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シュフ魂

 「パンケーキな朝」

 パンケーキである。ホットケーキではない。アメリカのダイナーで出てくるような、直径十二センチくらいで、厚さが八ミリくらいのパンケーキ、それをを五枚くらい重ねたもの。英語では、pancakeもhotcakeも違いがないようだが、ここ日本では、大きな違いだ。
 もちろん、ホットケーキも悪くない。小学生の頃、日曜日に、母に教わりながら、おそるおそるフライパンで焼いたのを覚えている。うちのホットケーキは薄いのに、どうして喫茶店のホットケーキはあんなに厚いのか、不思議だった。
 さて、パンケーキである。昼休みにふらりと僕の勤務する学校の図書館に立ち寄り、雑誌コーナーで「暮らしの手帖」をぺらぺらとめくっていたら、レシピを見つけたのだ。ようやくの出会いに、うれしくなった。紺のブレザーの内ポケットから、愛用の安物のメモ帳とボールペンを取り出し、メモした。創作意欲が沸いてきた。
 その午後は、とても長く感じた。早くうちに帰り、キッチンに立ちたかった。
 僕は、仕事で手を抜いても、晩ごはんは手を抜かない主義だ。職場には僕の代わりがいくらでもいるが、うちにはシュフは僕一人である。

 パンケーキを食べる予定の翌朝、寝坊してしまった。あわてて、中学二年になる娘のベッドルームの前で声を上げた。
「起きろ。すまん。寝坊した。すぐ朝ご飯だ。もう間に合わなくなるぞ」
 昨夜、僕も娘も寝るのが遅かった。深夜まで、娘とキッチンで、バレンタインチョコづくりに励んでいたからだ。今年のバレンタインデイは日曜日だったので、娘は今日学校で配ることになっていた。最近のチョコ事情は、友チョコといって、女子どうしチョコを交換するらしい。
 昨夜の晩ごはんは、チョコに備えて、玄米に野菜たっぷりの蒸し煮鍋とカロリー低めのメニューにした。その食器を片づけてからは、オーブンとコンロはフル回転、試食をたっぷりしながら、チョコケーキ、チョコクッキー、チョコクランチなどをつくった。
 僕と娘がこよなく愛するチョコが、やはりスイーツの中のスイーツであることを、あらてめて確認できた夜となった。
 もう、娘の朝食までには、あと十分くらいしかない。しかし、朝食をつくらないわけにはいかない。僕の毎朝の日課であるヨガを今日は中止にして、フライパンを火にかけた。
 生地は昨夜仕込んでおいた。
 小麦粉百グラム、牛乳二百cc、サラダ油大さじ一、卵一個、砂糖大さじ一、塩小さじ四分の一、ベーキングパウダー小さじ一半を、ボウルに入れ、混ぜ合わせ、冷蔵庫の中で一晩眠らせてある。
 レードルで、油を薄くひいたフライパンの上に、生地をゆっくりと垂らす。円がだんだん大きくなっていく。そして、ここは焦らず、しばらく待ってひっくり返す。
 娘がようやくテーブルに着くと、一枚目が焼きあがった。
「あ、ホットケーキだ」
「違う、パンケーキだ。しかも焼きたてだぞ」
「ホットケーキじゃないの?」
「まったく違う。食べればわかる」
 テーブルの上に、バターとブルーベリージャムとピーナツバターを置いた。
 娘がジャムを塗っている間に、二枚目が焼きあがった。
「次々に出てくるぞ」
 僕もピーナツバターを塗り、立ったまま食べてみた。 
「アメリカにいるみたいだぜ」
 アメリカには行ったことがないが、朝から気分が高揚してきた。
「おいしいねえ」と娘。
「何が?」
「ホットケーキ、じゃなくてパンケーキ」
「よし」
 フライパンに気を配りながら、小さなどんぶりのようなカフェオレボウルに、牛乳、インスタントコーヒー、砂糖を入れ、レンジでチンする。
「ま、これも飲め」
「ありがと」
  と、娘は、テレビの方を向いたまま、僕と目を合わせずに言った。
 先月、娘と見に行った古いスペイン映画で、主人公の幼い少女が、冬の朝、湯気の立つカフェオレを、そんなボウルを両手の平で包んで、飲んでいた。それ以来、うちではまだカフェオレブームが続いている。
「パパ、おかずは?」
 忘れていた。冷蔵庫をのぞくと、トマトくらいしか目に入らない。とりあえず、スライスした。
「ま、足りない野菜は、給食と晩ごはんで」
 晩ごはんのメニューのことを考えながら、パンケーキを焼き続けた。
「自立って知ってるか?」
 僕は立ったまま、パンケーキを海苔巻きのように丸めて食べながら、背後の娘に訊いた。立っていたら、ふと、自立という言葉が浮かんだのだ。
「それっくらい知ってるよ」
「パパは、家事できなくて、家庭的に自立してなかっただろ」
 娘は、テレビの隅に表示される時刻を見ながら、いちおう聞いている。
「ママは、仕事してなくて、経済的に自立してなかっただろ」
 またパンケーキが焼け、皿に移す。
「しかし、今は、パパは家事をバリバリしてる」
「掃除はしてないけどね」
「そこは、家事分担だ」
「はいはい」
「ママは、今、仕事して、バリバリ稼いでいる」
「そうだねえ」
 それにしても、パンケーキはアメリカンな味がして、美味い。
「だから、リコンは、自立のためだったんだなあ」
 娘は返事をしなかった。
「今、パパとママは、協力して、子育てもしてるし」
「なら、もう一回結婚すれば?」
 僕は即答した。
「それは、無理だな」
「なんで?」
「一緒にいて仲が悪いパパママと、離れているけど仲がいいパパママとどっちがいいんだ?」
 娘は黙っていた。星座占いのランキングを見ている。
「あ、ビリだ」
「ま、気にすんなって」
 朝食にまた新たなメニューが加わったことに、僕はシュフとして感激していた。
「山羊座、何位?」
「見てなかった」
 パンケーキは十枚焼いたが、あっという間に完食してしまった。
 僕もそろそろ髪の寝癖を直し、ワックスをつけ、ネクタイを選ばなくてはならない。
「ね、車で送ってってくれないよねえ」
 僕はいつもぎりぎりの時間にうちを出るのだが、すぐに髪とネクタイを処置すれば、送っていけないことはない。
「パパが寝坊したんだからさ」
 それもそうだ。
 少し、間を置いた。そして、決断した。
「走れ」
 娘は、立ち上がった。それからは、支度が速かった。歯を磨き、セーラー服を着た。 もしかしたら、遅刻しないかもしれない。
「じゃ、いってきます」
「おう、自分の足で走れ、そして、先生に怒られてこい」
 娘は、走って出ていった。
 娘が出ていくと、まだ時間が思ったよりあった。僕は、とりあえず、コーヒーを淹れることにした。

「水道屋マーちゃん」
 
 数々の暴言を吐いて生きてきた。中でも「全自動洗濯機」についての暴言が最悪だろう。新婚の頃、同僚に自慢げに言ったのだ。うちの洗濯機は全自動でアイロンまでかけてくれる、と。
 
 現在、僕はシングルペアレントとして家事を一手に引き受けるシュフである。このことには、実は誇りさえ感じている。仕事をしながら、子育てをしながら、ブログも毎日更新しながら、家事をこなすことは、シュフ魂がなくてはこなせない、プロジェクトXばりの一大事業だ。
 さて、そんなシュフの夢は、家事分担である。
 かつて娘に料理を仕込もうと思ったことがある。何度も挑戦したが、そのたびに挫折をした。だいたい、親が子に、何かを教えるということは、ほとんど不可能だ。算数などを教えたりすると、たいてい僕が怒鳴り娘が泣くという結果に終わってきたものだ。馬を水辺につれていくことはできるが水を飲ませることはできない、とは言ったものだ。
 そもそも、ひとに命令されて、雑用をさせられるのは、つらいことだ。きっとそれは人間の尊厳と関係しているのだろう。下拵えのような単純作業だけを命じられ、創造性も主体性も発揮できない調理補助など、単なる苦痛をともなう作業にすぎない。
 そこで、キッチンでの主従的家事分担はあきらめ、分業的家事分担を目指すことにした。とりあえず、料理は僕が担当、掃除は娘が担当ということに決めた。
 相手が苦手なことはやってやろうと思うのは、人情だ。立ち上がれないひとがいれば、手を貸したくなるものだ。
 食うために生き、生きるために食う僕は料理は得意だが、うちの中が汚くても生きていけると確信してるので、掃除は苦手だ。
 娘は料理はできないが、掃除は僕よりできる。お互い、自分が苦手なことを相手にやってもらえば、感謝の気持ちも自然に沸くというものだ。
 料理は僕、掃除は娘、この分業的家事分担で、今のところ、うちの中の平和は保たれている。

 さて、洗濯は、家事における大きなウェイトを占め、時間もかかる事業である。
 洗う、濯ぐ、脱水する、干す、取り込む、畳む、収納すべきところに収納する。この一連の作業は、天候にも、左右され、思うようにはかどらない。
 動線という言葉を最近知った。文字通り動く線、動線がうまく流れないと、家事はこなせないといわれる。洗濯でいえば、服は、脱衣所→洗濯機内→ベランダ→ソファの上→それぞれの収納場所と流れる。
実は、この動線を頭に入れるという習慣がつくと、職場でも仕事がかなり速くなる。きちんと段取りをして、もっとも効率のよい順番で、時に複数の作業を同時にこなし、最短距離を最短時間で進む。あらゆるものを、静止しているものではなく、動いていくものととらえ、常にそれが動く方向と道筋をイメージすると、違う世界も見えてくる。
 さて、その洗濯だが、これはなかなか大変な労働なので、よく手を抜いてしまう。すると、動線が渋滞する。脱衣所に洗濯すべきものがたまったり、ソファの上に洗濯したものが山になっていたり、と。こうなると、日常生活にも悪影響が出てくる。
 はっきり言って、こんな大変な仕事は、娘も僕もやりたくはない。そこで、思い切って、新しい洗濯機を導入することにした。
 数日にわたり、各社の製品を比較検討して、ついに購入したのは、全自動乾燥機付ドラム型洗濯機だ。
 夜、入浴後に衣服をドラムの中に放り込み、スイッチを押してベッドに入り、朝になれば、洗濯が終わっている。また、朝、洗濯機のスイッチを押して、出勤して、夕方帰宅すると、洗濯が終わっている。
 あとは、洗濯物の仕分け、僕のものだけを畳んで収納して、娘のものは籠の中に入れておく。娘が、洗濯物を畳んでも畳まなくても、収納してもしなくても、それはもう僕の関知するところではない。
 これで動線は劇的に変化した。それまでは、洗濯機→ベランダ→ソファ→収納場所という動線だったのが、洗濯機→収納場所と大胆に短縮されたのだ。脱水した衣類を無数の洗濯ばさみではさんで吊し、ベランダで干し、その間は天気を気にしつつ、ようやく乾いたら取り込み、ソファの上の積んでおく、このすべての作業もなくなったのだ。
 この全自動乾燥機付ドラム型洗濯機導入は、ワーキング・シュフ・ライフに革命をもたらした。まさに幸せを呼ぶ家電、かなりの時短、労力軽減は、夕食後、シュフにパンでも作ろうかという気分にさせる。
 また、ドラム型というのがいい。日本古来の渦巻き型洗濯機だと、衣類は、最後に、遠心力で、ドーナツ型に絡みあったまま固められる。干すときには、そのドーナツ型の混沌とした固まりから、衣類を引っ張りだし、伸ばさなくてはならない。衣類にかかるストレスはそうとうなものだろう。
 一方、ドラム型では、衣類は上に舞い上がり、パラリと下に落ちる。この運動が繰り返されても、衣類が絡まったまま固められることはない。衣類を少なめに洗えば、ワイシャツなどはほとんどしわが残らないので、アイロンをかけなくても、洗濯機から直に取り出して着用することも可能だ。衣類にかかるストレスは、渦巻型と比べれば、かなり軽減されるだろう。
 このことを、職員室での井戸端会議のさい、しきりにまわりのワーキング・シュフや、洗濯を専門とする男性のアシスタント・シュフに訴えるのだが、固定概念というのはなかなか打ち破るのは難しいようだ。オンナは家事、オトコは残業、洗濯は渦巻、これらを打ち破るには、革命を引き起こさなくてはならない。

 さて、シュフにもたまには休日が必要だ。仕事は休日があるが、家事は家庭生活があるかぎり年中無休、シュフが休みをとるには、もううちを出るしかない。実家にいったら、また家事をしてしまうので、うちでも実家でもないところへ行かなくてはならない。また、せっかくの逃避行でも、娘がいっしょだと、なにかと家事的業務が生じる。
 ということで、僕は年に一回、かつての同僚たちと一泊の温泉旅行に出かける。ただ、集まって、飲んで、食って、悪口を言う会である。これが、また楽しいのだ。
 娘は、この週末、母親と過ごすことになっている。
 僕は午前中に家事を片づけ、昼過ぎに出発する予定だった。洗濯は、いつものようにスイッチを入れておけば、僕の旅行中に終わっているはずだ。
 とりあえず、最小限の着替えを持っていこうと、洗濯機のある脱衣場に行ったときのことだ。大変なことになっていた。洗濯機の中では乾燥が行われていたのだが、床が水浸しになっていたのだ。さらに悪いことに、洗濯した衣類を籠に入れず、とりあえず床に山にしておいたため、その山の裾野がたっぷりと水を吸っていた。
 動線が遠くに延びないで一点に集中しているだけに、問題も一点に集中してしまった。
 まずは、濡れた衣類を浴室に放り込み、タオルを数枚床に敷き詰めて、水を吸い取った。それだけでは、水は吸いきれなかったので、タオルを洗面台で絞って、また床に敷き詰める。これを数回繰り返し、ようやく床の水がなくなったと思ったら、今度は洗面台の排水口が詰まってしまった。床の水を吸い取ったタオルを絞った際、床のゴミも排水口に流れ込んだのが原因のようだ。
 シュフ魂をも挫けさせる、なかなかの絶望感に浸っていると、乾燥機が止まり、洗濯が終わった。
 洗濯物を、今度は籠に入れて、洗濯機の上に置き、濡れてしまった衣類と床を拭いたタオルをドラムの中に放り込んだ。
 きっと洗濯機のふたがぴったりの閉まっていなかったのだろう、というのが僕の見解だった。
 洗濯機のふたが完全に閉まっているのをしっかりと確認して、もう一度洗濯機のスイッチを入れた。水が洗濯槽内にたまり、ドラムが回り始める。もう水が漏れることはないようだ。 
 そして、安心して、ようやくうちを出ようとしていたら、濯ぎが始まっていた。最後に脱衣場を確認すると、またもや水浸しになっていた。この洪水の原因は、洗濯機のふたではなく、洗濯の排水口が詰まっていることだった。
 あふれる水を、バスタオルで拭きとってはしぼり、拭きとってはしぼりを繰り返した。時間は無情にも過ぎ去っていく。
 恒例の一泊温泉旅行は夕方の宴会から始まるが、それに間に合うのだろうか。腹が立ちすぎて、泣きたくなってくる。
 僕はホームセンターへ向かった。エプロンをした男性店員に、排水口がつまりの対処について相談した。液体の薬剤を流し込んで、詰まっている髪などを溶かす方法と、ワイヤーの先にブラシがついた器具でパイプの中のゴミを除去する方法があると言われた。迷うことなく、特性ブラシと薬剤を購入し、その二つを試すことにした。
 うちに戻り、早速、作業を開始したが、パイプの入り口に蓋のようなものがあって、ブラシ付きワイヤーは中に入っていかず、薬剤の効果は待っても待っても見られず、無駄な買い物だったということがわかった。
 シュフ魂も、ここで挫けた。ここ数年、うちの中のことはすべてシュフとしてこなしてきた自負があったのだが、それも砕け散った。
 温泉地へは、本でも読みながら、のんびりと鈍行で行く予定だったのだが、この騒動でかなりの時間を無駄にしてしまい、鈍行では間に合わなくなってしまったので、新幹線で行かざるを得なくなった。電車代は倍になる。さらに無駄な金が必要になった。
 怒りと絶望感、これほど不快になることは、そうざらにはないことだ。
 とりあえず、忘れることにした。温泉に入って、おいしいものを食べて、苦手な酒を少しは飲んで、悪口を言いまくれば、気も紛れるだろう。
 最後に、薬剤をすべて排水口に流し込んだ。もしかしたら、帰ってくるまでに開通しているかもしれない。

 日曜日の午後、温泉旅行から帰ってきても、排水口は開通していなかった。娘が帰ってきて、これでは洗濯ができない、と文句を言った。
 もう打つ手はない。このシュフ魂を持ってしても、僕は無力だ。
「パパ、マーちゃんに電話したら?」
 忘れていた。僕の数少ない友人の一人、マーちゃんは水道屋である。
 コインランドリーに行くことも考えたが、まずマーちゃんに電話をかけてみた。
「もっしもっし、モモちゃん」 
 と、元気よく、陽気にマーちゃんが答えた。いつもマーちゃんに電話するのは、娘なのだ。
「今日は、僕なんだけど」
「あ、ごめんごめん、ジロちゃんか」
「ちょっと相談があるんだけど……」
「なになに、どうしたの?」
 ひとの気持ちは、口調でだいたいわかるものだ。マーちゃんは、本気で心配してくれている。誰かが困っていたら、一肌脱がずに入られないオトコが、今ここに、いるのだ。
 事情を説明すると、そんなことなら今すぐ行く、と言ってくれた。
 A friend in need is a friend indeed.まさかの友が真のとも。
 友達が真の友達かどうかは、午前二時に電話をかけて来てほしいと言って、来てくれるかどうか、でわかるという。マーちゃんは、まさしくa friend indeed、友達の中の友達だ。二時でも三時でも四時でも、僕なら絶対に行かないだろうが、必ず来てくれるだろう。
 
 マーちゃんは、実は僕より一つ年上である。最初は、さんづけで呼んでいた。
 マーちゃんは、結婚していて、三十五年ローンのマイホームに住み、子どもが二人という「健全な家族」を持っているのだが、数年前は、妻子が実家に帰ってしまい、別居していたことがある。
 当時、僕は離婚ほやほや、家事も覚えたでで、毎日、心身共にぐったりとしていた。
 そんな状況だった頃、いつも一人で寂しいマーちゃんは、毎日のように僕のうちへごはんを食べにきた。
 ごはんの後、皿を洗うと、僕はすぐにソファで横になり、やがて眠ってしまったが、マーちゃんはそんなとき娘とずっと遊んでいてくれた。
 母親がいなくなったことで、娘は情緒不安定になることが多かったのだが、マーちゃんのおかげで、ずいぶんと助けられた。
 あるとき、三人でサーカスを見にいったことがある。マーちゃんが、どこかから無料招待券をもらってきてくれたのだ。
 ピエロが、トランポリンで跳びはね、そのとき客席に向かって問いかけた。トランポリンに挑戦したい方はいませんか、と。僕は即座にマーちゃんの手を持って、上に挙げた。即、ピエロに指名されたマーちゃんは、満員の客の前で、トランポリン芸をすることになった。そのとき、ピエロが名前を訊き、観客に紹介したのだ。
「はい、こちらは、マーちゃんです」
 それ以来、マーちゃんである。

 マーちゃんは、夕方、仕事着のまま、道具箱を持参して、下の娘を連れてやってきた。トモエという名の小学四年生。上の息子は、中学一年生、モモより一つ下、年頃なのでついてこなかった。
 マーちゃんが言うには、娘はトモエの憧れのお姉さんらしい。僕が晩ごはんを用意している間、二人はいっしょに宿題をやったり、テレビを見たり、遊んだりしていた。
「マーちゃん、今日は、今流行りのトマト鍋だよ」
「いいねえ。野菜たくさん入ってそうで」
「先に食べる?」
「先に仕事片づけなきゃ」
「で、手伝うことある?」
「ジロちゃんじゃ、役に立たないからいいよ」
 たしかに。僕はキッチンに立ち、マーちゃんは洗濯場に行った。
 野菜を切っていると、マーちゃんに呼ばれた。全自動乾燥機付きドラム型洗濯機は、とにかく重い。排水口は、その下にあるので、洗濯機を動かさなくてはならない。さすがのマーちゃんでも一人では持ち上げられないので、手伝ってほしいとのこと。
 そういえば、その洗濯機をうちに入れるとき、運送屋も音を上げるはど苦労したのを思い出した。
 僕はマーちゃんの指示通り動いた。僕が任されたのは、マーちゃんが真っ赤な顔をして洗濯機を持ち上げた瞬間、隙間に古雑誌を入れるという、力はいらない単純作業だ。僕の仕事は簡単だが、それでも僕がいなくては作業は進まない。ここは気合いを入れるところだ。
 その後も僕に重要な任務が与えられた。懐中電灯で、排水口を照らす仕事だ。さすがのマーちゃんでも、手元が暗くては、何もできない。
 その際、マーちゃんを背中から見ていたのだが、全身の筋肉の躍動しているのが感じられた。
「すごい力だねえ。動きが違うよ。筋肉ももりもりだし」
 マーちゃんは、元高校球児、年齢は四十は超えているが、いまだに体を鍛えているという。
「体がなまちゃったら、若い衆にかなわんで」
「こんなにスゴくても、負けちゃうの?」
「若い衆はよく動くよ。若いだけにね。だけど、まだ負けるわけにはいかないよ」
 次に、マーちゃんは道具箱を開いた。あらゆるサイズや形のネジやボルトに対応できる工具が、きちんと収納されている。
 僕がいくら努力しても、まったく対処できなかった排水口が、マーちゃんの知識と技術筋肉と工具によって、口のところの蓋のようなものが取り外され、中からヘドロが現れた。ピンセットのようなものが必要となったのだが、うちにはなかったので、割り箸でヘドロをつまみ出した。僕がそのヌルッとした固まりを新聞紙を敷いた洗面器で受け取った。なかなかの不快感を催させる物質だ。
「よし、これで大丈夫だよ」
 マーちゃんがコップに水を入れて、排水口に流してみると、美しい水琴窟の音がした。ついに排水口が開通したのだ。
 ブラボー。僕はスタンディングオベーションで拍手をした。
 マーちゃんこそ、オトコの中のオトコ、オトコらしくてかっこいい、と素直に思った。
「マーちゃん、ありがとう。ほんとに助かったよ。マーちゃんは神様だよ」
 本心だった。心から、おいしいごはんを食べてほしい、と思った。
 娘がやってきて、その喜びを、現場で共有することができた。
「マーちゃん、ありがとう。この洗面台も水の流れが悪いんだけど……」
 と、娘がマーちゃんに要求した。
「そんなの迷惑だろ。マーちゃん、おなか空いてるだろうし」
「いいよ、いいよ、こんなのすぐになおせるから」 
 我らがマーちゃんは、いとも簡単に、洗面台の排水口を分解し、中から絡みついた髪の固まりを取り出した。
 僕の髪は短いので、娘の長い髪が原因だった。
「だから、髪の毛、流すなって」
「ごめんごめん」
 この髪の固まりも先ほどの新聞紙で包んだ。モモが水を勢いよく流しても、もう水がたまらなくなった。
 水が流れるということは、本当に幸せなことだ。
「マーちゃんが、言ってたこと、やっとわかったよ」
「なにが?」
「水道は、町の血管だって」
「あ、そうだよ」
「血管が詰まったら大変だよねえ」
「あったりまえだよ」
「人間なら死んじゃうしねえ」
「そう、町も死んじゃうよ」
 僕は娘と、マーちゃんに深々と頭を下げた。そして、すぐにキッチンに戻り、トマト鍋を仕上げた。隣のコンロで、ごはんはすでに炊きあがり、蒸らしているところだ。 
 マーちゃんの夢は、町の血管である水道の博物館を建てることだ。その壮大な夢を、僕はずっとバカにしてきたのだが、今回の件で、水道博物館建設推進派となることにした。こういったことは、子どもが小さいうちから見せて、水道の大切さを頭にたたき込んだほうがいい。

 トマト鍋は、まず鶏肉とタマネギとニンニクををオリーブオイルで炒め、塩こしょうして、ワインを振りかける。そして、白菜を下の部分はスティック状に切り、上の部分はざく切りにして、鍋に入れる。トマトもヘタをとり、大きめに切って入れる。シメジも入れ、もう一度塩を振り、山盛りの野菜を蓋で押さえ込んで、しばらく待つ。水は一滴も入れない。そして、耳を澄ます。やがて、野菜から水分が出てきて、グツグツと煮える音がする。さらに待つ。音で、鍋の中がだいたい想像できる。
 娘とトモエは、宿題にきりをつけ、テーブルにやってきた。
「トモ、宿題、終わったの?」
「トモちゃんって呼んでよ」
 僕は、ダメ、と答えた。ただ小さい女の子だからという理由でお姫様扱いすることは、トモエの将来のためによくない。
「ジロちゃんは、小さな女の子を甘やかさない会会長だから、そこんとこよろしく」
 と、僕が言うと、トモエと娘は、サイテー、と声をそろえて言った。
 オトコの中のオトコ、マーちゃんが、道具を片づけて、手を洗って、テーブルについた。
「トモ、お父さんのかっこいいところ見たか?」
「見てない」
「すごかったぞ」
「ふーん」
 と、無関心だ。マーちゃんは、いつも妻にもトモエにもバカにされているが、二人ともマーちゃんの勇姿を一目でも見れば、父親として尊敬の念を抱くだろう。
 僕はキッチンのコンロの火にかけていた鍋をテーブルの卓上コンロの上に置き、蓋を開けた。たっぷりの野菜のスープから湯気が上がった。
「よし、たべるぞ。マー様、今日もありがとう。いただきます、とみんなで言うぞ」
「なんで、マー様なの?」
 と、いつもマーちゃんをマーちゃんと呼ぶ娘が言った。
「今日からマーちゃんは、マー様に格上げになったから」
「はいはい。じゃ、言えばいいんでしょ、いえば」
 僕たちは、マー様に感謝の言葉を捧げた。
 ごはんは玄米だ。うちはいつも玄米だ。黒米を玄米一合につき大さじ一杯混ぜるので、紫色のごはんになる。
 驚くトモエに、娘が、いちおう食べられる、と言った。
「鍋もごはんも、ほんとにおいしいねえ」
 と、マー様が言う。鍋はテキトーにシュフの勘で作ったのだが、その勘が今日は冴えていたのだろう。本当においしかった。
「マー様、流しは、海への入り口なんだねえ。水道博物館、応援するよ」
 マー様は、僕のその発言に驚いていた。
「あれ、ジロちゃん、反対じゃなかったの?」
「賛成派に転向した。場合によっては、署名とかも集めてもいいくらいに思ってるよ」
「ジロちゃん、俺はうれしいよ」
「僕も排水口が開通してうれしいよ。マー様、おかわりは?」
「もちろん、いただくよ」
 まったく、マー様のオトコらしい食べっぷりは、シュフ魂を鼓舞してくれる。
 最後は、トマト鍋のスープに玄米を入れ、リゾットをつくった。さっぱりした味のスープと、プチプチの食感の玄米の相性は抜群だった。
「ジロちゃん、こんなにおいしいの毎日食べてんの?」
「だから、仕事は手を抜いても、晩ごはんは手を抜かないんだって」
 マー様は、「オレがそうしたら絶対にクビになる」と言って、笑った。
 食後は、娘があの頃を懐かしんで、あの頃、マー様と遊んでいたように遊び始めた。
「キャンディー」、とマー様がバービー人形を手に言う。
「キャサリン」、と娘がもう一つのバービー人形を手に答える。
 アメリカン女子ごっこだ。
「早く支度してよ。ダンスパーティが始まっちゃうわよ」
「ねえ、いいこと、マイケルと踊るのは私よ。わかってる?」
 僕とトモエは、そのやりとりを聞きながら、笑い転げている。これは、いったん始まると、なかなか終わらない。あの頃は、二人がアメリカ女子ごっこを続けている間、僕はソファでたっぷりと眠ることができた。
 娘が、途中から、英語を使い始めた。中学で習ったばかりの簡単な英語だ。マー様はあまり反応しない。それでも、娘は英語でマー様にしつこく絡み続ける。マー様がその英語を理解できないことをからかっているのだ。
 僕は怒鳴っていた。
「英語なんて、排水口が詰まったとき、何の役に立つ?マーちゃんは、英語より大事なことたくさん知ってるんだぞ。今日だって、マーちゃんが来てくれなかったら、どうなってたと思う?」
 娘は反省したようだった。
「でも、マー様じゃないの?」
「ああ、そう。マー様だ」
 食後は、バレンタインの時に余ったチョコブラウニーケーキセットがあったので、僕の指導の下、娘とトモエがデザートを準備した。二人の手つきががさつで、僕は何度も叱ったが、なんとか僕の的確なアドバイスのおかげで、一時間もかからないうちにチョコブラウニーケーキができあがった。
 僕はコーヒーを淹れた。豆を手動ミルで挽き、細口ケトルを使って、ドリップした。味は、家庭のコーヒーにしては不味くはないが、やはりいつものようにイマイチだった。
「ジロちゃん、このコーヒーおいしいねえ」
「喫茶店のにはかなわないけどね」
「そんなことないよう」
 そんなことはあるが、マー様が喜んでくれたので、よしとした。
「モモちゃん、トモちゃん、このケーキもおいしいよ。ほっぺた落ちちゃいそう」
 と、マー様は甘い顔をする。説明書通りつくれば、誰にでもできるのだ。僕は、そう甘い顔はできない。
 あまったトマト鍋のリゾットとあまったチョコブラウニーケーキをタッパーに入れて、マー様のお土産とした。
「ジロちゃん、また、困ったときはいつでも言ってよ。すぐ来るからさ」
 僕は腹が減ったときはいつでも食べに来てと言って、マー様を見送った。

「お花見な日曜日」
  
 子どもは、両親で育てるべきである。
 と、つくづく思う。リコンはしたが、彼女は最も信頼すべき子育てのパートナーである。夫婦としてのパートナーシップは築けなかったが、両親としてののそれは、リコン後、なかなかのものになってきた。
 さて、ここ数日、娘の機嫌がすこぶる悪い。昨夜は、娘に数学を教えたのだが、たいていこれでケンカになる。僕は教師で教えるのが仕事なのだが、なぜ娘に教えるのはこうも難しいのだろう。
 今日は休日で、さきほど簡単なブランチをつくり、一緒に食べたのだが、そのときも娘はテーブルで必要最小限の言葉しか発することがなかった。
 理由は、なんとなくわかっている。娘は、けっこうがんばるときはがんばるのだが、僕が娘のがんばることつい当たり前に思ってしまい、さらにがんばれといってしまうことがある。また、娘がテレビをダラダラ見ていて、そのうちがんばろうと思っているときに、がんばれといってしまこともある。とにかく、がんばれ、という言葉はやっかいなのだ。
 僕のモットーは、がんばらないようにがんばる。それなのに、娘には常にがんばれと言い続けるこの矛盾。ちょっといきづまってしまったようだ。
 そんなときは、彼女の出番だ。彼女にケイタイメールで、娘の面倒を頼むと、快く引き受けてくれた。まったく、彼女ほど頼りになる子育てのパートナーはいない。それで、娘は今日の午後から彼女と過ごすことになっている。彼女のところでこの週末を過ごし、僕の悪口を言いまくり、母親に甘えて、月曜の朝、また機嫌が直って帰ってくるだろう。

 こんなときは、美しいものを見るにかぎる。たとえば、果てしなく地平線まで広がるひまわり畑とか。
 僕は軽バンを飛ばし、実家に向かった。まだ肌寒いが、すでに春である。セーターは必要なことはあるが、もうダウンジャケットはいらない。
 実家に着くと、両親と祖母と兄は、ブランチをとっていた。両親はこれから店に行くところだった。両親は小さな店を営んでいる。この家では、その店の利益より、祖母と両親の年金と兄の障害者年金と、僕のボーナスの一部によって、生計が立てられている。
「おなかはいいの?」
 と、母が「おかえり」の後に言った。いつものせりふだ。実家の面々は、僕の腹の空き具合をいつも気にしている。
「さっき、食べてきたから大丈夫だよ」
 とは言ったものの、母に勧められ、茶碗一杯のごはんにみそ汁をぶっかけてかき込んだ。
「行儀が悪いよ」
 と、母が言う。子どもの頃からずっと言われてきたせりふだ。僕はこのみそ汁ぶっかけごはんを今後もやめるつもりはない。好物なのだ。
「今日は、兄ちゃんとおばあちゃんは、面倒見るよ」、と僕。
 兄は重度の障害者で、祖母は八十九才。兄の知能は赤ちゃん程度で、言葉を発することができず、食事も排泄も介助が必要だ。祖母は特に健康上の問題はないが、耳が遠く、最近、物忘れがひどくなってきた。
「助かるやあ。じゃ頼んだでねえ」、と母。
 父の運転する軽自動車で、両親は店に出かけていった。僕はその店には、経済的利益ではなく、両親の呆け防止効果を期待している。
 もし、僕がいなかったら、両親は店の奥で兄の面倒を見ながら、実家に置いてきた祖母の心配もしながら、営業をすることになるだろう。たとえ、客の入りさほどでもないとはいえ、それでは気が気ではないだろう。
 両親が出ていくと、祖母が僕と兄にお茶をいれてくれた。僕も兄も寿司屋の大きな湯飲みで、緑茶を飲む。兄は、ストローを使う。
 やがて、NHKのど自慢が始まった。兄の好きな番組だ。祖母もやってきて、一緒に見た。祖母が見るということは、テレビの音量はマックスというだ。僕もだいぶ大音量のテレビにも慣れてきて、最近では、テレビの近くにいても、新聞を読むという芸当もできるようになった。
 音楽は、偉大な芸術だ。聴いている者の心に直に届く。幼稚園の先生三人組が、キャンディーズの「もうすぐ春ですね」を歌い始めると、兄は体を揺らし、笑顔で聞いている。
「おばあちゃん、あとで花見に行こう」
「もう桜咲いてるかいやあ」
「花見といっても、菜の花畑だよ」
「それも、いいねえ」
 兄は、左手が不自由だが、その分、右手はよく動く。その右手の指を鳴らした。これは、兄が幼少の頃に父が教えたらしい。うちでは、ナイスナイスと呼ばれる技だ。
「お花見、ナイス、ナイスだね」、と祖母。
 これは、兄の最大限の肯定を意味する。

 のど自慢が終わり、祖母はぼちぼち支度を始めた。
 僕は兄と居間のテレビの前にいる。兄はお茶をストローで飲みながら、アルバムを眺めている。それは、クリスマスの時の写真だった。イチゴのケーキと娘が映っている。僕がうちで焼いたスポンジケーキを実家に持ち込み、娘が生クリームをホイップして、イチゴをトッピングして、デコレーションしたケーキだ。クリームの白とイチゴの赤、娘のピンクのセーター、ちょっと彩りがいい。僕が兄とケーキを食べているところの写真もある。
 アルバムを眺めるのは、兄の数少ない娯楽の一つだ。僕は今日の花見の写真も撮って、兄のアルバムに収めようと、デジカメを持ってきた。
 祖母がようやくよそ行きの服に着替えると、僕の軽バンに乗りこみ、花見に出発した。「これから、どこ行くだっけやあ?」
 と、後部座席の祖母が言う。
「兄ちゃん、バアに、どこ行くか教えてやってよ」
 と、後部座席で祖母の隣に座る兄に言う。もちろん、兄が教えることなどできない。
「兄ちゃん、今からどこ行くだっけやあ?」
 と、祖母が訊いても、兄は笑っているだけだ。
「どっかお店へ食べにいくだかね?」
 兄はうなずいた。
「じゃあ、どのお店がいいかいねえ?」
 ルームミラーで、兄の顔を見ると、笑顔が満開だ。
 実は、僕はコンビニで何か買って、菜の花畑の駐車場で、フロントガラス越しに菜の花を見て、花見を簡単にすまそうと目論んでいたのだが、いつしか、どこかに食べに行くことになっていた。
「おばあちゃん、花見行くんだよ」
「桜、咲いてるかいやあ」
「咲いてないよ。だから、菜の花畑見に行くんだって」
「ほうか、菜の花なら、咲いてるね」
 祖母はおなかが空いたと言い、外食好きな兄も待ちきれない様子で、花見の前に何か食べることになった。
 こんなときは、とりあえず、ファミリーレストランだ。最近は、障害者用駐車スペースがあり、トイレも広く、段差がない店が多い。実にありがたい。
 祖母は味にはうるさく、ファミレスでは絶対に満足しないのはわかっているが、今回は我慢してもらうことにした。僕一人で、高齢者と障害者を連れて行くには、ある程度条件がそろってなくてはならない。
 カジュアルなイタリアンのファミレスに着いた。すると、障害者用駐車スペースが空いていなかった。時に健康な運転手が堂々と駐車することもあるが、今日はきっと障害を持った先客がいたのだろう。他の店を探すことにした。
 少し車を走らせると、同じようなチープなイタリアンのファミレスを見つけた。入り口の真横の障害者用駐車スペースも空いている。そこに車を停めた。
「おばあちゃん、ピザ好き?」
「好きだよう」
「ピザってわかる?」
「それがわからんだよ」
「丸いの。上にチーズがのったの」
「それは好物だよう」
「お好み焼きじゃないよ」
「そんなのわかってるよう」
 兄はそうとうご機嫌で、何度も指を鳴らし、僕に頭を下げた。
「兄ちゃん、偉いねえ。ジーにちゃんとお礼を言って」
 ジーとは、僕のことだ。ジローと発音できないので、兄を僕をジーと呼ぶ。それにしても、兄がナイスナイスを連発して、ここまで喜ぶのなら、コンビニで食べ物を調達してすますわけにはいかない。
 入り口に一番近い障害者用駐車スペースに車を停め、兄の両方の手を、祖母と僕で引きながら、ゆっくりとレストランの入り口に向かった。たかが数十歩の道のりだが、祖母と兄を連れて行くとなると、なかなかの距離である。そんなとき、段差がないのは、本当に助かる。段差はたとえ十センチ程度でも、兄にはけっこうな障害である。もし車椅子だったら、もっと大変だろう。
 入り口で、ウェイトレスに迎えられると、僕はできるだけ入り口から近い禁煙席をとってもらった。
「兄ちゃん、コーヒー、飲みますか?」
 ようやくテーブルにつくと、僕は訊いた。
「アイ」
「兄ちゃん、ピザでいいよね」
「アイ」
  兄は、手を挙げてまで、元気よく返事をする。
 祖母は、メニューを見て、ずっと悩んでいる。祖母もピザを食べる予定だったのだが、メニューの写真で気が変わったようだ。
「これにするだやあ」
 と、祖母が指さしたのは、シーフード・スープ・スパゲッティだった。
 テーブルには店員を呼ぶボタンがあったので、兄に押してもらった。やがて来たウェイトレスに、兄のピザと祖母のスープスパと、僕はカロリーが低そうなきのこリゾットを頼んだ。ドリンクバーも忘れなかった。
 早速、僕はドリンクバーの前に立った。コーヒーマシーンは、さほど複雑ではないが、祖母には扱えそうもないので、僕がカップにコーヒーを入れ、祖母と兄の分をまず持っていった。そして、ミルクと砂糖とたっぷりと入れ、兄のカップにはストローを差した。
 隣の若い夫婦の三歳か四歳くらいの男の子が、こちらをずっと気にしている。障害者を見慣れないのだろう。祖母も兄も、そんな視線には無頓着だ。僕が子どものころは、そんな視線を送られるのをいちいち気にしていたが、もちろん今は僕も気にしなくなっている。
 見てはいけないものにおそるおそる目を向けるようなその少年と目が合うと、僕は微笑みかけてみた。少年よ、よく見ておけ。そして、障害者が町の風景の一部になるまで、見慣れろ。そんなメッセージを込めたつもりだ。
 やがて、ピザが運ばれてきた。僕はせっせと回転式ピザカッターで、一口サイズに切っていく。それを、兄がスプーンですくって食べ始めた。スプーンと皿とテーブルの角度と位置がうまい具合に定まらず、兄のスプーンからピザがこぼれ落ちた。しかたなく、僕がときおり、フォークでピザを兄の口に運ぶ。
 その横で、祖母がスープスパゲッティを、音を立てて、啜る。娘が同じように食べたら、叱るところだが、僕は黙っていた。祖母にとっては、スープスパゲッティもうどんもラーメンもかわりはないのだ。
「なんだか食べにくいやあ」
 さすがに箸を頼むのはやめておいた。
 僕はひとがおいしいものを食べているときの顔を見るのが好きだ。祖母も兄ももいい顔をしている。まわりの客もいい顔をして食べている。そんな顔を見るためだけでも、ここに来る価値がある。
 僕のきのこリゾットは、イマイチだった。この店の中で、僕だけがいい顔をして食べていなかっただろう。
 祖母は、スープスパゲッティを半分残して、僕に食べさせた。こちらは、まあまあだった。
「おばあちゃん、こういうの今度僕がつくってやるよ」
「あんたがつくるとおいしいでねえ」
 僕は祖母のつくる料理を食べて大きくなった。祖母のおいしいと思う味が、僕のおいしいと思う味である。だから、僕がつくる料理が、祖母にはおいしいのだ。
 祖母の財布を預かり、先に勘定を済ませた。僕が払う、と言っても、祖母は一度も僕に払わせたことはない。僕はケチなので、いつも祖母に甘えさせてもらっている。
「また、背広、買ってやるでねえ」
 春にまた遺族年金が入るらしい。恥ずかしながら、四十をすぎた僕の持っているスーツの半分以上が、祖母に買ってもらったものである。
「ほい、お金、払ったかいやあ」
 祖母にまかせたら、何度払うかわからない。
 食後のコーヒーを飲み終わると、他の客の視線を集めながら、僕たちはゆっくりと店を後にした。

 その菜の花畑は、十校分の運動場を合わせたくらいの広さである。フロントガラス越しの黄一面の菜の花は、圧倒的な生命力と美しさを見せつける。
 実は、去年も、祖母を連れてやってきた。
「去年も来たの、覚えてる?」
「知らんやあ」
 やはり、忘れていた。そういえば、去年は、もう菜の花は散り、緑一面だった。記憶に残らないのも、無理はない。
 そのときは、他に花見客はまったくいなかったのだが、今日はやけに車も人も多い。知られざる名所だったここが、いつの間にか有名な菜の花見スポットとなっていたようだ。いつもはただの空き地のような駐車場に車を停める場所を見つけるのが、一苦労だった。
 兄が尿意を訴えだしたら面倒なので、しばらく車の中で菜の花を眺めてから帰ろうとおもっていたら、祖母が言った。
「ちょっと、むこうに行ってみるかね」
「兄ちゃんは、どうする?」
 車椅子は持ってきてなかった。どうぜ、更地なので、車椅子はスムーズに進まないだろうが。
「兄ちゃん、悪いねえ、ちょっと待っててね」
 と、祖母が言った。僕は兄がかわいそうなので、FMラジオをつけておいた。
「兄ちゃん、音楽聞いててね。バーとちょっと歩いたら、すぐ戻るよ」
 こんなときのために、車の中には、登山用ステッキが置いてある。
「おばあちゃん、転ばぬ先の杖だよ」
 祖母は、一瞬いやそうな顔をしたが、ステッキを受け取った。
「写真機、持ってきたかね」
 デジカメを持って、祖母と駐車場から菜の花畑に降りていった。いつもは祖母と手をつないで歩くのだが、今日は杖があるため、祖母は一人であぜ道をすいすい歩いていく。
 昨日雨が降ったので、地面が少しゆるい。杖を持ってきてよかった。
「ここらで、写真撮ってくれるかね」
 僕は菜の花畑を背景に祖母の写真をとった。まわりの見物客が、僕たちを見て微笑んでいる。祖母と町に出ると、町の人たちがとてもやさしいことに気づく。見知らぬひとが、「お元気そうですね」と祖母に声をかけてきたりもする。。
「きれいなおばあちゃんですね」
 と、今日は中年女性が声をかけてくれた。祖母はうれしそうに照れている。たしかに、八十代後半部門にかぎれば、おしゃれな祖母はかなりイケているのだろう。
「あんたの写真も撮ってやるん」
「いいよ、いいよ」
「とってやるよ、写真機よこしない」
 僕は祖母にデジカメを渡し、シャッターボタンの位置を教えて、菜の花畑を背景にして立った。
 祖母はデジカメをおでこにくっつけて、おかしいやあ、と言っている。写真機にはあった覗き穴がないのだ。
「おばあちゃん、写真機の裏に、僕が映っているでしょ」
「ああこれかいやあ、私の顔しか映ってないやあ」
 デジカメの後ろ側のガラス面の画像が光の反射の具合で見えないのだろう。そこに祖母の顔が映っているらしい。
「じゃ、テキトーにボタン押してみて」
 祖母はデジカメをおでこに当てたまま、シャッターを押した。祖母から、デジカメを受け取り、リビューを見ると、僕の顔から足までとと、一面の菜の花が映っていた。これは、すごい。
「うまく撮れてたよ、ありがとう」
 祖母はリビューがあることなど知らない。
 車に戻ると、僕たちを見た兄がひきつけを起こさんばかりに驚いた。
「ごめん、ごめん。びっくりさせちゃってさ。じゃ、帰ろう」
 と、僕は祖母からステッキを受け取り、車に乗り込んだ。
「兄ちゃん、悪かったねえ」
「来年もまた来にゃいかんやあ。ねえ、兄ちゃん」
 兄はアイと元気よく答えた。
 エンジンをかける前に、ケイタイで店にいる母に晩ごはんに食べたいものを訊いて、スーパーによって、帰ることにした。。

 日曜日の晩ごはんは、いつもカレーだ。今日も両親はカレーがいいと言う。祖母もカレーならうれしいと言う。父がよく言う。次の日もカレーを食べられるのがいい、と。
 実家のキッチンに立つと、祖母がやってきた。
「なんかやることないかね」
 両親の店の常連客にもらった土付きの野菜を洗って切ってもらった。ジャガイモは、僕がピーラーで皮を剥いた。圧力鍋で、肉を炒め、ジャガイモ以外の野菜を入れて、水を足し、蓋をした。
「ありがと。もうやることないよ」
「ジャガイモ入れてないやあ」
 おうちカレーは、うちの数だけ流儀がある。もともと、祖母の流儀では、ジャガイモを煮崩す派だったのだが、最近、僕は野菜ゴロゴロ派になったのだ。
「後で入れると、形が残るからさ」
「そういやぁ、そっちのほうがおいしいかもしれんねえ」
 祖母もゴロゴロ派に転向だ。煮くずれた野菜で味が薄くなったカレーにソースをかけて食べるのも、またいつか恋しくなるだろう。僕が帰った後、翌日のカレーは、きっと煮崩す派カレーになるはずだ。また違ったおいしさが出るにちがいない。
「おばあちゃん、コロンボ、見よう」
「やってるだかね」
「ビデオだよ」
「うれしいやあ」
 僕がビデオをセットしている間、祖母はキッチンの隣の居間にいる兄にお茶を持っていった。兄はNHKを見ている。兄はどういうわけかいつでもNHK派なのだ。CMが嫌いなのだろうか。マジメでおとなしい番組がいいのだろうか。謎だ。
 お茶が用意されて、ダイニングテーブルの椅子に座ると、祖母が雷おこしを持ってやってきた。このうちには、食べきれないほどの雷おこしがあるのだ。かつて、祖母がもらいものの雷おこしを何気なく食べて、ひとこと、おいしいと言ったら、その後、各方面から雷おこしが届いたのだ。どうやら、今では祖母はそれほど雷おこしが好きではないらしい。せっせと、家族に食べさせて、処分しようとしているようだ。
 ま、僕は雷おこしが嫌いではない。今のところ。
「この人はこの役が一番いいねえ」
 映画好きな祖母が言うには、ピーター・フォークは他の映画にも出ているが、コロンボ役に比べると、どれもダメらしい。
 このキッチンのいいところは、料理しながらでもテレビが見られることだ。僕のうちでは、キッチンに立つと、いちいち振り向かなければ、テレビを見ることができないが、ここではシンクの隣にテレビを置いてあるので、ちょっと横を見れば、画面がそこにある。
 いつものテーマ曲が流れてきた。圧力鍋の圧力がかかり、重りが回り始めた。椅子をキッチンの近くに置いたので、座りながら手を伸ばし、弱火にした。 
 実は、コロンボ、僕のヒーローである。一見、しょぼいが、実はスゴい。そんなオトコになってみたいものだ。
 祖母は、お茶を一口飲んで、立ち上がり、シンクで洗い物を始めた。
「わからんくならんの?」
「大丈夫だよう」
 祖母は、何度か料理を焦がしてしまったことがあり、火を使うことを母に禁じられた。それ以来、キッチンでは洗い物専門だ。祖母は、決して他の誰にも洗い物はやらせない。祖母のシュフ魂はまだ残っているのだ。
 水の音がうるさいので、もともと大きかったボリュームをマックスにした。
 コロンボの今日の相手は、かなりの知能派だ。犯人は、完全にコロンボをバカにして、上から目線で話している。
 それでも、謙虚に、犯人に教えを乞うコロンボ。実にすばらしい。だいたい、上から目線で話すヤツは、劣等感を克服できてないことが多い。
 ようやく、祖母が洗い物を終えて、椅子に座った。
「この人が犯人だよ」
「わかってるよう」
 さすが。祖母は、女学校時代は校則を破ってまで、洋画を見たそうだ。今も、僕といっしょに、ちょくちょく隣街のシネマコンプレックスまで出かけ、キャラメルポップコーンを食べながら映画を見る。ちょっと見るだけで、だいたいわかるのだそうだ。
「洗濯物を取り込まにゃいかん」
 洗濯物を干して、取り込んで、畳むのも、祖母の仕事だ。
 僕は全自動乾燥機付ドラム型洗濯機派なので、干して取り込むことはしない。畳むのも、自分のものだけ、娘のものはかごに放り込むだけ。
 祖母はもの干場に出ていった。コロンボどころではない。祖母のシュフ魂は、まだ熱い。
 もうカレーの具が煮えたころなので、火を消した。まだ圧力がかかっているので、鍋の中で調理は進む。僕はコロンボから目が離せない。
 犯人が、徐々にいらだってくる。つじつまのあわない事実が次々に出てきたのだ。コロンボが悩んでいると、犯人はまた上から目線で、嘘で固めたつじつま合わせをコロンボに教える。コロンボは、きちんと礼を言って、帰っていく。ほっとする犯人。
 圧力が抜けたので、蓋をとって、ジャガイモを入れて、さらに煮込んだ。
 祖母が帰ってきて、またキッチンに座った。
「この人が犯人だよ。いらいらしてきたよ」
「わかってるよう。だんだん追いつめられてくだで」
 今日の犯人は実に頭脳明晰、今度こそ完全犯罪か、と思ってしまう。
 コロンボは、めずらしく若い頃の話をした。警察の採用試験を受けたとき、まわりには自分より頭のよさそうなのばかりいたそうだ。
「しかしねえ、こんなあたしでもね、注意深く、ねばり強くやれば、ものになるんじゃないかと思いましてね」
 充分、ものになっている。僕も葉巻を吸ってみたくなってきた。
 僕は立ち上がると、竹串でジャガイモを突いてみた。あともう少しだ。
 コロンボは、ついに犯人を追いつめ、犯人は自分が犯人であることを、うっかり認める発言をしてしまう。観念する犯人。
 ここで、常人なら調子づくだろう。しかし、コロンボは犯人に対して謙虚な姿勢を崩さない。すでに追いつめられた人間をさらに追いつめるようなことはしない。ブラボー。
 またジャガイモを突いてみると、柔らかくなっていた。ルーを入れた。
「おばあちゃん、わかった?」
「わかるも、わからんもないだよ。私ぁ、この人見てるだけでいいだよ」
 たしかに。僕もそうだ。
 雷おこしも食べ飽きた頃、カレーはできあがった。ごくふつうのうちのカレー、今日も野菜ゴロゴロだ。
 僕はカレーをタッパーに詰めた。
「おばあちゃん、もう行くよ」
「食べてかないだかね?」
「今夜、ちょっと、あるからね」
「デートか?たまにゃあ、いいねえ。あんたも男だでねえ」
「たまにゃあ、ね」
 そうだ、僕も男だ。
 明日の朝、母親のもとから帰ってくる娘の朝ごはんは、カレーにしよう。朝カレー、日本人メジャーリーガーも毎朝食べているらしい。
「兄ちゃん、来週は泊まりで来るよ。今日撮った写真も持ってくるでね。アルバムに貼ってよ」
 笑顔ながら、うつむく兄に別れを告げた。
「今日は、お花見行けてよかったやあ。カレーも楽しみだよう」
「あとはごはん頼むね」
 実家の面々は、ごはんはやわらかめ派。僕はかため派なので、水加減は祖母に任せたほうがよさそうだ。
 車に乗り込むと、祖母がうちの中から出てきた。
「じゃ、また来るよ」
「またねえ。楽しみにしてるでね」
 僕は手を振る祖母に見送られて、実家を後にした。
 急いで、うちに帰らなくてはならない。シャワーを浴びて、勝負服に着替え、髪にワックスをつけるのだ。
  今夜はシングルナイト、ちょっと、ちょっとあるかもしれない。

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