幸せの量

たとえば、コロッケに、
ほんの少しだけソースをかけたら、
おいしくなるでしょう。
もう少しソースをかけたら、
もっとおいしくなるでしょう。
ほんの少しだけもっとかけたら、
もっともっとおいしくなるかもしれません。

しかし、かけすぎたら、今度は不味くなるはず。

ソースの海に、コロッケを、ドボンと落としたら、
もう食べれたものじゃないでしょう。

娘は幼い頃、
いつもソースをかけすぎて、
コロッケを残していました。

今は、さすがにそのようなことはなくなりました。
成長するとは、ソースの適量を知るということ。

何の話かというと、幸せの話なんです。

幸せは、コロッケのソースに似ています。

幸せとは、量ではないんです。
多ければ多いほどいいかというと、そうではないんです。

本来、我々を幸せにするおいしいものも、
好きなときに、好きなだけ食べていたら、
デブデブになって醜くなるだけなく
不健康にもなり、寿命を縮めるでしょう。
こうなると、おいしいもので、不幸になってしまいます。

幸せとは、質。
質とは、適量でなくてはいけません。
少なすぎても、多すぎてもダメ。
そして、タイミング。
早すぎても、遅すぎてもダメ。

娘よ、明日、コロッケでも食べるか?

そこで、人生が試されるぞ。

Love and Peace ・・)v


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テツガク

自分は何のために生まれてきたんだろう?
自分には何の意味があるのだろう?

ブンガク青年のみならず、
ブンガク中年も、
ブンガク嫌いも、
一度は悩む疑問。

で、サルトル先生。

モノは、即自存在。
ペンなら、ペンという存在、他のなにものでもない。
しかし、人間は、対自存在。
自分でありながら、自分と向かい合う、自分でないような存在。

だから、モノは悩まないのですが、人間は悩むんです。

 実存は本質に先行する。

大学時代、
何のために生まれたかわからず、
自分の意味も見つけられず、
自分は、からっぽ、だと悩んでいた僕は、
その言葉に救われたんです。

つまり、
ペンは、書くという本質があって、存在しますが、
人間は、先に生まれてしまうので、
その本質は、あとで自分で決めていくしかないんです。

だから、人間は何のためにも生まれてこないし、
その存在の意味など、最初からはないんです。

 「からっぽ」
 
 ぼくはからっぽ
 食べて、出して、
 ただの管
 中身はない
 
 ぼくはからっぽ
 きみもからっぽ
 お互いに愛で
 それを埋めあう

なんて詩を書いたことを思い出しました。

これが、大学で学んだ一番大きなことかもれしません。

娘よ、人生って、テツガクだなあ。

テツガクってのはな、どう生きるか考えるってことだ。

え、パパのテツガク?

食うために生き、生きるために食う。

Love and Peace ・・)v

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自由論

今日、ふと立ち寄った喫茶店あった雑誌に、
サルトルが紹介されていました。

サルトルといえば、僕の青春の師匠。

高校を卒業して、あこがれの大学に受かり、
一人暮らしが始まると、
ありあまるほどの自由に襲われたんです。

それまでは、大学受験のため、
勉強、勉強、勉強の毎日。
自由など全然ありませんでした。

 人間は自由に宿命づけられている

すべて選択しなくてはいけないんです。
何時に起きるか、
何を着るか、
何を食べるか、
どこに行って、
誰と会って、
今日一日をどう過ごすか……

高校時代は、学校の時間が決まっていて、
毎日、詰め襟の学ランを着て、
勉強する教科も決まっていて、
ほとんど決まっていました。
実は、楽だったんです。

いきなり手にした自由は、重荷でした。

学校は週休三日、
勉強のプレッシャーは受験に比べれば皆無、
カネはないが、ヒマはある毎日。

人間は、自由から逃走する傾向があるそうです。
流行を追ったり、
自分を捨てて、集団に帰属したり、
ついには、ファシストを応援してしまったりも。

ペンは、この世に生まれたときから、書くための存在。
人間は、この世に生まれてから、何のための存在か、
自分で選んでいかなくてはならなない自由な存在。

娘よ、あの亀、覚えてるか?
パパが拾ってきて飼い始めた亀。
毎日エサあげてたのに、逃げってたっけなあ。

自由……


Love and Peace ・・)v


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読書という旅

ついつい、悪い癖で、
何かのために本を読んでしまうんです。

これを読めば、
あれができるようになるとか、
これを読まなくては、
恥ずかしいとか、
そんなことを思って。

たとえば、ひとを愛するとき、
何かのために愛するなんて、
それは失礼です。

そのひとを愛するために愛する。
これが、本当の愛でしょう。

だから、何かのために読むとは、
ちょっと本に失礼かもしれません。

最近、夜はヒマになったもので、
前よりちょっと時間をかけて、
本を読むんです。

そう、読むために読む。

ただ、その物語の雰囲気に浸り、
読んでしまったら、それで終わり。
ちょっと旅のような読書。
いや、読書のような旅。

今読んでいる物語は、
スペインが舞台、
いよいよ今夜から下巻に入ります。
まだまだ、謎がいっぱい。

このごろ、早めに布団に入り
その本を読むのが楽しみ。

じゃ、娘よ、パパはバルセロナ行ってくる。
心配すんな。
朝には戻って、朝ごはんつくる。

Love and Peace ・・)v


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おとなの仕事

職員室で、毎日のように聞かれる言葉。

「ぜんぜん、勉強しないなあ」

もちろん、生徒たちのこと。
僕もそう思います。

僕の働く学校は中堅校なのですが、
トップ校から来た先生に、前任校の様子を聞くと、
あちらでも同じようなことをいつも言っていた、と。
もちろん、求めるレベルは違うのでしょうけど。

結局、センセイというのは、ずっとそう思い続けるのでしょう。
また、ずっとそう思い続けるのが、仕事のようなもの。
もし、センセイがそう思わなくなったら、もう終わり。

僕も振り返ってみれば、
高校一年生の頃は、
うちでペンを持つのは、
麻雀の点数計算の時だけでした。
高校一年生に勉強させるのは、至難の業なんです。

しかし、しかしです。
自分のことを棚に上げるのが、センセイの仕事。
そう、おとなの仕事、親の仕事。

で、娘よ、ぜんぜん、勉強しないなあ……

Love and Peace ・・)v

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即席しおラーメン鍋

娘が、もつ鍋食べたい、と。

苦手なんです。
以前、もつ鍋を食べているとき、
ETの小さなフィギュアが近くにあって、
そしたら、もつがETに見えてきて……

あれから数年経っているので、
昨夜、もつ鍋にしたんです。

お湯の中に、
キャベツどっさりとニンニクスライス、
肉屋で買った味噌味のもつを入れ、
ぐつぐつと煮込みます。

ニラともやしをさらに入れ、
ここで、即席の塩ラーメン登場。
その粉スープで味付け。

麺は、あとでシメに入れて。

ひさしぶりのもつ鍋、
食べてみたら、とっても美味。

卓上コンロは、現代の囲炉裏。
部屋も心も温まります。


娘よ、わかってるって。
毎晩、鍋だろ。

心配すんな。
パパのレパートリーは、無限だって。

Love and Peace ・・)v

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実はテレビ好き

うちは、テレビを録画してみるんです。
何回かに分けて見れるし、
繰り返し何度も見れるし。

娘は、晩ごはんの時に見るんです。
毎晩、鍋をつつきながら、1時間ほど。
少しずつ見るので、まだ年末年始の番組を見ています。

僕が毎週見るテレビ番組は、二つ。
これは、娘が宿題しているうちに一人で見ます。

一つは、酒場放浪記。
1時間で、4軒の酒場を紹介する番組。
酒場にいる気分になったり、
新たなレシピを覚えたりするんです。

そして、もう一つは、「イタリア小さな村の物語」

イタリアの田舎の静かな暮らしを紹介する番組。

前回は、村の最後の羊飼いの老人が主人公。
最近、引退して、今は妻と静かに暮らします。
詩も書く、シャイな元羊飼い。
暖炉のあるダイニングで、
妻の手打ちパスタを食べるんです。
その美味しそうなこと、美味しそうなこと。

実は、二人が結婚したのは、彼が四十を過ぎてから。
当時、前夫に先立たれた彼女には五人の子どもがいました。
彼女はバールで働いていたんです。
コーヒーの飲めない彼は、
そのバールに通い詰め、
毎日、オレンジジュースを飲みながら、
彼女を口説いたんです。

と、そんな短編小説のようなエピソードが毎回紹介されます。

なんてブラボーな番組。

娘よ、いいぞ、これ。

え、同じの何度見るんだって?

まだ、三回目だって。

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批評の眼

批評の眼は持ってたい、と思うんです。

批評といっても、
けなすほうの批評ではありません。

けなすのは、簡単なんです。
人間は誰でも不完全、
ゆえに人間のつくるものはすべて不完全。
そもそも、けなしている本人こそ不完全。

自分がいいと思うものを、いい、と言うこと。
その理由もちゃんと説明して。
これこそ、批評だと思うんです。

みんなが見落としているものの中にこそ、
そんないいものを見つけるのが批評の仕事。

僕などは、
CMで「いい」というものを、
ついつい、いいと思ってしまいます。

そうではなく、
自分の眼を信じて、
その眼で、いいものを見つけ、
こんなにいいんだよと表現して、
誰かに共感してもらう。

そんな批評は、
他者を変え、社会を変え、
文化を創ると思うんです。

美とは、見つけた者の創造なんだとか。

なるほど。

価値とは、
すでにそこにあるものではなく、
今ここで、見つけるものなのでしょう。

そう、批評とは、価値をつくること。

娘よ、批評って知ってるか、批評って?

え、パパが一喜一憂させられてるものだって?

う、うるさい。


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これから出張

今から、東京なんです。
ブンガク出張。

さきほどヨガして、
娘と朝ごはんを。

今日は、弁当持ちで行くことにします。
ちょっと最近、浪費ばかりだったもので。

塩おむすびとみかんとそば茶。

今日は、むこうに行って、すぐ帰ってくることになりそうです。

娘よ、東京土産に駅でシウマイ買ってくる。
明日、蒸籠で蒸して、弁当に入れてやるぞ。
では、お互い、よい休日を。

Love and Peace ・・)v


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DIY

自分でできることは、自分でやりたいんです。

Do It Yourself.

そう、DIY精神。

誰かにやってもらったほうが、
楽だとしても、
自分でやるほうがいいんです。

以前は、恥ずかしながら、
家事や身の回りのことは、
身近な女性にやってもらっていました。
母や、祖母や、専業主婦に。

実家に行くと、今も、
母がいろいろやってくれようとします。
いつも、丁重に断っています。

他人にやってもらうことが多いと、
他人にやってあげたい気持ちも起こらないもの。

逆に、
自分でできることが増えると、
他人にやってあげたい気持ちも高まります。

何かしてもらうだけでは、
ひとはなかなか満足できません。
もっともっと何かしてもらいたくなり、
きりがないんです。

他人に何かして、
感謝されると、
けっこう満足するんです。
こちらのほうが精神的報酬は大きいのでしょう。

だから、娘よ、自分でできることは自分でやんなさい。

え、パパはずっとやらせてきたくせにって?

だから、自分のこと棚に上げなきゃ、人類は進歩しないだろ。


Love and Peace ・・)v


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