレビで物音が聞こえなかったようだ。
「おやつ、そばでもどう?」
「いいねえ。やってくれるだかね。私ぁ火を使っちゃいかんって言われてるだよ」
 母に禁止されているのだろう。少し行きすぎのような気がした。たしかに、祖母は鍋に火をかけっぱなしで、何度も焦がしたが。
「じゃ、今、蕎麦を茹でるよ」
「そう、うれしいやあ」
 僕は台所で、蕎麦を茹でている間、ネギを刻み、海苔をキッチンばさみで切った。ゆであがった蕎麦を水洗いして皿に盛り、蕎麦猪口に持参したつゆを入れると、祖母を呼んだ。
 台所のテレビをつけた。
「おばあちゃん、ここでサスペンス見れるよ」
 祖母がすっと立ち上がるのが見えた。ふらつくこともなく、こちらにやってきた。
「歩けるねえ」
「それっくらいできるよう」
 と、祖母が誇らしげに言う。
「このつゆ、僕がつくったのだよ」
「ほうか」
 祖母が蕎麦をつゆにつけて、口に運ぶ。僕は黙っている。
「おいしいやあ」
 僕の味付けは祖母の口にはあうようだ。僕は祖母がつくった料理を食べて成長したので、味の好みが同じなのだろう。
「いくらでも食べれちゃうやあ」
  僕と祖母はしばし無言で蕎麦を啜った。蕎麦とネギと海苔、こんなにシンプルなのにおいしいことに、僕はいつも感心する。
 祖母はテレビを見ながら、僕にいろんなことを訊く。モモのことや僕の学校のことなど。
 僕は祖母に、サスペンスのあらすじがわからなくなりはしないかと訊いたら、時々見れば全部わかるという。もう犯人もわかっている、とも。
「私ぁ、若い頃から洋画たくさん見てるでね」
 それに人生経験も加わるので、ちょっと見るだけで、予測がつくのだろう。それに、あらすじがわかってもわからなくても、大した違いはないという達観もあるにちがいない。
「あんたも男だでねえ」
 と、突然、祖母が僕を心配し始める。
 そういえば、しばらくデートをしていない。
「そのうちデートするから、心配ないよ」
「ほんならいいけど」
 祖母が淹れたお茶の入った湯呑みを左手で持ちながら、右手でケイタイメールを送った。シングルマザーフレンドに。彼女はナースで、交代勤務も休日出勤もあり、なかなか会えない。しかし、ここは祖母の安心させるためにも、デートの約束をとりつけなければならない。とりあえず、ランチに誘ってみた。
 たまたま、彼女は休憩中だったらしく、メールがすぐに戻ってきた。明日は休みなので、ぜひ一緒にランチを、と。
「おばあちゃん、明日デートでもしてくるよ」
「よかったやあ。あんたも男だでねえ」
 祖母はデートは勧めても、再婚は勧めない。シングルグランドマザーは、自由の尊さを知っているのだ。
 
 翌朝やや早く起き、実家を後にした。午前中、水泳部の練習につきあい、短時間で終わらせ、スーパーへ急いだ。うちに帰ると、すぐ掃除だ。時間がないので、あれもこれもモモの勉強部屋に放り込み、掃除機をかけた。
 とりあえずダイニングと居間は人が呼べるほど片付いた頃、ドアチャイムが鳴った。ドアを開けると、久しぶりだが、いつも見ているような笑顔で彼女が立っていた。彼女は、食べ物に例えると、サラダのようだ。物静かだが、実は胸にパッションを秘めている。
 プールサイドから直行した僕はスポーティな格好をしていたのだが、彼女もジーンズにピンクのパーカーとスポーティな格好だ。
 今日のランチは、彼女のリクエストで、外食ではなく、僕のうちで玄米菜食。
  彼女は、ジーンズをいきなり脱ぎ、膝までのスパッツ姿になった。
 食前には、一緒にヨガをすることにもなっていたのだ。ヨガを教えることも、彼女のリクエストだ。ナースの激務のの疲れを、ヨガで癒したいそうだ。
 居間のフロアに、ヨガマットを二枚並べ、簡単なポーズをとった。マットは、スペースの関係でぴったりとくっつけて並んでいて、彼女の体が思いのほか至近距離にあった。時に彼女の体に手を添えるように頼まれたりもしたので、僕は不純な気持ちを抑えつつ、ヨガを続けた。
 ヨガの後、彼女はすっきりとした表情になり、おなかが空いた、と言った。
 僕はすぐにキッチンに立ち、圧力鍋で、玄米を炊き始めた。その間、れんこんでおかずをつくった。半分すり下ろして、半分みじん切りにして、そば粉と卵と混ぜた。れんこんのお焼きだ。ポン酢につけて食べる。
 彼女は興味深そうに僕の隣に立ち、僕がしてほしいこと察して、手伝ってくれた。
 やはり、家事は、言われて手伝ってもダメだ。相手の立ち場に立って、想像力を駆使しなくてはならない。前妻にさんざん言われたことだ。
 彼女に油揚げの短冊切りをフライパンで煎っている間、僕は大根の葉っぱをみじん切りにして、ボールに放り込み塩を振り、大根を荒く下ろした。煎った油揚げの上に大根おろしと塩揉みした大根の葉っぱをのせ、ポン酢をかけると、けっこうなおかずになる。
 冷蔵庫の中には、ダシ昆布の出がらしの佃煮、大根切り干しの煮物があったので、それぞれ蕎麦猪口に入れて出した。手作り蒟蒻も買ってきたので、薄く切って刺身にした。これには酢味噌を添えた。
 玄米が炊きあがる頃には、テーブルいっぱいに皿が並んだ。
 彼女に、ふりかけ用の炒りたての黒ごまを擦ってもらっている間、僕が鉄瓶で湯を沸かし、緑茶を淹れて、準備はすべて整った。
 彼女は、私の好きなものばかり、と僕をねぎらってくれた。
 僕たちは、けっこうな勢いで食べた。玄米がこんなにおいしく感じたのは初めてだ。舌だけでなく、体が喜ぶおいしさだ。魂が喜ぶソウルフードに近づけたような気がした。
 食後は、けだるいボサノバのCDをかけ、コーヒーを淹れ、ソファに移動して、彼女が焼いてきてくれたケーキを食べた。
 眠くなるような心地よい昼下がり、そんな時間はあっという間に過ぎ、気づけば五時。彼女のシンデレラタイムとなった。彼女もシングルペアレント、うちに帰って晩ごはんを作らなくてはならない。
 彼女は、ガソリンをピットで補給したF1カーのように去っていった。
 さて、僕も実家に行き、夕飯を作る時間だ。

 ゴールデンウィークも最終日、いつもは一番遅くまで寝ている祖母が、早く起き、化粧箱を開き、蓋の裏側の鏡を見ながら、顔をピシャピシャ叩いている音で、僕も目が覚めた。
「まだ寝てりゃいいよ」、と祖母。
 といっても僕の体がヨガを欲していた。掛け布団を払いのけ、まず太陽礼拝。実家にもヨガマットを置いてある。
 今日は、祖母と出かけることになっている。

 昨夜、風呂上がりの祖母が、布団の上に座って、さっぱりした笑顔で僕に言った。
「デートはしてきたかね?」
 僕は隣の布団の上で、体をねじるポーズをとりながら、いちおうデートで食べたものの報告をすると、祖母は安心したようだった。
「そうやってたまに会うくらいがいいだよ。なまじっか一緒になるとうまくいかんだで」
 祖母も結婚には向かなかったのだろう。
「明日は映画でも行こうと思うだよ。おいしいものも食べて」
 と、祖母が言った。これはすばらしいことだ。もちろん、僕と行くつもりなのだ。
「なんかいいのやってるかね?」
 祖母の好きなものは、中国の歴史物だ。それか、見た後スカッとする洋画だ。
「僕が見たいのがあるけど、それでもいい?」
「私ぁ何でもいいだで」
 明日が最終日のフランス映画、見た後スカッとしそうもないが、ちょうどいい機会だ。祖母は、映画は何であれ、おしゃれをしておでかけをすることが必要だ。
 この会話を聞いていた母が、ダイニングからやってきて、少しきつく言った。
「お母さん、行くなら車椅子で行きないよ」
 とたんに、祖母はしょんぼりとした。そして、僕だけに聞こえる声で言った。
「私ぁ、まだ寝てたほうがいいだよ」
 これは、大変だ。せっかく前向きになってきた祖母が、また寝たきりになってしまう。
 僕はダイニングに引っ込んだ母を追った。母がビールを飲んでいたので、コップ一杯だけつきあって、僕の考えをまず話した。
 おしゃれしておでかけすることは、祖母の寿命を延ばすはずだ、と。車椅子など大げさで、祖母が自分の足で立つことを妨げる、とも。
 母は言う。今度転んで骨でも折ったら、そのまま寝たきりになる、と。
「それで終わりだよ」、と母が付け加えた。
 脳天気で楽天的な僕と、常に最悪のケースを想定する慎重な母、話は平行線だった。
 たしかに、祖母の面倒を毎日見ているのは母だ。しかし、過保護になっては、できることもできなくなってしまう。それに、最近、祖母に対する母の口調は、小さな子どもに対するかのようだ。祖母をもっと大人扱いすべきだし、心配しすぎてうちに閉じこめておけば、ますます体力が落ち、老け込んでしまう。
 僕とモモが実家に来ると、たしかに祖母は元気になる、と母がいう。気を張っているからだろう。しかし、僕たちが帰った翌日は、たいてい一日寝ているそうだ。
 このことは、知らなかった。僕は黙るしかなかった。
 結局、祖母のことで全責任を負うのは、母だ。週末だけ来る僕ではない。それに、兄の世話もある。祖母も要介護となれば、その負担は倍以上だろう。
 僕はとりあえず祖母の隣に布団を敷き、枕元に読書用の電気スタンドを置き、横になった。祖母は、イヤホンを耳につけて、テレビを見ている。
 僕は寝転んだまま、プリントアウトしたA4の紙を読み出した。また微生物だ。二種類の微生物を扱う実験で、強い方が弱い方を食べるという設定。この実験の弱い方は、葉緑体を持っている。そして、その二つの微生物がいる環境に、ある条件を加えて、どうなるかを観察した。酸素のない状態にしたのだ。強い方が、いくら弱い方を食べても、酸素がなくては生きていけない。
 ここでもまた共生関係が生まれた。強い方が、弱い方を体内に取り込み、共生が始まり、弱い方が葉緑体で酸素を作って強い方に提供し始めたのだ。
 太古の昔、地球には酸素はなく、二酸化炭素が満ちていた。最初の生物は、その二酸化炭素を吸い、酸素を吐いていた。そんな生物が増えると、大気汚染が起こった。酸素が増えすぎたのだ。そして、この危機に、我々の祖先、酸素を吸い、二酸化炭素を吐く生物が誕生したのだ。お互いに、酸素と二酸化炭素を交換するように呼吸して、助けあい、命をつないできた。
 その次の段階で、この実験のような体内共生が始まったのだろう。単細胞生物が、細胞を次々と増やし、複雑な相互扶助の共生関係を体内に蓄積し、ついには体内に六十兆も細胞を持つ人間まで進化したのだ。
 進化の推進力は、弱肉強食の競争ではなく、実は相互扶助による共生なのだ。
 生物界は、かくもLove and Peace なのである。立ち上がってブラボーと叫びたくなった。モモのケイタイに電話して伝えたくもなったが、もう夜も遅く、どうせモモは興味を示さないだろうから、布団の中でブラボーと囁いた。
 僕はうつぶせになり、日記にそのことを書きとめていた。
 その時、襖が開いた。母がいた。
「おかあさん、明日は、ジローが一緒に行ってくれるから、私も安心だやあ」
 祖母は、イヤホンをつけているので、聞こえない。僕は祖母の体を揺すった。
「お母さんが何か言ってるよ」
「おかあさん、ジローと明日は映画楽しんできないよ」
「行ってもいいだかね?」
「ジローと手をつないで歩くだよ」
「そうだね」
「おばあちゃん、いちおう、杖も持ってくよ」
 僕が言った。登山用の杖をいつか祖母のために持ってきたのだ。祖母は使ったことはないが、うちのどこかに転がっているはずだ。
「転ばぬ先の杖っていうからさ。杖は、歩けるひとが持つんだよ。歩けないひとは、杖があっても歩けないんだから」
「それなら、杖も持ってくだやあ」
 と祖母が言った。もう先ほどのしょんぼりした表情が消えていた。
「映画、なんかいいのかかってるかねえ?」
「僕が見たいフランス映画あるから、それに行こうと思ってるんだけど」
 と、また同じことを言った。
「何でもいいだよ、私ぁ」
「ちょっと高尚かもしれないよ」
「たまにゃ、高尚なのもいいかもしれん」
 祖母はまたイヤホンをつけて、韓国のドラマを見始めた。
 どうして、母の気持ちが変わったのだろう。ビールが効いたのだろうか。
「母ちゃん、なんかあったらおんぶしてくから、心配ないよ」
「そうすりゃいいね。安心だよ」
 母はまたダイニングに戻っていった。
 母の許可が下りて、ようやく、祖母と街に繰り出せることになった。 
 
 僕が朝のヨガをしている間、祖母は眉を描いていた。
 兄は、いつもの施設に行くことになっている。このごろ、施設が祝日も面倒を見てくれるようになったようだ。兄は今日も卵の殻を割って肥料を作る仕事をがんばってくるはずだ。なにしろ、卵班の班長なのだから。ところで、どうやって、班員をリードしているのだろう。
 僕は仕上げの三点倒立を終え、隣の座敷で朝ごはんを食べる兄に言った。
「兄ちゃん、今日も卵のお仕事がんばってよ」
 兄は、牛乳を吸うストローを加えたまま、ニコニコしている。
「なんたって班長さんだものね」
 と、母が言うと、兄は指を続けて鳴らした。
   祖母は、母に言われ、パンツ型おむつを履いたようだ。僕は聞こえないふりをした。
「ほい、これでいいかいやあ?」
 祖母が服を選んだ。田舎のおばあちゃんにしては、少し派手なコーディネートだ。
「バカいいよ」
「ほうか」
 ハンドバッグは、オストリッチだ。以前、祖母がオストリッチだと教えてくれた。
「それオストリッチ?」
「そうだよ。よく知ってるねえ」
「ダチョウの皮だよ」
「バカなこというじゃないよ」
 僕は黙った。
 
 街へ向かう車中で話し合い、昼食は蟹に決めたした。かに道楽が映画館の近くにあるのだ。街に着くと、映画館から最短の距離の駐車場に車を駐めた。
 映画の上映まで時間があったので、喫茶店でコーヒーを飲むことにした。祖母もコーヒーが好物だ。
 車を降り、祖母は右手に登山用ステッキを持ち、左手は僕の手とつないだ。そういえば、祖母と手をつないだのは初めてだ。
 もう半袖でもよさそうな陽気、雨が降っていないことに感謝した。祖母は両手がふさがっていて、とても傘など差せない。
 その日、街の風景が、まったく違って見えてきた。
 駐車場と映画館とかに道楽を線で結べば、一辺が百メートルもない三角形なのだが、果てしない荒野のように感じた。街の風景の中には、蛍光マーカーで印を付けたかのように段差がはっきりと浮かび上がった。
 祖母の手を引き、ゆっくりと歩く。僕はやや胸を張った。
 三角形の真ん中あたりに、喫茶店が一軒ある。僕たちは店の前で立ち止まった。まず店に入るのに、数段階段を上らなくてはならない。何度か入ったことがある喫茶店だったが、こんな段差があったとは気づかなかった。
「おばあちゃん、映画始まるまで、ここでコーヒー飲むよ」
「行けるかいやあ」
 祖母は段差を見上げる。
「大丈夫だよ」
 ここは祖母を励まして、喫茶店に入るしかない。
「おばあちゃん、ゆっくり、休み休み行こう」
 なんとか、階段を四段ほど上り、店のドアを開け、ひとまず席に落ち着いた。
 コーヒーを一杯ずつ頼み、チーズケーキを一つだけ頼んだ。
「おばあちゃん、疲れた?」
「これっくらい、大丈夫だよ」
「そんならいいけど。まだ、映画館まで歩かなきゃいけないから」
「私も歩かにゃいかんでね。うちの中にずっといたじゃ、弱っちゃうで」
「痛いとかはないの?」
「ないねえ」
 チーズケーキが来ると、祖母は三角形の頂点から、僕が底辺から、食べはじめた。
「あんた、たくさん食べないよ。私ぁちょっとありゃいいだで。もう一個頼むかね」
「映画見たら、ごはんも食べるから大丈夫」
「そうだね。ごちそう食べなきゃいかんでね」
 僕はモモと行ったデンマークの話をした。街は段差がなく、ベビーカーも障害者も老人もたくさん街に出ていた、と。
「ヨーロッパかね」
「そうだよ。北欧」
「外国、行けるうちにあんたと行っといてよかったやあ」
 祖母とは二人で海外旅行に三回出かけたことがある。最後に行ったのはカナダ、もう十年も前のことで、マリリン・モンローの映画に出てきた滝を見たいという祖母が言い、一緒に出かけたのだ。
「また元気になれば行けるんじゃない?」
「もう無理だやあ」
 この頃はうちの近くから空港までバスが出てるから楽だ、と言ったが、無理かもしれないとも思った。
「あんたの作るのと変わらんねえ」
 と、祖母が小声で言った。
「また作ってくるよ」
「楽しみにしてるでね」
「もうすぐ、新しい空港もできるよ」
「そりゃ、飛行機乗らなきゃいかん」
 赤字必至の地方空港がこの県にもできるのだ。新しい空港なら、きっとどこもかしこもバリアフリーだろう。ここは期待したい。
 
 喫茶店を出ると、三角の荒野の真ん中から、いよいよ映画館に向かった。今日はフランス映画ということで、小さなシネマだ。ハリウッド系は、もう少し歩いたところのシネマコンプレックスで上映している。そこで売っているキャラメルポップコーンは、祖母の好物でもあるが、残念ながら、今日は食べることができない。
 杖をつく祖母の手を引き、ようやく映画館にたどり着くと、愕然としてしまった。
 一階と二階に一つずつシネマがあり、今日のフランス映画は、二階だった。当然あると思っていたエレベーターがなかったのだ。
 目の前にそそり立つ螺旋階段を見上げた。
「今日は、映画やめるかね」
「せっかく来たんだから、見ようよ。階段大変なら、おんぶだってできるし」
 チケット売り場ガラスのショーケースの向こうに立つ従業員が、困惑した表情で僕たちを見ている。
 なぜこうどこもかしこもバリアフリーではないのだろう。格差社会は、段差も多いのか。
 ためらう祖母を背に、僕はチケットを買った。パンフレットも。振り向いて言った。
「ゆっくり、休み休み、行けば大丈夫だって。ダメならおんぶするから」
 ついに、祖母は第一歩を上り始めた。杖は僕に預けて、右手で手すりを持って。
「足痛い?」
「大丈夫だよ」
 この杖は、年に一回、僕の誕生日に水泳部員達と学校の裏山に登るときのためのものだ。これは部の伝統行事で、一時間半くらい登るのだが、僕にはなかなかのハードワークだ。僕があの山を登るときくらいの労力で、今祖母が階段を登っているのだろうか。
「おんぶするか?」
「休み休み行きゃ、なんとかなるよ」
 踊り場で一休みして、頂上を見上げた。腹が立ってきた。

 祖母はいったん登り始めればすいすいと階段を上りきった。まだ余力があるようだったので、ひと安心だった。とりあえず、二階のロビーに座って、開演を待った。
 僕は祖母を残して、急いで階下の売店まで行き、キャラメル味ではない塩味のポップコーンとウーロン茶を買った。ただ階段を駆け下り、また駆け上っただけだが、これができることはすごいことなのだと思った。
 祖母の手を引き、段差に気をつけながら歩き、劇場の真ん中あたりに座った。祖母は映画が始まるまで、老眼鏡をかけて、パンフレットを見ていた。
「ほい、なんだかよさそうだね」
 と、祖母は期待にあふれる笑顔になった。
「明るい映画じゃないかもしれないよ」
「たまにゃ、こういうのもいいだよ」
 今日の映画は「潜水服は蝶の夢を見る」、脳梗塞で体が動かなくなってしまった男が左目の瞬きだけで本を書くという話。タイトルの詩的な感じに惹かれた。名画だろうと思うが、祖母にはどうなのだろう。
 ブザーが鳴り、ド派手なアクション映画の予告が始まった。大きな音が前から後ろから左右から走るように聞こえてくる。
「よさそうだね」、と祖母。
「予告だよ」
「ほうか」
「聞こえる?」
「聞こえるよ」
「よく聞こえる?」
「よく聞こえるよ」
「これ食べなよ」
「もらうでね」
「これも飲む?」
「トイレ行きたくなるでいいよ」
 これ以上しゃべるとまわりに迷惑になるので、僕は黙った。
 そういえば、洋画は字幕だ。たとえ聞こえなくても、楽しめるだろう。 
 予告編はどれもよく作られていて、退屈することはなく、見たくなるものばかりだった。
「また来なきゃいかんやあ」
 と、ポップコーンをつまみながら、祖母が言った。
 そして、突然、今までに見たことのないアングルの映像で、映画が始まった。画面が楕円形に縁取られ、やがてその縁がまぶたの縁であることがわかる。カメラが眼球となり、まぶたの裏側から見る光景なのだ。
 主人公は、今、まぶた以外、体を動かすことができない。叫んでも、声も出ず、誰にも届かない。医者が現れ、右のまぶたが縫い合わされてしまった。これで、視界は片目だけとなっった。主人公は、全身で、左のまぶた以外動かすことができなくなった。
 主人公は、脳梗塞で倒れ、それまでずっと昏睡状だった。その直前まで元気だった。祖母も一歩間違えばこうなっていたかもしれない。やはり、この映画は祖母には選択ミスだったか。祖母を横目で見ると、膝の上に広げたハンカチの上にポップコーンをのせて、少しずつ食べながら、画面を見ている。
 主人公は、はたから見れば植物人間。不自由な体に閉じこめられ、自由な想像力だけが頼りだ。
 彼の心は、想像力という翼を得て、まるで蝶のように自由となった。一方、いまだ彼の体は重く、動かすことはできない。彼は自分を閉じこめる牢獄のような肉体を潜水服と形容した。この映画のタイトル「潜水服は蝶の夢を見る」の意味がようやくわかった。
 僕は映画を見ながら、なぜか、同じ脳梗塞で入院した祖母ではなく、兄のことを考えていた。不自由な体に閉じこめられた兄も、想像力という翼を持っているのだろうか。言葉を話すことができない兄は、発せられない、たくさんの言葉をうちに秘めているのだろうか。この主人公も、言語療法士がいなかったら、言葉を持たない肉体として扱われていたはずだ。兄は、こちらの言うことは理解できる。ということは、声なき言葉を引き出すことも可能かもしれない。
  その映画の映像が、眼球を通してのものが多かったので、時に僕も動かぬ肉体に閉じこめられたような錯覚に陥った。すると、僕は兄になった。こちらは、すべてがわかっているのに、他人はいつまでも赤ん坊のように扱ってくる。こちらの声はまったく届かない。体もいうことをきかない。
 胸のあたりで、かきむしりたくなるような混沌とした固まりが大きくなっていった。
 兄は、祖母とは意思の疎通ができるようだ。祖母が、兄の幼少の頃から面倒をみていたからだろう。兄の言葉を、よく祖母が代弁する。祖母はイエス・ノー・クエスチョンと想像力で、兄の声をすくい取るのだ。
 主人公の日曜日は気が遠くなるほど長い。平日は理学療法士と言語療法士と回復に向けてのコミュニケーションがあるのだが、休日には彼女たちとは会えない。ある時は、テレビでサッカー観戦を楽しんでいる最中に、病院スタッフにより、テレビを消されてしまう。テレビを消すなと叫ぶ声は、どこにも届かない。その後、長い日曜日の残りの時間だけが残される。
 映画はクライマックスを迎えた。ポップコーンはすでになくなった。
 主人公は、左目のまばたきだけで、本を書き始める。アルファベットを編集スタッフが読み上げる。A,B,CではなくE,S,A..の順で。アルファベット順ではなく使用頻度順だ。使いたい文字が読み上げられた時、彼は瞬きをして、選択する。そして、またアルファベットが最初から読み上げられ、彼は瞬きで次の文字を選ぶ。これが繰り返され、二十万回のまばたきで、一冊の本を書き上げる。
 そのうち、主人公がかすかな回復の兆しを見せた。リハビリの効果が出たのだ。主人公は本の出版を待つばかりとなった。なんとか暗い気分で映画館を出なくてすみそうだと思っていたら、突然、主人公が風邪から合併症を引き起こし、死んでしまう。
 あっけなくスクリーンにはエンドロールが映る。僕は後半かなり感情移入していたためか、まだ対応できないまま座っていた。
「ああはなりたかないねえ」
 と、祖母が言った。
「ああならんよう、体大事にしないよ」
 この映画は、祖母には健康についての啓蒙映画になっただろう。来た甲斐があった。
  エンディングテーマ曲が終わり、観客がほとんどいなくなり、照明がついてから、僕は祖母の手を引いて立ち上がった。
「おばあちゃん、転ばんようにね」
 まだあの長い階段を下りなくてはならないが、上りよりは楽だろう。

 今日おそらく最後の階段を下りきって映画館を出ると、陽光がまぶしかった。
「あんた、おなか空いたら?」
「ぺこぺこだよ」
 祖母は常に僕の空腹具合を気にしている。
「ほんじゃ、かに道楽に行くかね」
「歩ける?」
「大丈夫だよ」
 階段を上って下りて自信がついたのか、祖母の足取りは軽くなったようだ。
 今日はやけに遠く感じる道のりを、祖母は右手で僕の手を握り、左手で杖をついて、ゆっくりと歩いた。そういえば、モモと歩く時、もう手をつながない。そのかわり、これからは祖母と手をつなぐのだ、と思った。
 脚が動く巨大な蟹の看板が見えてきた。
「おばあちゃん、あそこだよ」
「もう杖はいらんやあ」
 年寄り扱いされたくないのだろう。僕が杖を受け取ると、多少祖母の背筋が伸びた。銀髪にオストリッチのハンドバッグ、品のいい老婦人に見えるだろう。

 僕たちは小さな座敷に通された。掘りごたつになっていて、祖母はありがたがっていた。そういえば、いつも座るときは正座だった祖母が正座している姿を最近見かけなくなった。仏壇に向かってお題目を上げるときも、風呂で使うプラスチックの椅子に座って、簡易的な正座をしている。
 祖母が何を頼んでもいいというので、コースを二人前頼んだ。蟹の刺身、蟹の天ぷら、蟹のグラタン、蟹釜飯、蟹寿司、蟹づくしだ。
「おばあちゃん、飲んだら?」
「いいよ、私ぁ」
「飲めなきゃ、残せばいいから、飲めば?」
「じゃ、いただくかねえ」
 にっこりとした祖母はまんざらでもようだ。一度は遠慮するのが、祖母の作法なのだ。
「いいでね、手酌でやるから」
 という祖母に酒を注ぎながら、映画のことを訊いた。
「そうだねぇ。悪かなかったよ」
「僕はずっと見たかったんだよねえ」
「ああいうのも、たまにはいいねえ。いつもミーちゃんハーちゃんでもねえ」
 蟹を食べる作業は、僕たちしばらく無口にさせた。蟹専用のスプーンを駆使しても、身を根こそぎとるのは難しい。
「兄ちゃんもあんな感じなのかねえ」
 作業に疲れた頃、僕がつぶやいた。
「私もずっとあの子のことを考えてただよお」
 僕たちはまた作業に没頭した。
 不自由な体という重い潜水服を着た兄の想像力の蝶も飛んでいるのだろうか。
「おばあちゃんが、入院してたとき、兄ちゃん一人で来たんだよね?」
「そうそう、病室の入り口で、立ってただよ」
「すごいねえ」
「どこにもつかまらないでねえ。障害者じゃない、ふつうの子の顔だったやあ」
 これは何度も祖母に聞いた僕の好きな話だ。兄が一人で見舞いに行くことも、つかまらないで立つことも、もちろん不可能だ。
「不思議だやあ。どうやって来ただかねえ」
 初めて祖母がそう言ったことを聞いた父は、いよいよ呆けたか、と言ったが、そのようでもない。ただ、この兄の姿だけは、よほどはっきり見えたのだろう。事実だと疑っていない。
 母の解釈では、兄に会いたい祖母の気持ちと、祖母に会いたい兄の気持ちが引かれあい、その映像を生じさせた、と。
 僕は母の解釈に賛成だ。こんなことがあったほうが、人生はおもしろい。
「おばあちゃん、ほんとに不思議だねえ」
「あの子も映画に連れてきてやりたいけどねえ」
 と祖母がつぶやく。祖母に加え、兄も連れ出すとなれば、僕一人では無理だろう。
「モモも連れてくればいいんじゃない?」
「モモちゃんがいりゃ大丈夫だねえ。あの子はまにあうでねえ」
 祖母のモモに対する評価は高い。
「あんたが上手に育てたからねえ」
 決して一人で育ててきたつもりはない。
「ほんとにおいしいやあ。お酒も蟹も」
 祖母がしみじみという。僕は酒を注いだ。
「悪いねえ。私ばっか。あんたも飲むか?」
「飲んだら、仕事クビになるよ。車だから」
 それに僕はあまり酒が好きではない。体がアルコールを歓迎しないのだ。
 蟹のコースは進み、天ぷらやグラタンと、黙らなくても食べられるものが出てきた。
「私ぁね、三ヶ月ごとにお金が入るだよ」
「遺族年金?」
「そう。今まで、無頓着に使ってきたけどね」
「自分のお金なんだから、好きに使えばいいんじゃない?」
 といいつつ、ずいぶんと祖母には金銭面で世話になってきた。大学の学費もそうとう出してもらい、社会人になって車を買ったときも、五十万円ほど借りた。たしか、まだ八万円しか返してないと思うが、祖母はすっかり忘れている。
「そう好きに使っていいもんでもないだよ。あんたのおじいちゃんが命をかけて戦争行ってきたもんでもらえるお金だでね」
 たしかに、祖父の命と引き換えのお金だ。
「少しは残さなきゃいかん」
「墓場に持ってけないんだから使えばいいよ」
「もう欲しいもんもないだよ」
「じゃ、僕に買ってくれればいいよ」
 と、ためしに言ってみた。
「ほんじゃ、次のお金が入ったとき、背広でも買ってやるん」
 細身のダークスーツが欲しい。
「ありがたいよ」
「あんたもセンセイだで、しっかりしたのを着にゃいかん」
「しっかりしたスーツでないとねえ」
 英国製がいい。
「安物買いの銭失いって言うでね」
 そのとおりだ。
「ありがと。じゃ、その時また映画も見よう」
「なんかいい映画かかってるかねえ?」
「必ずあるよ。毎日何本もやってるんだから」
「そのころにゃ、もっとよくなってるでね」
「杖もいらなくなるんじゃない?」
「そうだね。私ぁ骨が丈夫だでね」
 魚屋に生まれた祖母は、小さいころから魚ばかり食べてきた。それで骨が丈夫なのだ。
 祖母に酌をしようととっくりを持ったら、もう空だった。
 蟹の寿司が母の好物なので、土産に買っていくことにした。デザートを持ってきた仲居さんに、祖母が注文した。
 抹茶味のアイスクリーム、ラッキーなことに祖母が半分残したので、僕は一個半食べた。
 食事代は、祖母が出した。今日一日、僕は一円も金を使っていない。僕が払おうとしても、祖母は僕を子ども扱いして払わせない。
 かに道楽は、靴脱ぎ場、エレベーターの前、入り口の脇と、いたるところに座るところが用意されている。祖母には、実にありがたい。
 祖母の財布を預かり、僕が支払いを済ませた。祖母には座って待っていてもらい、駐車場まで走った。
 祖母を迎えに行くと、寿司折りの入った紙袋を二つ持っていた。待っている間に、母の土産をまた注文したのだ。デザートの時に頼んだことは、忘れてしまったようだ。
「おばあちゃん、またお土産頼んだの?」
「あれやあ」
 ま、よくあることだ。寿司折りが一つ増えても、困ることはない。分けて食べればいいだけだ。分けあえば、おいしさは、倍になる。

 実家に着くと、もう母と兄が帰ってきていて、居間のテレビを見ながら、お茶を飲んでいた。父はいつものことだが店に残り、明日の仕込みをしているらしい。
「母ちゃん、蟹の寿司買ってきたよ。二人前」
「うれしいやあ、兄ちゃんと食べるでね」
 兄は、うつむいたまま笑顔で、指を鳴らした。
 祖母は部屋着に着替えると、さっそくエプロンをして、台所に立った。お茶を準備してくれるのだ。
「映画はよかったかね?」
 と、母が台所に行き、祖母に訊いた。
「たまにゃああいうのもいいねえ」
 祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら、テレビを見ていると、たまたまダーウィンの生涯を紹介する番組をやっていた。自然を愛し、その多様性を尊重していたダーウィン。いつしか、ダーウィンの理論の「適者生存」「自然淘汰」だけが抽出され、強者が強者であり続けるための理論に転用さたのだろう。
 兄が「シー」と言った。
「パンツ自分で脱がなきゃダメだよ」
 僕は手を貸さない。
「おしっこ出ないのに、おしっこ、おしっこって言っちゃダメだよ」
 兄は、おしっこさえすれば誰かが来てくれると思っているのだ。甘やかしてはいけない。
介護とは、いろいろしてあげることではなく、自分でできることを援助することだ。
「うれしいやあ、ありがとね」
 母が寿司折りと醤油差しを持って、居間に入ってきた。
 兄が、自分でズボンとパンツを下ろしたので、ほめてから、おまるの用意をした。
 母が僕にも勧めるので、二つほど、蟹寿司をつまんだ。おまるの至近距離で。
 たしかに、蟹寿司はうまかった。
 隣の部屋では、祖母がはやばや布団を敷き始めた。今日はひさしぶりに出かけたので、疲れたのだろう。 
「おばあちゃん、具合はどう?」
 と、襖を開けて、むこうの祖母に声をかけた。
「もうどっこも悪かないよ。また行かにゃいかんね」
 と、何かを企む子どものように笑った。
「また行かなきゃいかんね」
 今度はもっとスカッとする映画にしよう。キャラメルポップコーンも食べよう。
 そして、祖母は、布団から顔だけ出して、イヤホンをはめ、テレビを見始めた。
 僕はモモにメールをした。ママのところで楽しんだか、と。しばらく待ったが返事はない。友達にはすぐに返信する娘だが、僕にはなかなか返事をよこさない。
 兄が用を済ますと、今度は兄に寿司を食べさせることにした。卓袱台の上にお盆をのせ、どんぶりを置き、中に寿司を入れ、キッチンばさみで食べやすい大きさに切った。
「兄ちゃんも食べる?」
「アイ」
 と、右手まで挙げて、兄は返事をする。
 母が兄の隣に来て、ひっくり返したビールケースの上に腰を下ろす。母も正座ができなくなったようだ。
 母がビールの栓も抜いた。もちろん、僕は飲めず、兄も飲まないので、母は独酌で飲む。
「母ちゃん、ダーウィン知ってる?」
「お母さんだって、人間が猿から進化したことぐらい知ってるよ」
「じゃ、適者生存、自然淘汰も?」
「バカにするでないよ。常識だよ」
 僕は微生物のことについても話した。
「微生物は、必ず弱者も子孫を残して、強いものばかり生き残るんじゃないんだって」
 母は黙って、耳を傾けていた。
「だから、父ちゃん母ちゃんの店も生き残るべきだって。いくら回転寿司が流行っても」
「そんなもんかねえ。商売は続けるだけでも精一杯だよ」
 この町でも、日曜の夕方、回転寿司の前を通ると、駐車場にガードマンが光る赤い棒を持って、車の整理をしている。それほど、繁盛しているのだ。おそらく、安いだけでなく、不味くもないのだろう。
 僕は種の多様性の保存についてを説明した後、相互扶助について話した。
 すると、兄がまたズボンを下ろし始める。
「さっきおしっこしたばっかりだよ」
 と、僕が兄に言う。少し、怒って。
「いいだよ。兄ちゃんはこれがコミュニケーションなんだから」
 と、母が言う。たしかにそうだ。これも相互扶助か。僕は兄のオマルの蓋をとった。
 二種類の微生物が、弱肉強食ではなく、共生を始めることについて説明した。
「ここまで、わかる?」
「ビール飲みながらでも、わかるよ」
 僕は持論を雄弁に展開した。母の前だと、つい上から目線で話してしまう。
「母ちゃん、微生物だって、助けあってるんだから、何十兆も細胞がある人間なら、もっと高度に助けあわなくちゃいけないんだよ」
 僕は気持ちよくなって、さらに続けた。
「だから、おばあちゃんや兄ちゃんを大事にすることは、自然で当然なことなんだって。単細胞微生物でも助けあってるんだから」
 母は、一通り僕の演説を聴き終わると、ビールを一口飲んで言った。
「そんなの当たり前のことだよ。お母さんとお父さんのお店は赤字なんだから、おばあちゃんの遺族年金と兄ちゃんの障害者年金で助けてもらわなきゃ、生活できないよ」
 僕は黙った。すでに、ここでは、とっくにダーウィニズムは乗り越えられていた。
「兄ちゃんとおばあちゃんは稼ぎ頭だよ」
 兄や祖母が施設に入れば、年金はその利用料に消えるだろう。二人が、うちで暮らせば、それだけで稼いでいることになる。
 そういえば、この僕も、兄と祖母のことを書いて、原稿料を稼ごうともくろんでいる。
 兄の用が済んだようなので、ありがたく、パンツとズボンを上げさせてもらった。
「兄ちゃん、かにのお寿司食べよう」
 兄は指を鳴らした。
「ナイスナイスだね」
 兄はうつむいたままにっこりとする。
「兄ちゃんのおかげで、ジーも助かるよ」
 兄はまた続けて指を鳴らした。
 世界は、こんなにもLove and Peace にあふれている。僕も指を鳴らしてみた。

« シュフ魂 | トップページ | GROWING UP »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/25180/55519371

この記事へのトラックバック一覧です: 世界は今日もラブ&ピース:

« シュフ魂 | トップページ | GROWING UP »